闘争者




第三章

 ネット空間は便利だ。
 その匿名性から現実ならば法に触れる行為であっても平気で行うことが出来る。
 しかも優秀なハッカーであればその行為が外部に漏れることはない。ハッキングは慣れれば簡単だ。
 まず簡単な用語から覚えていく。単語すらわからないのでは話にならない。
 そしてセキュリティの比較的緩いサイトからハックする。
 俺は何をやりたいかを考えてからその辺はやる人間の自由だろう。
 そして徐々に厳しいサイトへとターゲットを移していく。失敗の許されない演習だ。
 だが俺は失敗したことはない。もし1度でも失敗していたら俺は普通に高校生なんてやっていられないだろう。
 それが盗聴法だ。厄介な法律ができたもんだ。それはさておき。俺はもうハッカーとしては1流だ。
 いや、まだ1流か。上には上がいる。だがこの程度の腕があれば俺のやりたいことは充分にできる。
 俺には欲しいものがあった。しかもそれはできるだけ安全に、そして安く手に入れたかった。
 方法を考えなければならない。何と言っても所持するだけでも違法なものを手に入れようとしているのだ。
 まずはどこから仕入れるか。さすがに相談はできない。
 とりあえず俺はパソコンの前でどうやって手に入れるかを考えつつ、何が欲しいかも考え画面を見ていた。
 それはいいが。
 今いくらあるんだろうか。給料は全部郵便局に振り込んであるからいくらもらっているのか見当がつかない。
 いや、それはちょっと語弊があるな。計算が面倒でいくらもらっているか確認してない。
 毎月微妙に変動するけど今までの様子からするとだいたい18万くらいと思う。
 携帯の方は月に4000くらいと言うのはわかる。が、まぁこれはまだ大したことはないだろう。
 生活費は意外とかかってるな。
 1日1000円くらいですませて嗜好品はほとんどないがたまにルーズリーフが切れたりするし買わなきゃいけないものも
 ある。
 月に4万くらい使ってるか。引き出すときはいつも10万だから気にしてないが。
 今手元には諭吉さんが1人いるだけ。そろそろ下ろそうと思ってた時期だ。
 前回下ろしたときには確か200万くらいだったか。アレが25万だったからな。安くしてくれたらしいし。
 そんだけ使ってもあと1年経ったらもう1つ通帳を作ろうか、なんて思ってた気がする。
 それにしても通帳は随分前で記録が止まってるな。カードばかり使うからこうなるのか。
 今度は久々に通帳で下ろすか。
 で、だ。俺は虚空からパソコンの液晶画面に視線を戻した。
 これだけあればプライスの問題はさほど大きくない。密輸でもするんでなければ。
 日本は治安が良いとは言っても裏通りはちゃんとある。欲しい物も手に入ると言うわけだ。
 ここからが考え所だな。顔が割れないようにしないといけない。
 なんかいい方法ないかね。
 俺はマウスを動かした。『アングラ』と呼ばれるサイトに飛ぶ。そうして考えること10分。
 ふと光明のようなものが見えた気がした。俺は検索サイトで警察のホームページを探した。


 昨日は爆弾の話とかしてたら本題をすっかり忘れてしまった。まだ時間はあるからからいいんだけどね。
 「こんにちはー。」
 「ぬ?」
 昨日と同じように化学実験室に入ると昨日と同じように八坂さんが不審な動きとともにこっちを向いた。
 「大沢さんか。今日はなんだい?」
 「今日は、じゃないんですよ。昨日は爆弾の話をしてて用事をすっかり忘れて帰っちゃったんです。」
 「なんだ、ちゃんと部活をしに来ていたのかと思ったよ。」
 そう言われても私はそんなに真面目ではないんですけどね。
 そんな言葉を笑顔で表現してみるけど伝わるはずもない。
 「そこはいいんですよ。今ある薬が欲しいんです。」
 「何?」
 「疲労回復薬。」
 「はぁ?」
 間抜けな反応。としか言いようがない声と顔であることを本人はわかっているのだろうか。
 させたのは私だけどね。
 「なんで?」
 「お兄ちゃんがいっつも疲れてる感じだから何かできないかと思って。」
 「そういうことね。で、具体的になんで疲れてるんだい?毎日工事現場通い詰めてるとか?」
 そういえばなんでかなぁ?とりあえずコンビニの夜勤ってこの前言ってた。
 「コンビニの夜勤してるから睡眠不足かも。」
 「それじゃ睡眠薬でもあげた方がいいよ。疲労回復薬なんて言っても結局は疲れの先送りでその場では元気になるけど
  あとが辛い。むしろ無理やりにでも寝させた方が本当の意味での疲労回復になる。」
 そうなんだ。知らなかった。
 「何呆けてるんだよ。俺がまともなこと言って悪いか?」
 「そうじゃないですけど、たまにしかシリアスにならないから。」
 八坂さんは頭を掻いた。
 「褒められている、と思っておこう。とにかく、ヘタに薬なんか飲ませるよりは添い寝でもした方がよっぽどいいってこと。」
 あ、そっか、そういう口実で一緒に寝るのもいいかも。
 「あ、それもいいですね。」
 「おいおい、本気にしないでくれ。冗談なんだから。」
 「わかってますよ。」
 私は笑顔を返した。感謝の意味もある。
 「ありがとうございました。それじゃ。」
 「もう帰るんだ。」
 「今日はお兄ちゃんも帰りが早いみたいなんで。」
 私は八坂さんに背を向けた。どんな顔をして見送ったかは考えるとちょっと面白いかも。
 でもやっぱり危ないって映ったかな?


