闘争者




第一章

 姉さんは俺の全てだった。
 そう気付いたのは・・・いつだったかはわからない。
 そこに姉さんがいて、俺がいる。
 それが当然だと思っていた。
 だからこそなかなか気付けなかった。
 でも気付いた。
 指摘されたからだ。
 そんなばかなと否定した。
 否定する自分が愚かだったことに気付いた。
 俺が13の時の話だ。
 俺は3人兄弟だった。
 2つ上の姉さんと、1つ下の妹と。
 姉さんの名はめぐみ。妹は瑞稀。
 俺たち3人は仲が良かったがとりわけ俺と姉さんは格別に良かった。
 だから気付いた時には怖かった。
 姉さんを欲しいと思った自分がいることが怖かった。
 姉さんを女として見ている自分が怖かった。
 姉さんを無理やりでも自分のものにしたいと思う自分が怖かった。
 姉さんはそんな俺の心を見抜いていたのか、からかうことも多かった。
 我慢することは俺にとって苦痛だった。
 だけど我慢しないわけにはいかなかった。
 俺たちは姉弟。
 それを思うと胸が苦しかった。
 どうして姉弟だったんだろうと思った。
 
 
 弟は私の全てだ。
 そう気付いたのは私が高校に上がったばかりの頃だと思う。
 1ヶ月くらいでクラスの人はあらかた知り合いになった。
 男友達も出来た。
 そのうちの1人が言ってきた。付き合ってくれ、って。
 どうしようかな。
 ちょっといいかな。
 でもちょっとかっこわるいかな。
 もっと優しい方がいいな。
 もっと私のこと分かってくれる人の方がいいかな。
 比べていた。
 誰と?
 頭に浮かんでいたのは弟だった。
 弟の武。
 2つ下の弟。
 まだ中学生。
 結局クラスの男友達の申し出は断ってしまった。
 好きな人がいるからって。
 誰かって聞かれた。
 私の好きな人は大沢武。
 私のたった一人の弟。
 そう言いたかった。
 言わなかった。
 ほんとは大きな声で言いたかった。
 でもそれはダメ。
 私たちは姉弟。
 許されない関係。
 私たちは仲の良い姉弟だった。
 私たちは仲の良すぎる姉弟だった。
 弟の自分に対する視線がどういうものか分かっていた。
 だからからかってしまった。
 でも同時に思っていた。
 私を襲ってくれないかなって。
 無理やり自分のものにしてくれないかなって。
 わかってる。
 それだけはダメ。
 でもその思いをずっと殺し続けるなんて嫌。
 何のために生きてきたか分からないもの。
 せめて好きな人に抱かれたい。
 だから決めたの。
 今夜だけ武のものになるって。
 でも武には辛い思いをさせるかもしれない。
 ごめんね。
 私のことなんて忘れてね。
 いつまでも私なんかに囚われないでね。
 
 
 私は3人兄弟の末っ子だった。
 3つ上のお姉ちゃんと1つ上のお兄ちゃんと私の3人。
 私たちは仲が良かった。
 お姉ちゃんとお兄ちゃんは格別に良かった。
 なんだか私が邪魔みたいだった。
 つい言ってしまったことがあった。
 私なんかいらないんでしょうって。
 二人はすごく悲しそうな顔をした。
 今でもその顔を覚えてる。
 だからもうそんなことは言うまいと思った。
 だけど二人の仲が良すぎたのは私の気のせいではないと思った。
 実際そうだった。
 お互いの交わす視線は恋人同士のそれだった。
 本人たちは気付いていなかったかもしれないけど。
 うらやましいって思った。
 自分もお兄ちゃんのことがこんなに好きなのにって思った。
 相手がお姉ちゃんじゃなかったらとも思った。
 かなわないことはわかっていた。
 あの光景を見たってお姉ちゃんならって思った。
 私は眠れなかった。
 それは幸運と言うのか、不運と言うのか。
 誰かが外に出て行くのがわかった。
 そのあとでもう1人もまた外に行くのがわかった。
 気にならないわけがなかった。
 私も後を追った。
 
 
 
