ソードバスター 第一章




第一話

「うおりゃあああー」
正面から襲い掛かってきた雑兵の一撃を受け止め、吹き飛ばす。
「次はぁ、そこだー」
そういって目線があった兵士に剣を叩きつける。
普通なら一瞬で真っ二つになるはず。
しかし、そうはならない。
相手もさる者、剣を受け止めすかさず力で押してくる。
「ガキが、調子に乗るんじゃねー」
若い剣士はそういいながらつばぜり合いで相手を吹き飛ばす。
小柄な体ながら、相当に力のこもった戦士だ。
「俺様にちかづくんじゃぁねー」
吹き飛ばされてひざを突いた兵士の頭上へ飛ぶ。
相手を見失った兵士のてっぺんに振り下ろす。すかーん。
(こ、こいつらなんでこんなに強いんだ?)
兵士の脳天を粉砕しつつも、ソード・ブレードは心の中であせっていた。
確かに自分の方が強い。
当たり前である、この世の中に自分よりも強いものも、賢いものも、かっこいいものも存在するはずがないからである。
俺様なんばーわん。だから当然こんな雑魚どもなど相手にならない。
しかし、今度の雑魚はどうも勝手が違う。
(雑魚って物は俺様に黙って斬られればいいんだ。そこでじっとしてろ、すぐぶっ飛ばしてやる!)
 地面をけり、相手の死角をついたつもりで立ち向かっても、何とか体勢を立て直してくる。
凡人なら受け止めることすらできないはずの剣戟も、真っ向から受け止めてくる。
戦いが始まってまだ数分ではあるが、ソードは今回の相手を見直していた。
「おい、話が違うぞ!」
「何だこいつらは!」
「うわあああぁあああ」
 周りでは仲間たちの、悲鳴、叫びの類が渦巻いている。
ソードの周りにいる兵士たちは、本来こんな叫びを上げるやつらではない。
今まではソードたちに向かい合ったやつらが、悲鳴を上げる立場だった。
ソードの所属するエルマ帝国第八師団付属遊撃旅団『スピアー』はエルマ帝国最強の軍団で、常に先鋒として敵軍に穴を開けてきた。
エルマ帝国の大会戦における戦法というのは単純なもので、持てる戦力を相手に対して垂直に配置する。
先鋒が相手の陣幕を突破し、勢いを買って跡に続く緒戦隊が分断された敵を各個に撃破する。
この先鋒で大事なことは、圧倒的な破壊力を持った先鋒で持って、すばやく相手の線形をかき乱すことだ。
そしてその先鋒に歴代選ばれてきた名門の部隊が第八師団であり、第八師団最強を誇るのが遊撃旅団通称『スピアー』だった。
「死ね! さっさと吹っ飛べ!」
 ソードは全力で相手に剣をたたきつける。
「邪魔だ邪魔だ邪魔だぁっ」
 吹き飛ばしてはさらに次の敵にぶつかっていく。
目指すは将軍クラスの首だ、こんなところでもたついてはいられない。
出会う敵は全て吹き飛ばす。死ぬか死なないかは知ったことではない。自分の視界から消えればそれでいい。
「なんだ?」
 ソードはソードに右後方から襲い掛かってきた剣士を見て違和感を感じた。
(アレ? コイツは、この以下にも安っぽい剣は・・ 俺様がさっきぶっ飛ばした野郎じゃないか?)
