闘争者過去編第二幕




第一章


 みんなで安浦に行ったり、その後で池口先生が事故死したりした8月。
 記憶には残っていてもほとんど忘れ去られている事実。
 特に先生の事故死。
 今では先生がかつて存在していたことすら感じさせない。
 そのあとに続いたイベントがどうでもよくしたのかもしれない。
 8月は補習と共に9月の体育祭のための練習があった。
 夏休み明け1ヶ月も経たないうちにやろうと言うのはまちがいだと思うんだけどね。
 とにかくあとはいつものようにテストがあったりしていろいろと忙しかったりして。
 あっという間に11月、しかも半ば。
 
 
 「明日誕生日よね。」
 私が唐突に言うと武はかなり驚いた。
 「なんで知ってんの?」
 なんで?わかるけど言わないに決まってるじゃないそんなこと。
 「誕生日くらい忘れないわ。」
 「俺は忘れてたよ。」
 ちょっと自分の誕生日忘れないでよ。
 「もう17でしょ。なんで忘れんのよ。」
 「いやあんまり年取りたくないから故意に忘れてみた。」
 「あんた無茶言うわね。」
 「そう誉めるな。」
 「誉めてないって。」
 どうにもこの人間、他人のことには敏感なのに自分のことには無頓着な嫌いがある。
 もっと自分を大切にしてほしいんだけど。
 特にこの高校は普通じゃないんだから。
 「どうした、急に黙り込んで。俺の顔になんかついてるか?」
 声をかけられて我に返る。
 武の顔をじっと見ていた。
 いけないいけない。
 「目と鼻と口とその他いろいろ。」
 「意味ちがうだろ。」
 「なんでもないってことよ。」
 武は苦笑した。
 無理もないか。
 自分で言ってて変だと思ったし。
 瑠架がさっきまでこっちを見てたけど視線を外したし。
 ごまかすのには成功したと言える。
 「なんか欲しい?」
 とりあえず聞いてみる。
 「そうだねぇ。時間かな。」
 「そんなに私を困らせたいの?」
 「うそうそ。冗談だよ。」
 ・・・わかってるけどね。そんなこと本気で言ったら殴り飛ばしかねない。
 「いらないってのは?」
 「いらないの?」
 武がひどく焦ったような顔をした。
 私そんなに落ち込んだ表情したの?
 「いや、だから今はそんなに特別に欲しいものがないわけでさ。」
 慌てながら気遣うように必死で弁解する。
 こういうところかわいいな。
 「えっとまぁだからうん、別に気にしなくていいって。」
 「もらいっ放しだと私の方が気分悪いわよ。」
 「あぁう〜、え〜とそれじゃぁ・・・」
 
 その日一日かけてようやく結論が出たらしい。
 放課後になってようやく返答を聞けた。
 「十字架のネックレスがいいかな。」
 十字架のネックレス。どこでも売ってるけど種類いろいろあるんじゃないの?
 そんな私の心の声は聞こえなかったとは思うけど予想はしていたらしい。
 「ユーノでいいのを見つけたんだよ。手頃な値段のやつ。」
 ユーノ、と言えば学校の近くにあるデパートのようなところで、ごちゃごちゃといろんな店があって結構便利。
 アクセサリーが売っていても不思議ではない。のだが。
 「どこに売ってたの?」
 「名前は知らない。場所はわかるんだけどね。正面から入って広場みたいなところの手前の左側。」
 わからなくもないけどそんなものあった?
 「行けばわかるよ。明日にでも行こう。今日は部活に行くって言ってあるから。」
 「・・・誰に?」
 「あ、うん、部員たちに。」
 ん?今何か引っかかった。
 目をそらしたってことは嘘言ってる?ちょっと慌ててる感じもあるしなぁ。手元が怪しいし。
 「で、誰に?」
 「いやだから部員たちに。」
 ややうわずった声で答えてくる。もう一歩かな。
 「で、誰にって?」
 「参った。俺が悪かったよ。」
 武は両手を上げて降参のポーズを取った。自分の負けを悟ったら潔く認めるのがいいところよね。
 「それで誰って?」
 「瑞稀だよ。」
 瑞稀、と言えば武の妹。なんか武にやたらとくっついて学校も武がいるからここに来たって感じで。
 「何、行動は全部知らせなさいって兄思いな妹が言うわけ?」
 ちょっと嫌味って言うか皮肉っぽい。
 「いや、部活に行くか行かないかと授業がいつ終わるかを聞いてくる。
  言わなくてもどこかから調べてきて知ってる辺りが怖い。」
 それは確かに怖い。情報は全部筒抜け?
 「まぁとにかくそういうわけだから明日。すまんな。」
 「別にいいけど。誕生日は明日でしょ。」
 「あ、そういえば明日誕生日だったな。」
 ちょっとちょっと!大丈夫なのほんとに?
 
