カジノ王ランス




第三話 『やってられるか!』



 明け方。月明かりがか細く照らす人気の少ない街道を、へろへろ歩く二人組み。男と女の二人組み。
 ランスとシィルがラジールの町についたのは、徹夜で歩いたあとだった。
「はあ、やっとついたな。結構長かったじゃないか」
「そ、そうですね、ランス様」
 割と元気なランスに、いまにも倒れそうなシィル。
「それにしても腹が減った、お腹と背中がくっついちゃうぞ。途中で水しかのんでないもんなぁ」
「はいぃぃ、お腹すきましたぁ〜」
 水しか飲んでないなどと大嘘である。
 シィルがピクニック用にリュックにつめておいたお菓子を、ぜーんぶ一人で食べたのはランスではないか。
 シィルには食べ残しをあげるだけで、全体の90%はランスが食べている。
 しかも、だ。ランスは朝ご飯も食べ、昼前にもへんでろぱを食べているけど、シィルは朝から何にも食べてない。
「さすがにこの辺で休憩時だな。よーし、あそこにみえる宿屋で休憩だ!」
 ビシッ
 指差す先には高級ホテル「グリーンハウス・ラジール」の看板が。
 リーザス王時代にご用達だった店で、ここから500歩ほどいった所にある。
「あ、あのぅ、お金はないんですけど。はぅふぅ」
「ん? あっ、そうか・・・ そうだ、レィリィさんとこへ行くか!」
 レィリィ・芹斤。
 確かいまでは市長のお嫁さんになっているはずで、ランスがハーレムから開放した希少な例に属する女性である。
「ぐふふ、朝っぱら酒池肉林プレイ(お酒を飲んでエッチするだけ)もいいよな〜、というわけでシィル!
 市長の家を探して来い・・・シィル?」
 俯いたまま顔を上げない。
「おい、こら返事をしないか」
 スゥスゥ
「おい、おいシィル! どうした、大丈夫か?」
 慌てて駆け寄ったランスの耳に入ってきたのは、
 スゥスゥ
 ちいさなほそい寝息だった。
 カクッ 思わず力が抜ける。ぐぐぐ、ちょっと焦ってしまったじゃないか!
「ええい、立ったまま寝るなっ。奴隷のクセに、生意気、だぞ・・・」
 とりあえずパンチを振りかぶってみたが、そのままの姿勢で固まるランス。
 目はしっかりムカついた目をして入るけれど、頭の中は別なことを考えていた。
(なんか熟睡してるみたいだぜ。そういや、ちょっと無理させすぎたかもしれないな。
 いつもと同じペースで歩いて、シィルの限界を忘れてたぜ・・・ しかも徹夜で歩きっぱなしだもんな)
 まじまじと目の前のシィルを見ていると、しょうがなくなって拳を下ろしてしまう。
(久しぶりにこいつと歩くのが楽しかったからなー、ついつい徹夜で歩いちまった。
 このままほっとくわけにも行かないし、仕方ないぜ)
 ふう
 軽く息を吐いて、ランスはシィルのリュックを自分で背負った。
(う、結構重いな)
 そのままシィルの背中に手を回し、
 ヒョイ
 膝と肩甲骨から手を回し、お姫様抱っこの完成だ。
(シィルって、こんなに軽かったっけ? よくこんなクソ重い荷物もってられるな。
 さてと、これからどうする? 早いとこベッドに寝かせてやりたいし、俺様もなんか食いたいぞ。
 といって、金はないのか・・・ あぁ! もうどーでもいいぞ。よし、あそこに見える宿屋っぽい建物に入るか!)
 ランス自身もそこそこ疲れていた。
 寝ないせいで少々ハイになっていたのが、シィルの寝顔のせいでどっと疲れがでてきている。
 ただでさえ少ない分別が消しクズみたいに吹き飛んでしまって、もうお金のことなどどうでもいい。
「大丈夫、俺様は英雄だ! なんとでもなるのだ、なぁシィル、そうだよな?」
 腕の中ですやすや眠るピンク髪の女の子につぶやくと、
 根拠のない自信に高笑いしながら目の前の建物に入っていくランス。
 そもそもこんな時間帯に扉を開いているとこからして怪しい、その建物の名前は『バー・アルカポネ』。
(どっかで聞いたことある名前なんだが、どこだったっけ? うーん、思い出せないが、まあいいか)
 宿屋らしい看板もなく、入り口からして人目に付かないところにある建物だ。
 どこをどうみたら宿屋っぽくみえるんだ、という突っ込みはさておき、お金も持たずにズカズカ入ってゆくランス君だった。 


 ザワザワザワ
 ジャラジャラジャラ
 ピロリロリッパッパー
「チックショウ、なんであたらねぇんだっ」
 ドンドンドン
・・・騒がしい音がする。聞きなれない音、騒がしい音、たくさんの人間の気配。
「ううん、うーん」
 ゆっくり目を開ける。ぐっすり眠った後の、急に意識が戻ってくるような変な気持ち。
「え・・・ ここ、どこだろう・・・?」
 見覚えのない天井。シャンデリアが明るく輝いている。
 全体的に赤っぽい装飾の部屋に、たくさんの人、たくさんの、見慣れない機械。
「はっ! そ、そういえばランス様! ランス様は?」
 シィルは慌てて飛び起きた。たしかにラジールの町に着いたことは覚えているけれど、それから先の記憶がない。
 ランスと一緒にここまで歩いてきたことは確かだけれど、肝心のランスが見当たらない。