 いや、そんなはずはない。ありえない。雑魚は叫び声を揚げつつ無残にやられてそれっきりだ。
しかも俺様じきじきに攻撃を受けたのだから、今頃はあっちの世界にいなくてはならない。
雑魚は皆貧乏だ。たまたま似た剣がはやっているのだろう。
(紛らわしい剣を持ちやがって、この貧民め)
 両手に入れていた力をすっと抜く。右手に軽く力をいれ脇を締める。
目線の高さに剣を持ってきて体を相手と垂直に傾きける。
相手が自分の間合いに入るのを見定めて、地面をける。
「せあっ」
「うおおおおおぉおお? があっ」
 兵士はそのまま崩れ落ちた。さすがに今の一撃は受け止められない。
(何でこんな一般兵士の貧乏人に本気で戦ってるんだ、くそっ)
「あぁもう本気で戦ってやる! 次はお前だっ」
 自分の間合いにいる斧使いの兵士に対してソードはつぶやいた。斧使いはこちらを見てはいない。
本来ならば自分の進路をふさいでいない兵士は見逃してしまう。
さらにいうと、汗臭そうな兵士も相手にしたくない。
いかにもひ弱な貴族兵士を自分の圧倒的スピードでスパッとやっつけたい。
しかし、どうやらそうも言っていられないようだ。
斧使いの背後に全速で飛び込む。悲鳴を揚げる余裕さえ与えず切り捨てる。
(今ので二十人だな。うーん、さすがは俺様だぜ)
 一息ついてあたりを見回す。右を見ると敵の鎧。左と見ると敵の盾。
「あれ?」
 ソードは一息つきつつ味方を探した。
『スピアー』は装備を赤に統一してある。赤色の鎧、真紅の盾、赤銅の兜。
いつもの戦いであれば振り向くとそこには赤が充満していた。
そして、普段の戦闘ではおソードはそれを確認するとさらに敵陣奥深くに突入するのである。
「え?」
 戦っている味方がいない。倒れている味方もいない。
いや、そんなはずはない。しかし、いない。赤は相当に目立つ色である。
ひょっとしてこれは相当にまずい状況ではないだろうか。ソードはきびすを返すと味方のいるはずの方向に走った。
(あの馬鹿野郎供が、俺様にちゃんとついて来ないか! それで俺様の下僕が勤まると思っているのか)
 もちろんソードは『スピアー』の隊長でもなんでもない。
ただの一兵士に過ぎないのだが、それでもほかの隊員を格下に見ていた。
ソードの考えでは、軍隊である以上は皆強いものに従うべきである。
そして自分は強い、しかもかっこいい。当然自分にしたがうべきだ。
そう、たとえ軍隊でなくてもかっこよくて、強くて、賢い人間である自分がナンバーワンなのだ。
 味方の方に向かって駆け出したソードの左右から敵が襲ってきた。
よく考えてみると、今ここに味方がいないということは全員が敵ということである。
そして、赤色の鎧は目立つ。兜も目立つ。
(俺様一人だと? しかも囲まれてる?)
 右から襲い掛かってきた相手を居合いに切り捨てる。手を抜いてはいられない、本気だ。
「おうりゃあ!」
 すかさず左から兵士が突進してくる。
ソードの戦いぶりを見ても逃げ腰になっていない。実に生意気な兵士だ。
体勢の整っていないソードに激しい斬撃。横っ飛びに飛んで何とかかわす。
さすがにかわしきれない。腕にて傷を追ったようで、鮮血がとぶ。
(ちょっと手を抜いてやれば付け上がりやがって。俺様を怒らせるとこうなるんだ)
 ソードは剣を持ち帰るとさっきの兵士に向き合った。
と、そのとたんに真正面から違う兵士が突進してくる。図ったようなタイミングだ。
(・・・もう怒ったぜ。せっかく貴様らを見逃してやろうと思ってたのに、そんなに早死にしたいのなら・・・ぶっ飛ばしてやる!)
 一人対たくさん。本当なら戦うべきではない、何が何でも味方のいる地点まで後退するのが正解だ。
普通ならば勝ち目はないのだ。ソードを囲んでいる兵士は、そこのところを心得ていて、巧みに退路に厚みを持ってきていた。
このたった一人の剣士が本腰を入れて挑んでくるとは全く思っていない。
そして、退きかけたところを左右から挟撃、ついで後背から一撃、とどめに正面から一撃。
致命傷こそ与えてはいないが、それでも傷を負わすことには成功した。
このまま行けば、もうこの剣士は死んだも同然だ。
