魔王ケイブリス 第一章 『魔王大地に立つ』







 LP四年、リーザスはランスという王を頂き、人類を一つに纏め上げた。
 北の軍事大国へルマンと不平等条約を締結し、島国JAPANは自らの妾に支配させる。
 南の魔法大国ゼスは完全に属国となし、自由都市群は抵抗の意思すらない。
 リーザスの、まさに絶頂というべき時代。
 魔王が覚醒しないという機会を利用し、魔人すらもねじ伏せる力量。
 幾多の男を従え、数多の女を虜にする戦士、ランス。彼を中心に回る歴史。彼の高笑いが聞こえない日はない。
 ・・・しかし、一つの事件を契機とし、リーザスの上空に暗雲が立ち込めてゆく・・・



  一話 青い壁、崩れる。




 ゴゴゴゴゴ・・・
 番裏の砦から魔人領へ数キロ入ったところ、地鳴りと共に巻き起こる土煙。
 無数の魔物を引き連れた、巨大な影があった。


 ヘルマンと魔人領が接する位置に設けられた砦、番裏の砦。
 魔物が人類領に攻め込むためには、この砦を突破しなければならない。
 リーザスが確固たる地位を占め、魔人領に攻め込んでからというもの、
 ハウゼルやバボラといった魔人が、幾度もこの砦に襲い掛かってきた。
 人類としては対魔物戦の最前線。絶対に落とされてはならない要所中の要所。
 拠点防衛にもっとも評価の高い、リーザス青の正副軍が正面を固め、
 二人の魔人、サテラとメガラスが遊軍として駐留している。
 まさにリーザス鉄壁の構え。いかなる大軍に攻められようと、勝機が訪れるまで必ず持ちこたえられる砦。
 そう誰もが信じていた。
 
 番裏の砦、物見矢倉。
「いったいなんだってんだ・・・? おい、そこをどけ」
 一人の巨漢が登ってくる。見張りの兵を押しのけ、見晴らしのいい場所から体を乗り出す。
「さっきから嫌な地鳴りがすると思ったが・・・ 魔物のヤツらめ、懲りずにまぁたきやがったか」
 コルドバ・バーン、リーザス青の将軍。
 拠点防衛において、彼の右に出るものはいない。『リーザスの青い壁』の異名を持つ猛将である。
 彼に続いて、目の細い小柄な男が矢倉に足を掛ける。コルドバの傍に歩み寄ると、土煙のするほうに目を細めた。
「そのようですな。指揮は、やはり魔人でしょうか?」
 キンケード・ブランブラ、リーザス青の軍副将。世渡り上手な官僚軍人といったところか。
「おう。見たところかなりの数だ。魔人の一匹や二匹、いると思って間違いないだろ」
 土煙にまぎれて正確な数は分らないが、
 これだけの煙を巻き上げ、これだけ大きな足音をさせるのだ、さぞたくさんの魔物が行進していることだろう。
 コルドバは今回の敵軍を、魔物5000匹、魔人一人と予想した。
 ちなみに味方の軍勢は、青の正軍が1200人、副軍が1800人、サテラと一体のガーディアン、音速の魔人・メガラス。
 数の上では味方が劣勢ではある。しかし、コルドバには臆する気持ちのかけらもない。
「キンケード、いつもどおりにいくぞ。お前達は正軍の左右を固めろ。俺は正面を支える。
 砦を最大限活用して、絶対に平地にでるんじゃねぇぞ」
「ははっ」
 これまで四回にわたり、コルドバ達は魔物軍を撃退してきた。
 相手が人間だろうが魔物だろうが、拠点に拠った青の軍には勝てやしない。拠点がある限り、自分は負けない。
「将軍、ランス王に援軍を求めた方がよろしくはないですか?」
 物見矢倉から降りようとしたコルドバの背中に、キンケードが声を掛けた。
 コルドバがゆっくりと振り返り、顎をさすりながらニヤリと笑う。
「今の兵力で十分だ。キンケード、俺を誰だと思ってる?」
「そ、それはもう『リーザスの青い壁』です、はい」
 凄みのある笑みに気圧され、キンケードが声をうわずらせる。
 返事を聞くと、コルドバは梯子に手をかけて、砦内部に下りていった。
 矢倉には物見兵とキンケードの二人きり。残されたキンケードは軽く舌を鳴らした。
「チッ。ちょっと馬鹿力があるからっていい気になるなよ?
 私がキッチリ左右を固めているからこそ、お前の力が発揮できるんだからな・・・」 
 そして、コルドバの後に続き、矢倉から持ち場へ降りていった。


