闘争者過去編




第二章

 結局わかっていたみたい。
 だから胸騒ぎを感じたし、自然に情報を集めた。
 その分、何も出来なかった自分が腹立たしい。
 だけど知っていたらどうにかなったのだろうか。
 わからない。
 そんなことはいい。
 思い返したところでどうなるものでもない。
 今はやれることをやるだけ。
 
 
 「ねえ聞いた?咲ちゃん行方不明って。」
 「聞いた聞いた。電話あったもん。そのときは帰ってないけど知らないかって聞かれただけだけど。」
 補講後。テニス部の更衣室に向かう1年生2人。
 早川昭子(はやかわしょうこ)と藤崎千里(ふじさきちさと)だ。
 2人は同じクラスと言うこともありいつも一緒に来る。
 石田未来の妹、石田咲子(いしださきこ)とはちがうクラスである。
 更衣室の扉は先客がいるのか開いたままだ。
 「こんにちは〜!・・・あれ?誰もいないの?」
 「いいんじゃない。鍵持ってくる手間省けたし。」
 「そうよね。」
 一応見回しながら入るが誰もいない。鍵はやや離れた場所に保管されているので取りに行くのが面倒である。
 「咲ちゃんさぁ、なんで出てこないんだろうね?」
 「出てこないって言ってもほんとに何かあったのかも。」
 「そうかなぁ・・・」
 2人は奥へと進み自分が普段使っているロッカーに手をかける。
 「何もなければいいけどね・・・って、な、何?」
 早川がロッカーを開けた途端何かが倒れこむように出てきた。
 「あ、そ、それ・・・」
 藤崎はそれが何かわかった。人形のように白い肌。虚ろに見開かれた目。少しだけ歯を見せている口。
 それはいつも部活で見かけていた友達の変わり果てた姿。
 藤崎が先に悲鳴をあげた後、早川も事態に気付き悲鳴を上げた。
 石田咲子の死体だった。
 
 
 「外が騒がしいですね。まだ授業のあっているクラスがあると言うのに。」
 英語の教師は廊下を見てからぼやいた。
 確かになぜか妙にうるさい。たまに叫び声も聞こえる。
 が、さっきはっきりと悲鳴が聞こえたのは気のせいか。気が付けば周りもざわついてきた。
 「君たちまでうるさくしてどうするんですか。静かにしてください、授業ができないでしょう。」
 先生は一応注意をしているものの教室の騒ぎはなおいっそう大きくなるばかりだ。
 そんな折、ポケットに入れている携帯が震えた。メールが来たようだ。
 「テニス部のロッカーに死体があるって。気になるから見てくる。」
 武からのメールだ。
 こういうブラックジョークは好まないキャラだということと周りの状況からすると多分正しいのだろう。
 「先生、誰かの死体が見つかったそうです!」
 教室内で誰かが叫ぶ。教室内の喧騒はいっそうひどくなった。
 少しでも見ておこうと教室を飛び出す者までいる始末だ。
 「いたずらでしょう、放っておきなさい。」
 そういう先生の声はもはや前2、3列の人間にしか聞こえていない。
 いや、聞こえていても無視していたが。ふと周囲を見渡すと2人と目が合った。
 京次と綺羅だ。とりあえず静観する。目でそう合図する。多分武や風音が見に行くだろう。
 
 
 「遅かった。もうサツが来てて取り調べしてやがった。」
 まだざわめきの消えぬ教室で武が言った。いつもの6人がそこにいる。
 「それじゃ確認は出来なかったわけね?」
 「そういうこと。取り巻きが多かったのもあったけど。だけど多分1年の石田って女の子であってるだろ。」
 「ちがったら別の問題が発生するんだけどね。」
 「そりゃあね。」
 風音の言葉に武は首をすくめた。
 「どっちにしろどこかから情報が流出する。最悪の場合は明日の朝刊にでも載るだろう。」
 「それまで待つのはかなり痛いわね。なんとかならないものかしら。」
 「無理だろ。我慢しな。」
 武は舞に向かって言ったのだが自分に向かって言ったような風でもあった。
 
