魔王ケイブリス 第一章 『魔王大地に立つ』







 十二話 死闘! 健太郎VS魔王




「くっ、痛ぅっ」
 一匹の『ぬぽぽ』を両断した健太郎。日光を握っているのは・・・片手。
 右手はぶらりと垂れ下がり、いまにもポロリと落ちそうだ。
 右肩は真っ赤に染まり、大怪我をしているのがよく解る。
「くそっ、くそぉっ!」
 ザスザスッ
 足元に崩れ落ちた『ぬぽぽ』。もう死んでいるはずの体に、何度も日光を突き刺す。
「わあっ、わあ、わあああっ! っはぁ、はぁ」
 一際深く突き刺した日光に、体を預ける。右手が痛い、肩が痛い、足が重い――。
 見渡せば、モンスターと戦うヘルマン兵士。
 指揮はクリーム・ガノブレード、モンスターに囲まれながらも冷静さを失わない。
 健太郎は、しばし戦いを忘れ、クリームの動きに見入っていた。
 瞼が重い。体が痛いとか、そんなことはどうでもいい。眠い、眠りたい。美樹ちゃんと一緒に昼寝したいなぁ――


「右手に魔法隊がいるっ、まずは奴らを潰そう!」
「左翼、突出しすぎっ。もっと下がって!」
「そうそう、その調子でいいっ。そのままの位置を保ちなさいっ」
 クリームとしては、やってられない気分だ。
 健太郎一人に引きずられるようにして、自軍を敵中に取り込ませてしまった。
 懸命に指揮しては見るものの、たかが知れている。このままここで踏ん張れば、間違いなく全滅だ。
 といって、いまさら退却もできない。何故か?
 完全に囲まれたからだ。魔物兵4000ほどがクリーム隊の後ろに回りこみ、正面にも2000ほど。
 加えて『ゲッペルス』『ヒムラー』ら魔法兵まで近くにいるらしい。
 魔物を飛び越えて飛んでくる魔法が、味方兵士を葬ってゆく。
「にしても、こんなことになるなんてっ・・・」
 戦いが始まる前には、これ程の劣勢は予想していなかった。
 確かに魔物の数は多い。けれど、これまでに何度も、自分達は数の不利を克服してきた。
 それが、どうだろう? 
 左翼本隊と分かれてしまったため、全体の状況はわからない。
 けれど、すくなくとも中央軍はズタズタのはずだ。
 リーザス軍の『要』が潰された以上、左翼・右翼も無事ではすまない。
「これからどうする? わたし達がするべきことはなに・・・?」
 的確に自軍の弱点を補強しながら、これからのことを考える。

 退却は?
 難しい。そもそも、迎え入れてくれる部隊はあるのだろうか?
 進軍は?
 これ以上突出してなんになるのだろう。例の『魔法球を撃つ魔人』でもいるなら話は別だが。
 健太郎と魔人を引き合わせて、もしそこにランス王もいれば、我々の行動は意味を持つ。
 戦場から離脱する?
 これはいいかもしれない。こんなところで全滅するより、よっぽど意義がある。
 突破口はあるか――?
 いや、たとえなくとも、作ればよい。ここで踏ん張らずに、一番脆い部分を突破し、後はひたすら魔物から逃げる。
 もっとも、健太郎を連れ帰らないと意味がない――

 クリームは結論に達した。戦場から離脱、これだ。これしか――
「っ? な、なにアレっ?」
 雨の向こうで、何かが動いた? いや、何かいる、間違いない! 
「なんなのよ、あれは・・・?」
 大きい。あれ程に巨大なモンスターは見たことがない。いや、魔人バボラの方が大きかったか? けれど、
「くぅ・・・この感じ・・・っ」
 威圧感だろうか、とにかく大きな岩に押しつぶされるような・・・? 来る、近づいてくるっ! 
 ヘルマン兵も、巨大な気配に感づいたらしい。皆がクリームと同じ場所に見入る。
 モンスターの包囲が一箇所だけ崩れ、何者かが進んでくる。
 現れた影は次第にはっきりと輪郭を現す。そして、とうとう――
「ぐうぇへへへ、こんなところに居やがったかぁ!」
 その全貌を現した、現してしまった。
 六本の腕に、八本の触手。真っ白な顔に、冷たすぎる瞳、銀色の長髪。
「な、な、なんだこいつはっ」
「魔人だ、魔人だぞっ!」
「うわぁぁぁっ」
「落ち着け、クリーム将軍の言葉をきけぇっ」
 混乱する兵士、冷静さをかろうじて残す兵士、気を失う兵士。
 その中で、クリームは現れた生物に魅入られていた。
 生物はおそらく例の魔人だろう、他を圧する生命力だ。感じる。勝てない、人間ではとても・・・勝てない。
 魔人は、どうやら健太郎に話しかけているらしい。
 それにしても・・・自分達はこんな生物と戦っていたのか――   