 ソードは再び味方がいた方へ駆け出そうとした。
「いまだあ」
「のがすかっ」
 二人、すかさずソードに襲い掛かる。続いて二人、流れるように剣を構える。
と、そのときソードは地面に大きくけりを入れた。すばらしい跳躍。
「馬鹿な?」」
「わああ」
「なにっ」
 同時に切りかかって言った数人が慌てて剣士の姿を探す。
「後ろだ!」
「こいつ、飛んだぞー」
「どこだ、どこにいった?」
「あっちにいったぞ」
「いや、そっちだ」
しばしの混乱。目標を見失っていた兵士たちがソードに気付くまでに、数秒の空白が生じる。
「う、上だあっ」
 誰かが叫んだ。皆が視線を上げる。太陽にかすんだ人影が下りてくる。
「そうおおおおど、ばすたああああぁ!」
 どっかーん
 空から落ちてきた剣が数人を粉砕する。その直後中央から衝撃波が巻き起こった。
地面に傘を広げたようなクレータができている。巻き起こった激しい砂煙とともに何人かが吹き飛ばされる。
何人かは砂煙の中で悲鳴をあげる。ありえないスピードで駆け回る剣士がいる。
「ぎゃぁぁ」
「うわああ」
「ぐはっ」
 二十秒もしないうちにそこにいた戦士は皆深手を負っていた。
体を動かせるのは数人に過ぎない。立っているものは一人もいない。
・・・そしてソードは少しはなれた場所でまた新手に囲まれていた。
(ちっ、スピアーの馬鹿供は何をやっているんだ。それに何でこんなにバルタンのクズ供がいるんだ)


 バルタン公国。
バルタン家を盟主とするマスターテ諸侯連合国家といういかにもだれる名前の国家だったのが、4年前にバルタン家の単独支配となり成立した。
バルタン家が頂点に君臨するまでは近隣の国家と友好関係を保ちつつ穏やかな統治を敷いていたのだが、バルタン家の単独統治に移るや否や急激に好戦的な国家になる。
バルタンとエルマは国境を共有していた。
それゆえ久しく国境の線の引き方で協議を続けていたのだが、互いに妥協しつつ、ついに10年前にきちんとした条約を批准することに成功していた。
その協定を一方的に破棄してきたのはバルタンだった。
エルマは当然その背信行為を弾劾したが、バルタンは十年たったことを理由に条約の無効を強硬に主張した。
その結果もう一度話し合って領土問題を解決することで両国は合意する。
 不毛な会談が続いた。バルタンは予想道理に領土の拡大を要求、エルマはこれを拒否する。
そんな会談が数回続いた後、バルタンは会議の終わりに宣戦を布告。
あまりにもあっさりと戦争が起こってしまった。
 エルマ軍凡そ3万。対するバルタン軍は一万強に過ぎない。
そんな中で発せられた宣戦はエルマ軍に有利だとどう見ても思われた。
ところが戦闘がふたを開けると、エルマの元には敗戦の知らせしか届かない。
どれもこれも小競り合いばかりではあったが、共通しているのが常にエルマの方に数的優位があったということだ。
 次第に不安を募らせたエルマは一気にけりをつけようを2万の軍勢を各地から召集し、人付記でバルタンの首都、タンゲスブルクの攻略に乗り出した。
そして国境を越え目指すタンゲスブルクが遠望できる地点まで進軍したとき、正面からバルタン軍が堂々と現れたのだ。
互いににらみ合うこと数時間、正午を期して両軍は正面からぶつかった。


「とあああ」
「りゃああ」
 相変わらずソードはピンチである。
一人かわせば次の新手が襲ってくる。一人吹き飛ばせばその影から剣や槍が伸びてくる。
こうなってくると、ソードの剣の冴え一つ一つがどうしたって落ちてくる。とても致命傷を与える余裕がない。
「せいやあ」
 後ろへ飛びのきながら正面の剣士に向かって得物を振る。届かない。
「せああ」
 後ろに向き直ると振り向いた剣を跳ね上げる。これで相手を突き飛ばすはずが、
 がしっ
 ものの見事に受け止められる。
受け止められただけならまだしも、体重を掛けて押し倒そうとしてくる。
ソードはたくみに受け流しつつも思わずひざを突いてしまった。
すかさず左右から槍がするすると伸びてくる。
「調子に乗るんじゃねぇっ」
 ソードは大地を思い切り蹴った。