 リュックもない。シィルは一人でパーティー会場のような部屋のソファに横たわっていたようだ。
 キョロキョロと辺りを見回す。ランスが無事だ、ということは直感しているのだけれど、嫌な予感がする。
 まさか、一人ぼっちで置いていかれたはずはないけれど、
「ランス様ぁー、どこにいるんですかぁー」
 声を上げてみた。
 この部屋は人がいっぱいな上に妙にうるさい音が満ちているから、
 たとえランスがいても聞こえないかもしれないとおもいつつ。
 機械に向かっている男達はそんなシィルに目もくれないで、なにやら機械を操作している。
おおい、シィルこっちだ、はやくこーい
「? ・・・ランス様?」
 あっちの方で声がした、ような気がした。
「ちょっ、すいません、通していただけますかっ」
「ああーん? 邪魔だ、さっさと行けよ!」
「すみません、すみません」
 人ごみを掻き分けつつ声が聞こえたほうに進む。とげとげしい反応をいくつも味わいながら、
「ぷうっ、やっと広いところに出れた・・・」
 掻き分けて広いスペースにでた。どうやら人が輪を作っていて、誰かを見物しているみたいだ。
 周りの視線をなぞるシィル。そこには酒場のバーににたテーブルと、でーんと座った懐かしい顔。
 こっちのほうを見て手招きしている。
「ランス様!」
「おうシィルやっと起きたのか、遅いぞ。後でお仕置きだからな、がははは」
 上機嫌のランス。トトト、とランスに近づいた時、シィルはあることに気がついた。
 それは、ランスの前に綺麗なコインが山積みされていること。
「? あ、あのうランス様、ひとつお尋ねしてもいいですか?」
「うん? なんだ、言ってみろ」
「はい、ありがとうございますっ。あのう、そのコインはなんですか? そうだあと、ここはどこですか?」
 ポカッ
「ひんっ。ごめんなさい」
「質問は一つだ。このコインはだな、そうだな、俺様の才能の賜物だ。ようし、ディーラー、ヒットだぜ!」
 わけの分からないことを言うと、ランスは目の前に立つ男に向き直った。
 ディーラーと呼ばれた人が手元からカードを繰り出す。それを受け取ったランスは
 ニヤリ
 不気味な笑いを浮かべてシィルに言った。
「黙って俺様の天才ぶりを見とけ。くっくっく、こいつは面白いぜ」
「はいっ。 ・・・」
 そおっとランスの後ろに立つ。どうやら、ランスとディーラーの二人が一対一で勝負をしているようだ。
(これは、『トヤンプ』ですか? ランス様の手札が三枚、向こうの手札が二枚だから・・・『ブヤックジャック』?
 ええっと、コインを片手に怪しい場所でトヤンプをするってことは・・・?
 ラ、ランス様、まさか賭け事の味を知っちゃったんですかぁ?
 う、嘘ですよねっ! そ、そんなことありませんよねランス様!)
 思わず心の中で絶叫してしまうシィル。
 これまで女遊びにお金は使っても、博打の類にはまったく関心のなかったランス。
 もっとも、だからこそシィルの内職程度の収入で、仕事がない時期を乗り切れたのだ。
 もしも、もしもランスが博打好きだったとすれば、 (あうう、考えるだけでも恐ろしいですぅ)
 いやーな光景が頭に浮かんできて、ブルブルッ 激しい悪寒に襲われるシィルだった。
 そんなシィルの様子は気にも留めず、ランスは目の前のカードに集中している。
「ヒットだ」
 右手を出して高らかに宣言。ディーラーが一番上からカードを渡す。その手は心なしか震えているようだった。
 どうも、ディーラーの割には手元が覚束ない。カードを受け取ったランスは即座に、
「ステイ! よっし、貰ったぜ! さっさとかかって来い」
 右手をズイッと前に出し、自信たっぷりの表情。それを見てディーラーが自分の前に置かれた二枚を表に返す。

 ここで説明だっ!
 『トヤンプ』とは四種類のマーク『剣』『魔法』『盾』『鎧』がどれか一つついた、
 1から13までのカードと一枚の『ゴールデンハニーカード』からなる・・・
 要するにトランプのことですすいません・・・
 ちなみに『ブヤックジャック』は、
 絵札『グリーンハ二―(11)』『ブルーハ二―(12)』『レッドハニー(13)』を一〇点とし、
 他のカードは数字の点数が点になって、合計したら『21』点に・・・ごめんなさい、もういいです・・・

 ディーラーのカードは『ブルーハニー』と『9』だ。
(19点ですか? これってかなり高い点数ですよね。ランス様の手札は?)
 こっそりと覗き見る。四枚のうち一枚伏せてあって、あとは左から順番に『2』『8』『3』。
(ええっと、これだとどっちが勝つんだろう?)
「おらおら、ヒットかステイだかさっさと決めろ! 俺様は男に待たされるのは大っ嫌いなんだ!」
 あからさまに、
 チッ
 舌を鳴らしてビンボーゆすり。ビンボーゆすりをしながら足でタンタンと地面を叩く、変なところで器用なランス。
「ううっ、ス、ステイだ。さあ、そっちを見せてもらおうか」
 ランスにせかされるようにして、ディーラーはステイを宣言する。
(ランス様が6〜8だと、ランス様の勝ちなのかな?)
