ソードバスター 第一章




第三話

 エルマ帝国帝都ボリスは、まさに驚愕の極致にあった。兵隊の数では圧倒的に有利なはずだ。
そう、こちらには敵国の二倍近い兵力があったはずで、しかもうまく正面決戦に持ち込んだのだ。
ゲリラ戦のような小人数の競り合いでは個人の戦闘力がものを言うが、会戦ではそうはいかない。
数がモノを言うのだ。両国の境、マスターテ平原における会戦は、どう考えても負けるはずのない戦いだ。
「ギルタスっ、これはどういうことだ」
「ハ、ハハッ なんといいますか、私も全く意外に思っておりまして・・いや、これはばれたんも相当に力をつけたとでもいうしかない現実の有様でして、決して私が短慮であったわけではなく・・・」
「貴様の感想など聞いてはおらんわ! 今この状況に、何か手は打っておるのだろうなっ」
 声を張り上げているのはエルマ帝国国王ボシノ・ジョワ・クルピルピスだ。
そして、ギルダスと呼ばれた男は帝国宰相ギルタス・イチノ。帝国宰相を代々務めてきた一族の家長だ。
本来戦略をはじめとするあらゆる事態に、誰よりも的確に働く人物が選ばれるべき職も、いつの間にか世襲の形になっている。
「ギルタスッ どうなんだっ」
 ボシノ王は明らかに平静を失っている。王だけではない。
城中、城下中が騒然として、統制を失った人間たちがやたらに走り回っている。
そうかと思えば、廊下の隅で壁に持たれ、頭を抱えているものもいる。
とにかく、冷静にこれからどうするべきか考えるものがいない。皆、途方に暮れ、いたずらにわめく。
 王の間に設けられた本営が、そんな気分を最も体現していた。
「バルタンはボリス近郊サス川を越えたというではないか」
「そんなことは先刻承知だ! いや、第八師団が破れた時点でこうなることは分かっていた!」
「貴公、あまりにも都合がいいぞ。いまさら振り返ってどうこう言わないでもらいたい」
「その通りだ、問題はこれからどうするかだ」
「どうもこうもあるかっ! 第一も二も全部の師団が、皆破られたのではないのか? そうでなくてただ総司令部がやられるなどありえんわ!」
「落ち着かんか。まだそうと決まったわけではないだろう。我々の受けた報告はただ二つ。総司令部の全滅、それにサス川河岸にバルタン兵集結の様子あり。この二つだけじゃ」
「充分ではないか! ギルタス閣下、次にどうするつもりでおられるのかっ」
 長テーブルの、華麗なクロスの上で無意味な、そして無責任な発言が飛び交う。
王座に座っている人間はその言葉の渦に巻き込まれ、ただすぐ横に座る人間を伺うばかりだ。
そして、王の横に近似する宰相ギルタスはなにも言わず、話を取りまとめるでもなく発言をするでもなく、ただ呆然としている。
 エルマ帝国軍元帥ハサムス・トモヒロがいたときはこんな醜態は決して見られなかった。
軍の司令官として、戦争の専門家として、みなの意見を聞く。そして決断を下していく。
そんなパサムス元帥も、この場にはいない。
マスターテ平原会戦の敗北の報告に接した彼はその場で本営の前線移転を主張し、こちらが必死の体勢を整えることを主張した。
しかし、国王ボシノは本営をボリス城から移すことを嫌い、言を容れない。
ギルダスの、『国王たるもの城に留まり、後顧の憂いを封じてこそ』という発言に乗り、いつまでも城から出ようとはしなかった。
 マスターテ平原会戦の翌日、ハサムス司令は国王を伴わずに数人の護衛のみ引き連れて前線に出るを得なかった。
そんなハサムスの元には、最強たる第八師団の壊滅の知らせが届いている。会戦は結局どうなったのだろうか。
場内に届く伝令はどれもが自軍の奮闘を示しつつも、結局は敗れたという無意味な知らせばかりだった。