 「俺も櫛那高校に行くよ。」
 唐突に弟は言った。櫛那高校は私が通っている学校である。
 「どうしたの急に?」
 「あそこって進学率が抜群にいいんだろ?俺の成績なら楽勝で通るし。」
 櫛那高校は私の学区では成績で言うと2番目の高校だった。
 でも1番上の修明高校より国立大学に通る生徒は多い。
 「お兄ちゃんなら修明でも楽勝じゃない?それに櫛那って良くない噂も聞くよ。」
 瑞稀が横槍を入れる。一瞬だけど顔をしかめてしまった。2人は気付いただろうか。
 櫛那高校は良くないという噂に限らず、実際に普通と言えるところではない。
 外面的には普通である。確かに。不良と呼ばれる生徒が多いわけではない。
 むしろ少ない方で品行方正と言われるくらいだ。成績はさっき言った通り。進学率もかなりいい。
 実は就職するにも事欠かない。
 問題は卒業者数だった。基本的に留年するものは少ない。退学はもちろんのこと停学ですら稀だ。
 だが入学者のうち卒業できる者が100%に達することは、まずない。
 年に数人以上、必ず死人が出た。それがこの高校を少しだけ入りやすくする要因でもあった。
 一般的に普通と呼ばれる人たちはあまりここに行きたがらない。
 「修明は校則厳しいらしいからダメだな。俺はそもそも規則ってのが苦手なんだよ。」
 「アンタらしいわ、その答え。」
 私は軽く声をあげて笑った。
 「どういう意味だよそれ?」
 「そのまんまよ。でもいいんじゃない、そういう考えも。それなら来年から一緒に行こっか。」
 「な、何言ってんだよ・・・」
 武が急にどもる。愛い奴愛い奴。一緒に行ってくれるかな?な〜んて期待しちゃったりして。
 
 
 危ない危ない。
 うなずいちまうところだった。
 それにしても何考えてんだか。
 俺の気持ち知っててあんなこと言ってるのか?
 櫛那に行くってのも半分はそれもあるから気付いてるかもな。
 気付いてて言ってるとしたら・・・遊ばれてるのか?
 姉さんはまだしも瑞稀も気になるな。
 心配して言うのかもしれないけど。
 姉さんの顔色が微妙に変わった気もするけど気のせいだろうな。
 そういえば2年前俺も反対したっけな。
 姉さんが櫛那に行くって言った時。
 あのときもからかわれて結局認めるしかなかったんだっけ。
 昔から姉さんにはかなわないな、俺は。
 学校でシスコンとか言われても仕方ねぇってようやく思えてきたぜ。
 
 
 本当に櫛那に行っちゃうのかぁ。
 また私から一歩遠のいてお姉ちゃんと近付いた。
 なんだか悔しい。
 合格発表はまだだけどお兄ちゃんが受からないわけない。
 あの日反対はしたけど、もう決めちゃってることは分かってた。
 お兄ちゃんは一度決めたら絶対曲げない人だもの。
 お姉ちゃん、嬉しいんだろうな。
 一緒に行こうなんて言ってたし。
 からかってるようだけど本気だったのはわかる。
 気付いてないのはお兄ちゃんだけ。
 気付いてないうちにお兄ちゃんを私に振り向かせられないかな。
 ・・・だめだめ。
 私たちは兄妹なんだから。
 でもでもお姉ちゃんとお兄ちゃんも・・・
 なんで兄弟じゃだめなのかな。
 私お兄ちゃんのこと好きで好きでたまらないよ。
 いつまでこの気持ちを我慢しなきゃいけないんだろう。
 
 
 
 「あんたたちは相手がわかってんだろう!!」
 「ああ。」
 父親が重々しくうなずいた。横に母親もいる。
 瑞稀はここにはいないが、聞こえているんじゃないかと思う。
 「ならなんで!なんで放っておくんだ!!」
 俺はテーブルに拳を叩きつけながら叫んだ。母親が少しだけ跳ねたようだが父親は何の反応もない。
 「・・・仕方あるまい。」
 「なんだよそれ!わかんねえよ!だいたいなんで姉さんが死ななきゃいけないんだよ!!」
 俺は何度もテーブルを殴っていた。目が霞んで前がよく見えないと思ったら泣いていた。
 テーブルに置いた拳に雫が落ちた。
 「宿命なのだ。わかってくれ。」
 母親も何か言いたそうだったが父親の一言で片付いてしまったかのように何も言わなかった。
 「この能力があるからか!」
 「・・・・・・」
 「こんな・・・こんな人を殺すため以外には使い道のねえ下らねえ能力のために姉さんは犠牲になったのかよ!!」
 「・・・武!」
 父親が初めて怒りのような感情を顔に出した。が、俺の怒りは止まらない。
 「なんだよ、ちがうのかよ!現に姉さんは死んだ!この能力のために!あんたら親なら悲しく思わねえのかよ!」
 「武!!」
 もう一度父親が俺の名を呼んだ。母親はもう顔面蒼白だ。
 そんなこと知ったことではないのだが、もうこれ以上何も言うことはなかった。
 「ちくしょう・・・」
 俺はそう言い残して部屋に戻った。まだ姉さんの香りが残る俺の部屋。
 ベッドに突っ伏しながら胸の十字架のネックレスを握り締めた。
 姉さんが大切にしていたネックレス。
 姉さんと寝て、いつの間にか眠ってて、気が付いたら姉さんがいなくて、このネックレスだけが残っていた。
 「ちくしょう・・・」
 俺はもう一度だけつぶやいた。
 
