カジノ王ランス




第四話 『裏切りものめ〜』



 地下室のわりにキラキラと明るい部屋、天井からぶら下がるシャンデリア、賑やかで楽しげな音の数々。
 ジャララララ〜 コインを吐き出すスロットの音。
 ぴろぴろぴ〜  スロットの中に組み込まれた魔法ビジョンの電子音。
 シャッシャッシャッ ディーラーが切るトヤンプの音。
 そんな中一際響く高笑い、どよめく群集のざわめき。
「ようし勝負だ、そっちから見せろっ」
 ランスを囲む観客が、思わず言葉を漏らす。
「す、すげぇよあいつ・・・また『オールベット』だぜ・・・?」
「さっきで十連勝だぜ? しかも、ずうっと『オールベット』だから・・・」
「ええっ! 限度額かけっぱなしかよ? 何だ、頭のねじちゃんとしめてんのかぁ?」
「いや、違う違う。アイツのはマジモンの『オール』だよ」
「う、嘘だろ?」
「でなきゃあんなにコイン増えないぜ?」
 勝手なことをいう観衆達。当事者でないだけ気楽なもんだ。当事者はこう気楽には構えられない。
 ランスの正面で思わず顔をひきつらせたディーラーがいる。
 ランスの声に釣られる様にして手持ちのカードを表に向けた。
 彼の前に並べられたカードは五枚、『3』が三枚と『2』と『レッドハニー』の五枚だ。
 いまランスが興じているゲーム『ポーカー』ではかなり強力な手札である。
 覗き込んでいる野次馬から『おおお〜』といった歓声が。
 ランスの手札が強いかどうかは分らないが、こいつに勝つのは簡単じゃない。  ランスは今回も全額を賭けている。
 もちろんこの勝負に負ければ積み上げられたコインの山は消えて、おけらになるのだ。
 だのに表情一つ変えない、終始不気味な微笑みを浮かべている。
「ご覧の通り、3の『スリーカード』。さ、次はそちらの番ですね」
 緊張の一瞬、高鳴る好奇心の真ん中で、ランスが手札を放り投げる。
「ふんっ、その程度かよ・・・ 俺様は、これだっ!」
 パラリ
 現れたのは、『ブルーハニー』三枚に『グリーンハニー』二枚。巻き起こる歓声、嘆声、罵声、
「うわあ、また勝ちやがった!」
「おいおい、その辺にしとけよ兄ちゃんっ。くうう、タマンねぇ!」
「すげええぇぇ」
 ドワアアッ、とざわめく観衆と対照的に、落ち着き払っているランス。
 その様子は、勝っているに関わらず、どこか退屈げに見えなくもない。
 呆然とするディーラー、その手はさっきから震えっぱなしだ。
 それもそのはず、『オールベット』で十連敗もしているのだ。
 ちなみに『オールベット』とは、勝負の限度額MAXまで掛け金を上乗せすることで、
 このカジノでは五万ゴールドが規定の上限になっていた。
 しかし、この勝負に限っては異なる。ランスの、
「五万? ふんっ、そんな小さい勝負はやらん。お前達のきめた上限は関係ないぞ、俺様ルールだ!
 持っている分だけ賭けるのは当然だろ」
 という一言で、急遽青天井ルールに変更されている。本来ならそんな要求は突っぱねる。
 けれどグラッグに「ランスの機嫌をとれ」といわれている。
 困惑した視線を、観客に混じって観戦しているグラックに送ると、グラックからは目で『OK』の合図。
 仕方なくこの要求を呑むことになったからだ。
 ディーラーにしても、まさか本当に有り金全部を賭けてくるなどとは思っていなかったのだが、
 目の前の人間は彼の想像の範疇ではない。
   ・・・
「では、1万ゴールドでいかがです?」
「2万だ」
「で、では2万ゴールドで」
「あー、気が変わった。3万な」
「3万・・・! わかりまし・・・」
「いや、やっぱり全部」
「は? ・・・ええと、3万ゴールドの勝負ということでよろしいですね?」
「違うな、全部だ。俺様の持ってるコイン全部で勝負。さぁどうだ? 降りてもべつにいいんだぜ?」
 といった具合でのっけから全額投入してくるランス。ディーラーを不敵な顔で覗き込む。
 ディーラーの前に詰まれたコインは明らかに五十万ゴールドを越えた額になりそうだ。
(グラッグは『二百万ゴールド程度に勝たせろ』といっていたが。いま勝たせると百万ちょうどか・・・
 それにしてもすさまじい額だな・・・!)