ただ、第八師団崩壊の際に出された伝令の言葉だけが、戦局の推移を正確に伝えていると思われる。
その知らせによると、戦闘は第八師団対バルタン正面部隊という構図だったらしい。
 通例どおり八軍とバルタンの先鋒がぶつかる。一、二、三軍が左翼へ進み、四、五、六、七軍が右翼へ展開する。
ここまではエルマ軍伝統の戦法。ちなみに、五十年ほど変化がない。
八軍が支えている間に両翼は敵を包み込み、前後左右から集中砲火を浴びせる・・・はずだった。
ところが、展開するはずの両翼が一瞬で崩壊したのだ。エルマ軍がバルタンの正面と考えていたのは実は敵の左翼だった。
バルタンは自軍を右翼、左翼の二つに分け、その左翼に幔幕、旗で誇大に主張する一群を付属させることで、エルマをかく乱したのである。
 何の抵抗も受けずに敵左翼を突破するエルマ軍四―七軍とは対照的に、一―三軍は悲惨だった。
個人戦闘力があまりにも違う上に、人数面でもエルマ軍三分の一とバルタン軍二分の一が戦うことになる。
もっとも、エルマ側に数的優位があることに変わりはない。
それでも、バルタン軍右翼の前にエルマ軍一―三軍はあっさり壊走、正面第八軍の一部を巻き込んで、数分にも満たずに戦場から離脱した。
 次いで、右翼が壊滅する。バルタン軍の全体が向かって左にシフトし、展開中の軍に正面からぶつかっていったのだ。
陣形変更はへたくそで、お世辞にも鮮やかとはいえなかったが、それでも十分もしたときには見事にエルマ軍右翼を正面に捕らえていた。
四―七軍の面々がいつまで経っても敵軍の背後を捉えられないことに不思議を感じ出した頃、一―三軍壊滅の知らせが届く。
いったい何が起こっているのだろう? 今までずっとこの戦法で勝って来たのに・・・ 
そして動揺に付込むかのようなバルタンの攻撃。
四―七軍は善戦したが、それでも三十分もした頃には敵に背を向けるものと、動けなくなったものしかいなくなった。
 この時点で組織として戦っているのは第八師団だけになる。
エルマ軍の指揮権を握っているのは第八師団司令バジリスク将軍だった。
当然、全軍に撤退及び抗戦継続の命令も彼がだすことになる。
その彼を無視する形で両翼の撤退が各軍司令部の指示で行われた。この時点で軍規の陰も形もない。
まぁ、そういうことを考える余裕のないほどにバルタン人の戦闘力が高かったことも事実ではあるが、エルマ軍はふがいない集団だったといえる。
八軍も敵の戦闘力に押されていたのは事実だが、彼らはまだ壊走及び戦意喪失からは程遠く、連携して敵に当たっていた。
こうやって自分たちが耐えていれば、いつか味方が敵を包囲して、一挙に勝ちへと向かうのだ。
そう信じて戦っている。それは司令部のバジリスク将軍も同様だった。
ところが、彼の元に届いた二つの知らせは、ともに味方の壊走を申し訳程度に伝えるものだった。
 結局第八師団は両翼の壊走後数時間に渡ってバルタン軍の包囲を受けつつ戦いを続けることになる。
それは、まさに圧倒的多数につぶされるためだけの戦いであり、つぶす側から見れば意味のない戦いだったが、つぶされる側には味方のしんがりを勤めるという大きな意味を持つ戦いだった。
そう、この孤軍となった状況で、バジリスク将軍の決断は、自分たちが盾となり、壊走していった各軍を壊滅から救うというものだった。
ここで自分たちも退却すれば逃げるエルマ対追うバルタンという構図ができる。
追撃戦では追う側にのみ利があり、この個人戦闘力差でもってそれをやられた場合、全軍全滅も大いにありうる。
そういう意味でバジリスク将軍の判断はたぶんに正解といえただろう。
ただ、個人にとっての正解では決してない。彼には死以外の道はないのだから。
 戦いは午前に始まり、日が傾きかけた頃に終わった。