 
 夜。
 風呂上りに自分の部屋で涼んでいると携帯が鳴った。メールが来たようだ。
 武からだ。
 「情報をつかんだ。細かいことは明日話す。」
 明日?できれば今日中に何とか知りたいんだけど。そう思い時計を見る。
 10時を回ったばかりなのでまだ寝てはいないだろう。
 「豊科さん?なかなかせっかちだね。俺ならじっくり行きたいところだけど。」
 「今日はそんなこと言う気分じゃないわ。」
 「あ、そう。ごめんごめん、他の人にはあんまり言えないから堪忍してくれ。で、情報だろ。すぐ出てきたぜ。」
 被害者は石田咲子。
 8月16日友だちの家に泊まりに行くと言い残して家を出た後消息不明に。
 17日午後捜索願が出される。今日の午後櫛那高校テニス部更衣室より死体となって発見。
 死後少なくとも3、4日は経っており直接の死因は心臓へのナイフのような鋭利な刃物による刺し傷。
 ただし、首元に牙による噛み傷のような跡がありそこからナイフで刺されるより以前に致死量ぎりぎりまで血液が抜かれ
 ていたと思われる。
 「噛み傷?」
 「ああ。ドラキュラじゃねえか、なんて話まであった。馬鹿げてるけど、あの高校ならありそうなのが怖いところだ。」
 「・・・情報源は信頼できるの?」
 「ネットだから危ない可能性もないではないが何ヶ所か全然ちがう場所から出てきたから信憑性は高い。
  あとは石田咲子自身の話もあったぜ。学校ではこんなやつだとか、実は教師と付き合ってるとか。」
 面白がっているように感じられたので少々腹が立った。
 「そんなこと関係ないんじゃない?」
 「憶測があるから調べ上げたんだろ。実際突然消えたんじゃ予想もたたねぇ。
  逆に言うならなんとでも言えるってことだ。まぁマスコミにそこまで知れ渡ることはないだろうがな。」
 憶測か。確かにそこまで考えたらいろいろ調べたくなるかもね。
 「そう。ありがと。なんかあったらまた連絡くれる?」
 「いいぜ。でもそんなに情報集めてどうするんだよ、って人に言えねえな。まぁいいや。何時まで起きてる?」
 「多分1時くらい。でも気にしなくていいわよ。起きるから。」
 「いや、俺は12時には寝るけどね。睡眠不足は肌に悪いよ、早く寝た方がいい。それじゃまた。」
 「うん、それじゃ。」
 舞は電話を切った。表情が硬くなっていることに気付いた。
 
 
 夜の櫛那高校は全部の門が閉鎖されていた。
 いつもより多くの警備員が配備されている。が、穴はある。
 学校と言う空間に侵入するのは決して難しくない。門が閉まっているのなら門以外の場所から入ればいい。
 桜小路天始(さくらこうじてんし)は2メートルほどはあろうかという塀に飛び乗った。
 闇に白い肌が浮かぶ。端整な顔立ちに腰ほどまである茶色がかった髪。
 髪は毎日手入れを欠かさない。自分でも気に入っているのだ。
 それはさておき彼は辺りを見渡してから学校の内部へと降り立った。
 現在地は校舎の裏手なので目的の場所からはやや遠い。
 しかしこの経路が一番警備が手薄だろうと言う予測があったのであえて選んだ。
 彼は長い髪をなびかせながら走った。
 
 にわかに騒がしくなったと思う。もう少しで目的地だと言うのに騒がれては困ると思う。
 遠くから怒声のようなものが聞こえる。それはどんどん近付いてくる。
 「待て!」
 天始は声を聞いて戦慄した・・・がいつまで経っても誰が現れるわけでもない。
 いや、左のほうで何か動いた。それを光と足音が追いかけていた。
 他にも侵入者がいて見つかったと言うわけだ。今は校舎と校舎をつなぐ渡り廊下に阻まれて様子が見えない。
 普段ならこれを機に一気に突破しようかと考えるところだが今回は別の侵入者の顔が見えしかも知っている相手だった。
 ただ知っているだけなら楽だったんだが、と天始は心の中で舌打ちした。
 踵を返しもう1人の侵入者が曲がるだろう角の地点まで走る。到着はほぼ同時だった。
 相手は驚いていたようだったがかまってはいられない。そのまま抱えて上へと跳んだ。
 「どこだ!?」
 「俺はあっちを探す!お前は侵入者を知らせるんだ!」
 「おう!」
 懐中電灯の光が2方向に分かれた。
 