 コルドバは正軍の布陣を参謀に託すと、大股で魔人がいる部屋に向かった。
 番裏の砦の頼もしい戦力、それは二人の魔人である。
 故あってリーザスに味方する魔人、サテラとメガラス。
 攻めてくる魔物はコルドバたちでも倒せるけれど、魔人となるば人は手も足もでない。
 魔人に傷をつけることが出来るのは、魔人もしくは魔剣カオス、聖刀日光、この三種類しか存在しない。
 それゆえ、コルドバ達が敵軍を受け止め跳ね返すためには、二人の魔人に敵魔人を牽制してもらわねばならない。
 ドンドン
「失礼、サテラ殿、メガラスど・・・の・・・? うぬぅ、留守か?」
 ドアを叩き、返事を待たずにコルドバはドアを開けた。
 いつもならドロを捏ねている少女のような魔人サテラ、
 窓辺で無口に佇んでいるメガラスが視界に飛び込んでくるはずなのに。
 部屋の窓が開いていて、カーテンが微風に揺れている。コルドバは通りかかった衛兵を呼び止めた。
「おい、ちょっとこっちへ来い。尋ねるが、サテラ殿とメガラス殿がどこにいったか知らんか?」
「えっ? サテラ殿と、メガラス殿・・・ も、申し訳ありませんが、お二人の姿は先ほどから見当たりません。
 既に戦場に布陣していらっしゃるのではないですか?」
 呼び止められた衛兵は、どもりながら自分の見解を述べる。
「そうか、知らないか・・・ 二人とも、もう布陣にはいったのか・・・?
 うむ、そうかもしれん、キンケードにでも聞いておくか。よし、もう行っていいぞ」
「ははっ」
 ビシッ、と敬礼し、衛兵はどこかへ駆けて行った。
 もう一度部屋をみわたすと、コルドバは首をかしげながら副将の陣地に足を向ける。
 この部屋に二人の魔人がいないというのは、二人が砦についてから初めての出来事だ。
 勝手に出陣した、というのは考えにくい。けれども部屋にいないのは事実である。
「敵がそこまで迫っているんだぞ? いったいなにをしてやがるんだ・・・」
 低い声でつぶやくと、コルドバは大股で歩き出す。
 二人と連携が取れないとなれば、きたる戦いに必ず支障をきたす。
 戦いが始まる前に、是が非でも打ち合わせをしておきたいのに。
「くそっ」
 思わず舌打ちをしたその時、コルドバは何かが背中を駆け抜けてゆくのを感じた。
 まるで、自分の後ろから雪崩が迫ってくるような感覚。
「なんだか・・・嫌な予感がしやがるぜ・・・」
 らしくない台詞を口にし、再び足を動かすコルドバだった。

 コルドバが去った部屋、開け放たれた窓の上空。薄暗い空から、迫り来る土煙を見つめる三つの視線があった。
 部屋にいるはずの魔人、サテラとメガラス、サテラのガーディアンたるシーザー。
 サテラは小刻みに体を震わせている一方、メガラスはピクリとも動かない。
 三人は砦に地鳴りが聞こえ始めた時・・・いまから一時間ほど前・・・から、砦の上空に浮遊している。
「こ、この感覚・・・ うそだ、嘘に決まってるっっっ」
 搾りだすように叫ぶサテラ。
 地鳴りの音が大きくなり、敵が近づいてくるにつれて大きくなるプレッシャーに、サテラは潰されそうになっていた。
 隣のメガラスはじっと土煙を見つめたまま、微動だにしない。
 サテラが体に違和感を感じ始めたとき、自分でもそれが何なのかは思い出せなかった。
 思い出せはしないけれど、苦しくて、どこか懐かしい圧迫。地鳴りの音と共に大きくなる圧力。
 顔を上げると、メガラスも何かを感じているようで、立ち上がって外を見ている。
 ふたりは黙ったまま窓を開き、迫り来るものが何かを確かめるため、上空高くに飛び上がったのだ。
 サテラは、大分前からプレッシャーの正体に気付いてた。
 自分の意思を完全に黙殺する大いなる存在、あらゆる意味で自分の主人たる存在。
 魔人が、絶対に逆らうことの出来ない存在。
『魔王』
 魔王が覚醒し、この砦に近づいているのだ。あの土煙は、魔王率いる軍勢の煙なのだ。
「サテラは、サテラは信じない! ・・・信じないぞ・・・」
 頭が現実を否定しても、体は正直に現実を受け止めている。
 サテラは、魔王が存在するということを信じたくない。いまサテラが向かい合っている軍勢は、ケイブリス軍。
 そして、ケイブリス軍に魔王がいるということは・・・最悪の事態を意味するからだ。震えるサテラの隣で、
「・・・」
 メガラスがかすかに呟いたような。そう、まるで、
『魔王ケイブリス』
 とでも呟いたかのよう。サテラはメガラスをキッと睨んだ。
「違う! ケイブリスなんかが魔王になる訳ない!」
 メガラスはピクリとも動かない。
「魔王は、魔王にはリトルプリンセス様がいるんだ! ケイブリスなんか・・・」
 目じりに涙を浮かべてメガラスに食って掛かったのも束の間、サテラの肩からはへなへなと力が抜けていた。
「ケイブリスなんか・・・ケイブリス・・・・・・魔王サマ・・・」
 現実は、サテラの期待を見事に裏切っていた。もはや口先でケイブリスを否定することすら出来ない。
 体が魔王の波長を受け入れ、ドンドン精神を蝕んでゆく。サテラの口からは、もう言葉は出てこなくなった。
 ケイブリスが、魔王になったのだ。サテラの主人になったのだ。
「・・・」
 ツイ、とメガラスが前に進む。
 音速の魔人には似つかわしくないスピードで、ゆっくり、ゆっくりと魔人領へ進んでゆく。
 この二年間、共に戦ってきたサテラを残し、ゆっくりと。
 サテラはゆっくりと下降してゆく。サテラの足元には、彼女の家来にして親友のガーディアン、シーザーが。
「サテラサマ・・・」
 虚ろな目線を足元に漂わせるサテラに、シーザーが声を掛ける。
 サテラだって、自分がどうするべきかはわかりすぎるほどに分っている。
「分かってるよ、シーザー。サテラは・・・行かなくちゃいけないんだな・・・」
 しばらく押し黙った後、蜘蛛の糸のような声を出すと、サテラとシーザーもまた魔人領へ進み始めた。
 メガラスよりもずっと遅い速度だった。
 