もっとも終わったといっても、マスターテ平原からは戦いの音が消えただけである。戦い自体は全く終わっていない。
数時間かかった第八師団掃討の後、休むまもなくバルタン全軍が追撃戦に移ったのだ。
そして、逃げ遅れた兵士をなぎ倒しつつも本軍の尻尾にたどり着いたのが翌日朝日が昇る頃であり、場所はエルマ帝国首都サンノマヤから離れること凡そ80キロ、ミヤの町郊外においてだった。
バルタン兵も、一睡もなしの追撃はさすがに堪えたであろうし、こんな状態で戦闘に及ぶつもりはないのだろう、ミヤの郊外にいかにも挑発的に陣を敷いた。
もっとも、疲労の極にあるのはエルマ側も同じである。いや、追われている分だけエルマ側のほうが疲労も大きかったろう。
敵が小休止を目の前で取ったのを、これに乗じてこちらから打って出るといった積極的意見はどの口からも出なかった。
倒れるように町の片隅で眠りに落ちるもの、敵の姿から目を離す事ができないもの、そして軍を逃げ出すもの。
そんな、思い思いの混乱に戯れる兵士たちのもとにハサムスは到着した。

ぼろぼろにしてずたずた。それがエルマ軍の現状。目の当たりにしたハサムスには今後の展開が容易に見えた。
まず自軍兵士の大脱走。ついで士官、幹部の戦意喪失と逃亡。国王に戦闘を引っ張る気迫もなく、最強軍団をなくした現実。
結局一番最初に逃げ出したコル旧軍人の名前はハサムス・トモヒロ自身だった。
そして、それに続くように彼自身の予想が正確に再現された。
すなわち、それなりに今後の展開に見切りをつけたものとただひたすらおびえるものがミヤの町から夜陰にまぎれて逃走した。
 バルタンの包囲は結局二日に過ぎないのだが、その二日にエルマ正規軍の数は3000程度に減少する。
そして、満を持して攻撃を掛けたときにはその全てが白旗を掲げ、いたずらに捕虜が増えただけだった。
 ここまであっさりと自国が敗北するとは予想だにしていなかっただろう。
ミヤからの伝令のことごとくに耳をふさぎ、国王ボシノは帝都ボリスに震えていた。
いや、まだ負けたわけではない。そうだ、これは夢に違いない・・・ 
つい七日前にはマスターテ平原に陣を張った事実に勝利を確信していた自分が何故にここまでおびえなければならないのか?
「ギルタスっ、ギルタスはおるかっ」
 ボシノは改めて今どうすればいいかを、最も自分の事をおもんぱかってくれるはずの重臣に尋ねようとしている。
しかし、それはもはや不可能であり、死体にものを尋ねても答えは返ってこない。
マスターテ会戦が六日前、ミヤ敗北が三日前、そして今まさに帝都ボリスが陥落しようとしている。
宰相ギルタスが逃亡すらあきらめて服毒に散ったのは一日前、ボリスへの攻撃が開始されたときだった。
個人の命を守るに長けた一部の人間はエルマを捨てて、隣国サミュエルへ逃げることに成功した。
ただし、この急激な変化に対応してそれだけすばやく自国を見捨てるためには、今まで自分が築き上げてきたもの・・・家や家畜、名誉といったものは当然として、本当に家財の一切合財を犠牲にしなければならない。
そんなことが現実にできるのは、貴族にも平民にもほとんどいなかった。それほどに、今回の自国の凋落は激しすぎた。
 というわけで、炎竜の月二十四日、国王ボリスは狂ったように腹心の名前を呼びながら、全くエルマ軍の抵抗を受けずに城に向かって大通りを直進してくる、バルタン兵共を見つめている。
 
「まあまあ上出来じゃないか? これだけ早くにエルマをつぶせるなんてなぁ、十分だろう? 大したもんだな、俺たちの大将はよぉ」
「何言ってやがるんだ、すげえのは俺たちだよ、お・れ・た・ち。俺たち一人一人が強かったからだな・・」