 違法物品とはいえあるところにはあるものだね。
 ここの市民はひょっとしてみんな何かしら持ってるんじゃないかと思わせるほど出てきた。
 9ミリパラベラム弾を発射するベレッタM92FS、グロッグ17、H&K USP、357マグナム弾を撃ち出すコルトパイソ
 ン、44マグナムを使用するS&W(スミスアンドウェスン)M29、サイレンサー付きのSOCOM、ポンプアクション式ショ
 ットガンになんでこんなものを思わせるデザートイーグルDOT50A.E.にサブマシンガンのイングラムM11。
 どれも割と近年の性能のいいやつで殺傷力は十分にある。
 いや、デザートイーグルやイングラムははっきり言って人を殺すのには十分過ぎる。
 何が目的で所持していたのか気になるところだ。9パラのハンドガンでも人を殺すのには不自由しないんだし。
 そんなことを気にしたところで始まらないが。
 それにそんな危険なものを俺が持ってきたということもおかしいがはっきり言ってもう問題にするべきことじゃない。
 次のことに取り掛かるべきだ。
 銃器とともにかなりの弾数が確保できた。
 9パラは特に汎用性が高い分、俺の手元にあるベレッタとか以外でもブローニングなんかが9パラだったからとりあえず
 弾を全部抜いてきた。
 銃をブローニング以外にもいくつか放置することになったが2、3日は大丈夫だろう。
 多分。郊外の外れの外れにあるゴミ捨て場だったし回収は火曜日だからあと3日あるし。
 明日くらいに銃も全部回収するか。保存がちと気になるが。それと性能も気になる。
 全部使えるかどうかは怪しいもんだ。集め方が集め方だけに実はゴミを持ってきたのかもしれない。
 全部本物でモデルガンとかじゃないのは確認したのだが発砲まではその場ではさすがにできない。
 日を改めてすることになるがいつやろうか。場所も考えねばならん。
 そんなことを考えていたら携帯が鳴った。着メロからして学校関係なのだが・・・水野か。
 「もしもし。」
 「水野ですけど。」
 「ああ。」
 「爆竹の爆発力をテストしたいんだ、付き合ってくれないかい?」
 爆竹で爆発力?あからさまに嘘じゃねえか。
 「どういう冗談だ?」
 「君なら自分に関係のある法律だから説明しなくてもいいかと思うけど。」
 少し納得。つまり盗聴法のことを言いたいわけだな。とんでもない法律ができたもんだ。
 プライバシーも何もあったもんじゃない。タテマエとしての反論はそうだ。
 実態はやばい話を伝えるのに解読されにくい暗号を送るか直接会うかのどっちかの手段を選ばねばならなくなって面倒
 だってことだ。
 「わかった。こっちも水鉄砲の性能テストをしたいけどいいか?結構数あるのが問題だけど。」
 「いいよ。ちょっと面倒なこともあるけど君なら大丈夫かな。単車くらい運転できるよね。」
 「一応な。意味はわかるだろ。」
 免許は持ってないってことだが伝わったか?