 キィィィィン キィィィィン
 しきりに手の中で音がする。日光さんか――? 
「う、ううう」
 疲労の余り眠りに落ちていた健太郎だった。
 キィィィィン キィィィィン
「くそっ・・・ なんだっていうん・・・っ? な、なんだぁっ?」
 瞼を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景!
 でかい、体もでかいけれど、身にまとったオーラの大きさ。」
「う、うわぁっ」
 健太郎は飛びずさった。頭が混乱して、何がなんだか分からない。
 どうした、どうして自分はここにいる? それに、コイツは何だ、何者だ? え、え、え?
 眠気はもちろん、体の痛みもどこか遠くへ飛んでいく。その代わりに体を支配したのは・・・恐怖。
 震える。体中が震え、止まらない。
 そんな健太郎を見下ろし、ケイブリスは大きく笑った。
「げはぁははは! なんだ人間、俺様が怖ぇえのか?
 いっちょまえに『日光』なんざ持ってるんで、もーすこし期待したんだが」
 口調こそ下品に笑っているが、表情は全く違う。蔑みきった目つき、変化のない顔つき、冷たすぎる瞳――。 
「くっ、み、みんなは・・・う、え? 嘘だろ・・・?」
 健太郎は、少しだけ思い出した。そう、自分はクリームさんと一緒に魔物と戦っていたはずだ。
 そして、周りにクリーム達の姿を探したのだ。けれど、クリームはいなかった。
「これ、は・・・」
 あたり一面に散らばる肉。どれもが肌色で、どれもが見たことのある形。腕、足、首・・・
 そう、あたり一面死体が散らばっていた。立っている人影は・・・一つもない。
「嘘だ・・・馬鹿な・・・ク、クリームさんも、か・・・っ」
 目覚めたとたんに突きつけられる現実。いままで戦ってきたヘルマン人は、全滅した。
 と、頭上から落雷のような声が。
「クリームぅ? ぐわぁははは、そいつはこのねぇちゃんのことかぁ?」
「なっ、なにっ・・・ あ、ク、クリームさんっ!」
 頭は混乱しっぱなし、体は震えっぱなし。
 ともすれば意識を失いそうな健太郎に、変わり果てたクリームが映る。
 ケイブリスが高々と掲げた一本の腕の中、服がボロボロに千切れ、むき出しにされた上半身・・・?
「く、クリーム、さん?」
 ・・・下半身が・・・ない?
 健太郎の眼に映るのは、血だらけの胸、うなだれた顔、生気の全くない・・・顔。
 そして、足がない? ・・・ない、足がない。
「ぐぅえへへへ・・・ 俺様も男ばっかり殺すのに飽きてたんでなぁ。ちょうどよかったぜぇ、殺すのは女に限る」
 ケイブリスは指先でクリームの頭を掴み、プルプルと振るわせた。
 ・・・まるで健太郎に見せ付けるように。ちぎれた下半身から血が、内臓が零れ落ちる。
「・・・しっかしよぉ、人間ってのは脆いなぁ? お、取れちゃった」
 頭と体を結び付けていた首の皮が、ちぎれた。
 ボタッ
 顔のない人間の上半身が、地面に落ちる。
「くぅっ、お、お前・・・っ」
 健太郎の嗚咽。
 ケイブリスは唇をかみ締める健太郎など気にも留めず、ポイと、頭部を放り投げた。そして続ける。
「リトルプリンセスは頑丈だったなぁ・・・
 おぉ、そういえば、お前は、日光を持ってるってことは、リトルプリンセスのお友達なんだろぉ?
 確か、『健太郎』だったかぁ・・・?」
「な、なにっ! お前は美樹ちゃんを知っているのかっ?」
 ケイブリスの口から『リトルプリンセス』という言葉が。
 健太郎の頭の中で、美樹の記憶が蘇る。
 『リトルプリンセス』=美樹ちゃん。
 美樹ちゃん? 美樹ちゃんだって? 美樹ちゃんを知っているのか?
「美樹ちゃんを、美樹ちゃんをどうしたんだっ!」
 激昂した健太郎、叫ぶ。
 そうだ、コイツは魔人、美樹ちゃんの敵、自分の敵だ。
 健太郎の心の中で、恐怖が憎悪に取って代わる。
「ぐぅえへへへ、しってるだとぉう? おぉ、しってるぞ、つい最近殺したところだ」
「なっ!」
 絶句する健太郎。
「今思うともったいねぇことしたなぁ・・・。
 魔王にぶち込む機会なんて滅多にないのに、一発しかしなかったのは・・・俺様の失敗だな」
「う、あ、う・・・」
 健太郎の口は、もはや人語を発しない。
「魔王になれるってんで浮かれちまってよぉ?
 ついつい殺すことばっか考えちまってなぁ、ひたすら殴っちまった。いやぁ、硬いったらなかったぜ・・・
 そうそう、お前ら二人はまだやってなかったんだなぁ、突っ込んだら痛がるのなんのって」
「ぐ、ぎ、ぐ・・・」
「よぉっくみたら、血だらけで泣いてやがるんだ。
 まぁ俺様のがでかすぎたんで、裂けちまったのかも知れねぇがなぁ、げぇあはははは!」
「ぐ・・・」
 健太郎の顔から表情が消えていく。構わずに続けるケイブリス。
「うぇへへへ・・・ 殴っても切り裂いても生きてやがるから、不死身かと思ってあせったんだぜぇ?
 ま、きっちり死んでくれたがなぁ」
「・・・」
「そうだ、ずうっと『健太郎クーン』って繰り返してたっけ・・・
 『健太郎クン、タスケテー』ってよ、ふはっ、はぁはははは!」
 笑うケイブリスの一本の手。青白い光が凝集してゆく。
「はは、あはははは! こんなクソ虫に縋るなんてなぁ! そりゃぁ殺されるわな、なぁ健太郎くん?」 
 一呼吸置いて、
「タスケテー、タスケテー健太郎クーンてか? 犯されながら死んでやんの、ぶわっはははあ!」