「そうはいってもよ、ほらよくいうじゃねぇ? よき将の元では弱兵なしとかさ、将を射んとすればまず馬を射よとかさ、やっぱ大将が大事だって」
「なにいってんだぁ? 将を射んとせばぁ? ふん、意味わかんネェ言葉使ってんじゃねぇよ。誰がなんと言おうとな、俺たち一人一人の技が今回の勝ちにつながってんだ。それに比べりゃ、戦略とかそんなもんたいした貢献になっちゃいないんだ」
 新しく占領した文明都市、ボリスを闊歩しながら数人のバルタン兵が話している。
「そうかなぁ、俺たちはそんなに強いんかなぁ。どうも、俺には信じられんのだがな。あいつら皆に風邪がはやっていて、それであんなにへなちょこだったんじゃないのか?」
「・・・おまえなぁ、も少し頭にも栄養をやれって。いくらガタイがごつくてもそれじゃぁつかえねぇよ? 大将がキャベンディッシュ様でも、そうでなくても俺たちはちゃんと勝ってるさ。大体皆キャベンディッシュ様を評価しすぎんだよなぁ・・・っておい、噂をすればなんとやらだぜ・・・」
 二人の兵士は同時に身をすくめ、自分たちの十数メートル先を通る騎馬に最敬礼をする。
最敬礼をしているのは自分たちのみではない、周りの一般兵士皆がそうだった。
その敬礼の谷間を悠然と一人の騎馬武者が通る。
キャベンディッシュ・フラウアー三十二歳、バルタン公国最強の戦士にして軍総司令官その人であった。
バルタン公国では強さが即その人物の社会的権力につながる。
どんなに頭が悪かろうと、どれほど姿かたちが醜かろうと、定期的に行われる武術大会で優秀な成績を収め続けさえすればそれで誰よりも大きな権力を手にできる。
逆説もまた真なる哉。どれほど見目かたちが麗しかろうと弱ければ誰からも敬意を払われない。
キャベンディッシュはこの五年間、年に一度の、そして最も権威ある武術大会『パラスアテネ』において一度も破れてはいない。
誰しもが認めるバルタン最強の戦士である。
 其の上、彼はでたらめに美形だった。短い金髪を揺らして肩越しに視線を投げる仕草。
ギリシア彫刻の、人として最も造詣の妙を尽くした骨格をもち、澄み切った瞳に何をかたたえん。
ともかく、彼とすれ違ったものであれば、百人がうち九十九人までが振り返ったことだろう。
いかに力を尊ぶ国柄とはいえ、美しいことは決して悪徳ではない。
最も、ただ単に美しいだけで何の力もないものは、其の限りではないが。
 数多の兵士の敬礼の中、キャベンディッシュはボリス城へと向かった。
もうそろそろ先発隊が、城内を完全に制圧する頃だろう。
そうすれば、彼と彼の主君の欲望を満たす、格好の牢獄が完成することになる。
いや、この町自体が未来の牢獄といってもなんら差し支えないだろう・・・
「ガルグイユから連絡は入ったか?」
 傍らの副官におもむろに尋ねるキャベンディッシュ。眼はあくまで正面から離さない。
其の微動だにしないからだの、なんと均整の取れていることか。
「ハハッ、先程、城内に抵抗なし、目下鎮圧まぢかとの報告があり・・」
「まだ完全に制してはいないわけだ」
「ハハッ」
 いかにも緊張している風情の副官に苦笑を禁じえない。
「卿は先程からどうも、口調にすべりが見えんな。もう戦いは終わったのだぞ? いまさら精神に高揚を与えてなんとするか」
「ハハッ」
「全く、戦いの最中にあれほどくつろいでおきながらこれか。どうも卿の心情は理解しかねる」
「ハハッ 自分でもなんとも度し難く、いや、いざ敵の本拠に乗り込んでみると、いつ閣下に弓が飛んでくるかと、そればかりが頭を掠めるしだいで」
「それはありがたい関心だが、私は自分の体を守るに卿の力を持ってしようとは思っておらんぞ?」
「め、めっそうもございません! ただ、ただ、私は」
「ははは、本気にするな、頼りにしているぞ」