 
 学校ではああだけど家に帰ってベッドに潜ると後悔しちゃっていけないな。
 なんであそこでこう言わなかったんだろうとか。
 私って素直じゃないのよね。
 自分でもわかってはいるんだけど治せない。
 わかってるからこそ治せないのかも。
 これで武が気付いてくれるならいいけど絶対気付かないだろうなぁ。
 鈍いもんね。
 いつか私から言わないとね、って思い続けてもう何年目?
 考えたら付き合い長いのよね。
 中学時代からずっと同じクラスだし。
 結構電話したりもしたなぁ。
 そういう話になってもいつも切り出せなかったし。
 そろそろどうにかしたいなぁ。
 
 
 翌朝。
 いつもより少しだけ早く起きていつもより長めに鏡の前に立つ。
 私ってつり目だからきつめな印象与えるんだよなぁ。
 実際そうだから仕方ないけど。
 水泳で茶色くなった髪を撫で付けながら今日のことを考える。
 今日は武とデートってことになるのかな。
 そういうことでいいのかな。
 「ね、ねえちゃん・・・」
 孝一が見てはいけないものを見てしまったかのような驚愕と恐怖の混ざった表情で洗面所の入り口で立ち尽くす。
 「何?」
 ごく普通に言ったつもりだけどいつもより声が高かったかもしれない。
 「ねえちゃんナルシストだったんだね・・・」
 「え?何言ってんの、孝一?」
 「俺は何も見てないよ、黙ってるから勘弁してね!」
 言い残して逃げるようにどこかに行く。
 部屋と思うけど。
 どうも勘違いされたみたいね。
 なんで?
 