 運転の仕方は長沼の教本をもらって全部覚えたし、単車を借りて実地訓練もした。
 問題は免許を持ってないだけだ。
 「十分だよ。それじゃ明日の朝10時でどう?」
 10時か。バイトが8時までだから少し時間があるか。
 「11時にできないか?バイトが8時まででな。2時間は寝たい。」
 「わかった、11時だね。」
 さて、今から数十分後にはバイトに行くわけだが。
 明日は帰ってきて寝るつもりだから用意する時間などない。つまり今からしなければならんわけだ。
 持っていくものを先に決めようか。ボストンバッグに詰めていた物を全部部屋の床に散りばめる。
 全体を見渡してから考える。まずハンドガンはベレッタ。
 イタリア製だけにグリップは大きいが持てないこともない。予備にグロッグ。SOCOMも持って行く。
 357マグナム弾用にコルトパイソン357マグナム。バレルは6インチ。それとは別にデザートイーグル。
 「地上最強の銃」とまで言われるこの銃は外せない。そしてショットガンにイングラム。
 選んでから再びボストンバッグに詰め込む。
 余ったいくつかの銃と使わない45ACPとか380ACPなどの弾はさすがにその辺に散らばらせておくわけにもいかず、
 とりあえず部屋の隅によけておく。
 380ACPを使わないのはわかる人には意外かもしれない。イングラムは通常380ACPを発射するからである。
 が、9パラの氾濫によりイングラムも9パラで撃てるようになったのが実情。おかげで助かっている。
 結局バッグの半分くらいで済んだ。イングラムのサウンドサプレッサーも入れたけどあまり変わらない。
 元々いっぱいになるまで入れてきたわけじゃないからそんなものかもしれない。
 そうこうしているうちに時間が来た。もう行かないといけない。一応瑞稀に声をかけてから家を出た。


 お兄ちゃんは私にバイトのことを教えてくれて以来、行くときは私に一言声をかけてくれるようになった。
 それに何の意味があるかはよくわからないとしても、お兄ちゃんのことが1つでも多くわかると嬉しい。
 こんなに好きになっていいのかな、って思うことがある。
 それは私たちが兄妹であると言うこともあるけど、そのことを除いてもなんとなく考えてしまう疑問ではないのかしら?
 ただ絶対に嫌われてないってわかるから楽かもしれない。
 私と話すときはよっぽどの場合でもないかぎりは嫌な顔をしない。
 それに私のことを思って話してる。
 それって実は私とお姉ちゃんがすごく似てるせい?
 私にお姉ちゃんの陰を見てる?
 ううん、そんなのことない。
 そんなことないよ。
 もしそうなら、ひょっとしたら私を抱いてるかもしれないから・・・・・・


 俺がバッグを持って家を出たのは10分前だった。家の前に1台の車が止まっていた。
 営業マンが乗っていそうなトランクと後部座席が一体化した白い車。
 後部座席のウィンドウガラスも白く塗装されており中が見えない。運転席から人が出てきた。
 なぜか水野である。いや、こいつになぜかと言う言葉は似合わないかもしれない。
 「おはよう。」
 いつものように微笑みながらあいさつなんぞしてくる。
 「何がおはようだ。なんだこの車?なんで側面に『(株)エンジェルコーポレーション』なんて書いてある?」
 「まあまあ、話は道中にでもね。」
 半ば無理やり助手席に押し込められた後、水野の運転により車は発進する。バッグは足元に置いた。
 「免許は持ってるのか?」
 「必要ないよ。運転できればいいし、もし警察に止められたり追いかけられたりしても撒けば問題ないよ。」
 問題は十分あるのだがもはやそこを論点にすることすらバカらしい。俺はため息をつきつつ別の話題を振る。
 「この車はどうした?」
 「盗難車だよ。持っていくのに少しばかり骨が折れたけど、気付かれずに盗めたから大丈夫。」
 とにかくこの男はどんな問題発言もまるでいつものことのように話す。何が大丈夫なんだかさっぱりわからん。
 これも気にしてても仕方がないのだろうか。多少、良心の呵責のようなものを感じるが今さら返しても罪は罪。
 どうにもなるまい。
 「何が大丈夫なのかさっぱりわからんがな。ところでどこに向かってるんだ?」
 「ちょっと遠くの山奥。」
 「寄ってほしい場所がある。」
 「いいよ。でもこの車にずっと乗ってるわけにも行かないからあれに乗ってついてきて。」
 水野は不意に車を止めて左前方の単車を左手で指差した。今ごろ気付いたんだが手袋してやがる。
 俺も単車に乗るのと同時に犯罪行為に手を染めるから当然のように手袋を着けているわけだが。
 とにかく、水野は胸ポケットからキーを取り出し、後部座席からフルフェイスメットを取って俺に渡す。
 「ナナハン(750cc)だから楽についてこれるよ。」
 「俺は乗り慣れてるわけじゃないからあんまり無理はさせんでくれ。」
 「君なら大丈夫だと思うけど。」
 「おだてるな。それより、見高山近くにあるゴミ捨て場に向かってくれ。回収したいもんがある。」
 「わかった。」
 俺は車内にバッグを置いてバイクにまたがった。運転の仕方は知っているが実は車種には疎い。
 ナナハンと言われても「は〜ん。」くらいにしか思わない。ただ外見がおかしいのは気になる。
 なぜか白地に黒い文字で車同様『(株)エンジェルコーポレーション』の文字が側面に?
