魔王ケイブリス 第一章 『魔王大地に立つ』




  二話 訃報





 LP四年、六月初旬。リーザス城王座の間、リーザス王ランス。
 ランスは王座にデンと腰を下ろし、居並ぶ諸将を見下ろしていた。
 王座から一段さがった場所に控える面々を数え上げると、なんだかいい気分になってくる。
 王座に向かって左に並ぶのは、レイラ、メナド、ハウレーン、メルフェイス、ラファリア、アールコート・・・そしてシィル。
 彼女達はみーんなランスの部下であり、家臣であり、そしてランスの女なのだ。
 いつでもどこでも、やりたいと思った時にしっぽりしてOKなのだ。うーん、グッドである。
 これだけではない。ランスは、王様。王様といえば後宮=ハーレムだ。
 ランスのハーレムには、ランスが町でさらった女の子から、ランスを慕ってついてきたコまで、可愛い女で溢れている。
 絨毯の右に並ぶのは、別に見たくもないが、むさくるしい男達の列。
 バレス、リック、エクス。コルドバとガンジーがいないので多少涼しくなったけれど、所詮男は男である。

「ねーダーリン、健太郎遅いね、どうしかたのかな?」
「うん? あ、ああそうだな。何をやってるんだ、まったく」
 オクの町に魔人パイアールの飛空挺が現れて、健太郎と美樹を防衛にやって半日。
 二人の部隊は城に帰還したはずなのに、二人とも報告に現れない。
 しかたないのでマリスが健太郎を呼びに言ったところだ。
「あ〜、ダーリンむつかしい顔してる〜 そんな顔しないの〜」
 王座の横からランスの腕を取り、しがみついて来る。
 うっとおしいことこの上ない存在、リーザス王妃、リア・パラパラ・リーザス。
 因果なもので、正妻なのにハーレムに呼ばれるのが一番少ない。ランスは適当にリアをあしらうとひとりごちた。
「マリスを使いに出すんじゃなかったな。アイツがいないと話が進まん。 ・・・退屈だ・・・おいバレス」
「は、はっ」
 急に名前を呼ばれ、慌てて返事をするバレス。
「暇だ。暇だから、特別にお前の言うことを聞いてやる。言いたいことがあればいってみろ」
「ランス王・・・? このバレスの言葉を聴いてくださると?」
「まぁな。気が変わらないうちに言って見ろ」
 欠伸をしながらランスは応えた。もちろん、からかっているだけだ。
 ジジイの説教を聴くような度量は持ち合わせていない。
「で、では、ランス王の身辺事から言わせて貰いますぞ! 王が好色なのは良しとしても、この数はあまりに節操が・・・」
「黙れ、気が変わった」
 からかい終了。
「う、むむむ・・・し、しかしそれでは・・・」
 ガチャリ
 バレスが何かいいかけたとき、王座後ろの扉が音を立てて開いた。
「お、やっと来たか。あれ、お前一人なのか?」
 ドアから出てきたのはマリスひとり。健太郎を呼びに行かせたはずなのに、入ってきたのはマリスだけ。
「健太郎はいいとしても、美樹ちゃんもいなかったのか? ん、おい、どうしたよ・・・」
 マリスの表情はいつも通りの落ち着いたものだった。ただ、息が切れている。
 どうやら廊下を走ってきたらしいが、ランスの知っているマリスは廊下を走ったりはしない。
 驚かない、取り乱さない、顔色を変えない。それがマリスなのに。
「ねぇねぇ、マリスどうしたの? 何かあったの?」
 マリスはリアと視線を合わせると、一呼吸ついて口を開く。
「ランス王、リア様、重大な事態が起こりました」
「なぁに? マリス早く教えてっ」
「もったいぶらずに、さっさと話せ」
 無邪気に尋ねるリア。余裕の表情で催促するランス。
 広間に居並ぶ面々も、みんなマリスに注目している。そんな中出てきた言葉は誰も想像しないものだった。