 
 「おはよう、瑠架。」
 「おはよう。」
 学校での毎朝の日常。
 最初に瑠架がいて私が次。
 そう長い時間を置かずに武が来る。
 私がそうなるように合わせてるんだけど。
 2人は1年のときからずっと同じ時間に来てて変える気ないみたいだし。
 それにしても来るの遅いなぁ、武。
 いつもの時間より5分くらい遅れてる。
 決まった時間に来いとは言わないけどね。
 それ以前にこんなこと思ってるなんて誰も思わないかもしれないけど。
 「どうしたの?」
 「え?」
 話している途中に瑠架が珍しく口を挟む。
 「さすがに急に笑うと気持ち悪いわ。」
 「私?」
 「そう。」
 自分でも気付かなかった。
 武のこと考えたら顔に出ちゃう?
 「おはよ。」
 「おはよう。」
 後ろから聞きたかった声が耳に届く。
 姿を見ていた瑠架の反応は早い。
 「おはよう、今日ちょっと遅いね。」
 言いながら振り返ると不機嫌そうな表情の武が立っていた。
 無表情ではなくてはっきりと硬い表情。
 「何かあったの?」
 「ガンくれる奴がいてな。視界から消えるまでずっとこっち見てやがった。」
 「どこで?」
 「俺の家に行く道わかるだろ?」
 武の家から学校までの道。
 はっきりわかる。
 なにせ武が歩いて10分ぐらいの距離しかない。
 学校の門を出て左に曲がりちょっと行ったところの交差点を右に曲がって角から3軒目。
 頭の中でイメージする。
 「うん。」
 「そこの左に曲がる交差点、ここから言うと右に曲がるか。
  とにかくそこの交差点の角にそこらへんのヤンキーって感じなやつがいたわけ。」
 いたんだそんなの。
 私が来たときにいなかったってことは見えないところにいたのかな。
 遠目に見るだけだし。
 それか私が通り過ぎてから来たか。
 「うん。」
 「俺が来るまで他のやつ見てたけど俺を見たらずーっと俺のこと見てんだよ。かなり気持ち悪かった。」
 「それで不機嫌なんだ。」
 「そうと言えばそうだけど。」
 武は腕を組んでから続ける。
 「厳密にはちがうな。」
 「どういうこと?」
 「ただ喧嘩売ってるってよりはもっと殺意みたいなのがあったように思えた。」
 狙われてるってこと?
 それって危ないんじゃない?
 「俺あんな奴見たことないけどな。」
 「近付かない方がいいんじゃないの?」
 「できればな。」
 武は組んだ腕をほどいてから私が椅子を借りている子の机に座る。
 「妙な朝だ。」
 それは確かに妙よね。
 ・・・あれ?
 「でも今の話じゃ遅れる要素がないんだけど。」
 「へ?」
 意表を付かれた、と言った感じの顔。
 何か隠してる?
 「なんで遅くなったの?」
 「いや・・・ただ寝坊しただけ。うん。」
 武ってほんとにうそつけないみたい。動揺しすぎ。かわいー☆
 「そう。で、なんで遅れたの?」
 「いやだから寝坊・・・」
 「なんで?」
 「すいません、私がわるうござんした!」
 ついに折れた。
 ほんとはそこまで聞く必要はないかなぁって思うんだけど武のこの表情を見るのも好きなのよね。
 「瑞稀に今日のことをいろいろ言われた。」
 また妹絡みってわけね。
 「一緒にユーノに行くこと?」
 「そう。『今日部活は〜?』から始まって結局予定全部教えることになるんだよな。」
 聞いてどうするのよ。
 なんて武に言っても仕方ないか。
 「なんか尻に敷かれてる感じね。」
 「だから言いたくなかったんだってば。」
 「ああね。」
 納得してうなずく。
 ・・・・・・
 ああっ!
 「武!」
 「な、何っ?」
 つい大声を出してしまった。
 いけないいけない。
 「誕生日おめでとう。」
 「ああ、ありがとう。って叫ばなくてもいいって。」
 「ごめん、ふっと思い出したから叫んじゃったのよ。」
 ああもう!
 ほんとは今日会ってすぐに言うつもりだったのに!
 幸先悪いわ。
 
 
 毎回思うんだけど。
 武って瑞稀ちゃんの話多いのよね。
 私も結構会うから知ってるし。
 部活のある日は知らないけどない日はどう見ても一緒に帰ってるのよね。
 帰ろうとする時間には瑞稀ちゃんがどこかから出てきて。
 おかげでよく知ってるんだけど。
 対抗意識なんて燃やしても仕方ないのよね。
 そう思いはするけど。
 どうも瑞稀ちゃんの武に対する行動って恋人みたいで妬ける。
 妹相手に嫉妬してもしょうがないけど。
 