 「行ったか。」
 「・・・ありがとう。」
 彼女は素直に礼を言った。
 「礼を言うぐらいならこんなことはしないでほしいね。僕が来なかったらどうするつもりだったのやら。」
 「もちろん撒いてたわ。」
 強気な発言だ。先ほどの足の速さを見てもうなずけるがこちらとしてはため息をつきたくなる。
 「かもね。実力は認めよう。でもこんな時間にこんなところに来る考えはいただけないな。」
 「人に言えないんじゃなくって?それより早く下ろしてくれる?」
 僕はまだ彼女を抱えたままだった。別にそのままでも問題ないとは思う。いや、下ろしたら別の問題が発生する。
 「豊科さんはここから下まで飛び降りて平気な自信はあるかい?」
 ここ、と言うのは校舎の屋上だった。3階建てなので4階の位置に相当する。
 この高さから落ちても死にはしないが常人ではまず無事に済むわけがない。
 「さすがにないわね。だからってこのままここにいるわけじゃないでしょ。」
 「いたところで収穫はないしね。目的は同じだろうから果たすまでこの状態のほうが君にとってはいいかもね。」
 「私はいいんだけど。でも気になるわよ、その細身からどうやって私を抱えて4階分跳び上がる脚力が出るのか。」
 その辺りは自分でもうなずけるところだ。しかしながら人のことを言えそうにもないのが豊科さんである。
 話すと少し長くなりそうだ。僕だけの話で終わりそうにないし僕自身終わらせないだろう。興味がある。
 「それは後でも話せること。今は目をつぶってもいいんじゃない、お互いに。」
 「・・・そうね。」
 僕は自分をも納得させて柵を越えて夜空に跳んだ。
 隣の建物(通称渡り廊下、本名は知らない)は2階建てなので1階分下りることになる。
 2人分の体重が足にかかったが大したことはなかった。自分の体は思っている以上に頑丈に出来ている。
 人を抱えた状態でいつもと変わらないくらいの行動を取るなんてことは普通の人間には無理だろう。
 もっとも、3階建ての屋上に跳び上がることすらできないだろうけど。
 やれたら世界記録なんて簡単に覆すことができるね。僕は世界記録なんて欲しくないけど。
 そんなことを思っているうちに目的地に着いた。厳密に言うと目的地の真上。
 もちろん周囲は多からずとも少なからず警備員はいる。もしかするとさっきので増員されたかもしれない。
 「どうする?」
 とりあえず聞く。何か策でもあるのかもしれない。
 「なんとか忍び込みたいんだけど。」
 「方法は?」
 豊科さんは首をすくめた。
 「考えてなかった。」
 ちょっと呆れた。もうちょっと思慮深い人だと思ったんだけど。
 「後先考えない性質なの。」
 「行動派であることは認めるけど、こういう時には感心できないね。
  1歩間違えると犯罪者に仕立て上げられるような状況だ。もう少し自粛した方がいい。」
 「はっきり言うわね。」
 「事実を述べただけだよ。」
 「そうね。」
 おかしそうに微笑んだ。怒りもしない。この点はいいかもしれない。
 自分の欠点を言われたら怒る人なんて僕はあまり好きじゃない。
 「そう言うあなたには何かあるの?さっきの様子からすると何かあるとしか思えないけど。」
 「なかったら来てないよ。ただ僕の方法では僕しか自由にできないからその辺は覚悟してくれるかな。」
 思慮深いわけじゃないけど何も考えてないわけじゃない。
 「連れて行ってくれるのなら文句はないわ。」
 「それならいいんだけど。それと自分が自分であると言うことを忘れずに自我を保っておいて。」
 「・・・なんだかよくわからないけどがんばるわ。」
 この辺は言うより実践した方がわかりやすいか。僕は豊科さんの腕をつかんだ。
 彼女は一瞬避けようとしたがこちらの意図に気付いて止まった。