「どうやら・・・美樹殿が魔人にさらわれたようです・・・・・・」

 ――――――
 マリスの話を要約すると、次のようになる。
 パイアール部隊からオクの町を防衛するために出撃した健太郎&美樹。
 飛空挺から次々とドールが投入されるも、美樹が前面に立って侵攻を食い止め、健太郎がサポート。
 時間だけが刻々とすぎ、いつも通り魔人部隊は退却を始めた。
 ここまでは、何の問題もなかったのだ。違ったのは、この次の瞬間。
 上空から青白い光が降りてきて、美樹の身体を包んでゆく。
 怪しい光に気付いた健太郎が駆けつけた時には、美樹の身体はグングン上空へ吸い上げられていた。
 光の先にはパイアールの飛空挺が悠然と構えており、美樹を覆った光は飛空挺に吸収される。
 健太郎が美樹から気をそらした一瞬に起こった出来事だった。
 美樹を取り込んだ飛空挺は、呆然と佇む健太郎たちを尻目にドール部隊を取り込んだ。
 そして、魔人領へと飛び去っていった・・・
 ――――――

「・・・・・・以上が私が聞いた話です。健太郎殿は放心状態で、部下の一人が部屋に送って行きました。
 いまの話もほぼ部下の方から聞いたものですので、改めて健太郎殿から報告を受けるべきでしょうが、しかし・・・」
 マリスはいったん口を閉じ、ランスの顔色に目をやった。
 マリスの話の途中までは余裕な表情だったけれど、
 どうやら本当に美樹がさらわれたと分ってからは、黙ったままのランス。
 しばらく沈黙が続いた後、ランスがマリスをうながす。
「・・・しかし、なんだ?」
「はい。健太郎殿はひどく憔悴されていて、しばらく休養が必要でしょう。
 今日のうちに呼ぶことは避けた方がよろしいか、と」
「ちっ・・・あの馬鹿が・・・」
 マリスが話し終え、ランスがゆらりと立ち上がった。手には抜き身のカオスが握られている。
「きゃっ! ダーリン、あぶないよっ」
 制止するリアを押しのけ、ランスはカオスを振り下ろした。
 ドゴォッ
「あの馬鹿野郎っ、美樹ちゃん一人守りきれねぇのかっ。せっかく美樹ちゃんをゆずってやったのによぉ!」
 大理石の床に開いた直径一メートルの窪みに立ち、マリスをキッと睨む。
「で、馬鹿が落ち込んで引き篭もってるわけか・・・
 ほんっとに救えない男だぜ。美樹ちゃんが攫われたって言っても、まだどうこうされたわけじゃねぇ」
 怒りを隠そうともせず、ランスは続ける。
「取られたら、取り返す。パイアールって魔人に攫われたんだろ? だったらそいつの屋敷を襲うまでだ」
「けれど、パイアールの住処はまだ突き止めておりません。
 なにしろ飛空挺で飛来しては魔人領に去ってゆく、の繰り返しなのです」
 再びカオスを振りかぶったランスに、マリスが冷静な一言を。
 ドゴォッ
「ならさっさと調べろ!
 いいか、いくら美樹ちゃんが頑丈だからって、女の子には変わりないんだ。最優先で助けに行くぞっ!
 マリス、パイアールの居所がわかったら、速攻で俺様に知らせるんだぞ」
 カオスを打ち下ろして一声叫ぶと、ランスは玉座から出て行こうとした。
「お、王、どこにいかれますのか?」
 バレスがランスの背中に声をかける。ランスは、
「俺様はもう寝る。誰も部屋にくんじゃねぇぞっ。ふんっ」
 そういい残し、振り向きもせずに出て行った。後に残ったのは、床にあいた穴が二つに、暗い表情の武将達。
 最初に口を開いたのはリアだった。
「・・・ねぇマリス、ダーリンすっごく怒ってたけど、将軍が一人いなくなっただけじゃないの?」
 不思議そうな顔で尋ねる。そんなリアにエクスが答える。
「いえ、美樹殿は・・・外見は少女と変わりませんが・・・魔王リトルプリンセルです。お忘れですか?