 結局、二人の魔人はどこにも見当たらなかった。
 キンケードも、二人の行方に心当たりを持っていない。
 そうこうするうちに敵はズンズン近づいてきて、肉眼で捉えられる距離に入っている。
「しかたねぇ、あいつらナシで迎え撃つか」
 ことここに至り、コルドバは青の軍だけで戦う腹を決めた。
 ただ、二人が見当たらないことを味方に知らせるつもりはない。
 サテラとメガラスがいないと味方が知れば、士気が落ちる。
コルドバは自分の胸に不安を押し込め、いつものように声を掛けた。
「いいか、いつも通りやれば俺達は勝てる! 壁を背に、横の連携をわすれるな!」
 おおお〜〜!
 斉唱し、いっせいに腕を高々と掲げる青の軍。一呼吸置いてコルドバは続ける。
「そぉら、俺達の力を見せてやれぇ! 絶対に引くんじゃねぇぞっ」
 おおお〜〜!
 地鳴りと土煙が目前に迫り、魔物の先鋒は目と鼻の先にまで到達している。
 足を踏ん張り、巨大な斧をかまえるコルドバ。続くように、
 ジャキッ ジャキーン
 兵士めいめいが剣を抜く音。戦闘の火蓋が切って落とされ、人間と魔物の死力を尽くした戦いが始まる。
 誰もがそう思った瞬間だった。
 ゴオオオオオオッ
「うわぁっ! な、な、何か来るぞぉっ」
「なんだアレは?」
「た、た、大変だぁぁ!」
 下腹部に応える響きが正面から沸き起こり、物見矢倉から悲鳴が上がった。
「なんだ、なにがどうしたっ・・・?」
 目前に迫った魔物から目をそらさず、コルドバも声を張り上げた。
 どうやら何かが砦に迫っているらしいが、物見の悲鳴からは何も分らない。
 しかし、コルドバの声が終わらないうちに、番裏の砦正面にいた兵士の全てが、迫り来るものの存在を認識していた。
 煙の向こうから生まれた白い閃光。迫り来る球状のエネルギー。
 まるで太陽が襲ってくるかのようで、魔物の一部を飲み込みながら、砦にぐんぐん迫ってくる。
「なっ・・・! ふっ、ふせろっ、ふせろーーーっ」
 迫り来る白球を前に、コルドバは叫びながら地面に這い蹲ることしか出来ない。
 ゴゴゴゴゴオオオオッ
「うわっ、うわぁぁぁ・・・」
「助けて、ママーー」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
 巻き起こる悲鳴、しかし白球の奏でるメロディーに悲鳴がかき消されてゆく。
 たった一つの白球が、接触するもの全てを飲み込んでゆく。
 人も、魔物も、砦の壁も。
 コルドバから百メートルほど離れた地点を真っ直ぐ進んでゆく巨大魔法。
 鮮烈な光と轟音にもまれ、五感の一切が機能を奪われる。
 その白い玉は、砦の壁を削った地点で猛烈な爆風に変化した。
 ドグォォォン
「グウウーーー」
 何も分らない。一体何がどうなったのか?
 ただ、白く輝く放射線が飛んできただけ。たった一発の魔法球が。
 土にしがみつくコルドバの背中を爆風がなぜてゆく。
 少しでも気を抜いたが最後、どこまでも飛ばされてしまうだろう。
 戦いはまだ始まってもいないのに、まだ剣を振るってもいないのに、なぜコルドバはこんな目にあっているのか―――
 爆風につづいて、灼熱がコルドバの背中に噛み付く。
 鎧が形を失っていき、身体に穴があけられていくのが感じられる。痛みはない。
「フルル・・・」
 消えてゆく意識、消滅してゆく肉体。コルドバが残した呟きは、誰の耳にも届かなかった。