「ホーウ、本当にステイか? くっくっく、がはははは!」
 ピシッ 
「うっ」
 めくられたカードは『8』。ものの見事に『21』が出来ていて、思わずのけぞってしまうディーラー。
「ランス様すごいですぅっ! これでランス様の勝ちですよねっ!」
 どきどきしながらみていたシィルが歓声を上げる。
 ランスに賭け事はして欲しくないけれど、勝ってはしゃぐランスをみると本当に嬉しい。
「がははは、とーぜんだ! 俺様は世界最強だからな」
「それで、ランス様、どれだけのコインを賭けたんですか?」
「ん?」
「あの、こういうところって、コインを賭けて勝負するんです、よね?」
「ああ、何枚賭けたかってことか? そんなの決まってんだろ、全部だよ」
「え?」
「全部だよ、ぜ・ん・ぶ。おいディーラー、ぼやっとしてないでさっさとコインを数えて倍にしろ。
 いっとくが、枚数誤魔化そうなんて考えるなよ?」
 そういって手元の山を指差すランス。
 ディーラーはといえば、震える手つきでコインを色事に山分けし、手元から新しいコインを足してゆく。
「全部って、あれだけのコイン全部、ですか?」
 ポカッ
「しつこいぞシィル。俺様が全部といったら全部だ。たくさん賭けた方がたくさん儲かるんだから、当然だろ」
 涼しげな顔して恐ろしいことを言う。
「ランス様、でも、でもでもぉ、それだと負けたときに・・・」
 ポカッ
「馬鹿、俺様が負けるはずないだろう。どうせ勝つんだから全部賭けてなにが悪い。
 ふん、ディーラー、次の勝負行くぞ!」
 膨れ上がったコインの山をズイッと前に押し出して一言。
「全部だ! いっとくが、さっきの男みたいにいかさまをしたら、ぶっ殺すからな」
「は、はいぃ」
(そんな、ランス様ぁ。負けたら何にも残らないんですよぅ・・・シクシク)
 何とかして引き止めたいシィルだった。
 しかし、調子に乗っているランスに水を差すのもためらわれ、心の中でシクシク泣くしか出来ないのである。
 そうして、新たな勝負が始まるのだった。



 時間が遡ること数時間。ランスがシィルとリュックを背負って『カジノバー・アルカポネ』に入ったところ。
「ああーん? あんたどこの馬の骨だ、ここの会員かい?」
 ゲシィ ドガァ バコーン
「ぐはあっ」
「客が来てやったってのに、いきなりな挨拶だぜ。おい、部屋を貸せっ、て聞こえちゃいねぇか・・・」
 蹴飛ばされて、そのまんま白目をむいている男。ひょっとしたら死んだかもしれない、
「仕方ないな。だーれもいないんだから、勝手に使わせてもらうぞ」
 ランスはつぶやいて目に入った階段に向かう。
 上にあがる階段がなくて、地下へと下がる階段しかないのが気になるが、
「まっ、いいさ」
 テクテクと降りてゆくランス。
「それにしてもなんだってこんなに重いんだ。いったいシィルのヤツなにを入れた?」
 リュックが重い。ぶつぶつ文句をいっていると、カオスが思念波を飛ばしてきた。
《おういランス、何だか様子がへんじゃぞい。ここは何の建物なんじゃ?》
「なにって、宿屋じゃないのか」
《おぬしには聞こえんか? この奥からやけに懐かしい音が聞こえてくるんじゃがのう》
 ガヤガヤガヤガヤ
 チロリロリ―ン
 グルグルグル、ジャララララ
「・・・本当だ。シィル、聞こえるか?って、こいつは寝てるんだったな。じゃあカオス、あれは何の音だ?」
《なにって、おぬしはやったことがないのか?》
「なにが」
《『スロット』じゃよ『スロット』。カジノの基本中の基本じゃろう》
「・・・スロット?」
 怪訝そうに尋ね返す。聴きなれない言葉『スロット』。ついでに言うと、『カジノ』というのもよく分からない。
《おいおい、冗談じゃろ?
 おぬしみたいな人間がスロットの一つや二つ、知らんわけがないぞい。こんなの世界の常識じゃぞい》
 ムカムカ
「ええい、そんなモン言われなくても分かっているわ!」
 ゲシゲシゲシッ
《す、すまんわしが悪かったぞい・・・ そりゃそうじゃのう、おぬしが知らんはずがないぞい》
「チッ」
(なんだ? 『スロット』『カジノ』・・・? 聞いたことがあるきはするが、よう分からん。
 かといっていまさら聞くのも不愉快だし、まあいい、どうせすぐに分かるさ)
 にぎやかな音が近づいてくる。
 二階分くらい階段を下り、いまは真っ直ぐな廊下がつづいていて、どうやらこの突き当りから聞こえてくるようだ。
 足元には赤い絨毯、両脇のろうそくが雰囲気を出している。
《ふーんふーんふーん。げへへへへ、楽しみじゃのう。わしも昔は『勝ち逃げのカオス』と恐れられたもんじゃわい。
 剣になってから一度も来とらんかったが、わくわくするぞい!》
 カオスが元気だ。小刻みに揺れていて、鼻歌っぽい思念波を飛ばしてくる。
(たしかに楽しそうな音がするぜ。まあ、カオスが好きなんだったら、俺様にも楽しめるんだろうな。
 しっかし、こいつを寝かせる場所はあるのかぁ? 入れば分かることだけど)
 視線を腕の中に落とす。すやすやと気持ちよさそうな寝顔だ。
《しかしなんでこんなときにカジノに行くんじゃ?