 魔人がリーザスに攻めこんできたのは、すべては美樹殿を奪うため・・・」
「あ・・・そっかぁ・・・。 え? じゃあもしかして、もうリーザスに魔人は来なくなるのっ?
 だって美樹を捕まえたら、リーザスに用はないんでしょ?」
 パァッ、と顔を明るくさせる。
 美樹個人の命は、彼女にとって問題ではないのだ。けれども、事はそう簡単ではない。
「たしかに二ヶ月前ならそうなったかもしれません。
 けれど、リーザスは既に魔人領に侵攻し、ケイブリスと事を構えています。魔人の攻撃がやむことはないでしょう」
 エクスの言葉が現状を的確に表現していた。人類を統一したリーザスは、二ヶ月前に魔人領に侵攻した。
 魔王が存在しないという空隙と、魔人同志が抗争している状況を利用し、ランスは大陸制覇に乗り出したのだ。
 ホーネット側=リトルプリンセル側と手を組み、ケイブリス派の魔人・カミーラを殺したのが先月の話。
 もはや魔人とリーザス、もとい人類との戦いは止まらないだろう。
「でもでも、全然平気よっ!
 美樹がいなくなったって、ダーリンがいるんだものっ。ダーリンは魔人だってポイポイなんだから」
 あくまで明るいリア。釣られるようにして、武将の面々からも緊張が解け始める。
「そうですね。我々にはまだランス王がいますし、美樹さんだって、死んだと決まったわけではありません。
 ランス王がおっしゃったとおり、できるだけ早く助け出すことが大事ですね」
 そういったのはレイラ・グレクニー。つづけてバレスが、
「うむ。美樹殿の力は本物、やすやすと命を落とすことはありますまい」
 バレスをうけて、赤の副将・メナドが、
「ええ、そうです! バレス将軍の言うとおりです。きっと・・・きっと助けられますよ!」
「そーよそーよ、ダーリンの言う通りになるんだから!」
 次第に明るくなる雰囲気。リトルプリンセスを取り返す方向で、前向きな検討が開始される。
 緑の副将・ラファリアが大陸地図を得意げに取り出し、
 バレスやリックを交えて『敵の住処はどこか』『敵の飛行船の飛行ルートを計算すると・・・』といった会話が始まる。





 けれど、他の人間のように事態を楽観できない人間が三人いた。
 マリス、エクス、シィル。
 この三人はそれぞれの思考で、自分達の犯した大きなミスを捕らえていた。
 美樹が魔王として覚醒し、人類支配に乗り出すことを恐れるマリス。
 リトルプリンセスを失ったことで、魔人同志の抗争が止むことを恐れるエクス。
 ランスの表情から、極めて悪い予感を感じ取ったシィル。
 この事件が単なる『優秀で可愛らしい将軍を失った事件』ではなく、
 もっとよくない事態を招きうる事件だということだけは、三人ともわかっていた。
 けれども、もっとも事態の本質を掴んでいる男が別の場所にいた。
 リーザス王ランス
 玉座の間で『美樹ちゃん救出作戦』が始まろうとしている時、ランスは自室のベッドに寝転んでいた。
 灯りもつけず、鎧も取らず、ただうつ伏せに臥せっている。
 目を瞑ったランスの頭には、一年前に聞かされた言葉が蘇えっていた。

『ねぇ、魔王にならない・・・?』
『リトルプリンセス様を殺して・・・その血を飲めば・・・』
『・・・ランスが魔王になるんだよ・・・』
『サテラ、ランスとずっと一緒にいたい・・・。ランスに・・・魔王様・・・サテラの御主人様になって欲しい・・・』

 灯りをけしたランスの部屋。ベッドの隣でささやく甘く切実な声。
 もしもシィルがいなかったら、自分は欲望に負けていたかもしれない、そう思う。
 けれど、いま重要なのはそんなことじゃない。人間では、おそらくランスだけが知っている事実。
『魔王=リトルプリンセス=美樹ちゃんの血を飲むと魔王になる』
 もしケイブリスが美樹ちゃんを殺し、その血を飲んだとするならば・・・?