 用意なんぞしているうちに水野が車を発進させた。疑問を胸に抱きつつ加速する。
 それにしても随分速い気がする。と思ったら70キロ出してやがる。ここは一般道路だぞ?
 交通量の少ない道路を通っているとは言え歩行者の存在は気にならないのか?
 さっきからほとんど歩行者がいないからいいようなものを。
 ひょっとしたら歩行者が少ない道を選んでいるのかもしれないが。
 少しばかり肝を冷やしながら走ること約20分。昨日来た場所に戻ってきた。
 いくつも並べられたゴミ箱の1つに書いてある『銃器専用』の文字。
 俺が大きい紙に書いて貼り付けたんだけど。
 中にある銃は俺が回収したときより少し増えてたけど気にせず水野が乗っていた車の助手席に積んだ。
 空になってから紙を剥ぎ取って撤退。それからまた水野の運転する車を追う。
 水野は山奥で車を止めた。舗装された道路から砂利道に入ったところだ。
 ちょっとした駐車場か何かのように空間がある。
 「ここは?」
 「見高山の中腹。神社があるから駐車場があるんだけど、この山自体に人があんまり来ない。だからここを選んだ。」
 「ふ〜ん。」
 人が来ないなら好都合だな。バッグを取り出そうと思ったが、その前に。
 「後部座席には何があるんだ?」
 「見るかい?」
 水野が後ろのドアを開けた。
 俺は絶句した。はっきり言ってどう反応すればいいかわからなかった。
 そこは武器庫と言えば正しい表現と言えるかもしれないほど大量の武器を積んでいた。
 しかも俺のように銃器だけじゃない。
 爆雷にパイナップル(手榴弾)にC4(リモコン爆弾)、地雷、スタングレネード、ミサイルランチャー。
 日本では手に入らないばかりかアメリカに渡ったところで闇ルートでないと入手できないような兵器ばかりだ。
 スタングレネードは殺傷能力がない分日本でも手に入るかもしれんが。銃もある。
 コルトガバメントやらグロッグやらワルサーPPKやら。
 全部9パラだからまだいいような気もするが9パラと言えど狙いが良ければ人を殺すのには十分である。
 笑えんな。
 「なんだこれは?」
 「言ったじゃないか、盗難車だって。たまたま入っていたんだよ。」
 たまたま、ねぇ。
 「いつ盗んだ?」
 「さっき。あと3時間は大丈夫だと思うけど。」
 そこまで計算してやがるのか。ほんとにいつものように微笑みながらと言うのが恐ろしい。
 呆れるがもはや脱力しても仕方がない。
 「それまでは爆竹と水鉄砲の実験と言うわけか。それでこのC4とか手榴弾を試すのか?」
 「違うよ。これはたまたまこの車に積まれていたんだ。さっき言ったじゃないか。これは盗んだばかりだって。僕が試すの
  は僕が持ってきた爆弾だよ。」
 自分の爆弾持ってやがるのか。油断ならないやつだ。
 運転席に乗り込んだかと思うと席のすぐ後ろに置いてあるバッグから白衣を取り出した。
 なかなかいいものを持ってるじゃないか。白衣は俺も欲しいところだ。
 「で、その爆弾はそのバッグに入れてあるのか。」
 「いいや。」
 あっさりと否定してバッグを座席に置いて車から出る。
 「この中。」
 水野は白衣の内側を見せた。試験管らしきものがずらりと並ぶ。大体10本くらい。
 「試験管しか入ってないように見えるんだが。」
 「これが爆弾なんだよ。」
 は?それが爆弾?