 おお、そうか! 確か金がないといっとったが、ここで一儲けするつもりじゃな!》
 鼻歌交じりのカオスが話しかけてくる。それを聞いてランスはびっくりした。
(カジノって金が儲かるところなのか? おお、だったらここで当座の金を稼げるじゃないか。
 さすがは俺様だぜ、適当に入った宿屋で金儲けができるんだからな)
「そうだ! がっぽり儲けてアイスの町でどんちゃんさわぎだ!」
《くうぅぅ、粋じゃのう! わ、わしにもカジノに参加させてくれるんじゃろうな? 久しぶりに血が騒ぐわい》
「けっ、お前は黙って腰にぶら下がっとけ」
《そんな殺生な〜 むーんむーん、心のちんちんがうずくぞい〜》
 そんな会話をしているうちに、ランス達は突き当たりのドアについていた。
 薄暗くて気付かなかったが、ドアの両脇に黒服男が立っている。
「失礼、この町の方ではないように見受けますが、当店会員の方ですか?」
「おう、会員も会員、名誉会員だ」
 近づいてきたランスに声をかける黒服二人組み。
「では会員証のほうを」
(げっ、そんなモンがいるのか。会員証なんか持ってないぞ。ここは適当に・・・)
「ああ、あれか。家に忘れてしまった。後で持ってくるからとりあえず中に入れろ」
「忘れた・・・ それではお通しするわけにはいきません、お引取りください」
 声のトーンを落とし、二人してズイと立ちふさがる。
「家に忘れただけだといってるだろう。それともなにか? 俺様が信用できないのか?」
「当店はそれなりに身分のある方のみお入りいただくバーでして、
 女性を抱き、古い背負い鞄を担ぐようないでたちでのご利用は、お断りさせていただいております。どうぞ、お帰りを」
「ええい、ごちゃごちゃ言わずに中に入れろ!」
 帰れといわれて帰るようなランスではない。そんなランスをみて、二人組みは何かコソコソ小声で話す。やがて、
「どうしても、お帰りになっていただけないと?」
「当たり前だ。分かったならさっさと通せ」
「仕方ありませんな・・・ おい、やるぞ!」
 ひゅっと左右に分かれる二人組み。次の瞬間左右から無言で迫り、
 ガキッ
 ドカッ
「おっ、やるか?」
 右から掛かってきた男のわき腹にひと蹴り。ついで左の顔面に回し蹴り。
「おいおい、二対一で、しかも不意打ち仕掛けてこれかよ。ざまあないな」
 ドンッ 二人とも壁に叩きつけられ、気絶でもしたのだろうか、動かない。
 それほど悪い動きでもなかったけれど、ランスが相手では太刀打ちできない。
 けれども相当大きな音を立ててしまった、どうやら中にも外の異変が伝わったららしい。人が走ってくる気配がする。
《ランスまずいぞい、逃げた方がよさそうじゃぞ?》
「ああ、そうみたいだな。ちっ、ついてないぜっ!」
(ちぃっ、せっかくカジノとかいう所で稼ごうと思ったのに、ダメか。
 さすがに門番殴り倒したら言い訳できないしな。まったくけしからん門番だぜ)
 扉から背を向けて走り出す。
 ただ、ランスの目に映ったのは、階段と廊下の間に下りてくるシャッターだった。数歩進んだところで、
「誰だっ、逃げられると思うなっ」
「ガイス、ナイス、二人とも大丈夫か?」
 中から人がパラパラと出てくる。その中の一人、聞き覚えのある声が、
「ランス王? ランス王ではありませんか?」
 走りながらふと思い出す。確かこの店の名前が、『バー・アルカポネ』
(ん?まてよ、『アルカポネ』、『アルカポネ』・・・『アルカポネ』!)
 自分達を閉じ込めたシャッターから、くるりと振り返って、
「グラック・アルカポネか?」
「ああ、やはりランス王ではありませんか。こんなむさくるしいところでお会いするとは」
 グラック・アルカポネ。旧自由都市ロックアースを拠点とする地下組織『DXの会』の元代表だ。
 誘拐から人身売買から売春から麻薬の取引まで、手広く商うアングラ組織。それが『DXの会』だった。
 ランス自身アルカポネとは何度も面識がある。
「お久しぶりです、ランス王におかれましては相変わらずお元気そうで」
 すっと手を出して部下を制すると、ニコニコしながら近づいてくるグラック。
(本当は王様じゃあないが、説明するのも面倒だ)
「ああ、しかしこんなところで会うとは思わなかったぜ」
「ははは、それは私も同様です。それで、どうしてこのような場所へ?」
 このときグラックの狐目には極めて鋭い光があった。もっとも、それを他人に悟られるようなグラックではない。
 なにしろランスという人間は、一度はリーザス国王として『DXの会』を認めておきながら、
 突然に軍を動かして、一日にして『DXの会』を叩き潰した男である。
 本来『DXの会』を軍が攻めるというような超重大情報を取り逃がすようなグラックではない。
 だが、彼のアングラな情報網も、ランスの行動を正確に予想することは出来なかった。
 グラックとしては十分に賄賂も贈り、『あおい』という性奴隷までプレゼントしておいたというのに・・・
(もしかして、この男はわたくしの『ニュウDXの会』の台頭を嗅ぎつけたのか?
 いや、しかし、仮にそうだとしても王自らが危険を犯して実態探索に来るのはおかしい。
 しかし、この王ならばやりかねないのも事実。・・・いったいこの男の目的はなんだ?)
 ランスに近づきながら、思考を進めるグラック。公式には彼はすでに死んだことになっていた。
 それは忘れもしないLP四年の十一月、リーザス軍による『DXの会』侵攻の日。
 ゼスを経由して『骨の森』へ進軍するはずのリーザス赤の軍がロックアースを経由するだけの一日になるはずだった。
 それが急転直下で軍の向きが変わり、真っ直ぐ『DXの会』にむかってくる赤の軍。
 グラック自身なにも手を打てないまま、一代で築き上げた王国『DXの会』から逃げ出すしか出来なかったのだ。
 もしもランスの行動になにか違和感を覚えた時は、暗殺者を差し向けるべく手配も抜かりなかったというのに。
「しかし、マリスの報告だと、お前は死んだことになっていたぞ。俺様はまゆつばだったがな」 
「さすがはランス王ですね。まあ、死体の偽装ていど楽な仕事ですよ」
「影武者かなにか、か。まあいい、久しぶりの再開を祝って乾杯でもしようぜ。
 それとも、まだ俺様のことを恨んでいるのか?」
 恨んでいるに決まっている。自分の半生をかけて作り上げた組織を壊滅されて、恨まない人間なんていない。
「いえいえ、とんでもありません。わたくしも少々派手に動きすぎましたからね。
 ランス王がお怒りになられるのももっともでした」
