闘争者




第二章

 157、157、157・・・
 あ、あったあった。
 良かった良かった、ちゃんと受かってる。
 落ちるわけないと思ったけどそれでも少しは不安になるわよね。
 もしものことだってあるし。
 でもやっぱり大丈夫だった。
 やったね、私。
 これでお兄ちゃんと同じ高校に行ける!
 毎日一緒に行こうかな。
 あ、でもお兄ちゃんが嫌がるかな。
 でもでも帰りはいいよね。
 偶然会ったってことにすれば問題ないし。
 楽しみだな、これから。
 
 
 櫛那高校の入り口は決して狭くない。
 成績もそこそこで入ることができるし入試だってそんなにできていなくてもすんなり通ることは稀じゃない。
 やはり昔からある嘘のようでなかなか消えない信憑性が高いと思われる噂の影響であることは否定できない。
 いや、通う者はわかっていた。それは噂ではなく真実であると言うことを。
 外部の人間がそれを認め難いがために"噂"に留まっているに過ぎない。
 教師陣も口では否定してはいるもののわかっていた。生徒を見てもなんとなくわかった。
 確かに大抵がまじめで勤勉な生徒だ。だが何かちがうと思われる者が少なからずいた。
 それはときにはいつも席が教卓の前になるまじめな女子生徒であったり、窓際で授業を聞いているかいないのか疑問
 に思うのだがテストの成績は抜群に良い男子生徒であったり、深夜バイトをしているにもかかわらず眠そうな顔一つ
 せず授業を聞く生徒であったり。
 何か違う、とよく思うのだ。だが干渉はしない。それが生き長らえる掟とも言える。
 教師はあくまで教師であって、それ以上でもそれ以下でもない。
 この高校ではそういう考えでないと生きていけないのだ。
 
 
 「お兄ちゃん、受かったよ!」
 瑞稀が俺の部屋に入り開口一番そう言った。
 俺にはため息をつくこと以外に何が出来たであろうか。
 結局俺が1番恐れていた事態に陥っている。
 ベッドの上で頭を抱えた。
 「お兄ちゃん、私と一緒に学校に行くの嫌なの?」
 別に嫌ってわけじゃないんだが・・・何!?
 「一緒に学校に行く!?」
 「いいでしょ別に。同じ学校だし。」
 あっけらかんと言う。
 「俺は結構早いぞ。」
 「いいよ。」
 「歩くのも速いぞ。」
 「追いかけるもん。」
 「走ったらどうする?」
 「お兄ちゃん、私のことそんなに嫌い?」
 泣きそうな顔、潤んだ瞳。
 そ、そんな顔で俺を見るな!
 姉さんと同じ顔で泣くな!
 「いやそうじゃねえよ、違うから泣くな。泣かないでくれ。学校にも一緒に行くよ、な?」
 またいつもの嘘泣きのようですぐに嬉しそうに笑う。
 「うふふ〜、ありがと。だからお兄ちゃん大好き。」
 瑞稀が俺の首に腕を回して抱きついてくる。
 「お、おい!」
 「何?」
 「だ、抱きつくなよ・・・」
 「嫌?」
 「そりゃあ、嫌じゃあ・・・ないけどよ・・・」
 ああ、なんて正直なんだ俺。
 墓穴掘ってるぞ。
 「ならいいじゃない。」
 なお一層力をこめて抱きついてくる。
 もうどうにでもしてくれ。
 ただ・・・抑えるのがすごく辛い。
 姉さんと同じ顔だと思うと・・・・・・
 いかんいかん。
 相手は妹なんだ。
 これ以上の間違いは許されない。
 