「くそっ、健太郎の馬鹿がっ・・・! 待ってろよ美樹ちゃん、絶対に俺様が助けるからな・・・ それまで死ぬんじゃないぞ」
 うす暗い部屋に、ランスの声が小さく響いた。




――四日後――
 リーザス城王座の間では、への字型に口を結んだランスが王座にふんぞり返っている。
 マリスが全力を挙げてパイアールの居所を探っているけれど、めぼしい情報は入ってこない。
 美樹が攫われてから、既に四日がたとうとしていた。
「・・・で、かなみからは連絡がありません。また、ガンジー殿からも、これといった情報ははいってきません。
 パイアールの飛空挺がリーザスに来ることもなくなりましたし・・・美樹殿の居所探知は難しい状況です」
「ふんっ、使えねーな・・・。ところで、あの馬鹿はまだ部屋から出てこないのか?」
「健太郎殿のことですか?」
「おう」
 マリスの報告がひと段落ついたところで、話題が健太郎に移る。
「まだ自室から出ていません。ウェンディによると、食事も取らずにぼーっとしているそうです」
「なによそれー。それでも恋人なのっ? ぶーぶー」
 リアがつまらなそうな声をあげた。ランスの腕にしがみついて話しかける。
「男だったらもっと、こう・・・仇討ちに燃えるとかいろいろあるじゃない、情けないわっ。
 ねぇダーリン、ダーリンだったらどうするの?」
「んー? 俺様か? 俺様だったら、そうだな・・・」
 チラリとシィルに目をやるランス。唇をニヤリと歪め、高らかに宣言する。
「俺様の女に手を出した奴は、とーぜん死刑だ!
 魔人だろうがなんだろうが、関係ない。ぐちゃぐちゃにしてゴミ箱へポイだ!」
「きゃーーーかっこいいっ! さっすがダーリン、そうこなくっちゃっ!」
「がはははは! そうだ、俺様はかっこいいのだ!」
 高笑い。
「じゃあじゃあ、リアは安心だねっ。
 リアに酷いことしたら、ダーリンにぎったんきたんにされちゃうもんね、ねっ? うふふ、ダーリン大好きっ!」
「ちょっ、くっつきすぎだぞっ。ええい、うっとおしいなっ」
「だってダーリンのお嫁さんだもーん、えへへへ〜〜」
 ランスにべったりな王女リア。ランスは、はぁぁ、と軽い溜息をつくと、腕を放そうとしないリアを横目に呟いた。
「・・・健太郎、か。本当なら俺様がぶっ殺してやるところだぞ?
 けどなぁ、美樹ちゃんが帰ってきて、アイツが死んでるってのもなぁ。
 なんで美樹ちゃんはあの馬鹿に惚れたりしたんだ?
 俺様って男がいるのによぉ――」
「??? ダーリン、なにいってるの?」
「あー、なんでもないぞ。で、マリス。今日の報告はそれだけか?」
 のびのび〜〜
 座ったまま背伸びをし、隣に目をやる。
「はい。引き続き美樹殿の探索に全力を費やします。他に指示はありますか?」
 手にした書類を閉じる音。
「うんにゃ、それっくらいだ。で、お前らもいうことはないのか?」
 視線を正面に戻し、バレスら諸将に声をかけた。ズイと進み出るバレス、
「ん? どうしたバレス。説教なら聞かないぞ」
「いいえ、左様なことではありませんぞ。
 (説教はしたいけど)対魔人戦についてなのですが、今後の展望を聞きたく思いましてな。
 現在魔路梵要塞にゼス軍が集結しており、王の到着をまっておりますが、次の魔人領侵攻はいつ頃になろうか、と・・・」
「そういや、そんな準備もしていたっけか。ふん。そうだな、魔人攻めかぁ――」
 『美樹ちゃん事件』に気をとられ、ランスはころっと忘れていた。
 カミーラの館を攻略し、ランス直々にカミーラを殺したのが第一回魔人討伐戦。
 次はメディウサをやっつけようと、ゼスに軍隊を準備させてたっけ。
「うーむ、どうしようかな。
 メディウサも不愉快だが、美樹ちゃんの居場所がわかったらすぐに助けに行きたいし・・・むむむ」
