魔王ケイブリス 第一章 『魔王大地に立つ』






  四話 リーザス軍、出る




 うおおおおぉぉぉぉ〜〜
 巻き起こる歓声、響き渡る轟き。リーザス城バルコニーの下に集まった、リーザス軍団の声だ。
 王女、リア・パラパラ・リーザスを伴って現れたリーザス王ランス。
 バルコニーの先に歩み寄ると、大きく手を空に突き出す。
 うおおおおぉぉぉぉ〜〜
 ランスの横ではリアが下に向かって手を振っている。
 その横で気持ちよく手を上げたランスだが、懐に手を入れて『アレ?』と思う。
「ん? お? マリスが作った国民受けバッチリの原稿が――ない」
 ついさっき『なくさないで下さいね』と手渡されたばかりなのに、ものの数分でなくしてしまうランスだった。
 歓声が次第に小さくなり、ランスの言葉が始まるのを、今か今かと待つ軍勢。
 リアも手を止めて、ランスの横顔をじっと見ている。
「ん――、まぁいい。俺様の美声でかっこよく決めればオッケーだろ? ・・・諸君!」
 場が静まったのを見計らい、ランスは高々と声をあげた。
「俺様が偉大なるリーザス王、ランス様だ!
 これからお前らと共に、魔人をぶっ殺しに行く!
 俺様と一緒に戦えることを光栄に思え!」
 おお〜〜
 不遜極まりない演説だが、すでに慣れてしまったリーザス軍からは、素直な歓声が返ってくる。
「敵は魔物だ、所詮はバカだ! 魔人さえ殺せばどうにでもなる!」
 おお〜〜
「お前らは魔物を食い止めろ、それだけでいい。魔人の奴は、俺様がぎたんぎたんにしてやる!」
 おお〜〜
「いいか、今度の戦いは魔物と人間の総力戦だ!
 しかぁし、俺様は絶対に勝つ! 俺様を信じてついて来い、がはははは!」
 うおおおぉぉぉ〜〜
 湧き上がる歓声、期せずして起こる『ランス・コール』
「ら・ん・す! ら・ん・す! ら・ん・す!」
「ラ・ン・ス! ラ・ン・ス! ラ・ン・ス!」
「がははははは!」
 大きく胸を張り、黒のマントを翻し、ランスは城の中に帰ってゆく。
 後を追うようにリアもバルコニーから見えなくなる。二人の姿が消えた後も、『ランス・コール』は続いていた。
 けれど、いつまでも浮かれて入られない。
 ヘルマン攻めに参加する部隊は、それぞれ独自にリーザス城中庭を後にした。
 リーザス郊外で再度陣形を組みなおし、ヘルマンに出発する手筈になっている。
 軍の数が余りに多いため、リーザス城内では軍の編成ができなくなったせいだ。
 緑の軍、赤の軍、魔法部隊、とつぎつぎに城門をくぐってゆく。
 そして、ランスが姿を消した十五分後には、中庭の軍勢のあらかたがリーザスを後にした。