 普段なら考えられない大勝負だ。
 相手が『ランス王』だとグラッグにきいているため、ありきたりの勝負にはならないとは思っていたが。
 チラリと自分の手札を見る。「3」から続いて「4」「5」「6」「7」と続くカード。
 いかさまなしに引いてきた強力な手札『ストレート』だ。
(これだとランス王が負けてしまうではないか・・・ 仕方ない、降りよう)
「すみません、3万ゴールドで降りさせていただきま・・・ひっ!」
 ぎろっ
「ああーん? 聞こえなかったなぁー? もう一回いってもらおうか」
 顔は笑っているが、目は笑っていない。すさまじい殺気のこもった目が飛び込んでくる。
「ええと、あ、あの、降りたい・・・と」
 チャキッ
「ひっ」
 ランスの袖元で黒い剣が光る。
「なんだよ、いまさら降りるなんていうなよ? 俺様はこの・・・なんだっけ、『ポーカー』?
 初めてなんだぜ。そんな初心者から逃げ出すのか?」
 そうでもない、ランスにだけ届くカオスの思念派が詳しくルールを解説している。
《・・・というわけじゃ。用は駆け引きのゲームじゃのう。ちなみにわしが一番はまった博打じゃ!
 胴元に一泡吹かせるのが最高なんじゃぞい〜 ちなみにお主の手札はのう・・・》
「けち臭いことを言わずに、さっさと勝負だ。ほら、そっちからカードをみせろ」
 いまにも襲い掛かってきそうな視線である。
(く、このド素人が・・・! 貴様がおけらになるのはかまわんが、私がグラッグにしかられるのだよ!
 まったく王族というヤツは、なんだってこう我侭なんだ)
「そうはいいましても・・・」
 柔和な表情をこわばらせつつ口を開いたディーラーに、
「これが最後だ。さっさとカードを出しやがれ!」
 シャキーン
「ひぃぃ!」
 喉元に突きつけられる真っ黒な剣。ディーラーが視線を泳がせてグラックに助けを求める。
 数瞬の後に頷くグラック、これは『お前の好きにしろ』という合図。
(ええい、しったことか! 私の好意を無にした報いだ!)
「で、では、いきます・・・」
 カードを表に向け、ランスが剣を収めるのを待ってから手札をさらす。
「ふんっ。初めからそうすればいいんだよ。で、なんだ?」
 ぱらり
 こぼれたカードは『ストレート』、さぞかしランスが気落ちすると思いきや、
バカオスのいったとおりだな
 誰にも聞こえないような小声でつぶやき、神妙な面持ちでディーラーとカードを見比べた後、
「これって、俺様の勝ちなんだろ?」
 にやりと笑って飛び出したのは、「3」が二枚に「レッドハニー」が三枚の『フルハウス』!
 周囲のざわめき、少なからず驚くディーラー。
(なんと・・・ 初心者にしてこんな手札を持ってくるとは・・・ かなりの強運だ)
「どうなんだよ、俺様の勝ちじゃないのか?」
「い、いえ、ランス王の勝ちになります」
「だったら早いとこコインを持って来い、次の勝負に行くんだからな」
「は、はい」  
 こうして始まった『ポーカー』勝負だった。
 ディーラーからすれば、強い手札だったからこそ『オール』なんて無謀なことをしたのだと勘違いしている。
 続く第二戦、第三戦は、まともな、つまり5万ゴールド程度の勝負になるだろうと思っている。
 まぁ、五万ゴールドといっても相当な大金ではあるが。
 予想はあっさりと裏切られる。続く二戦目も連続で『オール』を宣言してくるランス。
(な、なんだコイツは! 負けたら一瞬で何もかも失うんだぞ? どうしてこんな強気に出られるんだ?)