(この男はなにを考えているのか理解できない。いまだって、まさか単独で乗り込んできたわけではないだろう。
 最低忍者の十名や二十名は連れてきているはず。ひょっとしたら軍隊も伏せてあるのかもしれない。
 この場で打ち殺してもかまわないのだが・・・もう少し様子を見るか)
 表面上は愛想を絶やさないグラック。
「それではなかにどうぞ。ここはただのカジノですから、ランス王のお気にいるような女はおりませんが」
「おう、それじゃあ邪魔するぞ」
 堂々と案内されて部屋の中に入るランス。内心では予想外のピンチに、
(やべー、とんだところに来ちまったぜ。あのシャッターも壊せそうにないし、相手がよりによってグラックとはなぁ)
 辟易していた。つくづく思うのだが、自分の行くところには波乱がある。
「おい、お前達。この方はリーザス王ランス様だ。粗相のないように御もてなししろ」
「は? ははぁっ」
「ランス王、どうぞこちらへ」
「おう」
 堂々と、内心は仕方なく案内役の黒服についてゆくランス。その隣には、グラック・アルカポネ。
(とにかく相手の出方を探らなければいけない。備えも持たずに乗り込んでくるランスではないからな。
 殺すのはいつでも殺せる、あせるなよグラック。そうだ、万全の体制を整えてからだ、止めを刺すのは)
 ラジールは、ロックアースをおわれたグラックが新しく拠点にえらんだ都市だった。
 利点としては、ロックアースから比較的近くにあり人脈が豊富だったことと、アムロ市長がボンクラだったことがある。
 リーザス支配下とはいえ、できる市長と凡庸な市長の違いは、地下組織にとっての大問題なのだ。
 派手に活動を行えばかつてのように軍に目をつけられるため、こそこそとカジノや麻薬パーティを開くだけの組織だが、
 『DXの会』なきあとのアングラ組織内では、『ラジールのニュウDX』といえば売り出し中の筆頭株である。
 そして、ここ『バー・アルカポネ』が『ニュウDXの会』総本山だった。
 グラックの思うところでは、どうやら大々的に行った売春行為がリーザス王の心象を害したようだ。
 そのため、ここではそういった性欲の類は一切取り扱っていない。ただの純粋なカジノである。
「ささ、どうぞお座りください」
「ああ」
 さまざまなゲームに興じる人々から少しはなれて、テーブルに腰を下ろすグラックとランス。
 ランスは当然のように豪勢な方のソファに腰を下ろし、ずうっと抱いていたシィルをそっと寝かせた。
 こんなにうるさい中よく寝られるな、と感心しつつ。ついでに担いでいた荷物もどかっ、とおろし、ふんぞり返る。
「ところで、どうですかここは?」
「ふん、馬鹿みたいにうるさいところだな」
「ははは、カジノとは賑やかなものですからね。ランス王は賭博がお嫌いですか?」
「なんだ?」
「イヤイヤ、賭け事はお嫌いですか、と尋ねたまでです」
「カジノと賭けが関係あるのか?」
 一瞬ポカンとしたグラック。だがすぐにいつもの微笑み顔にもどる。
「えっ・・・ まあ、カジノはただ遊ぶところですからね。
 たしかに純粋にゲームとして駆け引きを楽しんでもらってもかまわないですが、
 やはりなにかをやり取りしてこそ気持ちが入ると思いますよ」
「で、やりとりするのが金なわけか。ふんふん、なーるほど」
「・・・ランス王? もしかしてカジノは初めてですか?」
「ん? ああ、まあな。で、どうやってゲームをするんだ?」
「え、どうやって、ですか? はあ、例えばですね・・・」
 意に反してランスのペースだ。
 グラックは結局、『なぜここに来たのか』と聞く前に、『いかにしてカジノで遊ぶか』を説明する羽目になってしまった。
 けれどもただ説明しているだけではない。
 この間にグラックの部下がラジール近辺及び『バー・アルカポネ』内外をかぎまわり、忍者や軍勢の有無を調べている。
 ただランスをこの場に釘付けにするだけでも、グラック的にはOKだった。
   ・・・
 凡そ半時間、スロットからトヤンプからルーレットまで、ざっと説明したグラックと、面白そうに聞き入っているランス。
 ところどころ相槌を打ちながら最後まで聞き終わってグラックに言った。
「ふむふむ。
 へえぇ、中々面白そうじゃないか。だがグラック、こういった賭け事はお前達が取り仕切っていいものなのか?
 確か、前にマリスに渡された書類に、『非公認賭博禁止〜』ってのがあった気がするぞ。
 さらに言えば、俺様はお前に許可を出した覚えがない。だいたいお前は死んだことになってるんだからな」
 ジロリ、と睨む眼光が鋭い。
「ええ、たしかに禁止されてしまいました。けれど、王がおっしゃった法令が出されたのは先月です。
 新規の法令には二ヶ月の猶予がありますから、今月いっぱいはカジノも合法ですよ」
 痛いところを突かれた。
 そう、ただでさえ実入りのいい女商売が出来ないのに、この上賭け事まで公営にされれば干上がってしまう。
 どうやって法の目を潜り抜けようか、とこの一月頭をひねってみたものの、グラックでも良い考えが浮かばない。
「ふーん、そうか。だったら今はカジノで遊んでもいいんだな?」
「ええ、もちろんです。
 もしランス王がカジノの民営化を・・・いえ、例の法令を改正してくれればこれからも、いつでも遊べますよ」
「そうか、俺様次第というわけか。グラック、だったら俺様にカジノのよさを味わって貰いたいんじゃないのか?」
「ええ、その通りです。それに、ランス王ならきっとお気に召されますよ。なんなら、今からどうです?
 当店は自分で言うのもなんですが、非常に楽しめる店ですよ」
 ついつい下手に出てしまう。
 もしも、もしもだが、ランスがこの店の常連になれば『ニュウDXの会』の未来は薔薇色である。
 それだけではない、大陸におけるカジノ運営権をグラックに独占させてくれれば・・・
  (馬鹿な・・・! この王はまったく信用できない。予想不可能な人間だからな、取引相手にはしないが賢明。
 第一、『DXの会』を潰した張本人だぞ? この手で復讐する機会を逃してまで利用する価値などない!)
 顔を俯き、突き上げてくる衝動を努めて抑えるグラック。
 いつもの表情にピクリとほころびが出たのをランスは見逃さない。
「・・・お前、いま俺様を殺そうとか思わなかったか?」
「は、ははは、そんなまさか」
「ふーん、ならいいけどな。いっとくが、『DXの会』を潰したのは俺様じゃないぞ? わかってるんだろ?」
 自分の心を見透かされ、動揺している時にこの一言。『DXの会』を潰したのがランスではない?
