闘争者過去編第二幕




第二章


 時の糸車はいつから回っていたのだろうか。
 気付いた時には音を立てて回っていた。
 心の中で。
 一体誰が回しているのだろうか。
 自分で回しているつもりなんてない。
 あるわけがない。
 ようやく生まれた疑問。
 いかなる理由で糸車は時を刻むのか。
 
 
 
 私は自分はごく普通の人間だと思っていた。
 少なくとも5年前までは。
 それまでは生きる上での大した困難に出会ったこともなく、普通に過ごしていた。
 特徴を強いて言うなら水泳を小学生の間ずっとやっていたから泳ぐのは速かったことぐらい。
 ある日それは覆された。
 自分で覆したと言っていいかもしれない。
 ただし無意識のうちに。
 避けられるようになった。
 誰もが私に奇異の視線を容赦なくぶつけた。
 あの状態がずっと続いたら私は学校なんて行っていなかったかもしれない。
 ひょっとしたら社会に出ることすら出来なくなっていたかもしれない。
 でも。
 そうはならなかった。
 私は1人じゃなかった。
 
 
 
 「さて、用件を言ってもらおうか。」
 ユーノは広大な敷地面積を持ちいくつもの建物で構成されている。
 主に北側、南側に分かれており、南側はさらに2つにわかれている。
 建物の間は日も射さず、いかにもな雰囲気。
 ただしそんなに狭くはない。
 武の先導で私たちはそこに入った。
 半分ほど進んだところで武が後ろに向かって呼びかけた。
 根元の黒い金髪。
 黒いダウンジャケットにだらしなく下がったジーンズパンツ。
 耳にはピアスがいくつもつけてありお世辞にもおしゃれとは言えない。
 口の端を歪めた微笑を浮かべていたけど顔にある吹き出物のせいで印象は最悪。
 「あんたらに死んでもらおうと思ってよぉ。」
 「はいそうですか、なんて言うと思うか?」
 「んなこたわかってらぁ。」
 彼はファイティングポーズを取った。
 武は私にバッグを持たせてから学生服のポケットに右手を入れた。
 「壁にでも立てかけておいてくれ。」
 うなずいてから武から離れる。
 「行くぜっ!」
 最初にしかけたのは彼の方だった。
 武は全く動いていない。互いの距離は50メートルはあったと思う。
 彼が走ってくることを予想していたがそうはならなかった。
 1歩左足を踏み出した後大きく振りかぶって右手でストレートを放った。
 無論その距離で当たるわけがないんだけど。
 「なんだ!?」
 武は壁側に跳ねた。
 が、着地に失敗して壁にぶつかった。
 自分から跳んだはずなのに。
 「今の何?」
 「風だ。くそっ。」
 武は毒づいてから足を引き摺る。
 普通に歩けない?
 よく見たら制服が裂けて中に見える足には裂傷ができている。
 ただし傷の割にはそんなに出血はしていない。
 「もうダウンかぁ?彼女の前でかっこわりぃなお前!」
 彼女。
 そんな風に見えるのかなぁ。
 なんて喜んでる場合じゃない。
 武は完全に無視してもう一度ポケットに右手を入れてすぐに振り上げる。
 何かが空を切り名前も知らない彼の元へと飛んでいった。
 ぐあっ、と言う短い悲鳴が聞こえた。眼を凝らしてみると彼の右腕に2枚のカードが突き刺さっている。
 無論、武が投げたものだ。
 「一応彼女ではないんだけどな。」
 余裕の笑みすら浮かべながら武は言い放つ。
 「なめやがって!」
 「強がりは状況を見てから言った方がいいよ。」
 聞き覚えのある声がどこからか聞こえてくる。
 どこから聞こえたかを最初に認識したのは戦闘体勢に入っていない私だった。
 私が後ろを向いたことで風を使う彼が視線を武からずらしたけど、武は正面を向いたままだった。
 一応背を見せないためだろうけど後ろにいる人物を見るとそれも杞憂に過ぎないような気もしてくる。
 武の後ろには2人の学生服に身を包んだ男が並んでいた。
 聞き覚えがあると思っていればそれもそのはず声の主は桜くん。
 隣には水野くんもいる。
 桜くんが跳躍すると武を遥かに飛び越え風を使う彼の前に軽やかに降り立った。
 「ここは引いた方がいいことぐらいわかるだろう?」
 どんっ、と言う鈍い音とともに押し潰された呻き声が聞こえてくる。
 桜くんの掌底は胸板の真ん中にクリーンヒットしていた。
 避ける間もなかったと思う。
 彼は胸元を抑えながらくそっ、と言い放って走り去った。
 