 そして降りようとしたところに突きつけられるカオス、グラックの視線は『まかせる』と語っている。
 しかたなく手札にそろった『9』のスリーカードを見せるディーラー。とたんに、
「うむ、俺様の勝ちだな」
 妙に納得した口調で喋った後、ランスの手からは「グリーンハニー」のスリーカードが現れていた。
 第三戦でもランスの口からは「オール」、ディーラーの手元には「6」のワンペアしかない。
 これ以上ランスに勝たせるわけには行かないけれど、戦って勝てる札じゃない。降りたい。
「ランス王、あのう、ポーカーという勝負では、戦う前に降伏することも出来るのです」
 ギンッ
「ひいっ・・・ やります、やらせていただきます!」
「ふんっ・・・ まあ、別に降りたっていいぞ。ただし、百万ゴールドは払え。降伏するならそれくらいは出すもんだぜ」
「百、百万ゴールド、ですか?」
 そんな大金を降りるだけで払わせる。ここまでくれば非常識だってすがすがしい。
「そうだ、今決めたぞ。なんたって俺様がルールだからな、がはははは! グラック、文句はないよなぁ?」
 振り返ってグラックと視線を合わせる。しばらく考えたのか、コクリと頷くグラック。
「だってよ。親玉がそういってるんだ、決定だな。さーてどうする? 降りるか、それともまた負けたいか?」
 グラックの顔からディーラーに顔を向けなおし、ニヤリと尋ねるランス。
(何を馬鹿な! だいたい、いまさらそんな提案をするなんて、自分の手札が弱いといっているだけだ)
 サングラスの中からグラックの視線を探る。
 ピッ
 目が一瞬左右に動いた。これは、『本気で行け』。接待をするのならば出てくるはずのない合図。
 このとき、グラックもディーラーもまったく同じ気持ちだった。
(ランス王はいままで全勝したせいで、賭博を甘く見すぎている。だからこんな無謀な賭け方が出来るのだ。
 一度手持ちの金をゼロにして、いつでも自分が勝てるわけではないと知ってもらう。
 そのうえで再びお金を提供して、良識ある賭け方で接待博打をするほうがいい。
 こんな無茶な賭け方をされては、与える金額が接待の天井を突き破ってしまう)
 ディーラーが本気になる、それはイカサマをするということ。
 先刻『ブヤックジャック』でランスはイカサマを咎めているが、それはイカサマが下手クソだったからだろう。
 たったいまランスの相手をしている男は違う。
 イカサマ一筋三十年、『ルーレットのグラック』、『トヤンプのキハラ』とまで歌われた名ディーラー、キハラその人なのだ。
(私のテクニックはあなたごときには見破れない。さすがにワンペアでは勝てないかもしれないけれど・・・)
 スゥゥ
 ひそかに右手からカードをとりだす。
 あらかじめ仕込んでおいたのは「ゴールデンハニー」、どんなカードの役でもできる最強カード。
(こいつを手持ちの一枚と入れ替えれば、スリーカード。これならまず負けることはない。よし、いくぞ)
 すり替えの体勢に入ったとたん、
「あーそうだった」
 図ったように掛けられる声。
「え?」
 手が止まり、ディーラーの視線がランスに向けられる。
「俺様を騙せると思うなよ? 二度はいわないからな」
「!!!」
 視線は明らかにすり替えようの「ゴールデンハニー」が隠された右手を見ていた。
(な、なにっ。バカな、あそこからでは見えるはずもない、いや、しかし・・・)
「『ゴールデンハニー』とかでてきたら・・・くっくっく、楽しいぜ」
 ニヤリ、笑うランスとゾゾゾ〜、寒気に襲われるディーラー。
(ちっ、違う、ランス王にはばれている! なんだ、ランス王は剣の達人というが、達人だけに私の動きが見切れるのか?