「それはまたきゅうな言葉ですな・・・ では、どなたが『DXの会』を?」
「なんだ、お前まで俺様が命令したと思ってるのか。もっとしっかりした情報網を持った男だと思ってたんだがなぁ」
 ふふーん、鼻で笑っておもいきり相手を見下した表情のランス。
「・・・改めてお尋ねしますが、どなたが?」
「俺様以外にこんなことができるのは一人しかいないだろ。そのくらいは分かるよな?」
「理由は、その方が『DXの会』を敵視する理由はなんだったんですか」
 グラックの頭の中では、まだランス自身が決断を下したことになっている。
 ただ、グラックとしては、ランスの思考パターンは完全に理解しているつもりだった。
 女好きで自分に利用できるものを大切にし、
 自分に忠実である限りにおいて悪も許容するという、極めて人間的な人格。
 そして、この前提の下にランスから得られる情報を分析し、当分の間『DXの会』は繁栄を許される、
 と結論付けた矢先のブラックデー。
 自分の能力を根底から否定された事件。
 もしも、もしもあれがランスの行動でないとすれば、誰よりもまずグラック自身が救われる。
 自分の能力が再び肯定される。
 肯定されたところで失われたものは帰ってこないけれど、唯一つ、彼のプライドは復旧する。
「命令を下した人間のだなー、愛する人ってヤツか? その愛する人が」
「リア王女、ですか?」
 つい口を挟んでしまった。ニヤリと笑ってランスが続ける。
「最後まで聞け。その人がお忍びの外出中に、ある女の子に目をつけたんだ。
 そしてそのこを連れ帰ろうとしたら、これが、先客がいたんだな。
 まあしつこい人だから、何とかしてその子を手に入れたんだよ、高い金払ってな」
 確かにありそうな話ではある。
 グラックもリア王女の性癖くらいはしっているし、実際リア王女に女を差し出した事実もある。
「そのこはもうぶっ壊れてたらしいんだ。後で聞いたんだが、怒ってたぞー、アイツは。
 丁度俺様が魔人退治で忙しくてかまってやれなかったせいもあるだろうが、めちゃくちゃ怒ってたらしいぜ。
 それで、そのとき俺様がサインした書類の中に、あいつがこっそり『不特定売春組織退治の案件』ってのを入れたんだ」
 偶然だが、『DXの会』がリアだと思われる人物に完全調教済み性奴隷を入荷した時期が符合する。
 ひょっとして、ランスがいまいっていることは本当ではないだろうか?
「ちょうどメディウサちゃんとガーガーやってた時期で、いちいち目を通してなかったんでな。
 うっかりサインしたんだよ・・・ 帰ってきてみたら、『DXの会』はありません、だ。俺様は怒ったぞ?
 なんたって『あおい』ちゃんはグッドだし、ものの分ったお土産は旨いからな。
 まあ、過ぎたことはしかたないし、アイツはある意味俺様よりも強いから、ベッドでしばいてそれっきりだ。
 おい、どのあたりまでは掴んでたんだ? それくらいは教えろ」
「ランス王がなにかの書類にサインをした、というのは最近聴いたことがありますね。それ以外は初耳ですよ・・・
 ん? なんだ、今私と王が話をしているんだぞ? んん・・・ああそうか、分った・・・。
 申し訳ありませんランス王、しばらく失礼します」
 二人の会話に割り込むように、黒服男がグラックの耳元に何か囁く。それを聞いて、グラックは立ち上がった。
 どうもふに落ちない表情であたふたと頭を下げると、男について離れてゆく。
 残されたランスは一人、ひゅうっと大きく息をついた。
《やっぱりおぬし、カジノのことを知らんかったのか。あいかわらず素直じゃないのう》
「うるさいぞ、馬鹿剣」
《それにしてもよくまああんなに嘘がでてくるもんじゃぞい。もと盗賊のわしがみてもたいしたもんじゃよ》
「ばーか、俺様だってもとは盗賊だ。だいたい俺様は嘘はついていないぞ。
 だーれもマリスだリアだ、なんていっていない。グラックが勝手に解釈しただけだ」
《そういえばそうじゃったな。で、これからどうするんじゃ?》
「知るか、そんなもん。何とかするさ、俺様は天才だからな。がはははは!」
    ・・・
 その頃グラックは部下からの報告を聞いて頷いていた。
「ラジール周囲はおろか、ティティ湖畔にも、カスタム街道にもリーザス軍と思しき集団はありません」
「アイス、レッドの町も同様です。軍の動きはありません」
「ラジール内部を隈なく探しましたが、普段と違う点は見当たりませんでした。
 後、市庁の役人を叩き起こして尋ねてみましたが、リーザス国からのこれといった通達は存在しないとのことです」
「この建物にも誰かが侵入している気配はありません・・・
 グラックさん、アイツは本当にリーザス王なんですか? 他人の空似ってわけじゃありませんか?」
 部下の報告はどれもがランス単独行動を示唆している。
 この報告を聞いて、グラックはランスを信用する気になっていた。
(もしもランス王が単独でここにきたとすれば、それはマリスに知られることなく行動したかったからだろう。
 つまり、ランス王自身は『DXの会』ひいては自分をまだ利用したいのではないか?
