闘争者過去編第二幕




第三章

 なんとなく不安に駆られた夜が明ける。
 眠りは浅く窓から差し込む明かりを受けるだけで目が覚めた。
 不思議と寝不足のときに感じる倦怠感はない。
 体はいつものように軽い。
 対照的に重い心。
 不快な朝。
 
 
 朝。
 学校に着いてから何が気になったかと言うとやはり武の足の傷。
 「足どうなった?なんともない?」
 「大丈夫だよ。昨日の夜も言ったろ。
  傷はふさがってるからいつもより静かにしてればすぐに痛みも引くんじゃねえかな。」
 痛みも引くってことは。
 「まだ痛いの?」
 「少しだ。気にするな。和泉さん、どのくらいで完治する?」
 「傷口が綺麗だったから2、3日あれば。」
 「すぐだな。」
 「そうは言ってもね。」
 気になるものは気になる。
 制服はよく見ないとわからないくらい丁寧に縫われている。
 その中の傷ももう完全にふさがっているはず。
 無理したら開きそうだけど。
 「絶対無理しないでね。」
 「俺だっていつまでも痛い思いはしたくない。」
 「そうよね。」
 「ただ包帯を巻いたままにしておきたいけどこの天気じゃ怪しいな。」
 空を見るとどんよりと曇っていて今にも雨が降りそうだった。
 さっきまではまだ明るかったのに。
 天気予報で雨って言ってたから傘は持ってきたけど。
 「汚れるってこと?」
 「泥が付くこともあるしな。」
 「ああね。」
 私は相槌を打った。
 
 
 いつもと変わらぬ昼休み。
 授業後の喧騒は教室を離れていく生徒と共に徐々に静まっていき、
 やがて教室に残った者たちの話し声だけが教室に響く。
 そんな中。
 「水野くんは?」
 「日下部くん引っ張ってどっか言ったわ。授業終わってすぐだったけど。」
 舞は教科書を片付けてから机に手を置く。
 天始は机の横に立って舞を見下ろしている。
 「何かあったのかな?」
 「黙ってるってことはただごとじゃなさそうだけど。私も興味はあるけど綺羅ちゃんがどこにいるかわかる?」
 上目遣いに見上げる舞から天始は目を逸らした。
 「下手に詮索するよりは本人に直接聞いた方がいいかもしれないね。」
 「多分適当にかわされるわよ。」
 「確かに。」
 天始は苦笑した。
 それを見て舞もまた軽く笑った。
 
 
 何事もなく訪れる放課後。
 そうそう何かあっても困るけど。
 問題ばっかり起きてたら勉強もまともにできない。
 普段そんなにしてない私が言うのも難だけど。
 何事もない、とは言っても変化はある。
 今日は日下部くんと水野くんがいない。
 「2人はどこ行った?」
 「さあ?」
 舞が肩をすくめてから続ける。
 「昼休みもいなくなったのよ。
  授業中は戻ってきたけどさっきまたどっか行っちゃって。バッグも教室に残ってるわ。」
 「僕たちもどうなってるか知りたいところだよ。」
 「目覚めたとか?」
 「それいいわね。何しろ2人ともああだし。」
 舞と武はお腹を抱えて笑い出した。
 何がそんなにおかしいのかな?
 「話が見えないんだけど。」
 桜くんもわからなかったらしい。
 「知らなくていい、知らなくていい。」
 「あ、桜くんだったら美形な分もっと楽しいかも。」
 武がまた噴き出して大声で笑う。
 今度は机を叩いてる。
 そこまでおもしろいことって何かある?
 桜くんは苦笑して肩をすくめてる。
 私も苦笑するくらい。
 ほかにできることってある?
 「ま、それはさておき気になるには気になるね。」
 武が顔を急にきりっと引き締める。
 この辺の切り替えは妙に早い。
 武だけじゃなく舞も。
 「どうにか聞き出せたらいいんだけど。」
 「聞き出せればね。」
 「どう考えても日下部を締め上げた方がいいと思うんだけど、どう?」
 確かにそうなんだけど。
 私は首をかしげながら苦笑する。
 舞と桜くんもそんな感じ。
 「あんたがやってよ。」
 「そりゃ俺が言い出したからね。」
 なぜか妙に張り切ってる。
 わかんないわね。
 「あ、でも今日は部活だからもう行くわ。」
 「それじゃいつやるの?」
 「明日明日。」
 武はバッグを持って教室を出た。
 面倒だとか言いながら割と楽しそうなのがひねくれていると言うか。
 「私が聞き出したほうが早いとは思うんだけどね。」
 「幼馴染って言うのもあるから?」
 「一応。」
 舞は肩をすくめながら苦笑した。
 「?」
 「ほんとはもっと頑張って欲しいのよ。」
 「そうなんだ。僕は勘違いしていたわけだ。」
 「勝手に想像してちょうだい。私は行動で示すだけよ。」
 なんか今の部分ちょっとわからなかった。
 桜くんが勘違い?
 「箕神さんにはわからないのかな?」
 「自分の事で精一杯なのよ。」
 「??」
 何を言っているのか全然わからない。
 2人は互いの顔を見て微笑み合うけどそれどういう意味?
 「そういえば昨日はどうなったのよ?」
 「どうなったのって?」
 「あんた武を家まで送ったでしょ。上がり込んだりした?」
 「なんで?」
 「・・・これじゃ先が長いわよ。」
 舞が肩をすくめると桜くんが笑った。
 なんか私だけ取り残されてる感じ。
 今にも雨が降り出しそうな空を見ながら思った。
 
