魔王ケイブリス 第一章 『魔王大地に立つ』







 十六話 絶望のリーザス城





―――ランスがリーザスを発って三日後―――
「む・・・やっと・・・朝ですか・・・」
 リーザス城白の将の部屋。カーテンから差し込む光に合わせ、むくりと起き上がる銀髪の丈夫。
 白の将、エクス・バンケットは苦笑交じりに呟いた。
「結局、昨晩も眠れませんでしたね・・・。いつから不眠症になったのでしょう」
 昨日だけではない。
 一昨日も、その前日も、ランスがリーザスを去ってからというもの、エクスが満足に眠れた日は一度もなかった。
「ランス王は、いま頃ラング・バウを発ったあたりでしょうか。報告通りなら、魔人とぶつかるのはおそらく今日正午」
 窓に歩み寄り、カーテンをハラリと開く。ヘルマン山脈、頂に白い帽子を被った山々が光る。
 その向こうで、リーザスの運命を決める戦いが幕を上げようとしているのだ。
「王が私をリーザスに残した意味・・・いろいろかんがえましたよ・・・?」
 そう呟くと、傍らの眼鏡に手を伸ばす。丸縁で小振りな眼鏡。
「答えはまだ出ませんが」
 そっと眼鏡をかける。そこにはさっきまでのエクスとは別人の顔が。
「ランス王、貴方なくして私の戦略は成り立ちません。無事の帰還、お待ちしてますよ?」
 真剣な眼差しを送る。キリリと引き締まった端整な顔立ち。しばらくヘルマン山脈を眺めた後、
「・・・お待ちしています。私だけでなく、沢山の人間が」
 もうじき王座で例会が開かれる。エクスは窓から離れると、正規の鎧に手を伸ばした。





―――その日の深夜―――
「なぁ、ランスはまだ連絡を寄越さないのかい?」
 リーザス城王座の間。もうじき日付が替わろうかという時間帯。
「エクスさん、確かに今日なんだろうな。その・・・ランスが魔人と戦ったのは?」
 コツコツと床をタップし、苛立ちを隠さずミリが尋ねる。そんなミリに、エクスが苦笑しつつ答えた。
「昨夜到着した伝令では、『魔人軍捕捉、ランス王は翌日出陣、午前に戦闘の見通し』とのことでしたから。
 そろそろ何か連絡が来ると思うのですが・・・」
 同じ答えを何度繰り返したことだろう?
 リーザス王座の間に主だった将軍を集めてからこのかた、
 『ランスはまだか』『本当に今日戦ったんだろうな』といった質問ばかり受けてきた。 
 広間に集まったのは、エクスを筆頭に、ハウレーン、マリア、ミリ、志津香、ラン、そしてシィル。
 レイラは国境警備に出かけており、現在はリーザス城にいない。
 取り立てた会話もないまま、淡々と時間が過ぎてゆく。
「ふん・・・どうせランスが勝って、宴会の用意でもしとけって知らせでしょ?
 わざわざ待つことないんじゃない?」
 と、志津香が口を開いた。つまらなそうに欠伸をすると、広間から出てゆこうとする。
「あたし、眠いからもう寝るわ。なんかあったら――」
「志津香、随分余裕なのね? ランスが勝つ・・・なんて決まったわけじゃないのよ?」
 踝を返しかけたところに、俯いたランが声をかけた。
「・・・なによ。じゃあなに、ランスが負ける・・・っていうの?」