「ふぅ、相変わらずバカな演説しちゃって・・・ねぇ、マリア」
「え? あ、そうか、な?」
「そうかなって、あんた・・・ あんな猿なみの演説、真面目に聞いてんじゃないわよ!」
「でも、いつもよりしっかりしてたよ。ランスの、なんだろう、意気込み、かな? とにかく伝わってきたもん」
 演説が終わり、軍勢が去り、静けさが際立つ中庭で、『リーザス待機組』の面々が話をしている。
 志津香、マリア、ミリの三人だ。
「意気込みねぇ? あたしにはいつも通り、なーんにも考えてない風にしか聞こえなかったけど」
 肩をすくめたのは魔想志津香。リーザス最強の魔法使い。ミリが志津香に調子を合わせる。
「俺も志津香に賛成だな。いつもどーりのランスだよ」
 ポンポン、とマリアの肩を叩く。
「ちょっとは心配したんだぜ?
 なんでもすげぇ魔人が現れたっていうじゃないか。
 ひょっとしたら、ランスがビビってるかも・・・なーんて思ったんだけど」
 首を振ってミリは続けた。
「あの調子じゃ心配いらないね。大丈夫だぜ」
「うん・・・」
 笑顔で返事をしたものの、どこか浮かない顔のマリアだった。
 最近、魔人との戦いに転機が訪れていることは、マリア達もしっている。
 リトルプリンセス・美樹がさらわれ、強力な魔人がヘルマンに出現し、
 青の将・コルドバや魔人サテラ・メガラスは行方不明。そして、この大規模な出兵。
 マリア達はバレスやエクスのように、常に広間に詰めているわけではない。
 マリアはたいてい『チューリップ研究所』で兵器開発に専念している。
 志津香は『魔法研究所』にこもりっぱなしで、もっぱら魔力強化に余念がない。
 ミリはといえば、『部下との親睦を深める』ため、ヤりたい放題の日常だ。
 ともかくここ数日の事情には疎くて、現在リーザスが置かれている状況を、それほど深刻と思っていなかった。
 そもそも今朝になるまで、どうして大軍をヘルマンに送るのかもよくわかっていなかったのだ。

 昨日夜、マリア達に伝令が届き、各自部隊を出撃できる状況にしろ、とのこと。
 なんでも明日、ヘルマンとゼスに大規模な軍隊を出すらしい。
 何がなんだかわからないまま、部下にその旨を伝え、今朝が来たというわけだ。
 で、さっそく『自分達の配置は?』と尋ねると、『リーザス待機』に決まった、と。
 あっけにとられているうちにランスの演説が始まり、リーザス諸軍が出て行ったわけだ。
 一応エクスから現在の状況を聞きかじってはいるものの、『リーザスに大きな脅威が迫っている』という実感はなかった。
 ただ、『魔物の大軍が攻めてきて、ちょっとピンチ』くらいに受け止めていた。

「だけど、どうして私達を連れて行かないんだろ? せっかくチューリップ二号改が完成したのになぁ」
 すこし残念そうにマリアがいった。志津香があきれたように、
「なぁにマリア、またなんか作ったの?」
「うん。今度のチューリップ二号改は凄いんだから!
 射程がいままでの二倍になったの! まぁ、照準はまだまだ甘いけどね・・・」
「ふ〜〜ん、マリア最近調子がいいわね?」
「そ、そうかな? ありがと志津香」
 他愛のない会話を交わす。
「でもまだ試作段階だからね。
 ちょうど実戦データがとれると思ったんだけど・・・魔物相手のデータって、まだ全然少なくて」
「まーあせることないさ。魔物との戦争はまだまだ続きそうだし、俺達の出番には事欠かないよ。
 今回はランスに任せて、俺達は次回に活躍しようぜ?」
 ミリの言葉に、
「そうね。まだまだ先は長いものねっ。よし、それじゃ試作機のテストでもしてこようかな!」
「あたしも、魔力強化してこよう」
 マリアと志津香が応える。
 そして軽く挨拶すると、マリアはチューリプ研究所に、志津香は魔法研究所へと向かって言った。
 一人残されたミリも、
「じゃ、俺はモモとでも遊ぶかな・・・」
 といって自分の部隊に足を向けた。


 彼女達にも危機感はあった。エクスの話では、今度の魔人は相当手ごわい印象だ。
 けれど、彼女達はランスに絶対的な信頼があった。力もあるし、悪知恵も働く。
 カスタムで知り合ってからこのかた、最後に笑うのはいつだってランスだった。
 なんだかんだで数多のピンチを乗り越えてきたし、いつでも前向きに笑っている。
 それゆえ、ランスの行動は、理非もなく成功する、と思っていたところがあったのだろう。
 けれど、それはリーザス全体の風潮でもあった。
 『たしかに今度の敵は強敵だ。苦しい戦いになるだろう。けれど、我々にはランス王がいる!
 数々の偉業を成し遂げた偉大なる王・ランス王。ランス王ならば、必ず勝利を掴み取るだろう』
 これが、リーザス城内に漂う雰囲気だったのだ。むしろ、戦いを悲観する人間の方が少なかった。
 戦いの前途を深刻に心配していたのは、マリス、エクス、シィルくらいだろう。
 他の人間もそれなりに心配してはいたが、結局なんとかなるとは思っていた。