 
 放課後の校舎裏。
 もう少し詳しく説明すると校舎と山の間。
 校舎の見える部分にはトイレがあるのだが窓は開いていない。
 山までは微妙に距離があり広い空間が出来ている。
 屋上にもまして客の来ないところなのだが今日は事情が違った。
 「一雨来るかな?」
 綺羅は空を見上げながら言った。
 厚い雲の層が空を覆い日没前のひとときを先ほどから変わらぬ灰色のまま明るさだけを確実に奪っていく。
 「その前に一嵐来るか。」
 隣にいる京次の顔が強張る。
 2人が待っていた人物が今目の前にいた。
 武の足に傷を負わせた者。
 綺羅の言う『嵐』。
 自分の間合いなのかユーノでのときと同様50メートルほど離れている。
 「こうやってまた現れるのは自信の表れか、それとも何か事情でもあるのかな?」
 「てめえには関係ねえだろ。」
 彼は冷たく返した。
 無論、敵意を剥き出しにして。
 「翔一さん・・・」
 京次が口を開いた。
 「・・・なんだ?」
 「何が目的で大沢くんを狙ったんですか?」
 「そんなこたお前に関係ないだろ。
  それにあいつだけを狙ったんじゃねえ。たまたまあいつが狙いやすかっただけだ。」
 「つまり僕たちも狙っている、と。」
 「そういうこった!」
 翔一が叫ぶと同時に右腕を振り上げ斜めに振り下ろす。
 京次は目を剥いて体を仰け反らせ左足を引く。
 綺羅は目を閉じただけだ。
 音もなく風が通り過ぎ京次のこめかみをわずかに吹き飛ばした。
 「見えるかい?」
 「え?」
 綺羅は京次の前方を指差した。
 いつの間にか2人の前の光景がかすかに白んでいた。
 綺羅の指差した先はわずかに切れ目ができている。
 「それってさっきの?」
 「わざと切らせたんだ。君にわかるようにね。」
 「僕に?」
 京次は綺羅の方を向いてからもう1度切れ目を見ようとしたが、すでに壁は消えていた。
 代わりに見えたのは怒りの形相の翔一。
 「なめやがって!」
 今度は右手でストレートを繰り出す。
 それは風となって綺羅にまっすぐに向かうが綺羅には何の影響もない。
 「日下部くん、君の番だよ。」
 「え?」
 「君が彼と戦うべきだ。」
 「ぼ、僕が!?」
 綺羅が翔一の方を見つめたまま落ち着いて言うのに対し、
 京次は驚いて慌てふためき綺羅と翔一を見比べるように交互に目を向けた。
 「そ、そんなこと・・・」
 「できないわけじゃない。やっていないだけだ。」
 声がいつもより低いトーンに代わった。
 表情にしても柔和な微笑は陰も形もなくただひたすら冷たい人間がそこにいた。
 京次はその綺羅の顔に畏怖を覚えた。
 「やらないのか?」
 「ぼ、僕には、無理だよ・・・」
 「そうやって逃げるのか?」
 「だって・・・」
 京次は下を向いて言葉を探す。
 その間にも翔一の風が放たれているのだが京次は全く気がつかない。
 「向こうは今も本気で攻撃してきている。」
 「そんなこと言ったって・・・僕には無理だよ!僕に何が出来るって言うんだよ!」
 「お前ができないことをお前の従兄弟ができるのか。同じ血を引いたにも関わらずお前には出来ないのか。」
 綺羅の口調はいつもとは全くちがった。
 表情と共に別人のようである。
 「僕と翔一さんを一緒にしないでよ!」
 「情けない。」
 綺羅は小さく、しかしながら聞こえるようにつぶやいてから京次を一瞥し、前へと駆け出した。
 翔一もまた走っていた、いや先に走り出したのは翔一だった。
 遠距離戦ではかすり傷1つ付けられないと悟りようやく近距離戦へと切り替えるべく走り出したのだ。
 綺羅はその時間を見越して京次に語りかけていた。
 無論京次はそんなことに気付くはずもない。
 気付くだけの余裕がない。
 今はただ呆然と綺羅と翔一を見つめるのみだ。
 倒れた翔一と見下ろす綺羅。
 勝負は一瞬だった。
 助走により威力が上がり、
 さらに風で速度を上げて一気に近付いて放った翔一の跳び蹴りは、綺羅の顎を砕くはずだった。
 綺羅は翔一の予想を遥かに越える行動を取った。
 何の苦もなく体をわずかにずらすだけで避け、翔一の足をつかんだ。
 そこを支点にして翔一の体は回転し地面に叩きつけられそうになる。
 それだけは防いだもののその時点で綺羅はすでに手を離し右手の光を喉元に向けていた。
 「やめておいた方がいいよ。だけどこれ以上やるなら僕だって容赦しない。」
 綺羅の口調はいつものゆったりしたものに戻っていた。
 顔にも微笑が浮かんでいる。
 目が笑っていないが。
 「くそっ・・・」
 「僕には君を殺さずに倒すことは出来るけど他の人たちには無理だ。
  死ぬ覚悟で戦うのもいいかもしれない。それは君の自由だ。」
 綺羅は光の剣を引いた。
 「退くといい。ここにいる意味はないだろうから。」
 翔一は何も言わず苦虫を噛み潰したような顔をして飛び去った。
 文字通り空に体を浮かせて。
 見えなくなってから綺羅は京次の方を向いた。
 「彼がやっていることはまだまだ基礎の基礎だよ。あれくらいもできないんじゃ君は自分すら守れない。
  それどころか守らなければならない大切なものさえ失うことになる。」
 綺羅はもう一度先ほどの冷たい表情を表に出してから京次を置き去りにして校舎内へと向かった。
 京次はしばらく立ち尽くすことしか出来なかった。
 いつしか降り出していた冷たい雨が京次を静かに濡らしていた。
 