 く、この男は只者ではない、イカサマは通用しない・・・)
 たらりと冷や汗、もはや蛇に睨まれた蛙状態。
 ワンペアで戦う自信もなし、素直に降りて百万ゴールド払うディーラーだった。
「私は降りさせてもらいます」
「けっ、降りるんならさっさとしろ。じゃあ、百万勝ちってことで」
 ぽいっ
 ランスの手から渡された五枚のカードは、
(せいぜいツウペアどまりだろう・・・ 一応みてみるか?)
 ランスに気付かれないよう札を除くディーラー。
(「2」「4」「5」「ブルーハニー」「レッドハニー」・・・なんだ? まるっきり何もないじゃないか!)
 目の前の男を改めて見据える。これほどのハッタリに全額を投入してくるとは、
(な、なんて男だ・・・)
 まるで何事もなかったような表情、これもある意味ポーカーフェースか?
 そんなわけで、二回戦もディーラーの負けになっていた。
   ・・・
 こんな具合にして、ここまでランスは勝ち続けてきた。十連勝。
 もっとも、手札を見た瞬間に降りたことも二回だけある。ただ、ディーラーも勝負に出た際に勝つ確立は百%、無敗だ。
(な、な、な、なんで、なんでだぁ! どうして私に勝てる?
 敵対する心理は尽く理解してきたこの私にっ! しかもカード初心者がっ!)
 今までにない展開に、自分を完全に見失ったディーラー・キハラ。
 彼にとって、いまやランスは化け物以上の存在に映っていた。
(なんなんだ、この男は!)
 どれだけ大金だろうと平然と賭けて来て、さらりと勝つ。大金に気負う様すら見せない。
 ただ・・・ランスがこうも勝つには、ちゃあんと理由があったのだ。それは・・・カオスの存在。

《ランス、ヤツの手札は「6」のツーペアじゃ。こっちは「7」のツーペアじゃから、もういっちょう『オール』でゆけい!》
《おっ、おっ、いまヤツはイカサマしようか迷っとるぞい。わしを使ってびびらせてやれい》
《こっちは『ブルーハニー』のワンペアじゃのう。あやつは『レッドハニー』のワンペアじゃぞい。じゃがな!
 ここは一気に押すのみじゃ、いまならやつは簡単に降りるぞーいっ》
 初めこそおとなしくランスの賭け事を見ていたカオスだったが、
 『ブヤックジャック』、『ポーカー』に入ったとたん、俄然やる気になっていた。
《いいぞい、ランスの運にわしがつけば怖いもんなしじゃぞい! 大丈夫じゃ、今度もわしらのが強いぞい〜》
 ランスにルール等の助言をするだけではあきたらず、いつのまにか伸ばした思念体でディーラーを背後から覗き込む始末。
 もちろん中身はランスにしゃべる。ついでに、カードの山にも思念体を這わせて、ランスの引くカードを教えてくる。
 ちなみに、イカサマの気配をランスに教えたのもカオスだった。相手の背後に思念体をしのばせ、情報を逐一声高に話す。
《アヤツの手札はおぬしよりも弱いぞーい》
「おおっ、すごいな。 ・・・ってことは、俺様は絶対に負けないじゃないか」
 カオス以外には誰にも聞こえない声でつぶやく。
《そうじゃ、そのとおりじゃぞい、くぅぅ、一度でいいから相手の手を見てポーカーしたかったんじゃぞい、うれしいぞい〜》
 激しく響くカオスの思念波。ランスが完全に相手を呑んでいたのは、ちゃあんと理由があるのだった。

 そうして新しい勝負が始まる。
 ランスとしては、ただカオスの言うとおりに『オール』というだけなのだから、どうも変な感触だ。
 カオスにとやかく言われるのが嫌、というわけでもない。
 何しろ、カオスは相手の手札をみているのだから、カオスが勝てるというなら絶対に勝てるのだ。
 勝てる勝負はランスの好むところのはず。
 カオスの行為は明らかにずるい。ただ、ランスはイカサマされるのは大嫌いにしろ、イカサマするのは大歓迎だ。
 むしろ、勝負事でランスがズルをしないほうが珍しい。
 最もランスにいわせれば、ランスが行うズルは全部『天才的作戦』なのだが・・・
(カジノって、アホみたいに儲かるんだな)