 リーザス城の一部屋。窓に寄り添うようにして、城下を進む軍を見ている影があった。
 ピンク色のもこもこヘア、ランスの奴隷、シィル・プライン。
 

 今朝目覚めた時、ランスはもうベッドから出ていた。緑色の鎧を着込み、魔剣カオスを携えて。
 慌てて起き上がるシィル。時計は朝の六時前、ランスが起きるにしては早過ぎる時刻だ。
 ランスが起きるのは・・・早くて九時、遅いといつまででも寝ている。
 それはさておき、飛び起きたシィルを待っていたのは
 『遅いぞ、それでも俺様の奴隷か!』『バカ野郎、主人より遅く起きてどうする!』といった叱責ではなかった。
「よう、起きたのか。 ・・・おい、マントを着せろ」
「あっ、はいっ!」
 下着姿のままソソと近づき、マントの留め金を後ろから止める。
 シィルの服は昨日ビリビリにされたため、服はないのだ。右手でマントを翻したランスは、
「うむ、よろしい」
 鏡に向かってポーズをつける。そして、シィルに背中を見せたまま、
「シィル。お前はリーザスに残ってろ」
 と言ったのだ。
「えっ・・・!」
 シィルにとって、余りにも意外な一言だった。
 いままで、どんな冒険でも、大事な場面にはかならずシィルを連れて行ったランスが、
 シィルに、『来るな』といったのだ。
「ど、どうしてですか・・・? そんな・・・」
「・・・」
「ランス様、お願いします! 邪魔にはなりませんから、連れて行って・・・」
「ええい、うるさいっ! 奴隷のクセに俺様に口をだすな!」
 有無をいわさぬランスの声。
「ラ、ランス様・・・」
 涙が溢れてくる。これからランスがぶつかる壁に、自分も一緒にぶつかりたい。
 そう思っていたのに、ランスは自分を置いていこうとしているのだ。
「ランス様・・・どうしても、ダメですか・・・?」
 断られると分っていても、もう一度尋ねてしまうシィル。そんなシィルに返ってきた返事は、
「お前がいたら気が散るんだよ・・・
 いっつも心配ばっかりかけやがってよ・・・ いいから、黙って留守番してろ・・・」
 先程とは違って、落ち着いた声だった。ランスらしくはないけれど、それでも言いたいことは伝わってくる。
 もう、シィルはこう答えるしかなかった。
「・・・はい、ランス様・・・」
 涙を飲み込んで、ニッコリ笑う。
 これ以上『連れて行ってくれ』ということは、ランスを困らせることになる。
 自分はついていきたいけれど、仕方がない。
「ランス様、いってらっしゃいませ!」
 せめて笑って見送りたい。そう思ったとき、出てきた言葉がこれだった。
「お体にお気をつけて・・・ください。お帰りをお待ちしてます!」
「・・・おう。いってくるぜ」
 チラリ、少しだけシィルを振り返る。ランスの手がシィルの頭に伸びてくる。
 グシグシグシッ
「・・・そんな顔すんな。心配しなくても、ちゃっちゃと片付けて戻ってくるぞ」
 強く、とても強くシィルの頭を撫でながら、ランスの穏やかな声がした。
 そしてシィルの頭から手が離れ、シィルが涙で濡れた顔を上げたとき、
 バタン
 扉の閉まる音がした。
 

 窓から見える軍隊は、次第に小さくなっている。一番最初に城門をでた緑の軍は、もう見えなくなった。
 ランスはおそらく緑の軍先頭を進んでいることだろう。シィルの視界には、もういない。
 地平線の向こうを見つめながら、首から提げたピンクの袋を取り出す。
 中に入っているのは、ランスがシィルに『預けた』キルキル貝。そっと袋を握り締め、
「ランス様・・・信じてます」
 ポツリと一人、呟いた・・・