 「冗談はよせ。」
 「大真面目だよ。理論段階では爆発するけどまだ試してないから実際のところ爆発するかどうかもわからないけど。」
 そんなんで爆発するんだろうか本当に。
 果てしない疑問を抱きつつも自分のバッグと手榴弾、それにC4をいくつか持った。リモコンも忘れない。
 これがなかったら狙撃して爆発させることになる。そんな危険なことはさすがにしたくない。
 車から歩いて5分ほど森の中に歩き荷物を置いた。
 「とりあえずこれからいくよ。」
 水野が『爆弾』を投げた。
 「火をつけたり銃で狙撃する必要はないのか?」
 「理論上はないよ。」
 理論上は。さっきから理論ばっかりだな。なんて思っていたら。
 ぱん!!
 爆竹より少し大きめくらいの爆発音が辺りに響いた。
 鳥が飛び去り木の葉が揺れ、ぱらぱらと『爆弾』のカスが降ってくる。
 「ほんとに爆発すんのか。でも火薬の量が足りないみたいだが。」
 「それはそうだよ。今のは1番ニトロの量が少なかったんだから。」
 「何?」
 それから何度か爆発音を聞くことになる。威力の上がり方は凄まじかった。
 3本目を爆発させた時点ですでに爆竹を100個鳴らしても、例え工事現場であってもこんな音は出ないんじゃないか、
 と言ったぐらいの爆発音だ。
 無論、威力は音の大きさに比例している。
 「これ以上の威力のものは実験できないだろ。」
 「さすがにね。」
 その辺りは一応わかっているのか4本目を片手に肩をすくめた。
 投げるわけにも行かず白衣の中にしまいこむ。
 さて今度は銃でも試そうか。
 「次は俺ね。」
 一方的に言い放ってから右手を懐に入れおもむろに銃を取り出しその辺の木に向かって撃つ。
 ベレッタだけに音も威力も軽い。ぱんぱんと手軽に撃てる。
 本当に人が殺せるか怪しいもんだが、死ぬものは死ぬ。人に向けちゃいけない。
 今度は左手を懐に入れる。出てくるのはデザートイーグル。
 肩に吊っているのがベレッタにデザートイーグルと言うなんとも奇妙な取り合わせだが、どうせ左手ではボールを投げる
 ことは出来ても銃は撃てない。
 右手で撃つのはできるだけ速く反応できて手数を撃てる方が良い。
 左手で取り出しても両手で撃つんだから少しでも威力の高いものを持っておきたいものだ。
 デザートイーグルは手にずっしりと来て重い。なんせ2kgほどある。
 両手で構えて撃つとさっきの爆弾ほどではないものの轟音が響く。
 低くこもったような音だ。2発目はさすがに気が引けた。
 「今のは?」
 「先に撃ったのがベレッタ。後の方はデザートイーグル。こっちは『地上最強』と言われる銃だ。」
 デザートイーグルをしまってから痺れる両手を振った。反動があまりにも大きい。
 「撃ってみるか?」
 「1発ずつ。」
 俺はまずベレッタを渡してからグロッグを用意した。一応試しておいた方がいい。軽い銃声が水野の手元で鳴る。
 「楽に撃てるね。」
 「そんだけ人を殺すのは簡単ってことだ。気をつけろよ。」
 ベレッタを受け取ってからデザートイーグルを渡す。重いのによく平気なもんだ。
 デザートイーグルの轟音をよそにグロッグを2発。9パラは軽いね。
 今度はコルトパイソンを取り出してグロッグを渡す。デザートイーグルは脇の下。
 「デザートイーグルはさすがに片手では撃てないね。」
 「撃てるやつがいたら化け物だな。」
 357マグナムは50A.E.ほどではないにしろ、9パラとは段違いに反動が大きい。
 銃声もちがう。やるなリボルバー。って関係ないか。
 こんな調子でソーコム、ショットガン、イングラム、手榴弾を試した。
 どれも調子がいいらしく、何度も使う気にはならない。
 「戻るか。」
 「そうだね。むしろ逃げるって言うんだけど。」
 「他人事みたいに言うんじゃねえ。」
 C4をセットしてから歩き出す。バッグはあまり軽くなっていない。なにしろ全然使っていないのだから。
 とりあえず50メートルほど離れてからリモコンでC4を爆破する。
 水野の持ってきた爆弾の3本目に匹敵する爆発力。
 「車の中のを全部爆発させたらどうなるんだろうな。」
 「させればわかると思うよ。」
 こいつ変な冗談言うから嫌い。と思ってはみるが最終手段はそれではある。
 万一逃げ切れそうにない場合はギリギリまで引きつけて、かつ俺たちはできるだけ離れて爆発させる。