空中で体をそらし、体の芯に重心を持ってくる。落下にあわせて力点を剣に集中する。
「そうおおおおど、ばすたああああぁ!」
 どがーん
 あらん限りの力を真下にたたきつける。
地面に着地した反動を使って左右に跳躍し、ひたすら切りまくる。
ほんの一瞬の間に五人ほどが意識を失い、そして十人程度に深手を負わせた。
「はぁ、はぁ、どうだ、まいったか」
 ソードは肩で息をしながらあたりを見回した。
砂煙のせいではっきりとは見えないが、しかしとりあえず誰かが襲ってくる気配はしない。
足の関節が痛い。腕が重い。
それにあちこちに切り傷があって、特にわき腹にそれなりに深い傷があるようだ、流れている血のぬるさが不快である。
「くそう、痛いじゃないか」
 わき腹を軽く押さえてみる。案の定鋭い痛みが走った。
それよりもひどいのは足の痛みだ。無理な跳躍を二度もしたせいで、どうもひざが笑っている。
(いくら俺様の体が最強かつかっこいいといっても、二回もアレをやってはもたないぜ)
 足を軽くさすりながらソードはつぶやいた。今の足ではもうたいしたジャンプはできないだろう。
ソードは足元に目をやった。そこにはやはり自分が作った穴が開いているが、それは直径一メートルもない小さなものでしかない。
(腕にもいまいち力が入らないな。どうも右手に力が入らない。げ、血が出てる)
 未げ手に目をやると二の腕のあたりにさっくりと切れ目が入っていて、そこから血が流れている。
篭手が割れていて、知らない間に相当な一撃を食らっていたようだ。
(俺様の血の分際で、断りもなく体から出てくるなんて許さんぞ。戻って来い)
 傷口にかぶりつく。口の中に広がる血の鉄の味。まずいが、しかしどことなく懐かしい感じがする。
 ちゅぱちゅぱ
 右手に持っていた剣を左手にもちかえ、右手を咥えながら辺りを見回す。
砂煙は徐々に収まってきており、煙の向こうから人影が近づいてくるのが感じられる。
「げげ」
 人影はだんだん大きくなってくる。明らかにこちらに向かっている。
ソードは視線を右に移した。どうも兵士らしい影が動いている。
「いや待て、そろそろ味方の連中が来るはずだ。そうだ、あれはきっとスピアーの馬鹿供に違いないぞ」
 そうだ、そうに違いない。今頃きやがってなんてトロい奴らだろう。
砂煙が消えたとき、しかし、そこにいたのは品のない鎧に身を固めたむさくるしい連中だった。
汗臭そうな鎧、むやみに太い剣、やたらと細長い盾。遠めに見てもよくわかる、バルタンの戦士たちだ。
(だー、もう俺様は逃げるぞ! これ以上あんなむさいクズ供とやってられるか!)
 しかし、正面から迫ってくるバルタン兵から逃げようと振り返ったとき視界に飛び込んできたのはやっぱりバルタン兵だった。
(畜生、なんだって俺様ばっかり狙うんだ馬鹿野郎!)
 この辺りにはエルマ兵ではソードしかいないのだから仕方ないのではあるが、そんなことは関係ない。
雑魚は雑魚らしくソードの元気なときにやってきて、見事にやられ役を演じなければならないのに、ソードが戦いたくない時に手向かうこと事態が大間違いなのである。
それにしてもスピアーの下僕たちはあまりにも遅すぎる。自分たちの支配者であるソード君のピンチに駆けつけないとは・・・
  
 
 その頃、例のスピアーの面々はバルタンの先鋒に壊滅的な打撃を受けていた。
エルマ帝国軍最強を自負するだけに、絶対に負けるわけには行かない。
しかし、なんといっても今回の相手は半端でない強さだった。
「ミハル、大丈夫かっ」
 一人の巨漢が小柄な赤い鎧の兵士に駆け寄る。
「大丈夫です、隊長」
「とにかく固まって戦うんだ、絶対に孤立するんじゃない」
「はいっ」
 お互いに背中を合わせて死角を補い合い、迫り来るバルタン兵を相手にする。
そこに別の赤い兵士がやってきた。無造作に二人の隙間に背中を挟む。
「隊長、ここはいったん退却した方がいいんじゃぁないすか」
 バルタン兵の斧を跳ね返して男は言った。よく見ると肩のプレートの隙間からかなりの量の血が流れ出ている。
顔色こそ血が通っているように見えるが、ダメージが足に来ているのか、下半身がしっかりしない。