 十一回目の勝負にも、簡単に勝ってしまった。腰元ではカオスがワーワー騒いでいる。
《ようし、次じゃっ。次も大勝利だぞい!》
 カオスが全てを教えてくるので、負ける筈がない。もっとも、カオスなしにランスの運だけで勝ったこともある。
 スロットなんかはまさにランスの運だし、ブヤックジャックでファイブカードを連発したのもランスの力だ。
(まあ、金が儲かるからいいけどな。第一、キースのハゲ頭を見ずにいられるだけでも儲けだぜ。盗賊よりも断然楽だし)
 そこまで考えて、ふと考えが飛ぶ。
(んー? 待てよ、だったらこれからカジノで金を稼げばいいんじゃないか?
 いまだって俺様の前には、コインの山だ。 ・・・おお、でかくなってるぞ)
 ぼけっと勝負ばかりしていたせいで気がつかなかったが、改めてみると目の前にはすさまじいコインの山。
《おうい、どうしたんじゃ、わが心のちんちん友達よい。なぁにを考えとるんじゃ、でぃーらーが、さっきから呼んどるぞい》
「うるさい、考え中だ」
《なんじゃ、でぃーらーが呼んどると・・・》
「黙れ」
 ゲシッ
《なっ、なんぞい、急に。分ったぞい、黙ればいいんじゃな?》
 一人盛り上がりまくっていたところに水を差され、シュンとなったカオス。ランスは無視して考えを続ける。
(俺様が勝負に入ってまだそんなに経ってないじゃないか! だのに、こんな簡単に金が手に入るのか。
 だったら、いままで汗水たらして盗賊してたのは、いやいや、それ以前にハゲ親父の顔を見てきたのは)
 ムカムカムカ
(失敗だったのか! くっそぉ、別に我慢する必要なんてなかったぞ、面倒くさい依頼を受けなくてもよかったんだぞ!
 はじめっからこうやって金を取ってくればよかったんだ。今日だけでもう二千万ゴールド位あるじゃないか。
 これだけあれば、半年くらいはウハウハだぜ!)
 シュルルルル 
 腹が立ったのが収まる音。
(王様の頃は二千万ってもピンと来なかったが・・・俺様一人で使うとなると、
 おおお〜〜、半年どころじゃねぇ、五年くらいはいけるか?)
 お金を使うのはランスだけ、当然シィルには使わせない。
 ニター 
 不敵な笑みを浮かべて考えにふけるランスに、大勝負の連続で興奮しきった野次馬たち。
 いつの間にかカジノ中がランスを取り囲み、これからどうなるのか注目している。
 そんな野次馬の中に二人、ランスよりはるかに深く考え込んでいる人間がいた。
 一人はシィル・プライン。ランスに『離れてろ』といわれたため、数歩さがったところにたっている。
 視線に映るのは、なんだか変なランスだ、
(あああ〜、ランス様、絶対悪いことを考えてますぅ)
 テーブルにつまれたコインが百万ゴールドを越えた辺りから、
 シィルは心配で心配で、オロオロキョトキョトするばかりだった。
(多分、冒険者なんてやめてここでお金を増やそうとか・・・)
 ランスの思考なんて、顔を見ただけで分かる。
 ニタァ、がエッチなことを考えている時で、ニターが悪いこと(シィルにとって)を考えている時だ。
 いますぐにでも駆け寄って、早く帰ろうといいたいのだが、
(ランス様ぁ〜 しくしく)
 シィルがいったところで聞いてくれるランスではない。
「うるさい、奴隷の分際で」
 ポカリ
 といったところだろう。結局、ランスが帰る気になるのを待つしか出来ないシィルだった。
 そして、もう一人。グラック・アルカポネだ。部下の手前、動揺したそぶりは見せない。
 ただ、内心ではランスと対峙しているディーラー・キハラ以上に驚いていた。
 何しろ、一度たりとも付け入る隙を見せないランス、所持金はコインにして二十、いや三十万枚。
 ゴールドに換算すると、二〜三千万ゴールドという大金だ。
 しかも、ランスの表情こそぼんやりしているものの、勝負をやめようとする気配がない。
(キハラの馬鹿がっ。素人相手に何をやっているんだ、お前ならイカサマを使わずとも心理戦で倒せるだろう?)