 リモコンの電波が届く範囲は100メートルが微妙な距離。スイッチを連打すればなんとかなるはずだが。
 帰りも水野が車を運転して俺が単車。バッグは車の中。
 当然のことながらベレッタとデザートイーグルはまだ脇の下に吊ってある。
 ズボンのポケットに『カード』を大量に仕込んであるから必要ないといえば必要ない。
 左の胸ポケットには携帯、右には水野にもらった爆弾5本目とC4のリモコン。
 いざと言う時のためのもの。多分帰りは大変だろうから。
 予想たがわず山を下ってしばらくした辺りから後ろから黒ずくめの妙な車がつけてきた。
 まっすぐ帰ろうとしていない辺り、水野も気付いている。
 民家の少ない田舎道を何台もの車がものすごいスピードで走る。危険きわまりない行為だ。
 1番危ないのは俺だな。単車で100キロなんて怖すぎる。見通しが悪かったら絶対やってられない。
 俺は車の運転席の横に並んだ。水野は合図せずとも察した。試験管爆弾4本目を後ろに向かって軽く放る。
 決して小さくはない爆発音が聞こえたが追走する車はなくならなかった。
 数台減ったが結構な数が追ってきて案外しつこい。やはり水野だと狙いが甘い分、ナメられるか。
 なんて思ってたら後ろから発砲された。どこを狙っているかは見なくてもわかる。
 俺は水野が乗る車の後ろについた。追い回されるのは俺でなくとも嫌だろう。
 俺はバランスを崩さないように注意しつつ左手で5本目を取り出し後ろに向かって投げた。
 爆発する場所は予想できないが一応追従する車のボンネットには当たる計算。
 だったのだが、やや早く爆発してしまった。割と力をこめて後ろに投げたからなんとか単車には影響はなかったが恐ろし
 い威力だった。
 フルフェイスメットを通して爆発音が十分に聞こえた。
 ふと死人が出るのではないかという不安が脳裏をよぎったが、直撃はしていないからエンジンも爆発しないですんだしち
 ょうどいい足止めになったくらいだろうと踏んだ。
 数十秒後に確認できたのは追っ手を撒いたことだけ。
 それからも何キロかそのペースで進み、やがて水野が速度を落とした。
 そして車を止めて白衣を着たまま俺のバッグを持って出てきた。
 「どうした?」
 「運転代わるよ。君は後ろに乗って追っ手に攻撃してくれ。発進したらまずC4を全部爆破させて。」
 「車を爆破するのか!?」
 水野は答えなかった。しかし回答は横手を後ろから来た車で十分だった。
 水野もメットをかぶり、俺は右手に自分のバッグを抱えてC4のリモコンを持った。
 準備の確認をする間もなく一気に加速する。左手だけで水野に捕まり目測で100メートル測る。
 追っ手はまだ少し遠いがこれ以上離れると爆発するか保証できない。リモコンのスイッチを押した。
 車が膨れ上がるように見えたのは気のせいだろうか。
 追っ手は巻き込まれなかったが水野が乗っていた車はものの見事に吹き飛んだ。
 爆発音は単車のエンジン音にかき消された。足止めには・・・・ならなかったみたいで。
 結局『カード』を使うことに。前輪を狙って投げる。
 どんどん車が止まっていき追ってくる車はどんどん減って・・・・・・
 最初からこうすればよかった。俺たちは無事街まで逃げ切った。単車は水野が処分してくれたそうで。
 方法はあえて聞かなかった。帰ってからバッグを見ると中には手榴弾とスタングレネードがいくつか入っていた。
 いろいろと気が利くやつだ。と、思っておくことで納得したい。


 昨日からなんだか変だった。
 別に私が問い詰めたりしたからじゃない。
 そうだったらそのときから変わるはず。
 でもそうじゃない。
 朝は確かに普通の範囲に入る程度だった。
 帰ってきたら落ち着かない様子だった。
 制服が切れていたのと無関係ではないはず。
 今朝問い詰めようとしたけど、何か考えてる様子でいつもの調子で押すことが出来なかった。
 今日帰ってきたら遠回しにでも聞こうかな。
 そう思っていたら昨日は1箇所だった制服の切れ目が4箇所に増えていた。
 全部場所は違う。
 さらに傷までセット。
 昨日は誰かに治療してもらったのかもしれない。
 あの高校だから治癒能力を持った人間がいたって不思議じゃない。
 今回は勝手が違ったのかしら?