 ゆっくりと振り返る志津香、目には暗い光が。
「そ、そんなつもりはないけど、今度のランス、いつもと様子が違う気がして・・・」
 ランがどもる。
「いつもと様子が違う? どういうこと?」
「だ、だって普段は出発の時に演説なんてしないし、将軍だって四人位しか連れて行かないし」
「それだけ?」
「それに・・・リトルプリンセスがいなくなったり、味方の魔人がいなくなったり・・・最近なんだか変でしょう?
 志津香だって、何か変だって感じてるんじゃないの?」
 ランが真剣な眼差し向けるも、志津香はプイとそっぽを向いた。
「あたし? 別にそんなことないわよ。ランが心配しすぎじゃないの?」
 いつもの口調で続ける。
「ランスの心配なんて馬鹿らしいだけ。あんな変態ほっとけばいいのよ?
 今頃『魔人なんてチョロイぜがはは〜』って笑ってるんじゃない?」
 そして、再びランに背中を向けた。ファサッとマントが翻る。
「とにかく、あたしはもう寝る。なにかあったら起こしてくれればいいから」
 後ろ手でヒラヒラと手を振り、志津香は部屋を後にした。
 ギィィィ、バタン
 ドアの閉まる音。
 志津香が出て行くのを見届けると、部屋はまた静かになった。
 深夜。外も静か、内も静か。リーザス城全体が暗く、穏やかである。しばらくして、
「・・・そうだな。ランスの心配なんて馬鹿らしいな」
 と、ミリが頷いた。
「忘れてたぜ、相手がランスなら話は別だ――」
「そうなんですか? 正直にいうと、私は心配・・・というか、不安で堪らないのですが」
 ハウレーンだった。ミリの独り言に、異言を挟む。
「報告では、今回の魔人は格段に強いとの事。加えて魔人と戦える人物がランス王お一人という現状です。
 王の無事を心配する気持ちは当然なのでは?」
「ハッ。あんたはそうかもしれないけれど、あたし達はランスと付き合いが長いんでね?
 あいつの凄さを嫌というほど知ってるんだよ」
 さっきまでの苛立った表情でなく、ミリは普段の顔つきに戻っていた。
「アイツは・・・ランスはどんな状況でもなんとかしちまう。
 なーんにも考えてないくせに、結局最後には笑ってるんだ」
「しかし、それは単に運が良かっただけでは・・・?」
 クックッと笑うミリに、ハウレーンは不満げな顔を見せた。
 彼女がランスに持っている印象は・・・行動力と剣技に優れた青年に過ぎないのだ。そんなハウレーンに、
「ううん。運だけじゃないの。それ以外にも、なにかこう・・・不思議な力があるのよ」
 とりなすようにマリアがいった。
「なんなんだろうな、アイツの力ってさ。マリア、ランスって絶対に諦めないよな?」
 合わせるようにミリが言う。笑いながら答えるマリア。
「そうそう! ランスは本当にしぶといよね〜」
「しぶといっていうか、しつこいんだよ。それに、相手が誰だろうとビビらない」
「ラギシスにも勝っちゃうし、魔人も倒しちゃうし、ジルだってやっつけちゃったんでしょ?」
「ああ。それも、平気な顔で喧嘩を売って、当然のように勝つんだからな・・・」
「ホントよね。そうだ、闘神都市でもランスってば凄かったんだから・・・」