 
 「大丈夫かい?」
 水野くんが武の傷を見て言う。
 どう見ても大丈夫じゃないんだけど。
 「結構いてえ。がんばらないと歩けそうもねえ。立つのも辛いしな。」
 武の言葉からもわかる通り武は座り込んだままだった。
 「病院で治療してもらった方がいいかもね。」
 「普段なら勘弁して欲しいんだがこれはどうしようもねえな。」
 足の傷は決して浅くはない。
 左足のひざのやや下あたりから外側のふくらはぎに向かって斜めに一筋の傷が入っている。
 鋭利な刃物で切られたかのように綺麗に裂けて肉が見える。
 ・・・ちょっと気持ち悪いかも。
 あんまり血が出てなくて肉がはっきり見えるからそう思うのかもしれない。
 「でもやっぱりもっと信頼できる人の方がいいかな。大沢くん、携帯で豊科さんに電話して。」
 え?なんで舞が出てくるの?
 「あ、ああ。」
 武も疑問に感じたようだけど水野くんの言う通りにした。
 水野くんの物事への対処はいつでも正しいと言える。
 それは私たちの誰もが暗に認めていること。
 私たちはいつものように水野くんを信じて彼が言うようにこの場で待つことにした。
 
 
 「お待たせ。」
 抑揚のない声を上げながら近付いてきたのは瑠架。
 後ろには日下部くんと舞もいる。
 「クランケ。」
 水野くんは武を指差して言った。
 「は?」
 武と2人でハモった。
 なんか嬉しい。
 「患者のことだよ。」
 答えたのは桜くん。
 なんでそんな妙なこと知ってるのかな?
 「見せて。」
 瑠架がしゃがみこんで近くから武の傷を見る。
 結構平気そうなのが不思議。
 「カマイタチ?」
 「風でやられたからそんなもんだ。」
 「それなら傷をふさいでおけばあとは痛みが残るだけ。」
 軽く言ってのける瑠架。
 その傷をふさぐのが難しいんじゃないの?
 そう言いたかったが私は喉元まで出てきていたその言葉を飲み込んだ。
 驚きのあまり声がでなかったのかもしれない。
 瑠架が傷を膝の部分から軽く触れていくとその部分から傷が痕もなく閉じていった。
 「動くとまた開く可能性があるから包帯でも巻いて安静にすることね。」
 「あ、ああ。」
 武もうなずいただけだった。
 自分の事ながら信じられないのかも。
 「治癒が君の能力?」
 呆然としている武の代わりに言ったのは桜くん。
 「今はまだ秘密にしておく。」
 笑いもせずに答える。
 誰も問いただそうとはしなかったけど水野くんだけがいつもと変わらない微笑を浮かべていた。
 
 
 