 これでランスにやられているのが、下っ端ディーラーならまだしも救いがある。
 だのに、いまぶつかっているのはグラック配下最大のテクニシャン・キハラなのだ。
(私がいま自由にできる金額はせいぜい一千万・・・)
「ニュウDXの会」の全財産をかき集めても、二千万ゴールドには足りないだろう。
 つまり、ランスがいまカジノを切り上げ、換金を要求したとすれば、その時点でグラックは破産する。
 もしそうなったときはどうするのか・・・?
 決まっている、勝ちすぎたものを殺すのは裏社会の常識、たとえ王といえども単独でやってきたことは分っているのだ、
 一人の人間を殺すくらいはどうということもない。
 一時はリーザス王であり、大陸全土の王であるランスに再び取り入ろうと考えたが、
 こうなってしまってはどうしようもない。
 もしも、「ニュウDXの会」が破産しない程度の金額のみを求めてきたならば、
 ランス王と共存する道も生まれるけれど、
(あのランス王のこと、自分の勝ち分は絶対に要求するだろう。
 私が出せる限界が一千万、そこで折り合いをつけられればよし、つかなければ・・・いや、つける必要があるのか?
 いつの間にかランス王をもう一度利用しようと考えているが、待てよ)
 そんな思考を積み重ねていく中、またもどよめきが上がった。ランスの台詞、
「全部」
 簡潔だ。ディーラーも、どうやら相当いい手札のようで、ぐぐぐっと頷く。
「じゃ、同時に見せるか。いくぞ、いっせーのーでっ」
 じゃんっ ランスは結果を知っているのでテーブルを見もしない、手札を放り出すだけだ。
 テーブルの上には、ランス側に「ブルーハニー」のフォーカード、
 ディーラー側に、「ゴールドハニー」と「グリーンハニー」が三枚。僅差で勝ったのは、ランス。
 グラックに近寄ってきた黒服が、たまらずグラックに話しかける。
「グラック様、い、いったいどうするつもりですか?」
 どうするもこうするも・・・たださえ細い目をいっそう細くして、
「いつもどおりにするだけ、それだけです。手はずだけは整えておくように」
「はっ、しかし、相手はランス王ですよ・・・?」
「たしかに」
(初めは手中に捉えたと感じ、一度はこの手で殺そうと誓い、先刻あらためて利用してやろうと思ったが・・・
 一度私を裏切ったことには変わりないのだ、忘れていたよ、ランス王。いや、ランス。
 そうだ、どんな形であれ、私の可愛い「DXの会」はお前の軍隊に叩かれたのだったよ)
「しかし、単身ここに来たのは事実。ならばたとえ王であろうとなんだろうと、恐れるに足らず、です」
「はっ、わかりました。手はずは整えておきます」
「よろしい」
 何か吹っ切れた感の漂うグラック、涼しげな視線はしっかりとランスの背中を捕らえていた。


「ふー、またまた俺様の勝ちだ」
 さっきの勝ちで十二連勝、コインの山はまた膨れ上がり、
「おい、ディーラー。いまので俺様はコイン何枚になったんだ?」
「う、うう・・・」
「こら、さっさと答えろ」
 返事はない。
《おうおう、さっきのがよっぽど堪えたみたいじゃのー》