「な、な、なー、なー、なーーー」
 リーザス青の正軍の両側に展開していた副軍からも、意味を成さない声が上がっていた。
 魔物軍の正面から射出された白球は、キンケード達からもはっきりと見えた。
 それほどに強い光を発していたのだ。
 土煙を巻き込み、味方のモンスターをも巻き込んで突き進む光。そして、砦中央で大爆発が。
「どうしたっ、なにがおこったんだっ!」
 動揺を音にしたような声が、副軍の中央から飛び出した。
 声の主は、キンケード。
 味方に遮られて魔法球を見られず、ただ光の炸裂だけを目にした男の情けない声。
「なんだいまの光はっ? さっきの爆発はなんだぁっ」
 キンケードに応える声は一つもない。みんながみんな、でくの坊のように同じ方向を見ている。
「こらっ、誰か答えんか! くっ・・・むむ、どうしたというんだ・・・ぬぉお?」
 たちつくす人ごみを掻き分けると、視界が一気に広がっていた。広すぎるほどに広がっていた。
 地面に一筋、太い溝が出来ている。溝の近くには何もない。
 砦があった場所にすさまじい穴が開いていて、穴の周囲にはむき出しの大地が広がっている。
「なんと・・・ さっきの光のせいか・・・? む、青の正軍はどうなったのだ?」
 キンケードは気付いていなかった。穴の開いていた場所に、さっきまでコルドバ達がいたことを。
 キンケード以外は、皆気付いている。
 味方の中心部に白球が打ち込まれ、閃光が光った後には全てが吹き飛んでいたことを。
 動くものは何もなく、ただ風だけが音を立てていることを。
 光が消え、視界がクリアーになって十数秒。
 リーザス軍は完全に動きを止めていた。魔物達にも動きはない。
 巻き起こる風が、視界を覆っていた土ぼこりを吹き飛ばしてゆく。
 緞帳があがるように、ホコリの向こうから黒い影が現れる。
 キンケードを始め、リーザス兵達が現れた影に気付いた時、彼らは何者かの笑い声を聞いた。
「ぐへぇへぇへぇへぇ! ぎゃはぁはぁはぁはぁ! ぐわっはぁはぁはぁひぃひぃ!」
 恐ろしく大きな、それでいて脳みそを引っ掻き回すような。知性も品性もなく、ただただ巨大なだけの笑い声。
 しかし、恐ろしく巨大な響き。笑い声に気力を吸い取られたようで、誰もがじっと立っている。
 笑い声はしばらく続き、次のように終わりを告げた。
「げへっへぇへぇ・・・ すすめぇ、皆殺しだぁぁ」
 ギャー、ゲヘー
 笑い声が終わると同時に、魔物の群れが雄たけびと共に行動を再開する。
 主力を戦闘開始一秒後に全滅させられたリーザス軍に、
 指揮系統が完全に破壊されたリーザス軍に、
 戦う気力を失ったリーザス軍に。
 その爪、その牙をつきたてようとする。
 番裏の砦で再開された戦いは、もはや戦いと呼べるものではなかった。
 剣を取るものも中にはいたが、大半は敵に背を向けて走り出す。
 個人戦闘力で魔物に劣る人間が組織プレーを失ったとき、人間は魔物の餌になるのだ。
 戦うものも逃げ出すものも、次々と魔物に屠られてゆく。先刻の下品な笑い声が再び響く。
「ぐへぇへぇへぇへぇ! ぶわっはぁはぁはぁ!」

 なぞの影を覆っていたホコリすべてが風に払われ、

 六本の腕と八本の触手をもつ巨大な生物が己の姿をさらした時には、もはや動く人影は存在しなかった。




 ・・・あとがき・・・
 SS 魔王ケイブリス、ついに書き始めることが出来ました。
 一応、あらすじも最後まで作っています。結構あたらしい設定だと思うんですが、どうなんでしょうか?
 話を膨らませるだけ膨らませておいて、逃げ出すことだけは避けようと思ってます。
 どうか、暖かい目で見てあげてください。
                                           (冬彦)






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