それでも自分の疲労は微塵も見せず、男は続けた。
「俺は西の方の戦場からこっちへきたんですが、あっちはもうだめです。バルタンの騎兵隊のやたら強いのが突進してきて、俺は何とかやり過ごしたんですが、あの進軍は防げないっすね。西がやられたら、次はきっと・・・」
 突き出された槍を叩き落すと男は続けた。
「ともかく、逃げるんならいまっすよ。このままじゃぁマジに全滅しちゃう」
「他の連中はどうしたんだ、ラスターは? ガイスはどこにいるんだ?」
 逃げるかどうかの質問には答えずスピアーの隊長、スアルキ・リューネストは男に尋ね返した。
目は正面の敵を見据えたままである。
「嫌な質問、しないでくださいよ」
 にやりと笑って男は答えた。
男の名はスナイパー・ラビット。スピアーの中で、敏捷さでは一二を争う男である。
「皆やられちゃったの?」
 ミハルと呼ばれた剣士は尋ねた。
平静を装って入るが、それでも口調に震えは隠せない。
「みんなかどうかは知らないっすけどね。少なくともラスターはやられました。それよりもこっちはどうなんすか? バギーやトハラは? マッサンは無事ですか?」
  「自分だって嫌な質問するじゃないか、スナイパーさんよ」
「・・・じゃぁ質問変えますよ。スピアーの面子で今戦っているのは誰なんすか?」
「こっちが聞きたい質問だ。生憎ミハルと貴様以外には思いつかんな」
 顔色も変えずにスアルキは答えた。スナイパーもやはり顔色を変えない。
三人は固まってかばいながら敵の攻撃を防いでいく。そんな折、遠くで大きな歓声が上がった。
「いまのはなんだろう?」
 誰に聞くともなしにミハルはつぶやいた。スナイパーもスアルキも答えない。
どうせエルマ軍にとって朗報であるはずがないのだ。
その場に居合わせたわけではないが、三人の中ではバルタンの連中が時の声をあげているイメージが浮かんでいた。
「隊長、もう限界っすね」
 ちらりと声のした方を向くとスナイパーはつぶやいた。
こうして戦っている間にもあちこちの戦線ではエルマ軍が敗れているのだろう。
そして、勢いを駆った忌々しい軍勢がここに向かってやってくるのだ。
「・・・ソードの馬鹿野郎もやられたのか?」
 逃げようという提案を無視するかのようにスアルキは尋ねた。
「やられました。ちゃんと見たわけじゃないですけどね、一人で敵さんに突っ込んでいったんで、いくらあいつでもどうしようもないですよ。そんなことより、こっちの人数をまとめていったん軍を立て直すべきです。言いたかないですが、本陣のお偉いさんはとっくにお帰りになってます」
 スアルキは横目で二人を見た。ミハルのほうはたいした手傷は負っていない。
スナイパーは・・・かなりの重症だ。続いて辺りを見回した。
エルマ軍の鎧はもうまばらにしか見えない。その中で赤い色をしている鎧は20にも満たないだろう。
確かにもう限界だ。戦いの前には200名の精鋭を誇ったスピアーももはや十分の一になったかと思うと、怒りや悲しみといった感情すらわいてこない。
ただ、やたら徒労感が広がってくる。
(俺たちがここまでやられるなんて考えもしなかったよ。全く完膚なきまでにやってくれた。完敗だ)
 しかし、まだ生きている部下がいる。徒労感に浸るのは勝手だが、自分にはしなければならないことがある。
スアルキは決断を下した。
「スナイパー、貴様の言うとおりだ。もうこれ以上戦っても意味はない。例の合図を頼む」
「了解です」
 そういうとスナイパーは鎧の隠しに手をやった。隠しから円筒の棒を取り出す。
棒の先を鎧にこすり付けるといきなり先端から煙が噴出した。
「集合場所は分かってるな? 何人たどり着くかは知らんが、十五分たったらそれ以上は待たずに帝都に帰還しろ。ミハル、貴様に隊長代行を任せてやる。せいぜいかっこよく野郎共をひっぱってやれ」
 スナイパーは黙って発炎筒を思い切り放り投げた。これで退却の合図はすんだ。
三人で目的地に走るつもりだったが、どうやらそれはかなわないらしい。
「どういうことです? 何故自分が・・・!」
 不意うちを食らった形のミハルは思わず振り返って隊長を見つめた。自分が隊長代行?