「なに?」
《げへげへ、奴はふぉーかーどでも勝てなかったんじゃ。これは堪えるぞい、最悪だぞい》
「そんなもんか?」
 カオスに視線を落としたランス、目に入るのは相変わらずノリノリのカオス。
(俺様よりもコイツのほうが楽しそうだな。金が入るのは嬉しいぞ、けど、それだけだ。
 わけの分らんことをやって、何も考えずに勝ったり負けたりするんだから、世話ないぜ。
 ま、金が入るんだったら別に構わないな)
 そんなことを考える。と、前でバタリと音がした。
「なんだ?」
 いままでそこにいたディーラーがいない。慌てて駆け寄ってくる黒服数人。
 どうやらディーラーの方が先に伸びてしまったようだ。
(あいつ、倒れたのか・・・ ちょうどいい、金も大分できたし、何より飽きた)
「カオス、そろそろ帰るか」
《な、なんじゃなんじゃ、せっかくいい調子なんじゃ、今帰る手はないぞい!》
案の定ランスに抗議するカオス。
「ふん。俺様はもう帰る」
《む〜んむ〜ん、心のちんちんはまだまだ満足しとりゃせん、いやじゃいやじゃぁ、もっとやるんじゃあ〜》
 いつになくごねるカオス、思念体をランスにまとわりつかせようとするが、
 ドスドス
「バカオス、剣の癖に俺様に逆らうな!」
 ランスに聞く耳なんて存在しないのだ。
(カジノで遊んでいる奴らは楽しそうに見えたんだが・・・ふん、楽しくない。
 負けて悔しがってる奴を見るのは楽しいけどな。カオスみたいな馬鹿が楽しむところだ。
 俺様はもっとウハウハがいいのだ。大体、カオスばっかりはしゃぎやがって)
 ゲシゲシ
 まとわりつくカオスに二発、計四発の蹴り。
《いやじゃ、いやじゃあ。むーんむーん、どうしてもかえるんかのう?》
「帰る」
《わ、分ったぞい、後一回、せめて後一回くらいどうじゃ》
「帰る、おおいシィルー」
《最後、最後にわしに良い思いさせてくれたってええじゃろ〜 さっきまで散々手伝ったんじゃぞい》
 ごねるカオスを無視して、その辺りにいるはずのシィルを探す。と、テーブルの向こうから聞いたことのある声。
「ランス王、もうお帰りですか?」
「んー? ふん、グラックか。おう、俺様はお帰りだ」
「いかがでしたか、私の遊び場は。なかなか楽しいところでしょう?」
 グラックの猫なで声、そのトーンは先刻と微妙に違っていたのだが、
 すでに緊張感をなくしているランスは、その様な些細なことには気付かなかった。
「いや、かなり退屈だ。もっと楽しいもんだと期待してたんだが・・・ハズレだった」
「・・・なんと。それほどに勝っていらっしゃるのに、勝負事の楽しさが分らない、と?」
 意外そうな声。
「けっ、なにいってやがる。こんなもん座ってカードをまってるだけで、それでお仕舞いじゃねぇか」
「そうですか・・・。それは残念ですね、せっかくいらっしゃったのにカジノの勝負も分らずじまい。
 それでは私としても立つ瀬がありません」
「だったら眠ればいい。なんなら俺様が永遠に眠らしてやろうか? がはははは」
「いえ、それは遠慮いたします。それよりどうでしょう、一度私と勝負してくださいませんか?