―――――――
 マリアとミリが、ランス冒険譚で盛り上がる。
 カスタムのランス、リーザス解放戦争時のランス、闘神都市のランス・・・ランス、ランス、ランス。
 戦うランス、笑うランス、エッチなランス、カッコいいランス、馬鹿なランス、ランス、ランス、ランス。
 けれど、二人の口ぶりはどこか空々しいものを含んでいた。
 マリアもミリも、口に出してランスを褒めるなど、決してしない。
 心の片隅でランスを評価してはいるものの、口からでるのは悪口ばかりの筈だった。
 それが、今に限ってこれ程に褒めている。
 ミリも、マリアも怖いのだ。ランがいったように、日常に歪みが生じたことを、身体で感じてはいるのだ。
 そしてこの恐怖を払うために、ランスの頼もしさを強調している・・・。
――――――


 
 エクスがチラリとシィルを見た。
 ランスと一番縁が深いであろう女性は、マリア達の会話に加わろうとせず、哀しそうにキュッと口を結んでいた。
 シィルが口を結んでいるのは今に限ったことではなかった。
 ランスがリーザスを発ってから、シィルは殆ど笑わなかった。
 誰かから声をかけられた時だけ、ニッコリ微笑んでみるものの、一人の時間はずっと俯いたままだった。
「・・・だよな。まっ、今度だって志津香の言うとおりさ。アイツの心配なんかするもんじゃないね」
「そうよね。ランスだもんね、きっと大丈夫よ」
 二人が口をつぐみ、ランス冒険譚が一区切りしたところで、エクスはシィルに水を向けた。
「シィルさんは何かしゃべらないんですか?」 
「えっ? わ、わたしですか?」
「ええ。ランス王の過去ならば、一番詳しいのはシィルさんでしょうから」
「え、と、それは・・・」
 話を振られ、シィルはすこし笑顔を見せた。けれど、また俯く。
「そうよ、シィルちゃんが一番解ってるでしょ? ランスの事だったら心配要らないわよね!」
 明るいマリア。
「そんな俯いたりしないでよ・・・?
 シィルちゃんがそんなだと、こっちまで不安になるじゃない。
 あんなに強いランスなんだから、魔人なんて楽勝よ!」
「・・・」
 シィルの口が動いたような?
「え、なに?」
「・・・」
 小声過ぎて聞き取れない。
「なんていったの?」
 シィルに歩み寄るマリア。シィルの糸みたいに細い声。
「ランス様は・・・ランス様だって、私たちと同じ人間です・・・」
「え?」
「人間だから・・・怪我だってするんです」
 マリアにしか聞こえない声で、そっとシィルが呟いた。
「シィル、ちゃん?」
「神様なんかじゃ、ないんですよ?」
 哀しい声、悲しい目。
「シィルちゃん・・・」
「・・・」
 マリアからも笑顔が消えていた。
 改めて気付かされる事実、そうだ、ランスだって万能じゃない。
 いつだって頼もしげに笑うから、つい錯覚を起こしていた。ランスだって、私達と本質的には一緒だった――。
「なんだよ、マリアどうした?」
「お二人とも、どうなさったんですか?」
 動きを止めたマリアとシィルに、ミリ達が近づいてくる。と、シィルがニッコリ笑って顔をあげた。
「いえ、なんでもありません!
 大丈夫ですよ、ランス様は必ず無事に戻ってきます。私達は信じて待ちましょう!」
「え?」
 驚くマリア。顔をあげたシィルの顔には、ついさっきマリアに見せた虚ろさはかけらもなかった。
「ランス様は大丈夫です。もうすぐ、良い知らせが届きますよ! ねっ、エクス将軍」
 元気な声が広間に響いた。すこし白々しくはあるが、それでも明るいシィルらしい言葉。
「そ、そうですね。シィルさんがそういってくれると、なんだか安心しますよ」
 ニコッと微笑まれ、エクスもコクリと頷いた。空気が次第に軽くなる。
「それにしても・・・王の知らせは遅くありませんか将軍――」
 軽い空気に後押しされるように、ハウレーンがエクスに話しかけたときだった。
 パタン
 玉座の後ろの扉が開く。
「皆さん、重大な報告があります」
 冷たい声。聞きなれた女性の声。
「マリス殿、いま――」
 エクスは『マリス殿、いままでどこにいたのですか?』と尋ねようとした。
 普段なら重要な会合に遅れるようなマリスではないのに、今日に限って連絡が取れなかったからだ。
 けれど、エクスの問いかけに答えようともせず、マリスは続けた。
 冷静に、凍るように冷たい声で、一段と鋭く。
「リーザス軍が敗北し、ランス王が亡くなられました」





 王座の間は静かだった。
 一瞬マリアとミリが騒然となったものの、マリスの静かな口調に、二人とも抗しえないものを感じたのだ。
 以降口をつぐみ、固唾をのんでマリスに耳を傾けている。
 マリスは平静だった。エクスはふと思う。
 おそらく、マリスは自分の平静さを取り戻すために、しばらく広間に出てこなかったのだろう、と。
 かなみの報告によると・・・という形でマリスの話は始まった。


――――――
 三手に別れたリーザス軍。
 右翼に配置したランスは緑軍と共に、魔人軍へ突撃する。
 そして、現れた魔人。
 健太郎の攻撃を退け、ランスを迎え撃つ。
 魔人に吹き飛ばされるランス。
 しばらく戦いが続いたが、結局魔人は無傷だった。
 ランスはかなみの視界から消えている。
 ランスと共に侵攻した緑軍は全滅し、あたりを魔物が埋め尽くす。
 かなみは平然とした魔人を確認してから、戦場を後にした。
 帰還途中に壊走する赤軍が見えた――。
――――――