 
 ここ1ヶ月くらいお兄ちゃんの顔色が良くない気がする。
 なんだかいつもきつそう。
 前に比べてやせた感じもあるし。
 日曜日の午後にお兄ちゃんの部屋のドアを叩く。
 ・・・返事がない。
 「お兄ちゃん、いないのー?」
 家から出て行った様子はないけど朝会ったわけじゃない。
 日曜日に朝ごはんを食べなくなったのも1ヶ月前からだっけ。
 それどころか昼ごはんも食べてない。
 食べたいときに食べるから大丈夫だって言うけど。
 私は意を決してドアノブに手をかける。
 鍵は・・・かかってない。
 お兄ちゃんは・・・いる。
 ・・・ベッドの中に。
 もう3時なのに。
 起こしてあげようかな。
 どうしようかな。
 横向きになって寝てるから寝顔が見える。
 ・・・・・・。
 ふと。
 「あ・・・瑞稀。」
 お兄ちゃんが目を覚ました。
 毛布を跳ね飛ばして起き上がると枕もとにある携帯を手に取る。
 「3時・・・ってことは6時間半寝たか。十分だな。」
 6時間半・・・それじゃ寝たの8時半!?
 「そんな時間まで何してたの?」
 「あれ、言ってなかったっけ?バイトで夜勤入ってるから8時に帰ってきてシャワー浴びて寝るのが8時半。」
 夜勤?
 全然聞いてないんだけど。
 「毎週日曜日?」
 「平日は6時までだな。あ、そういえばお前に夜勤のこと話してなかったか。」
 平日は?
 「お兄ちゃん私何も聞いてない。私なんかに教えても仕方ないから?」
 涙目で訴える。
 お兄ちゃんがこれに弱いのはわかってる。
 ・・・半分くらい本心なんだけど。
 予想通りお兄ちゃんは慌てて弁解をはじめる。
 「わ、悪い・・・ただ言う機会がなかったんだ。お前が高校に入る前まではいつも12時から6時だったからお前が
  寝てる時間だけだったしさ。今も入るのが10時からで学校のある日だけ6時に上がってるから一応何も影響ない
  だろ?実際親父にも母さんにも話してないからさ。」
 「え、お父さんにもお母さんにも話してないの?」
 「・・・話す必要ないだろ?」
 ない・・・かなぁ?
 「去年から10時以降は部屋にこもってたし朝は6時半に部屋を出てきてたし。」
 そうなんだ・・・でも夜寝てないんだったら。
 「それじゃ・・・いつ寝てるの?」
 「授業中ばっちり全部。問題ナシ。」
 いや、親指立てられても・・・
 「成績大丈夫なの?」
 「風音のおかげでテストの点数は取れてる。頭が上がらんね。」
 なんだかなぁ。
 成績がいいからって言っても授業中寝てるのは・・・
 「先生は事情を知ってるから何も言わん。心配するな。」
 「先生まで丸め込んじゃってるのね・・・」
 さすがは抜かりがないって言うか。
 でも気になるのは。
 「どうしてそこまでしてバイトするの?」
 「いや、そこはまぁ・・・」
 あ、お茶濁してる。
 絶対何か隠してる。
 「私には話せないの?」
 「いや、そうじゃないけど・・・黙ってろよ。」
 「うん。」
 あまり大きくない声でお兄ちゃんは自分がやろうとしていることを言った。
 「・・・え・・・?」
 私は一呼吸遅れて驚いた。
 それがどういうことかすぐにはわからなかったから。
 単純なことなんだけどわからなかった。
 全く予想外のことだったから。
 ちょっと・・・嬉しかったり。
 
 
 言っちまったなぁ。
 やっぱり驚くかぁ。
 でも多分これが最良の手段だよな。
 傲慢な方法かもしれないけど他には思い浮かばない。
 問題はこれで瑞稀がバイトするって言い出しそうなことだな。
 やっぱり適当な嘘でも言ってごまかした方が良かったかな・・・
 
 
 私にバイトのことを話してからもお兄ちゃんの生活は相変わらず。
 すごく辛そう。
 でもこの前私がバイトするって言ったらすごい剣幕で反対された。
 あんなに言うことないのに。
 私だってお兄ちゃんのこと心配だし。
 体調のことも気になる。
 お兄ちゃんは今まで学校を1度も休んでいないというのだから驚き。
 2日に1回くらいは一緒に学校に行ってるし。
 さすがに毎日ってわけにもいかないけど。
 それにしても何が何でも行こうとする姿勢はすごいと思う。
 お兄ちゃんは時間に几帳面だから絶対時間通りに行こうとしてたまに私が遅れちゃったりするくらいだし。
 そういうときは待たせるわけにもいかないから引き止めない。
 たまに待ってくれてるときにはすごく嬉しい。
 早く行くぞ、とか言ったりして。
 やっぱり優しい。
 ちがうちがう。
 心配なんだよ、お兄ちゃん。
 気付いてるのかな、私のこと。
 お兄ちゃん鈍感だからなぁ。
 気付いて欲しいのに。
 心配してること。
 あと・・・・・・
 ダメだよね、そんなこと。
 例えお姉ちゃんがそうだったからって言ってもね。
 ・・・・・・
 ダメダメ。
 ダメなの。
 心配してることを気付かれてもこれだけは。
 
 
 ここのところダルいな。
 さすがに深夜バイトは体に障るか?
 でも金になるんだよな。
 授業を全部返上してるけど。
 昼夜生活が逆転してるんだよなぁ。
 なんとか持ってるのはバイト中にある休憩時間に寝てるからか?
 半年も続ければ慣れてきたような気はするけど気のせいかやっぱり。
 体壊してやることに慣れも何もないか。
 夏休みは楽だったんだがな。
 前半補習を全部さぼっただけはある。
 後半はさすがにまじめに出ることにした。
 いくら出席日数に関係ないとは言っても他のこともあるし。
 そうは言っても半分くらいは休んだ。
 おかげで9月からが辛かった。
 でも1週間もすればやっぱり慣れた。
 このままなら持つよな、なんとか。
 それにしても随分貯まった気がするな。
 自分の生活費の大半を賄っているとは言っても住宅費がなければ楽なもんだ。
 そろそろ瑞稀のために保険をかけておくか。
 あの人なら少しは考えてくれるだろ。
 