 はばかりながら、このグラック、カジノの戦いでは一流を自負している次第。
 私とならばランス王も、カジノの醍醐味いいかえれば真剣勝負を味わえることと思いますが?」
 要するにランスとグラックが勝負したいと、そういうことだ。
 ランスが黙ったタイミングをついて、カオスがランスにまとわりつく。
《そうじゃ、あいつのいうとおりじゃぞい! 最後に一番強いのに勝ってからじゃ、
 一回だけ、一回だけ最後にポーカーやらしてほしいぞ〜い》
 グレックの眼は相変わらず狐目で、どんな色かも分らないが、どうやら真剣らしい。
(ちっ、バカオスはこんなだし、シィルも見当たらん。バカオスは無理に連れて行くにしても・・・
 けっ、ならいいさ、グラックに勝って、金を増やしてから帰るか。あいつもすぐに戻ってくるだろ)
 さっきまでは視界の片隅に入っていたピンク髪が、いつの間にか見えなくなっていた。
 それよりも、グラックの申し出を受けるか受けないかである。
(どうせ勝つに決まってるんだ)
「ああ、いいだろう。ただし、一回だけだぞ」
 グラックにむかって宣言した後、
「いいか、一回だけだ。この後もごねやがったら、セルさんに封印させるからな、いいな」
 カオスに向かって囁く。
《ほっほう、そうかの。嬉しいぞい、むーんむんっ! 気力があふれてくるぞい!》
「じゃ、やるか。ほら、チャッチャと配れ」
 そういってグレックに向き直ったときには、グレックはテーブルのこちら側に回りこんでいた。
「うわ、なんだなんだ?」
 戸惑うランスに、
「最後の一勝負なら、トヤンプなどではつまりません。どうです、「ルーレット」で切りよく終わりませんか?」
 ニッコリと笑って話すグレック。
 スゥッ
「お、おう、俺様は何でもかまわんぞ」
 引き込まれるように、ついつい了承してしまったランス。慌てたのはカオスである。
《こらこら、ダメじゃ! 「ルーレット」はダメじゃて!》
「何だ、そんなにポーカーがいいのか?」
《それもあるんじゃが、ルーレットはのう、わしらに無茶苦茶不利なんじゃぞい》
 小声で話すランス、
 グラックに聞こえないように小声で喋ってみるものの、これだけ近づいていれば聞こえてしまうのも道理だ。
「? なにかおっしゃいましたか?」
 小首をかしげる相手に向かって、
「がはははは! ならそのナントカッてのに連れていきな」
「はい、ではランス王、あちらです」
 グレックが手を振ると、どこからか黒服がやってくる。ランス達を囲んでいた人ごみを分けてゆく。
 そうして出来た隙間を悠々歩くグレック、後をついてゆくランス。
《あちゃぁあ、なんだって、よりによってルーレットなんて》
 さっきから思念派がぶつぶつ言っていると思ったら、まだ文句を言っているようだ。
「なんだ、そんなにまずいのか、その「ルーレット」ってのは」
《さいあくじゃぞい〜》
「いいさ、どうせ俺様が勝つんだからな、がはははは!」
《ぬう、もう手遅れなんかのう〜》
 グラックの進行方向に、縦長の羅紗地テーブル。その脇には、不思議な円盤状のテーブル、なのか?
 そこまで歩いていったグラックが振り向いてニッコリと微笑み、
「さ、ランス王。そこにお立ち下さい、一勝負参りましょう」
「がははは、わざわざ俺様に負けたいなんて、変わった野郎だ。おうい、誰か俺様のコインを持って来い!」
 こうしてグラックとランスのルーレットバトル一本勝負が幕を開ける。
 外は昼にかかる頃、ランスがカジノに入ってから、三時間ばかりが過ぎていた。

 



 

・・・あとがき・・・
 SS カジノ王ランス どんな感じなんでしょう?
 ランスがカジノで無茶苦茶強いシーンと、
 それでも賭け事は好きくないシーンを両方書きたくなり、この展開になりました。
 ちょっと、いやかなりヘンテコになってるかなぁ・・・ いや、大丈夫!
 ランスがなんとかしてくれる! 行け行けゴーゴー、ラーンスッ 
 てなわけで、ここまで読んでくださった方誠にありがとうございますっ
 次で、お終いですんで、次も、もしももしもよろしければ読んでやってくださいねっ! (冬彦)



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