 そんな会話をしつつ、次第にボリス城が大きくなってくる。思えばあれは四年前のことだった。
あの日から自分の行動に明確な目標ができたのだ。それまでは、ただただ自分を鍛えるだけの日々だった・・・ 
バルタン家が強引に、半ばクーデターのようにしてマスターテ諸侯連合国家の盟主になったときのこと。
当時、彼はすでに近隣諸国にも名を知られた戦士であり、バルタン家の軍隊の長だった。
そんな彼を座って間もない玉座に招いた、バルタン家当主アナンケ・バルタンは彼にこういったのだ。
「世界にはあまりに既成の道徳が多すぎる。本当の強さを持つ君なら分かるだろう? 道徳なんて、世界にはひとつで十分じゃないかね」
 当時はいったい何のことを言っているのか、さっぱり理解できなかったキャベンディッシュだが、今でははっきりと分かる。
そして自分でも思う。『ひとつあれば十分さ』
 歩みを進める其の足元に自軍の伝令兵が走りこんできた。騎馬の緩やかな歩みに併走しながら言葉を続ける。
「キャベンディッシュ閣下、ジャバコ将軍からの報告であります。ボリス城下南及び西地区は制圧、門を閉ざした後両地区住民全員を南地区最南部に強制集合を完了とのこと」
「そうか」
(強制という修飾語は余計だ。自国が敗れた者共に強制も何もあったものではあるまい)
 伝令の文句に一抹の違和感を覚えつつもキャベンディッシュは素直にうなずいた。
おそらく、この伝令はどうしても一言強制集合という単語を使いたかったのだろう。
確かに自分はジャバコにかつて、エルマ一般市民に対しては激しい態度で臨んでかまわないといった。
どうやらジャバコは自分の命令を相当忠実に守ったらしい。
「今後の処置については追って指示する。城下攻撃から間もないというのに、迅速な処置だ。よくやった、と伝えよ」
「ハハ」
 自分の馬側から離れ、元来た方に走ってゆく伝令を見てふと思う。彼だって自分と同じバルタンだ。
ということは、他の民族よりはるかに力に重きを置いているはず。それは、とりもなおさず、弱者を省みない姿勢に他ならない。
理屈ではそうあるはずなのに、彼はどうやら弱者に対する自分達の対応に、何かしら疑義をはさんでいるようだ。
自分は全く疑義を挟まない。この違いはいったいなんだろう?
 ふと頭の中を、そうした考えが掠めた。すかさず己を戒める。
(ひと時でも戦闘以外のことを考えてはいけない。こんな、無駄な、それでいて疲れる思考はまさにタブーだな)
 そうだ、まだ敵の本拠地を完全に制圧していないのだ。
うつむき加減だったキャベンディッシュが顔を上げたとき、ボリス城から城擲兵団(城攻め専門部隊)長ガルグイユが数人の部下を連れてこちらに向かってくるさまが眼にはいった。
どうやら城もほぼ制圧したようだ。
「ガルグイユ、首尾はどうだ? きゃつらはまだ戦力を残しているか?」
 馬首に膝をついた小柄な男に声をかける。
ガルグイユ・ガリクソン。キャベンディッシュの直臣を勤める青年で、戦闘力もさることながら、誠実かつ的確な指示により隊をよくまとめている。
「いえ、どうやら己の敗北を悟ったようで、兵士たちは皆戦意を喪失、逃亡ないし降伏を選んでおります。もはや城内には戦意を持ったエルマ兵は居りますまい」
「うむ」
「もはや閣下の御入城も何の問題もございません。ただ・・・」
 急にガルグイユの言葉尻が濁る。
「ん?」
「国王はじめ一部の貴族が城の最上階にこもって出てまいりません。閣下のお言葉どおり、貴族は生かせということでしたので、そのまま放置しております。いかがいたしましょうか?」
 そうか、王共は生きているのか。自殺もせずに、しかもこの期に及んで降伏しないとは、これからどうするつもりなのか? 