 ただ、問題は外見の傷より深い。
 私が心配して声をかけても「1人にしてくれ。」って言って部屋にこもったまま出てこない。
 そして私は部屋の前で立ち尽くしているのが現状。
 胸の前で手を握ってはいるもののノックしようかするまいか。
 私は大きく息を吸い込んだ。
 ここで悩んでても仕方ない。
 いつもより少し強めにノックする。
 ・・・返事がない。
 もう1回叩こうとしたとき。
 「開いてる。」
 か細い声が聞こえた。
 いつものような張りがない。
 はやる気持ちを抑えながらドアを開ける。
 お兄ちゃんは学生服だけ脱いでベッドに仰向けになって寝ていた。
 両手で目を覆っていた。
 ベッドの脇に膝を折って座る。
 お兄ちゃんのすぐ傍。
 「どうしたの、お兄ちゃん。」
 「何が?」
 「なんでそんなに傷だらけなの?」
 「なんでもないよ。」
 なんでもない?
 その傷だらけの体で?
 その震えた声で!?
 「なんでもないなら普通に過ごせるはずでしょ。」
 反応がない。
 それでも私は続ける。
 「なんでもないなら声が震えたりしないよ。」
 お兄ちゃんはまだ何も言わない。
 何を思っているの?
 「言いたくないならいいの。でもせめて傷の治療くらいしてよ。」
 「俺な。」
 唐突に言い出した。
 「人を殺しちまった。」
 それだけ言うとまた黙った。
 それ以上は何も言わない。
 何も言おうとしない。
 「今日?」
 「ああ。」
 「でもさ、何か理由があったんでしょ?」
 「殺したことには変わりないだろ。」
 どこか冷めた感じ。
 お兄ちゃんは人を殺したことで自責の念に囚われてる。
 自分だけが悪いと思ってる。
 自分に対して怒ってる。
 「その人はお兄ちゃんを殺そうとしたんでしょ。」
 「だろうな。」
 「それならその人だって自分が殺されるかもしれないって覚悟してたはずでしょ。」
 「関係ねえよ!俺は1人の人間の全てを奪っちまったんだよ!」
 「だったらさ・・・・」
 私も声が震えてきた。
 でも言うのはやめない。
 「だったら、人の命を奪った分だけ人の命を守ればいいじゃない。死んだ人は生き返らないんだからどうしようもないじゃ
  ない。それよりもできることがあるでしょ!お兄ちゃんは1人で生きてるんじゃない!お兄ちゃんは1人じゃないんだ
  よ!」
 お兄ちゃんが目を覆っていた両手を外して顔をこっちに向けた。
 泣いて目が腫れていた。  涙がこぼれた。

 「私どうしたらいいかわかんないよ!お兄ちゃんのこと慰めたいのに自分が泣いちゃって!お兄ちゃんを助けたいと思っ
  てるのに助けてほしいって思ってて!わかんない!わかんないの!」
 自分が泣き出してしまった。
 すごく辛かった。
 すごく悲しかった。
 すごく情けなかった。
 ほんとはお兄ちゃんが泣きたいのに私の方が泣き出してしまった。
 涙が止まらなかった。
 感情が内側から溢れ出てくる感じだった。
 もう私が慰めるどころじゃなかった。
 お兄ちゃんを見ていたはずなのに涙で見えなくなってしまった。
 それぐらい涙が出てた。
 涙がそっと拭われた。
 お兄ちゃんだった。
 気付いたらお兄ちゃんの胸しか視野に入ってなかった。
 頭を抱きかかえられていた。
 「ごめん。」
 背中にお兄ちゃんの手が回っていた。
 安心した。
 涙腺が緩んだ。
 また泣き出してしまった。
 今度は声をあげて泣いてしまった。
 久しぶりに思いっきり泣いた。
 後になってそれが2度目であることを思い出した。




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