 
 10月。
 そろそろお兄ちゃんの誕生日だから何をあげようか考えてみる。
 そろそろって言ってもまだ1ヶ月あるんだけど。
 我ながら気が早い。
 でも今のうちからいいものを探しておかないとね。
 で、今いるのが化学実験室前。
 放課後だけど誰かいるかな?
 一応私も科学部に所属しているから遠慮することもないけど。
 「こんにちはー。」
 「ぬ?」
 不審な動きとともにこっちを見るメガネ。
 白衣の似合うその背中。
 「八坂さん。」
 「なんだ、大沢さんか。びっくりした。」
 八坂さんはため息をついた。
 また怪しい実験でもしていたのかしら?
 そもそも疑問なのはなぜこんなところにいるかと言うことなんだけど。
 今3年で前部長。
 化学薬品が好きで放課後はここにいたらしい。
 らしいと言うのは実は聞いた話だからであって今年は受験のためなのか姿をあまり見せない。
 なぜ面識があるかと言うとミーティングがあるときには必ずいるから。
 「今日はミーティングの日じゃないですよ。受験勉強はどうなったんですか?」
 「俺はミーティングの男か・・・って確かにそうだけど。この前弥生化学工業株式会社に就職決まったんだ。」
 「わかりません。」
 「要は薬品を製造するところだよ。」
 うわ。
 趣味そのままに就職しちゃったのね。
 私はなんとか顔に出さずに実験室の中に入る。
 「おめでとうございます。それでヒマになったから来ているんですか。」
 「そういうこと。それより水野を知らないかい?彼に見せたいものがあるんだけど。」
 「なんですか?」
 真後ろのやや高い位置から声が聞こえた。
 かなり唐突に。
 「み、水野さん、いつの間に?」
 「今来たところだよ。」
 私の横を通り過ぎて八坂さんのところに向かう。
 もちろんいつもの微笑を浮かべて。
 ・・・あの笑顔って普段は優しげで好印象を与えるけどこういうときばかりはそうも行かないのよね・・・
 私のそんな思いを知ってか知らずか(多分気にしてない)2人は何かしら薬品のことを話し出した。
 私も興味はある。
 「なんですか、それ?」
 「これは簡易爆弾だよ。」
 「え?」
 八坂さんは楽しそうに試験管を見せた。
 試験管の下4分の1ほどが砂のような物体、そこから半分ほどのところまでどす黒い液体が入っている。
 一応ふたもついてるけどどう見ても普通のゴム栓じゃない。
 白い塊が詰めてあってすごく怪しい。
 「この砂がダイナマイトと同じでニトロを染み込ませてある。その上に少量の高濃度硫酸を入れ、あとはガソリンで
  満たしてある。」
 「つまり火炎瓶の応用ですか。」
 「そういうこと。」
 は?
 火炎瓶?
 「火炎瓶の作り方は知らないのかい?」
 「ええ。」
 普通知らないってば。
 「火炎瓶って言ったらガソリンを詰めた瓶に火の付いた紙を差し込んで投げるものを連想すると思う。」
 「違うんですか?」
 「それでは火種が必要だろ。」
 八坂さんが人差し指を振る。
 「僕たちの言う火炎瓶は化学反応によって着火する。これが前提。」
 「つまり瓶だけ投げつければいいわけですか。」
 「そうそう。まず瓶の底に高濃度硫酸を入れる。そんなに多くなくていい。その上にガソリンを入れる。砂糖と塩酸
  カリを混ぜて蓋をして出来上がり。」
 「硫酸を蓋で反応させたら加熱して着火するわけですか。」
 「それを応用したのがこの爆弾。投げるだけって言うのが魅力だよ。」
 八坂さんは嬉しそうに笑った。
 この人危ない・・・絶対危なすぎる・・・
 「威力の程は?」
 「そこが問題なんだ。」
 水野さんの質問に困ったように眉をひそめる。
 「試そうにも家でやると威力が大きかったりした時に近所迷惑だし、かと言ってこの辺には周りに何もないような田
  舎と言う場所はない。」
 近所迷惑より家の心配は?
 「つまり理論段階ではあるけれども完成はさせたわけですね。」
 「うむ。困っておる。」
 眉根を寄せたまま手元の試験管を見る。
 家の心配はしないらしい。
 当たり前かな。
 そんな人だし。
 それにしても。
 ・・・どこからどう見ても怪しい。
 漫画のように液体だけで爆発する薬を作れないものだろうか。
 一応ニトロだけを入れておけば可能かもしれないけどそれじゃ持ち運びがほぼ不可能な時点で実用性に欠けるし。
 漫画だと可能かもしれないけど。
 結局こんな風になってしまうんだろうか。
 「僕が試してきましょう。」
 水野さんが突然言った。
 「どこでだい?」
 「あてはないんですが、長期休み中にでもどこかで。」
 どこかって一体・・・?
 「わかった。それじゃ来週までに10本くらい用意しておくよ。」
 八坂さん、気にせずに納得するし。
 「じゃ、僕は物理実験室の方にも用があるんで。」
 「おう。またなー。」
 この部活、絶対なにかまちがってる。
 でもそれが普通になっていくのね・・・・・・



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