まあその方がこちらには好都合ではある。ただ、あまりにも浅ましい。
「立て籠もっているのはどんな輩か」
「ハ、国王ボリスと其の親族十数名、宮内尚書ラークスタ、第三師団長クノーぺ、内務尚書ビグロマイヤーといったものです。また、中には家族も連れているものがいるようです」
 家族を道連れに篭城する? 愚かしいにもほどがある。彼らはこのような事態をある程度予想できたはずだ。
ならば、こうなる前に何か手を打ってもよさそうなものなのに。
「結構だ、彼らの処分はおって沙汰を下す。ご苦労だったな、引き続きボリス城を管理してくれ」
「ははっ」
「私もじきに城に入る。それまでにせいぜい中をこぎれいにしておいてくれよ」
 ガルグイユは深く頭を下げると、また城に向かって駆けていった。
誠実な男である、おそらく自分が城門の前に立ったときには、もう城内は整然としているだろう。それにしてもだ。
(これからこの町がわれらバルタンの新しい王都になるわけだが、そのためにここでなさねばならぬことを思うと・・・少々気が重いな)
 キャベンディッシュはゆっくりと馬を進めながら小さくため息をついた。
最終的にはこの町にバルタン式の価値観と制度を組み込むことが目的だが、そのためにはたくさんの血を流さねばならないだろう。
(まずは貴族も兵士も一緒くたにして、例のサバトが開かれるのだろう)
 サバトとはいったいなんだろうか? この営みを考案したのはバルタン公国先帝ラーカイム・バルタンだ。
四年前に現国王に王位を譲り、自分は王の補佐と称して宰相のような地位についている。
 其の営みは、一言で言えば殺し合いだ。
負けた国の人間のうち、バルタン人たるにふさわしい戦闘力を持ったものだけを選別する。
そのために敗者をいくつもの組に分け、其の中で殺し合いをさせるのだ。
そして、一定の人数になるまで殺し合いを継続し生き残ったものだけにバルタン国民になる資格を与える。
国民になった後は現バルタン人とまったく同じ処遇を与える。
つまり、武道大会『パラスアテネ』はじめ、各種の試合の成績でもって身分を決定していくのだ。
(始めてこの計画を聞いたときには耳を疑ったものだったが・・・ こんなことをして、敗国の人間がバルタンを受け入れるはずがないと思った。しかし、アナンケ様がいれば話は違う。結局、ことはラーカイムの思うとおりに進むだろうな)
 このサバトには国王も雑兵の違いもない。
皆を平等に殺し合わせ、力だけでもって生きる権利を勝ち取らせることで、きゃつらはバルタンの価値観をおのずと身につけるだろう。
このことは、まだいいのだ。ここまでならば、キャベンディッシュはまだ賛成できる。
彼は何よりも力、それも一騎打ちにおいて真価を発揮する力に重きを置いてきた。
確かに殺し合いは残酷ではあるが、力あるものが支配する世の中を作るという点で自分と同じベクトルなのだ。問題は次だ。
(ラーカイムは何かにつけ力による支配だとかほざくが、真意がそこにあるとは思えん。確かに、サバトには一考の余地があるし、殺死合を試合に代えれば何の問題もあるまい。しかし、『運動会』などと、まったく意味が分からん。一体どんな中身になるのだ?・・・)

 サバトを、力による男の格付けとするならば、『運動会』は力による女の格付けだ。
ラーカイムに言わせると、男にのみ格付けが課され、女はのほほんとしているのでは不公平というもの。
かといって、純粋に体力面で言うならば、男と女には歴然とした差がある。
それを無視して両者を同じ土俵・サバトでもって競わせるというのもまた不公平だ。
ならば、サバトとは違った、女の強さを競わせる大会を設け、その中で格付けを行えばいい・・・
 女の強さ? 女の強さとはなんだろう。男から見たとき、確かに女性に強さを感じるときがある。
それは、物理的な力ではなく往々にして精神的な力だ。母親の強さ。これは誰しもが納得する強さだ。
この世界に片親の子供がどれだけいて、そのうち何パーセントが父親に育てられたというのか?
 母親は子供を手放さない。(最近は全然違うけどね〜)父母恩重経というお経がある。その一説に曰く、
 ―其の子、声を発すれば 
  母もこの世に生まれ出でたるに似たり
  爾来
  母の懐を寝床とし
  母の膝を遊び場とし
  母の乳を食物となし
  母の情けを命となす
  母にあらざれば、着ず脱がす
  母飢えに中る時も
  哺めるを吐きて子に喰らわしめ
  云々
 これだけの愛情を、自分以外の存在に与えることができる。それを強さと呼ばずしてなんと呼ぼうか。
考えてみれば確かに、女性は男と比べたときにキラリと光るメンタリティが多くある。
極限状態に置かれたとき、男と女、どちらが先に自暴自棄になったり発狂したりするかといえば、それはおそらく男が先であり、精神のタフさでは女に一歩譲る気がする。
しかし、そんなものをどうやって公正に評価するというのだろう? 
そもそも、精神力を力と対等に評価するのか? 
男を評価する方法はもう分かった。要するに、強さが全てという原則を敗戦国にも押し付けるのだ。
 しかし、女を評価する方法が分からない。
ラーカイムはエルマ占領後に国民全体、バルタン国民とエルマ国民、に発表するというが、どうも嫌な心持に包まれている自分がいる。
  

   


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