 それで、ここに私が潜伏している事実をつきとめ、面会に来た・・・ そう考えればつじつまが合う。
 確かに最初あったときは逃げ出したが、私の声を聞くとすぐに立ち止まってこちらに歩いてきたではないか。
 もしも、私が死んだものと思っていたなら、もうすこし驚いたりしてよさそうなものだ)
 もともと細い目をさらに細める。
(そもそも、ランス王の言葉は私の予想・情報と完全に合致する。
 そうだ、やはりランス王と手を組んだ判断は間違っていなかったのだ。
 ランス王と私はこれからも共存してゆけるだろう。あのマリスとかいう女を王が抑えてくれれば、だが・・・
 しかし、王の決断なしに軍が動くことは絶対にない。
 ランス王もこれからはあのような軍隊出動には同意しないだろう・・・ よし)
 グラックは顔を上げた。そこには晴れ晴れした顔、もっとも外見はいつも通りの微笑に過ぎないが。
「お前達、これからランス王にギャンブルの楽しさを味わってもらうことにします。いいですね?」
「えっ、で、でも、ランス王は」
「いい・で・すね?」
 いつも通りの微笑。けれど、どこかがちがう微笑。
「は、はい。わかりました」
「わかりました」
 グラックを取り囲んでいた部下達が一様に答え、三々五々散っていった。
 グラックの意図は十二分に伝わったといえよう。
(あとはランス王が楽しんでくれるか、ですね。けれど、あの気質なら問題ないでしょう) 
 表情を変えずにつぶやいた口調は、どこか楽しそうだった。
   ・・・ 
《お、やっと見えたぞい》
「ああ、結構遅かったな」
《わしはだまっとるからせいぜい上手くやるんじゃぞい》
「何いってやがる、俺様は天才だぞ? ・・・よう、グラック。遅かったじゃねぇか」
「いやいや、無能な部下を持つと大変ですよ。
 なにからなにまでわたくしにまわってきますからね。もっとも、ランス王ほどではありませんが」
「俺様はスーパーだからな、部下が無能でもまったく問題ないのだ。そんなことより、なにを話してたんだ?」
(どうせ俺様を殺す相談だろうけど)
 内心でそう思いながらも一応尋ねてみた。ちなみに先程からカオスとなにを喋っていたかというと、

(たぶんグラックは自分の手で俺様を殺したいだろうから、眠り薬か何かを仕込んでくるだろう。料理か、飲み物だな。
 それを出したら合図だ、いいか。いきなりランスアタックでグラックを殺し、雑魚は相手にしない。
 あのドアはかなり硬そうだから、破るとしたら天井だ。
 グラックをやったら天井にお前をぶつけるからな、しっかりやらないとまたセルに封印させるぞ)
《心配するな、でっかい穴をあけてやるわい。じゃが、ここで寝息を立ててるシィルちゃんはどうする?》
(いまさらおきたって状況理解できるのか?
 こいつは思っていることが全部顔に出る馬鹿だ。グラックを見ただけで顔を引きつらせるぞ)
《確かにそうじゃな。シィルちゃんは眠ってもらってる方が都合がいいぞい》
(そういうことだ。穴をあけたらこいつをまず放り出す。つづいて俺様が逃げる。さっすが、俺様だぜ!)
《そんなに威張ることかのう?》
(なに? なんかいったか?)
《いやいや、さすがはおぬしじゃといっただけじゃよ》
 
 こんな会話。はっきりいって、グラックを殺す相談でした。
「で、なにを話してたんだ?」
「いえ、どうということはないのですが・・・ 時にランス王、お手持ちのお金はいかほどですか?」
 とびっきりのスマイルを作って尋ねる。
「王のことですから、さぞたくさんお持ちなのでしょうが、参考までにお教えいただけますか?」
 にこにこにこ
(ぶ、不気味だぞ・・・)
 思わず腰を引いてしまったランス。男の怒った顔も嫌なものだが、笑った顔も嫌なものだ。
「ああー、えーとだな、まあ、あれだ」
「?」
「マリスには内緒できてるからな。そんなに持ち合わせがないんだ、うん」
(実際マリスに内緒だし、俺様嘘はついてないぞ)
 それをきいてますます確信するグラック。
(ランス王はマリスの目を盗んで私に会いに来たのだな)
 自分の中でのランスの呼び方が、『ランス』から『ランス王』にかわってしまったグラックだった。
「それがどうかしたのか?」
 怪訝そうなランス。ランスとしては、何か飲み物を薦められると思っていた。
 もしもそうなっていたら、即座にカオスが炸裂していたところである。あわててグラックが続ける。
「あっ、はい。でしたらどうでしょう? わたくしが少々差し上げますので、それを元手にここで楽しんでいかれては?」
 もちろん接待カジノだ。
 グラック自身はルーレットならばどの枡に玉を入れるのも自由自在だし、
 たいていのディーラーは客に勝たすも負けさせるも自在に操れる。
 ランスにいい思いをさせて、カジノ好きになってもらおうという考えだった。
「・・・ほう、俺様にカジノ好きになれ、ということか。案外お前もいい奴だぜ。で、いくらくれるんだ?」
「わたくしも昔ほど大きな所帯ではありませんから、以前のようには参りませんが。どうでしょう、10万Gほどでは」
「・・・チッ、少ないが、まあ我慢してやる。なら、俺様の気が変わらないうちに、さっさと持って来い」
「は、はい」
 ランスはいままで1000万Gほどをグラックから貰っていたせいで多少不満ではあるが、
 もっと不満なのはグラックの方だ。
 ただでさえ収入が乏しくなっている上、
(これから勝たせてやるんだから、あげた額の二十倍くらい持っていかれるんだよっ)
 というわけである。
 それはともかく金を持ってくるのが遅れてはいけないと、急いで指を鳴らす。
 パチーン
 相変わらずいい音だ。大陸でもユビぱっちんでグラックに勝る人間はいないのではないだろうか?
 ともかく音に合わせて黒服が小ぶりのアタッシュケースを運んでくる。
「さ、ランス王、お納めください」
「昔はもっとでっかいケースでくれたもんだがなぁ・・・」
 しみじみつぶやいてケースを開けて、
「じゃあ、これ全部コインに変えてくれ」
 黒服にポーンと札束を放る。その仕草はあくまでぞんざいで、感謝の気持ちのかけらもない。
 こういう人間であることは分かってはいたが、さすがにグラックもムッと来る。けれども微笑は崩さない。
「かしこまりました」
 パチーン
 一礼して戻る黒服。すぐに引き返してきて、手には装飾過剰な箱に入ったコイン。
「どうぞ、ランス王」
「んー、これは?」
「一〇〇Gを一枚として、千枚のコインにございます」
「おおっし、それじゃあいっちょやるか!」
 ランスだって、さっきから自分もカジノで遊びたいとは思っていたのだ。
 いざ遊ぶ準備が揃ってはもはや我慢できるはずがない。
「では、まずはルーレットでも・・・ランス王?」
 自分が接待しやすいルーレットで勝ちの味を占めてもらおうと思った矢先、ランスは店で違うほうに歩いてゆく。
「あの、ランス王?」
 ランスが座ったところはスロットマシーンだった。魔法ビジョン搭載のスロットマシーン『リュパン賛成』。
 リーチアクションが色っぽいことで人気がある。
 ある意味、もっとも運だよりのゲームであり、接待が不可能なゲームでもあった。
 慌てて駆け寄るグラック。スロットでは接待できないではないか!