 
 放課後。
 今日いつもの7人がそろうのは今が初めて。
 大抵そうだけどね。
 最近になっていつのまにか桜くんが加わってるのに違和感がないのがすごいと思う。
 「今朝さぁ、なんかガンくれるやつがいて結構ムカついたんだけどさぁ。」
 「門を出て左に曲がってすぐの交差点の辺りじゃないかな。」
 「そうそう。なんで知ってんの?」
 「僕たち3人もだったよ。」
 桜くんが言うと日下部くんがうなずく。
 水野くんは相変わらず何を考えてるのかはわからない。
 どう見てもぼーっとしてるんだけど。
 「学校に同時に来たのか?」
 「そうじゃないけど変な人に睨まれたって話になったんだよ。」
 変な人、と言う辺りが少しおもしろい。
 武にとってのその辺のヤンキーは日下部くんにとって変な人なわけね。
 ってそんなこと言ってる場合じゃないわね。
 「俺たちだけか?」
 「僕たちのクラスには3人だけ。」
 「4組じゃ俺だけみたいだしな。と言うことは俺たちに共通する何か・・・」
 武が3人を見た。
 桜くんと日下部くんは武の方を向いていたけど水野くんは相変わらず。
 「わかんね。今のところは実害ないからいいだろ。」
 そう言ってから立ち上がる。
 「俺もう帰るわ。風音行こうぜ。」
 「あ、うん。」
 武はバッグを持って教室の扉に向かう。
 私も慌てて行こうとしたが制服のスカートが何かに引っかかった。
 振り向くと舞が裾をつかんで微笑んでいた。
 ちょっといやらしく見えるのは舞のいつものふしだらな言動のせいと思う。
 「やるじゃな〜い。」
 「なんとか。」
 私は苦笑を残して武を追いかけた。
 
 
 「箕神さんは大沢くん?」
 「そういうこと。」
 「ふ〜ん。今日の様子を見ると大沢くんも?」
 「武の方はさっぱり。」
 舞は肩をすくめながら言う。
 「と言うと?」
 「わかんないのよ。女の子に興味があるのは見ての通りだけど、でも目がずっと寂しそうで。」
 「箕神さんは何か知らないの?」
 「前に聞いたんだけど好きな人がいるとは言ってたって。誰かは絶対言わないらしいけど。」
 「箕神さんじゃないのかい?」
 「そうだったら話は早いけど。」
 そのとき突然綺羅が座っていた椅子から立ち上がった。
 椅子が音を立てて倒れる。
 「ど、どうしたの?」
 動揺した京次が声をかけた。
 他の3人は動揺はしていなかったけれども表情が強張った。
 すぐに戻ったが。
 「桜くん、付き合ってもらえないか?」
 「いいよ。」
 綺羅はバッグを持って教室を出た。
 天始もそれに続く。
 「どうしたんだろ。」
 「なんか嫌な予感しない、瑠架?」
 舞の問いに瑠架は黙ってうなずいた。
 京次には何がなんだか全然わからなかった。
 
 
 「これこれ〜。」
 「・・・これって女物じゃないの?」
 武が手に取ったのは小さな十字架のついたネックレス。
 輪は小さくどう見ても女物のアクセサリー。
 「かもね。」
 「かもねってあんた・・・着けられるの?」
 「一応。」
 武はネックレスを首に回して私に背を向ける。
 「頼む。」
 「はいはい。」
 私が手伝ってなんとか身に着ける。
 「似合う?」
 首に締まるかのようなネックレス。
 はっきり言って女物ってバレバレ。
 しかも今は学生服だから全然似合ってない。
 どうしよう。
 言った方がいいかな。
 「似合わないよ。あんた学生服だし、それ女物だし。」
 「でもいいや。気に入ったから。」
 ・・・結局買ってあげた。
 安売りだったらしく1200円。
 「なんか悪いわね。」
 「何が?」
 「私がもらったのってもっと高価なやつだったでしょ。」
 「プライスの話?いいよ、そんなこと。要は気持ちだって。」
 気持ちねぇ。
 そのネックレスには私の気持ちはあんまりこもってない気がするけど。
 「それより。」
 微笑んでいた武の顔が引き締まる。
 「先に帰ってくれ。」
 私は武の言葉を無視して周囲に視線を巡らせた。
 平和な喧騒の中からこっちに向かってはっきりと悪意のこもった視線が感じられた。
 「付き合わせてよ。のこのこ帰るなんて趣味じゃない。」
 「困ったね。」
 武は苦笑しながらもそれ以上は何も言わなかった。
 





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