「・・・先程かなみから、以上の報告を受けました。
 本来ならかなみの口から皆さんに報告させたいのですが、
 改めてヘルマン偵察を命じましたから、すでにリーザス城にはいないでしょう。
 代わりにわたしの方から話させて貰いました」
 一人、マリスだけが喋り続けた。
「事態は極めて深刻です。もはや魔物を防衛する軍は、リーザスに残った貴方がたしか――」
「ちょっと待ってよ!」
 末席から誰かがが叫んでいた。
「誰も、誰もランスが戦ったところを見てないんでしょ? 何故、どうしてっ!」
 マリアだった。両手をキュッと握り締め、ギッとマリスを睨みつける。
「どうして・・・死んだなんていえるのよ・・・。ランスは生きてる!」
「確かに、ランス王の遺骸は発見されていません。けれど、遺骸は見つからないでしょう」
「なっ」
 マリアを見つめ返すマリス。
「かなみの報告では、緑軍が全滅したとのこと。
 それならば誰もランス王の遺骸を持ち帰れません。戦場に放置された人間は魔物が――」
「・・・」
「魔物が食べ尽くします。ランス王とて例外ではないでしょう」
「だっ、だからどうして死んだなんて決め付けるの!」
「・・・」
 食って掛かるマリアに、少しだけマリスが押し黙った。けれど、すぐに顔をあげる。
「では、単身魔人に挑みかかり、ランス王と魔人の双方が無傷という状況がありえますか?」
「えっ」
「ランス王と魔人が戦ったことは事実です。結果魔人は無事でした。
 確かにランス王が逃げ出したということも考えられますが、あたりは魔物で溢れているのですよ?
 それも数千の魔物です。一人の戦士が突破できる数ですか?」
「うっ」
 詰まるマリア。熱いものが込み上げてくる。
 そんな、嘘だ嘘だ、ランスは生きてるんだ――。
「もはや言葉の上で希望的観測を述べる事態ではありません。現実を受け止めてください」
 マリスの一言が突き刺さった。抑えきれない、涙が体中から湧いてくる。
「うぅぅ・・・ち、違う、ランスは生きてるのよ・・・絶対死んだりしないんだからぁっ!」
 零れ落ちる涙を隠そうともせず、マリアは悲鳴をあげていた。
「もうすぐ帰ってくるんだからっ! 笑って帰って来るんだからぁぁぁ!」
「マ、マリア・・・」
 ミリが駆け寄る。そっとマリアを抱きしめる。
「ランスは、ランスはそんな柔じゃないもんっ、うっ、くっ、ひっく」
「マリア落ち着け・・・な?」
「っく、だ、大丈夫よミリ・・・」
 ミリの懐でしゃくりあげるマリアを視界に捉えながら、エクスはマリスに向き直った。
「・・・先程のお話ですが、かなみ殿も、ランス王が亡くなられたといっていましたか?」
 ほんの少し間をおいて、小声で尋ねる。
「いえ、王が死んだとは言いませんでした。 ・・・けれど」
「けれど?」
「私が『ランス王は死んだのですね』と尋ねても、何も答えませんでした。
 心の中では王の死を考えているでしょう」
「・・・そうですか」
 エクスは考える。もしマリスの話が本当ならば、ランスの生は絶望的だ。
 死んだと考えるべき、いや、死んだと考えなくてはならない。
 しかし、ランスのこと、ひょっとしたら・・・とも思う。
「それと、もう一つあります」
「え?」
 視線をあわててマリスに戻すエクス。
「なんでしょう」
「ヘルマンに現れた魔人が、魔王である公算が極めて大です」
「・・・えっ?」
「リトルプリンセスに代わり・・・おそらく魔人の誰かが新たに『魔王』となったのでしょう」
 凍りついたように、固まるエクス。ハウレーンが怒声を上げる。
「まっ、魔王だとっ!」
「かなみによると、例の魔人は『魔王』と呼ばれていたそうです。
 また、ランス王も敵を『魔王』と認識していた、と聞きました」
「そ、そんな、まさか・・・」
 ハウレーンに一瞥をくれた後、マリスは誰に言うでもなく、
「これで私の話は終わりです。これからどのような事態が訪れるか、予断を許しません。
 エクス将軍を中心に、今後の対応を協議してください」
 といい放つと、くるりと背中を見せた。歩き出し、広間から出てゆこうとする。
「マリス殿、どこへ行くつもりですか!」
「これからリア様に報告に行きます。失礼」
 マリスは振り向きもせずハウレーンに答え、そして部屋を出て行った。