 プチン



   何かが弾ける音がして、もう何もかもがどうでもよくなっていた。
   右手で日光を掴む。左手も日光を掴む。
   足に疲労はない。いや、むしろ今まで生きてきた中で、いちばん力が入る。
   日光が光る。自分の剣気、命、悔しさ、空しさ、なにもかも――全て日光に籠める。
   ケイブリスの手が光り、青い弾が飛んでくる。かわす、紙一重だ。
   思い切り地面をける。
   剣を高く振りかぶる。背中を思い切りそらせる。
    


「ラーンス、アタァァァァックッ!」
 健太郎渾身の一撃。彼の全てを籠めた、おそらく人生最後の一撃。
 凄まじい光、輝く日光。本家、ランスの『ランスアタック』を遥かに凌ぐ剣圧。
 高く、高く跳躍し、狙うはケイブリスの頭蓋骨。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!」
 ドゴォォォォォン
 捉えたっ、手応えありっ! 
 ケイブリスは、健太郎の一撃をかわしすらしなかった。顔を庇いもしなかった。
 ただ、蔑みきった瞳。そして、ランスアタックは、ケイブリスの顔面に炸裂した。
 反動で吹き飛ぶ健太郎。
 ドサッ
 ケイブリスから十数メートル離れた場所に落下する。
 受身もなにもなく、ただ重力に導かれるまま、地面に叩きつけられた。
 先程みせた生命力は・・・もうない。そこには健太郎の抜け殻だけが。
 全ての力を、本当に全ての力を燃やしつくした健太郎の姿があった。
 手も足も動かない。体がピクリとも動かない。
 あの魔人はどうなったのだろうか? 自分は、美樹ちゃんの仇を取れたのだろうか?
 薄れゆく意識、あ、あれ・・・? 美樹ちゃん・・・?
 誰かが健太郎を抱いている。目が霞んで、誰だかは解らない。
 けれど、とても優しい人だってことは解る。
 こんな風になった僕を抱いてくれるんだ、優しくないはず無いじゃないか。
 優しいのは美樹ちゃんだ。ってことは・・・僕は美樹ちゃんに抱かれている?
 美樹ちゃんが迎えに来てくれた――?
 ああ、嬉しいな、また美樹ちゃんとデートできる・・・なん・・・て・・・
「美樹ちゃん・・・ありが・・・と・・・」
 小川健太郎(21)の最後だった。その死に顔は、本当に幸せそうだった。






「へっ、お前の最後・・・しっかり見届けたぜ・・・?」
 健太郎の瞼をそっと閉じると、男はスックと立ち上がった。
「てめぇにしたら、上出来だ。 ・・・すくなくとも、一人でいじけてるよりはな・・・」
 キッと目の前の生物を睨む。
 ついさっき健太郎が、『ランスアタック』――彼が授けた必殺技――を叩きつけた生物。
 いや、いまさら生物とは呼ぶまい。魔王だ。
 魔王は悠然と見下ろしていた。
 そっと眉間に手をやると、手には血が一滴ついている。それ以外に傷は無い。
 即ち、健太郎の一撃は、『血、一滴』にしか届かなかったのだ。
 魔王を睨みながら男は呟く。
「待ってろ? 美樹ちゃんの仇は俺様が・・・このランス様がとってやる!」
 ビュゴッ
 健太郎を看取った後、ランスは、魔剣カオスを振りかぶった。
 必殺技、ランスアタックの体勢。
 次の瞬間、ランスが猛烈に大地を蹴る。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
 目指す敵は見つけた。後はコイツを殺すだけ。
 健太郎が死んだいま、ランス以外に魔王を倒せる人間はいない。
 リーザスの、全人類の――愛する女、守るべき女の運命が、全てランスにかかっている。
 ランスの咆哮が戦場に響く。
「ラァァァァンスアタァァァァック!」
 
 スードリ平原における、最大の一騎打ちが、いま幕を開けた。



 ・・・あとがき・・・
 十二話です。
 ええと、クリームと健太郎が死にました。
 クリームに相応しい塵様をいろいろ考えたのですが、原作(ネロの差し金でボロボロに)みたくしてみました。
 ドラゴン☆ボールの無い世界で人が死ぬのはとても重いです。命の大切さを思う今日この頃です。(冬彦)






TOPへ      

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送