 腕を組んだランスに、横からマリスが口を挟む。
「ランス王、少しよろしいでしょうか?」
「ん? なんだよ」
「現在サテラ殿とメガラス殿は番裏の砦に駐留しています。
 健太郎殿と美樹殿が戦えないいま、ランス王がリーザスを離れると、魔人の攻撃が防ぎきれません」
「・・・ふん」
「今回の魔人討伐は美樹殿を救出した後のほうが、適当と思われますが・・・」
 普段は軍事に口を出さないマリスだが、時たま意見を言うことがある。
 その意見は、たいてい正論だ。ランスも、メディウサ討伐は後回しにしよう、という気持ちになった。
 ただし、マリスの言うことを聞いたとあっては癪である。あくまでランスの意思で、そう決めたのだ。
「ええい、そんなことぐらい分ってるぞ! まったく、俺様の思っていることを勝手に喋るな」
「失礼しました」
 軽く頭を下げるマリスに文句をいうと、かしこまっているバレスに顔を向けた。
「というわけだ。ガンジーには延期すると伝えとけ」
「ははっ。その様に伝えましょうぞ」
 一礼するとバレスは元の位置まで引っ込んだ。
 バレスの礼を契機にして、ランスも玉座から立ち上がる。一同を見渡して、
「他にもなんかあるのか? なければこれで解散―――ん? 外がうるさいな」
 会議を終わらせようとした時だった。広間の外が騒がしい。つづいて、扉の鉦をならすおとが、
 カンカン
「ちっ、これからシィルと一発するつもりだったのに」
 ランスは小声で呟くと、
「さっさと入って来い!」
 良く透る声で入室を促した。
――――――
 門番が扉を開き、一人の男が入ってくる。メットをつけた青い鎧、リーザス青の軍正式のいでたち。
 居並ぶ諸将に一礼するし、絨毯の上を王座に向かって進んでくる。そして、ランスの前で跪いた。
 ランスはむすっとしたまま、声を掛けようともしない。しかたなくバレスが声を掛けた。
「コルドバからの伝令かな? 番裏の砦でなにかあったか?」
「ははっ。申し上げます! 三日前、番裏の砦に魔人の襲撃あり、戦闘に至りました!」
 うつむいたまま、使者の男は話し始めた。その口調はどこか震えていた。
「戦闘の結果は・・・・・・」
 報告が始まるまでは興味のなさそうなランスだったが、
 報告が進むに連れて、表情からは余裕の笑みが薄れていった。
 使者の報告は、以下のようなものだった。
 使者自身は青の副軍一般兵士で、戦闘が始まってすぐに逃げ出したらしい。
 いきなり飛んできた魔法で壊滅する青の正軍、壊滅する番裏の砦。
 副軍の大部分が逃げ出したが、ローレングラードまでたどり着けたのは彼を含めて数人でしかなかった。
 生き残った彼らはラング・バウに向かい、パットン王に戦況の報告をして、
 とにかくリーザスに報告を、と急いで帰還したという。
 ランスをふくめ、リーザス諸将に驚きが走る。『リーザスの青い壁』が死んだ・・・?
 防衛拠点としては上等の部類に入る砦に拠りながら、敗れた?
 死んだという確報はないものの、使者の口ぶりからすると、コルドバの死は間違いなさそうである。
 動揺する周囲にかまわず、使者は報告を終えた。
「・・・以上が私が見聞きした全てです。
 パットン将軍が詳しい実態を調査し、おって使いを出されるとのことでしたので、
 詳しい事柄は今日中に届くと思われます!」
 一息に言い切り、使者は深く頭を下げた。待っていたかのように、ランスが声を張り上げる。
「じゃあなにか? そのわけの分からん魔法のせいで、コルドバ達がふっとんだってのか? たった一発でか?」
「はっ、はい・・・」
「けっ、そんなわけあるか! コルドバだぞ、コルドバ。
 あのデカオが一撃でやられたりするわけねぇ。たとえ相手が魔王だっ――」
 ランスが息を呑む。・・・魔王? 