 
 お姉ちゃんが?
 どうして!?
 お兄ちゃんと一緒にそう言いたかった。
 でもお父さんとお母さんを見てると無駄だって分かった。
 あまりにもお兄ちゃんがかわいそうだった。
 お父さんもお母さんもお姉ちゃんがああなることは分かっていたみたいなのにそれは当然といった風で、
 お兄ちゃんには説明も何もなしで。
 お兄ちゃんがお姉ちゃんのこと好きなのわかってたくせに。
 お姉ちゃんを見たとき、うそだって思った。
 私はお姉ちゃんのこと嫌いなわけじゃない。
 むしろ好き。
 だからこそ涙が出た。
 今もこうして涙が止まらない。
 お兄ちゃんほどではないかもしれないけど私だって悲しい。
 これからどうなるんだろう。
 お姉ちゃんが邪魔だって思うこともあったくせにお姉ちゃんがいない生活なんて考えられない。
 お兄ちゃんはお姉ちゃんがいないのに同じ高校に通うんだ。
 なんかかわいそうだよ。
 お兄ちゃん1人で寂しそうだよ。
 ねえ、なんでこんなことになっちゃったの?
 ねえ、お姉ちゃん・・・・・・
 
 
 「お兄ちゃん、学校楽しい?」
 梅雨時だったか。確か最初の定期考査が終わったくらいの日曜だったと思う。
 部屋でぼんやりと音楽を聞いていたら瑞稀がノックとともに入ってきて聞いた。
 俺はベッドに座っていたが、気が付いたら瑞稀はいつの間にか机の椅子に座っていた。
 「・・・どういう意味で?」
 「そうねぇ、友だちとか。新しい友だちできた?」
 俺は少し考えた。果たしてどこまで友だちと言えるものか。
 一応体面良くしているから敵は作っていない。クラス内の人間は大抵話せる。
 が、そこまでだ。いや、あいつらは友だちと言ってもいいか。よく話したりするし。
 「できた。変な奴らばっかだけど。」
 「お兄ちゃんに似てるってこと?」
 「お前な、俺が変だって言いたいのか?」
 「あれ、お兄ちゃん自分のこと普通だと思ってたの?」
 わざと驚いたような顔をしながら言う。バカにしてるな。
 「お前も人に言えないだろうが。」
 「私は普通だよ。」
 「どこがだ。」
 「どこがってどこか変なとこある?」
 「全部。」
 「お兄ちゃんもじゃない。」
 「お前・・・」
 次の言葉が喉で詰まった。キリがない。やめよう。
 「もういい。友だちの話だったな。最近ずっと固まってる。同じクラスの連中だ。1人は中学で同じ学校だった。」
 「ふ〜ん。ひょっとして箕神さんって人?」
 「・・・なんで?」
 素直に思った。なぜこの場で風音の名前が出てくる?合ってるから余計いやだ。
 「だって前からよく電話かけてくるじゃない。」
 「そうだっけ?」
 「そうよ〜。きっとお兄ちゃんのこと好きなんだよ。」
 はぁ?なんでそうつながる?
 「んなわけないだろ。第一俺が人に好かれるなんて事があるわけないだろ。物は考えて言え。」
 「・・・・・・」
 黙ってしまった。俺の顔をじっと見てるが・・・なんだ?
 「・・・お兄ちゃん損してるかも。」
 「なんだそりゃ?」
 「別に。気にしないで。」
 わけがわからん。少し楽しげなのが妙だ。だが聞いたところで言うものでもなかろう。
 「あと何が聞きたい?」
 「結局箕神さんなの?それ聞いてない。」
 思い出したか。忘れていたかと思ったのに。
 「ああ、そうだよ。なんか知らないがやけに絡むんでくる。これで満足か?」
 「他に友だちに女の子はいないの?なんか仲のいい人。」
 何が聞きたいんだこいつは?友達じゃなかったのか?
 「・・・いるにはいるけど別に特別いいってわけじゃない。同じグループにいるってだけ。」
 「ふ〜ん。そっか。」
 なんでそこで拍子抜けしたような顔をする。いちいちわからんやつだ。
 「授業とかは?先生とか。」
 「普通だ。おもしろくはないがわからなくもないから問題ない。」
 「部活は?」
 「普通だろ。いつも行ってるけど人数の少ない弱小部だ。練習もしょぼい。」
 「ふ〜ん。」
 質問はこれで終わりのようだった。だが次に出た言葉は俺を驚愕させるのに十分な内容だった。
 「私櫛那に行く。」
 「何!?」
 「だから私も行くの。」
 な、何をいきなり言い出すんだこいつは!?
 「なんで急にそんなこと言ってんだ!?」
 「進路について考えてこいって言われて。まだ仮決めって感じだけど。」
 「・・・あっそ・・・」
 それならいいか。受験までに考え直してくれればいい。そういう風に吹き込めばいいわけだし。
 