 
 櫛那高校には武道場がある。
 体育館に隣接しており2階建て。
 1階は半分だけ畳が敷かれてあり柔道部が利用している。
 約70畳ほどなので8人しか稽古に日参しないので広すぎるように思われる。
 もう半分のフローリングでは剣道部が防具を装着し竹刀を振るっている。
 こちらはいつも15人以上が稽古に励んでおり練習熱心である。
 2階では全面に畳が敷かれてあり半分は空手部、もう半分は合気道部が利用している。
 武が所属する空手部は毎日稽古があっているものの部長である武がいるのといないのとでは状況が全くちがった。
 武は週に1度ほど休むことがあるのだがそのときは全体的にのんびりとした雰囲気で稽古が行われる。
 しかしながら武がいると稽古中は極度に張り詰めており隣の合気道部での私語がなくなるほどである。
 もう少しのんびりやりたいんだけどな、と言うのは合気道部部長の中牟田和行(なかむたかずゆき)くんの言葉。
 ちなみに合気道部はと言うと時に人数が少なすぎて稽古ができないこともあるような部活である。
 部員数は決して少なくはなく、比較的真面目な人間が多いのだが生徒会役員を担うものもまた多い。
 そう言った点が中牟田の目下の悩みなのだが部員たちは知っているかどうか。
 それはさておき今日もまた空手部ではいつものように武の指導の元、稽古が時間通りに始まり時間通りに終わる。
 他の3つの部は時間より少し前に終わって着替える時間を取るのだが武は気にしなかった。
 そのため武は部活に行くといつも武道場の鍵を職員室に持っていく。
 それからどこからか瑞稀が現れ一緒に帰る。
 それが日常だった。
 今日はそこに悪天候が加わっただけで他に何もない。
 稽古人口は13人。
 1年の1人が風邪を引いて休んでいるくらいで他の欠席は特にいない。
 
 
 「あーやっとこんな時間。早く帰らないといけないわねー。」
 舞は今まで散々しゃべっておきながらそんなことを言う。
 「そんなこと言うくらいならさっさと切り上げて帰ればよかったじゃない。」
 「こうでもしないと残らないのはだぁれ?」
 舞が私の額を人差し指でつついた。
 え、どういうこと?
 「武はケガしてるの。一緒に帰って何か悪いことでもある?」
 「舞が一緒に帰るの?」
 「なんで私が武と一緒に帰る意味があんのよ・・・」
 舞が首をうなだれた。
 そういう意味で言ったのかと思ったけど違うの?
 桜くんを見ると苦笑してた。
 違うの?
 「あんたが一緒に帰るのよ!部活終了時間までここにいるなんて信じられないわ。」
 「え、それって日下部くんと水野くんを待ってたんじゃないの?」
 舞が桜くんに目を向けた。
 私も桜くんを見るとさっきの苦笑いを浮かべたまま言った。
 「今から武道場に行くといいよ。多分大沢くんはまだいるから。」
 「さっさと行きなさい。」
 「わかった。」
 私は急かされるように教室を出た。
 2人が好意でこうしてくれたことに気付いたのは落ち着いて歩き出してからだった。
 
















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