「その魔法をはなったのは誰です? どのような格好をしていましたか?」
 黙り込んだランスをチラリと眺め見、エクスが使者に話しかけた。
「いえ、誰も魔法の出所は見ておりません。
 一面に砂煙が漂っていて、魔物軍の先鋒しか視界に入っていませんでした。
 魔法球は、砂煙の奥から飛んできたので・・・」
「そうですか。けれど、何か特徴があったはずです。
その魔法を放った存在を垣間見せる特徴が。何か気付いたことはありませんか?」
「そうはいいましても・・・本当に一瞬のことで、我々は算を乱して逃げ出したので・・・
 あっ、そういわれれば、一つ気になったことがあります」
 しばらく考え込んでいた使者がおもむろに顔を上げる。
「凄く大きな笑い声がしました。頭をかきむしるような、酷い声で大笑いする声を聞きました」
「笑い声、ですか・・・。声の特徴は、大きい以外に何かありましたか?」
「・・・なんといいますか、とても・・・下品な笑い声でした。『ぐはぁぐはぁ』のような、おぞましい笑い方でした」
 エクスと使者のやり取りに諸将が注目する中、ランスだけは別のことを考えていた。
 もしもこの男の言うことが正しいならば、おそらく魔人がはなった魔法だろう。
 サテラの話によると、レッドアイ、ホーネットの二人の魔力が図抜けているそうなので、
 レッドアイの魔法球と考えるのが適切に思われる。
 レッドアイ&ホーネットの衝突で『死の大地』ができたそうだし、コルドバを瞬殺するくらいは可能かもしれない。
 けれど、直感が違うと告げている。レッドアイじゃない。
 だいたい、こっちにも魔人が二人いたはずじゃないか・・・?
「おい」
 エクスと使者の会話に割ってはいる。
「は? ははっ」
 ランスに向き直る使者。
「こっちの魔人共は? サテラ達は何をしてたんだ?」
「ははぁっ。お二人の魔人のことは、把握していないのですが・・・そういえば戦いの最中にも見かけておりませんが・・・」
「だいたいなぁ、番裏の砦が落ちたんだったら、どうしてメガラスが先に帰ってこないんだ?
 アイツのスピードだったら速攻で帰ってこれるぞ」
「そ、それは、その・・・」
 モゴモゴと口ごもる使者だった。下っ端兵士なので、もともと情報には疎いのだ。
「てめぇ、でたらめ言ってんじゃないか? ああーん?
 だったらサテラとメガラスはどこへいったんだよ。リーザス城に帰ってくるはずだろうが」
「ええと、その、ううう・・・あっ、そういえばっ」
 何か思い出したようだ。
「どうした? いってみな」
「物見の兵士から聞いたのですが、砦からゆっくり魔人領に向かって飛ぶ影があったそうです。
 遠めだったのではっきりとは分らないんですが、メガラス殿に似ていたとか」
「ちっ、なんでメガラスがそんなことをするんだよっ!
 美樹ちゃんを守るのがあいつのっ――て、美樹ちゃんは攫われてたのか――ん、まてよ――?」
 バカバカしそうに使者の言葉を否定してみたものの、思い当たる節がある。
 サテラ達は魔人。魔王=美樹ちゃんを守るためにリーザスに味方してきた。
 美樹ちゃんが攫われたとしたら、リーザスに味方する必要はなくなるのか?
「ってことは、どういうことだ―――」
 ランスが真剣な顔に戻った時、またしても扉の鉦がなる。どうやら別の使者が到着したよう。
 考え込んでいるランスに代わってバレスが一言、
「通せ」
 といい、ヘルマン軍のいでたちをした男が入ってきた。
 相当に急いできたようで、鎧からなにからドロドロに汚れきっている。
 けれど、自分の汚れを気にする風もなく、王座に早足で駆けてきた。
 先客の使者の横にツイと跪き、ランスの言葉を待つ風情。
 ランスは考えにふけっていて、目の前の男に気付かない。
(美樹ちゃんがケイブリスに捕まったことを知り、二人ともリーザスを裏切ったのか?