 僕の手が豊科さんに触れると同時に2人は足元から霞んでいった。
 「何これ?なんか存在が消えていく感じ・・・」
 「実際は存在が希薄になっていくだけだよ。
  でも自分がそこに在るって念じておかないと霧散しちゃうから注意して。」
 そう言っている間に霞みは体を上がりついにはすべてが消え去った。
 いや、消えたのというのは正しくない。視力が良いのならわかるだろう。僕たちがいた空間には霧ができていた。
 (これから君は5感を全く使えない。覚悟して。)
 (わかった。)
 僕には周りの風景がいつも通りに映る(ただし網膜を通して映っているのかは僕自身にも分からない)が、
 僕が僕以外の人間にこれをやると5感を一切使えなくなって僕としか交信もできないらしい。
 が、一応感覚が開いている部分もあるにはあるらしいけどそういう人間にはまだ会ったことがない。
 更衣室には通気孔がある。換気扇があるのだが回ってはいない。
 回っていようと回ってなかろうと関係はないのだけど。僕は通気孔から侵入した。
 内部には誰もいない。外にしか見張りはいないのだろう。
 確かに内側を張るより外側を張ってしまったほうがいいかもしれない。
 理由はどうあれこちらにとって有利にことは進んでいると思う。
 死体が出てきたと言われるロッカーは少し奥にあった。
 更衣室とは基本的に小さいものだったが、
 ここのテニス部は昔から人気があって部員数も多く特別にこの部だけやや広かった。
 下手すると2倍くらいあるかもしれない。正確には計っていないからわからないけど。
 場所は知らなかったが予想通り現場を荒らされないよう立ち入り禁止のテープが張ってある。
 現場検証はもう済んだだろうけど2、3日は放っておくのかもしれない。
 (ねえ。)
 豊科さんが"話し掛けてきた"。
 (もう近いでしょ。しかもかなり。)
 僕は何も教えていない。ちなみに豊科さんには今時間の感覚もないはず。
 つまり近付いたかどうかなど、普通ならわかるはずもない。
 (どうしてそう思う?)
 (なんか・・・匂う。血のような・・・生物が腐ったような・・・何か得体の知れないものを感じる。)
 豊科さんはわかっているのだろうか。僕はさっき確かに言った。
 (5感は使えないはずだよ。)
 (・・・)
 彼女の混乱しているような気持ちが手に取るようにわかった。
 もう十分だった。ここには用はない。僕も十分に感じた。彼女が何者であるかも見当がつく。
 
 
 まず更衣室の屋根の上で体を実体に戻し、先ほどいた屋上に行った。無論豊科さんを抱えてだ。
 「ありがとう。あなたがいたからこんなに簡単に成功したわ。」
 「どういたしまして。ただお礼は言葉より行為の方が嬉しいかな。」
 「・・・デートでもしてほしいのかしら?」
 「それも嬉しい。」
 彼女は皮肉っぽく笑った。
 「考えとく。でも今は今の問題があるわ。」
 「さっきの、だね?」
 彼女はうなずきながら僕に背を向け歩いた。
 「でもね、正直言うと怖い。現実が。
  これ以上進んだら今までの日常がなくなって、もう戻れないんじゃないかって。」
 「でももう戻れないところまで来ている。」
 「そう。」
 ため息をついて柵に寄りかかる。
 「知ってしまった、わかってしまったから、もう後戻りは出来ない。
  前に進むしかない。だから現実を認めようと思う。」
 やっとわかったのか、なんて思ってしまう僕は残酷なのだろうか。
 振り向いた彼女の目をじっと見つめた。はっきりと確信をこめて彼女は言った。
 「あなたヴァンパイアでしょ。」
 僕は唇を笑みの形に歪めた。
 




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