 「箕神さん。」
 他人と話すこともなくなってから数日。
 朝の教室で突然声をかけられた。
 反応する気力もない。
 私は顔を上げただけだった。
 「そうそう暗い顔ばかりしてないで笑いなよ。その方がかわいい。」
 かわいい?
 ほんとにそう思ってるの?
 どうせ心の中では化け物とか思ってるんじゃないの?
 彼の瞳からは何を思っているかは読み取れない。
 「そんな気分じゃない。」
 「それじゃいつ笑う?」
 「知らない。」
 そんなこと私が知るわけないじゃない。
 わけのわからないことを聞いてくるものね。
 「そんなんじゃいつまで経っても誰とも話せないんじゃない?」
 何言ってるのよ。
 いつまでもあの奇異と畏怖の視線は変わらない。
 まともに話せるわけないじゃない。
 私はまた下を向いた。
 「関係ないでしょ・・・」
 「言ってしまえばそうかもしれないけどさ。」
 けどさ?
 何か続きでもあるの?
 「けど何?」
 続きがないから答えないんでしょ。
 「クラスメイトだろ。」
 「は?」
 それだけ?
 私はもう1度顔を上げた。
 微笑んでいる彼が嘘を言っているのかはわからない。
 だけど嘘をつくならもっとマシなのもあるはずじゃない?
 「もっとマシな嘘にしてよ。」
 「じゃあ。」
 彼の表情から笑みが消えた。
 強面に暗い瞳が宿る。
 「能力はちがうけど少なくとも普通の人間とはちがうから。俺も君も。」
 「え?」
 じゃあ何か持ってるってこと?
 あなたも?
 彼の顔にまた笑顔が戻った。
 「自分から化け物になる必要はないよ。ただ普通に過ごせばいい。そうすれば誰も気にしない。」
 その言葉には説得力があった。
 自分がそうしてきたから大丈夫、と言った風な。
 「・・・信じていいの?」
 「強制するつもりはないけど信じてくれると嬉しいね。」
 彼はずっと変わらず微笑を浮かべている。
 いいの・・・かな?
 信じてみようかな。
 信じようかな。
 ・・・あれ?
 「名前は?」
 「ああ、言ってなかったね。ごめんごめん。」
 彼は苦笑してから続けた。
 「大沢武。武って呼んでくれると嬉しいね。俺も君を下の名前で呼びたいから。」
 
 
 
 あのときは自分だけじゃないって思ったのかな。
 自分だけが異端者じゃないって。
 武と言う個人の存在に喜んだんじゃなくて、能力のある人間に安堵を感じたと言うか。
 ただ単に心の拠り所が出来て嬉しかったのかもしれない。
 「もしもし。」
 「あ、私だけど。」
 1人だと寂しくて心が不安定になる。
 「わかるわかる。どうした?」
 「どうしたじゃないわよ。足は大丈夫なの?」
 だから心配していることを口実に電話をかける。
 「今のところはね。ごめんごめん、心配かけて。」
 「こっちこそ何もできなくてごめんなさい。」
 本当に心配しているんだけど他の気持ちもある。
 「それは構わないよ。ただこれからはそういうわけには行かないけどね。」
 「私も・・・使えばいいの?」
 自分も普通の高校生にはない能力を持っているという不安。
 「お前も力を使わざるをえない時が来る。使うべきときに使えばいいだけだ。そのために持っている力だ。」
 「・・・うん。」
 でも武には全くそんな気持ちはないように思える。
 「でも無理はするな。他に戦える人間はいるんだ。頼ってもいいんだぜ。」
 「ありがとう。」
 むしろ自分の持つ能力を自分にとって役立つものとして使おうとする前向きな姿勢。
 そしてさらに誰かのために自分の能力を使う。
 甘い言葉の誘惑に乗ってしまった私にはもう他の全てが霞んで見えるようになってしまった。
 3年前のあのときから。
 
 
 
 満月より欠け気味の月が、わずかに曇りがかった夜空に浮かぶ。
 あるマンションの屋上。
 2つのシルエットが投影されている。
 1つは月を仰いでおり、1つはもう1つの方を向いていた。
 「1対4じゃ勝てるもんも勝てねえぜ。」
 「それは君があの2人を誘き出すのに失敗していると言っても過言ではないでしょう。」
 「んなこと言ったってあの・・・水野と桜小路?はいきなり現れたんだ。」
 「君が見落としていただけです。」
 「ちっ・・・」
 舌打ちして視線を外す。
 弁解したところで失敗は失敗なのだ。
 これ以上は無駄である。
 「私は難しいことは言っていないはずです。
  ただあの4人のうち1人で良いから殺せと言っているだけで。
  君は雇われていると言うことを忘れてはなりません。」
 「わかってらぁ・・・」
 「では行きなさい。吉報を待っています。」
 「・・・」
 屋内へと消え、階段を乱暴に下りる音がかすかに聞こえたがすぐに消える。
 「かませ犬にすらなりませんか。あの一族自体が役立たずなのかそれとも・・・」
 彼は口元に嘲笑を浮かべた。
 月明かりが彼の白い肌を照らしていた。
 














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