「ランス王、いったいなにをなさるのですか!」
 駆け寄る頃にはもう一〇枚程度投入されている。
「んんー? なにって、さっきからこれをやりたかったんだ。おおっ! 『リュパーン』だって、いい声してるなぁ」
「そんな、何もこのようなゲームを選ばなくても・・・んん?」
 確かに画面には、ピンクのスーツに身を包んだ女が投げキッスをしながら、決め台詞を口にしている。
 本来これは確立の相当高いリーチのはずであり、めったに出ない映像なのだが・・・ 
(なんと? 開始してもう『確変リーチ』か?)
 魔法ビジョンにはクルクルまわる真ん中の文字と、両側に7の文字。
「グラック、これはどうなったら儲かるんだったっけ?」
 名物キャラクター・フジコちゃんにニヤニヤしながら、
「お、7が三つ揃った・・・ お? おおっ、何だこのコインは!」
 ジャラララララ〜
「ええと、同じ数字が三つ揃えばいいのです・・・」
「おおっ! すげぇすげぇ! うーん、やっぱり俺様は天才だ、がはははは!」
 グラックの言葉なんか聞いちゃいない。周りから人が集まってきて、
「にいちゃんやるなぁ」
「その台は俺がさっきまで暖めてたんだぜ、ちっくしょう。またハイエナされちまったよ」
 なんて、勝手に誉めそやしている。
 グラックとしてはランスがカジノを楽しんでくれればいいのだから、喜ぶべきなんだろう。
 しかし、なんだか素直に喜べない。
 そんな中、ついと立ち上がるランス。でてきたコインを籠に入れると、向かいの台に移動する。
「おいおい兄ちゃん、どこに行くんだよっ。これからジャンジャンでてくるんだぞ?」
「確変なんだから、あと一回は大当たりするんだぜ!」
 駆け寄る人たち。グラックも側に駆け寄る。
「ランス王、せっかく大当たりが出たのです。ここはしばらく先程の台で楽しまれたほうがよろしいかと」
 けれどもランスは動かない。ちらっとさっきの台を振り返ると、
「フン、あれはもういい。あっさりしすぎていてつまらん。今度はこっちをやるぞ、あの台はもうどうでもいいんだ」
「けれど・・・」
「ええいグラック、うるさいぞ。おーい、その席はもういらんから、座りたければ座るんだな」
 その言葉を待っていたかのように人が殺到する。
「俺だ!」
「いや、俺が先だ!」
「待て待て待てって」
 浅ましい席争い。そんな人たちを、フフンッ。鼻で笑うと、新しい台に向かった。
 そんなランスにグラックは言葉もない。あきれて天井を見上げてしまう、すると、
 チャンチャンチャンチャーン
「んん?」
 馴染んだ音がすぐ側から聞こえて視線を落とすと、
「またっ!」
 またもやリーチアクションだ。
 スロット『シーストーリー』でキャットフィッシュが縦に揃い、魚の群れが通り過ぎる。何回転かした後、
 ジャララララ〜
「・・・」
「おおっ、また揃ったぞ。何だ、簡単じゃないか、こんなのなにがおもしろいんだ?」
 ランスはといえば、嬉しそうどころか、ため息をつきそうな勢いだ。
「・・・」
 グラックもため息をつきそうな勢いである。すると、ランスがコインをとりもせずに立ち上がった。
「ええい、もうスロットはいらん。グラック、次はあそこに行くぞ!」
 ランスの指差した先には、トヤンプコーナーが待っていた。
   ・・・ 
 ここでもランスは強かった。カオスは何にも言わずに見ているだけだったが、ここまで強いと見ていて爽快である。
 グラックは、しばらくランスの側にいたが、頭が痛いといってどこかへいってしまった。
 今、ランスはギャラリーに囲まれながらディーラーとブラックジャックの一騎打ちをしている。
「うーむむむ、これは・・・ヒットだ!」
 ランスの手札は伏せてある札が『3』。表になっているのが『ブルーハニー』『1』『5』。
 ここでヒットするのがランス流らしい。そして来た札は、『2』。ファイブカードの完成である。
 背後ではおお〜ッ、と歓声が。ちなみにいかさまはされていない。
 グラックは最初の一回にディーラーにいかさまを命じたのだが、信じられないことにランスはこれを見破ったのだ。
 正確に言うと、見破ったのはカオスなのだが。
 スラリとカオスを抜き放ち、ディーラーの喉元に突きつける。
「次は・・・ないぞ」
 この一発で男は気を失ってしまった。それからは二人目のディーラーが相手をしている。
 これまでの戦績は、ランスの十一勝無敗。親であるディーラーが有利とされるゲームにおいて、この成績。
 最初のうちはコイン50枚、といった風に賭けていたランスも、いまでは常に全額賭けだ。
 シィルが目を覚ましてランスを見つけたとき、まさにランスは絶好調だった・・・
 


・・・あとがき・・・
 初めてのSSです。グラック・アルカポネがついに登場しました。
 もっと悪っぽい、かっこいいキャラクターにしたかったのですが、どうもアホなグラックになってしまって・・・
 ちなみに、副題の『やってられるか!』はランス君じゃなくてグラックの叫びでした・・・ 
 うーん、キャラのイメージを正確に表すのが難しいです。
 「もしもランス君が無欲にカジノをやったら楽しいだろうな〜」という発想から書いたSSなので、
 ランス君が賭けをしているシーンは書いていてとても幸せでした。
 ランス君は基本的に爆運なので、さぞかし賭け事はつよいんでしょうね〜。
 ではでは、ここまで読んでくださって、本当ーにありがとうございますッ。
 そして、もしもしお時間があるならばッ、次も読んでやってくださーいッ (冬彦)   
 




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