 マリスが去った広間には、これ以上無いほどに重い空気が立ち込めていた。
 ミリはただマリアを抱きしめている。マリアも何も言わない。
 ハウレーンは呆然と立ち尽くしている。エクスは何か考えている。
 エクスはいくつかのシナリオを想定していた。
 そして、それぞれの場合どのように行動するべきかも考えていた。
 けれど、一つだけどうしようもないシナリオがあった。
 それは、『ランス、健太郎ともに死亡し、無傷の魔人が攻めてくる』というシナリオ。
 結末は『魔人に抵抗する手段を失った人類が、魔人の奴隷になる』。
「敵は・・・魔王・・・」
 マリスの残した言葉が耳を離れない。
 魔王、最強にして最悪の存在。
 確かに魔王が相手ならば、ランスの敗北も納得できる。いや、考えれば考えるほど、敵が魔王に思えてならない。
「魔王・・・だったのか・・・」
 現実は、どうやらエクスの想定した最悪のシナリオ以上に過酷らしい。
「フフフ・・・」
 自嘲的な微笑みを漏らすエクスだった。
 ランス、健太郎を欠いたリーザスに魔王が攻めてくるだと?
 どうする、いや、なにができるのだ? 
「将軍、大丈夫ですか?」
「え? ああ、大丈夫ですよハウレーン。少し気分が悪いだけです」
「そ、そうですか」
「私が落ち込んでいてははじまりませんね・・・。では、今後について協議しますか・・・?」  ハウレーンに促されるように、エクスは重い顔をあげた。
 けれど、この広間に協議が出来る空気は無い。皆の頭上に活力が全く無い。
「いや・・・協議は明日にしましょう。明日の・・・朝がいいですね。
 例会の際、マリス殿を交えて話し合いましょう。いいですね?」
 エクスは前言を翻した。
 こんな状況でなにを話し合えというのだ? 
「夜も遅いことです。各自就寝と――」
「少し待ってください」
 疲れた面持ちで、エクスが散会を宣言しようとした時だった。
 マリスが広間を訪れてからずっと黙っていたシィルが手を上げたのは。
「・・・少し、いいですか・・・?」
 穏やかな、なんの不安も持たない顔だった。
「シィルさん? ええ、構いませんよ」
「はい。 ・・・あの、ランス様のことなんですが・・・ランス様は約束してくれました」
 暫しの躊躇を経てシィルが話し始めた。
「ランス様は・・・この戦いに『勝つ』と約束してくれました。あの、ランス様はよく約束を破りますけど」
 俯く。
「破りますけど・・・破らない約束もあるんです。
 かなみさんが見てきた光景は、多分本当なのでしょう。
 マリスさんが言ったように、ランス様が死んだというのも・・・本当かもしれません」
 少し口調が震えている。けれど、言葉一つ一つは、綺麗に鮮明に伝わる。
「でも・・・わたしは・・・シィルは、かなみさんより、マリスさんより、ランス様を信じます。
 ランス様が『勝つ』とおっしゃったんだから、きっと私達は魔人に勝てます!
 魔人よりも、魔王よりも、シィルはランス様・・・を信じ・・・ますから・・・」
 途切れ途切れになる言葉。
「皆さんも、ランス様を・・・信じてください」
 顔をあげる。ニッコリ笑ったまぶしい顔に、真っ赤な瞳が夕日の様。
「こんなことで・・・こんなことで疑ったら、ランス様に・・・怒られますよ? 大丈夫、元気を出しましょう!」
 ポロポロッ
「きっと私達が勝ちます! だっ・・・だって、ランス様が約束して・・・くれたんです・・・ううっ」
 シィルの喉がコクリと動いた。まるで何かを飲み込んだように。
「ですから、皆さんも・・・信じましょう・・・」
 ニッコリ。  声が震えていても、目から汗をかいていても、ずぅっとシィルは笑顔だった。
 満面に微笑みを浮かべていた。
「では、皆さんおやすみなさい」
 ペコリ
 ちょこんとお辞儀をし、シィルが広間から出てゆく。
 最初はゆっくりだったシィルの歩調が、次第に早くなってゆく。ドアを開き、部屋から出る。
 タタタタッ
 廊下を駆けてゆく音が。

 部屋に残されたエクス達は、しばらくの間、シィルの去った後を見つめていた。

 



 ・・・あとがき・・・
 十六話です。
 戦闘シーンの後だったため、『!』を会話に入れにくく、苦労しました。
 戦闘シーンの方が書き易いのかなぁ?
 いや、『ランスが死んだ』みたいな表現が書きにくいんでしょう。








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