 
 もう夏休みかぁ。なんか早いなぁ。
 3年になってからただひたすら勉強してるって感じ。
 お兄ちゃん・・・はそうでもないみたいだけど。
 どっちかって言うと部活がんばってるみたい。
 空手部で1人だけすごく真面目に練習してるらしいの。
 らしいって言うのは人に聞く話で本人は全然そんなこと言ってくれないからわかんないわけで。
 お兄ちゃんは今でも1人だと暗い顔してる。
 この前友だちを連れてきた時はそうでもなかったから人前では明るく振舞ってると思う。
 一緒に出かけたりしてくれないからわからないんだけど。
 あ、出かけられないのは私だった。
 一応受験生だしね。
 ほんとは気にしなくても良さそうなんだけど。
 櫛那ってそんなに難しくないって定評だし。
 楽勝楽勝。
 あとは受験までにお兄ちゃんを説得すれば何とかなる。
 どうやって説得しよう。
 考えておかないと。
 
 
 
 「ああ!?まだ言ってたのかそんなこと!?」
 「うん。」
 微笑みながら答えやがった。何考えてるんだこいつは。もう願書提出の締め切り近いだろうに。
 「なんで櫛那なんだ。お前なら修明でも通るだろうが。」
 「だって櫛那の方が進学率とか就職率いいもん。」
 まぁ確かに。って納得してどうする。
 「ちがうだろ!俺が櫛那に行く時危ないって反対したのはどこのどいつだ!
  そんな危ないところに自分も行こうって言うのかお前は!」
 「本当に危ない時はお兄ちゃんに助けてもらうから大丈夫よ。」
 「俺がどうやって助けるんだ。」
 「呼ぶから助けに来てね。」
 「そうそう都合よく行けるわけがないだろうが。それより修明の方が安全に決まってる!」
 「・・・・・・」
 瑞稀が急に黙った。あ、もしかして・・・泣く?泣くのか?目に涙が溜まってる!まずい!
 「わかった。修明に行く。」
 あ、なんだ。諦めたのか。良かった良かった。
 「修明に行って変な男に捕まって遊ばれて捨てられて捨て鉢になって援助交際とかする。」
 「何!?ちょっと待て、なぜそうなる!?」
 おかしいぞ、それは!心の中でそう叫ぶが喉まで出かかって瑞稀の言葉に遮られる。
 「いいじゃない、私が同じ学校に来るのは嫌なんでしょ。ちがう学校なら関係ないじゃない。」
 「そういう意味じゃないだろうが!」
 嫌とかそういう問題の話はしてないだろ!
 「私がどうなってもいいんでしょ。
  ちがう学校だったら私の話なんて噂にもならないだろうから何が起こっても楽でいいわよね。」
 噂は伝わるもんだが・・・ってそうじゃない!
 「そんなこと言ってないだろうが!」
 「わかってるのよ、お兄ちゃん。どうせ私なんて邪魔で邪魔で仕方がないんでしょ。」
 そんなわけないだろうが・・・なんでお前が邪魔なんだ。
 邪魔なら余計言わないぜ、こんなこと・・・ったくなんで俺はこんなに苦労症なんだ。
 「・・・わかった。櫛那に来ればいい。」
 そう言った途端瑞稀の顔が一気に晴れた。涙なんて陰も形もない。
 「ありがとう、お兄ちゃん!」
 こ、こいつ演技してやがったな・・・そう思うと悔しいのだが騙された俺が悪い。
 「あと2週間で入試があって合格発表はその次の週だから楽しみにしててね。」
 瑞稀は部屋を出て行った。とても楽しそうに出て行った。・・・ハメられた。完全に。
 これだから女の涙は嫌いだ。パターンがわかっていても見事に引っかかってしまう。ちくしょう。
 俺はベッドに倒れこんで自らの言動を嘆いた。どうなると言うわけでもなかったが。



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