 っていうか、そもそも美樹ちゃんは・・・捕まっただけなのか? もしかして、魔人に殺されて・・・)
 なんだか嫌な予感ばかりが増してくる。無意識に浮かんでくる最悪の事態を慌てて打ち消すランス。
 そんなランスを取り残し、ヘルマンの使者の相手をするバレスだった。
「どうした、なにがあったのじゃ、申してみい」
「は、自分はヘルマン国王・パットン様から派遣された者で、これなる文面を預かっております。ご一読願います」
 懐から一通の手紙を取り出す。本来ならばランスが真っ先に読むべきものだけれど、ランスはただいま考え中。
 かわってマリスが手紙を受けとった。冷静な顔で問いかける。
「確かに受け取りました。これは、ランス王以外が見てはいけない類ですか?」
「い、いえ、リーザス宛とだけ聞いております。とくにランス王宛とは聞いておりませんが・・・」
「では、この場で読み上げましょう」
 手にした封筒には確かにヘルマン国王の印が。蝋で封がされ、途中で開かれた形跡はない。
 ピッと封をきり、ハラリと手紙を開く。
 文面にはフリークとハンティの連署がされており、二つのメッセージがこめられていた。
 けれど、いざマリス読み上げようとした時、手紙は横からひったくられる。声も掛けずにひったくったのは、ランス。
「・・・」
 無言で文面に目をやっている。広間全員の目がランスを注目する。
「・・・」
 なんにもしゃべらないランス、眼だけが忙しく往復している。そのまま数分が過ぎただろうか、
「ちっ、いわれなくてもそうするぜっ」
 小さく呟くと、ランスは王座からダダーンと立ち上がった。手紙を床に叩きつける。
「俺様は明日ヘルマンに出発する! レッドアイだかなんだか知らんが、俺様直々に叩き潰してやる」
 省みて諸将に宣言する。
「いいか、出発は明日だ。お前達全員、自分の軍隊をまとめとけ! 詳しいことは、明日の朝発表する。いいなっ!」
 無茶苦茶なことをいってから踵を返し、裏手のドアに向かうランス。
「あんダーリン、どこいくのよっ」
 トトト、とついていこうとするリアに、
「ついてくんな!」
 鋭く、取り付くしまなくいうと、ランスはどこかへ去っていった。呆然とする諸将。
「う、うえっ、うえええん! ダーリンが怒ったぁぁぁ、マリスぅぅぅー」
 泣き出してマリスにしがみつくリア。玉座の下にはクシャクシャに丸められた手紙だけが。
「・・・」
 手紙に最初に手を伸ばしたのはエクスだった。すばやく手紙に目を通す。
 その文面は、極めて薄暗いオーラに満ちていた。読み進めるにつれ、エクスの背中は寒くなっていった。


――――――
『一体の魔人が魔物二万程度を引きつれ、ヘルマンに侵攻している。
 ローレングラードが陥落するのは時間の問題。見たことのない魔人で、強い。
 目的はリーザスに侵攻することと思われる。大至急、救援を要請する。
 敵は魔人と思われるため、その点の配慮をよろしくお願いする。
 合流地点はラング・バウを予定しているが、変更の要望あれば言って欲しい。
 ヘルマン国参謀、フリーク・パラフィン』
――――――
『番裏の砦は壊滅。青の正軍は全滅、生存者ゼロ。副軍は、生存者数名。
 なお、新手の魔人だが、ただの魔人ではない。魔人のレベルを超えている。
 ヘルマン国参謀、ハンティ・カラー』





 ・・・あとがき・・・
 SS 魔王ケイブリス 二話です。
 ランス視点で話を進めますので、ケイブリスの存在がぼやけてます。
 『魔王』になってるんですが、ランス達にはバレてない・・・という設定です。
 ランスやカオスはうすうす感づいているんですけど。






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