何を言われているのかがまるで飲み込めない。
 タテバヤシ・ミハルはスピアーにはいってまだ5年目の新人だった。
先代のスピアー隊長、タテバヤシ・バヤシコフの娘として生まれ、幼い頃から剣技にばかり夢中になってきた。
そして二十歳をきっかけにして、憧れの父に追いつくべくスピアーに入隊し今に至る。
その剣さばきは堂に入ったもので、実力はスピアーの中でも頭ひとつ抜けていた。
 それでも、言ってみれば二十五歳の女である。自分が、まさか隊長にそこまで信頼されているなどとは考えてもいなかった。
第一隊長はまだまだ戦えるし、元気ではないか。それなのにいったい何を言っているのか。
 あっけにとられているミハルの腕をスナイパーがそっとつかむ。
「ミハルをしっかり鍛えてやれよ」
「いやぁ、隊長みたいには無理ですよ。俺は隊長と違って美人に優しいっすから」
「なんだ、いきなり隊長代行におべっかか? 油断も隙もあったもんじゃないな」
「ははは、ばれちゃいましたか」
 軽口をたたきながらミハルを引っ張る。
「スナイパーさん? 隊長? どうしてですか!」
 やっとおぼろげに二人の意図を理解したミハルは思わず声が上ずった。
「私に隊長の代わりなんて務まりません! どうして一緒に来てくださらないんですか!」
 スナイパーを振り払おうとする。しかし、振り払えない。思わずスナイパーの目を見る。
「時間がないぞ!」
 スナイパーは目をあわさずに言った。自分だって隊長に死んでほしくはない。
隊長の決断は間違っていると確信している。それでも、この期に及んで引き止めるつもりはなかった。
それは、ある種の礼儀でもある。死に行く先達を送るならば、黙って送るのが礼儀だろう。
しかしうまく言葉にできない。仕方なく、ミハルの肩を軽くたたく。
しばしの沈黙の後、スアルキが口を開いた。
「何やってるんだ、さっさと行かないか!」
「ミハル、行くぞ!」
 肩に力が入らない。疲労で今にも倒れそうだ。
それでもない力を出してスナイパーはミハルを引き離した。ボーっとしている隊長代行を小脇に抱えるようにして走る。
バルタン兵は追ってこない。それまで唖然としていたミハルが思い出したかのように後ろを振り向いた。
崩れ落ちる見慣れた背中。父の次にあこがれていた存在。
「隊長! たいちょおお!」
 叫ぶミハルをさらに強く引っ張る。このまま一気に距離を稼がないと、自分たちも間違いなくやられてしまう。
(スアルキ隊長、ありがとうごさいました)
 心の中でつぶやきながら、スナイパーはただただ走った。
 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、げほっ、げほげほ」
 地面にひざをついて、ソードは激しく咳き込んだ。
周りにはバルタン兵の累々たる死体の山である。結局何人の兵士を倒したのだろうか?
(がはははは、俺様は何人かかってこようと負けはしないのだ。なんといってもナンバーワンだから無敵なのだ。 ・・・とはいったものの、もう動けないぜ)
 地面につばをはき捨てる。少し血がにじんだ痰がタラリと口から落ちる。
鎧をとったソードの強さは自分でも驚くほどだった。無我夢中で掛け捲り、手当たり次第に剣を振り回す。
思考も剣技もあったものではないが、とにもかくにもかかってきた兵士を全て叩き落し、今こうして自分ひとり立っている。
(隊長のゴリラ男にみせてやりたかったぜ。俺様を尊敬のまなざしで見つめるゴリラ)
 あまり美しいイメージではない。美しくはないが気持ちのいい光景だ。
ソードは思い切り後ろに倒れこんだ。さし当たってバルタン兵は視界に移らない。
たとえ視界に入ったとしても、ソードはもう本当に動けなかった。
傷は例のわき腹の傷だけだが、全身の筋繊維の一つ一つが悲鳴を上げすぎて、全く動いてくれない。
(ラスターやスナイパーも、肝心なときにいないのは何故だ。せっかく俺様のかっこいいところが見れたのに。そういえば結局最後まで誰も来やしないぞ。まったくもってけしからんぞ。帰還したら説教してやる)
 空は快晴。雲がひと切れ、ふた切れと頭上を通り過ぎていく。
「俺様最強!」
 空に向かって叫んでみる。バルタンのやつらに聞かれるなどとは考えない。
叫びたいときに我慢するのは体によくないのだ、うむ。
(野郎共はどうでもいいが、ミハルさんには本気で見てほしかったぞ。 ミハルさんは、いつまでも俺をガキ扱いするところを除けばいい女なんだ。 うーむ、ミハルさん元気かなぁ)
 気持ちが次第に軽くなっていく。とにもかくにも命の危険を脱したのだ。
当然あれしきの数雑魚が集まったところでやられる気はしないが、それでもピンチはピンチである。
乗り切ってみると、大きな開放感が全身を包み込む。それに加えて、体中が急速を激しく欲している。
もう頭も働かない。あっという間にソードは果てしなく深い眠りに落ちていた。
 


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