 ランスがリーザスを出発し、しずかになったリーザス城。
 日の暮れた王座の間には、『居残り組』の諸将が集められていた。
 集まった面々は、侍女マリスを筆頭に、白の将・エクス、ハウレーン。カスタム組のマリア、志津香、ラン、ミリ。
 夜も遅いため、ミルは自室で眠り込んでいる。
「そんなの聞いてないわよっ! いまさらそんなこと言われてもっ!」
 声を張り上げたのは志津香。王座の横に侍るマリスにくってかかる。
「ランスが戻ってこなかった時は、私達が魔人と戦うなんて・・・できっこないわっ」
 猛然と食って掛かる志津香を、ハウレーンが制した。
「・・・けれど、われわれはリーザスを守るものとして、あらゆる事態を想定しなければなりません。
 今回の戦いは・・・勝ち目は五分です。ランス王が敗れた場合も視野に入れなければ・・・」
 志津香の矛先が、マリスからハウレーンへと向けられた。
「あんたねぇ、わかってる? 私達には魔人は殺せないわ。
 私の魔法も、マリアのチューリップも、てんで効かないのよ? どうやって戦えってのよ!」
「それは・・・そうなのですが・・・」
 志津香の剣幕に気圧され、一歩引き下がったハウレーン。と、志津香の後ろからミリが。
「志津香の言うとおりだよ。俺達じゃ魔人は倒せない。それに・・・初めて聞いたぜ?
 魔人二人が行方不明で、健太郎がふ抜けてるってのを、さ。じゃあなにかい?
 いま俺達のなかで魔人と渡り合えるのは、ランスだけなのかい?」
「そういうことになりますね」
 一段高い場所からマリスが答えた。ふん、と鼻先で笑うミリ。
「じゃあ、いま魔人がリーザス城にきたらどうするんだよ」
「ですから、その様な事態にどう対処するか。それを話し合うために集まってもらいました」
「そんなの・・・どうしようもないじゃないのっ」
 志津香が吐き出した言葉が、マリアやミリ、ランの気持ちを代表していた。
 そもそも、『ランスがいない』という仮定からして、容易に受け入れられない。
 そんな志津香をまぁまぁとなだめ、
「あんたはどうするつもりなんだい? まずはそっちの意見が聞きたいね」
 マリスに水を向けるミリ。あからさまに冷ややかな口調。マリスも、ミリに負けない冷やかさで応対した。
「では、私の考えをいいましょう。ランス王が生きている場合、防衛戦には意味があります」
「ちょ、ちょっと待ってよっ。な、なによ『ランスが生きてたら』って!
 まるで、ランスが死んじゃうみたいな言い方じゃないっ」
 それまで黙っていたマリアだったが、マリスの一言がよほどカチンと来たのだろう、志津香に負けない大きな声。
 けれど、全く意に介せず、マリスは話し続ける。
「・・・質問は後にして下さい。ランス王が帰還されるまでリーザス城を防衛し、兵力を温存します。
 そして、帰還したランス王と連携しつつ魔人を討つ。極めて粗雑な案ですが、一つの方針として有効でしょう」
 マリアの視線をさらりと流す。
「次に、ランス王が怪我、または怪我に類する事情で戦えなくなったときですが・・・」
 マリスとマリアの視線がぶつかる。マリアだって、『仮定』の話ならば『ランスの死』を話せる。
 ただし、『限りなくゼロにちかい、IFの仮定』ならば、だ。
 ところがマリスの口ぶりだと、十分にありうる話として『ランスの死』を語っている雰囲気。容認できない。
「私達には魔人と戦うすべがなくなります。もっとも、健太郎殿が健在ならば、健太郎殿を中心に戦うことになるでしょう」
 シィルはなにもいわず、黙ってマリス達のやり取りをみていた。
「最悪な状況は、ランス王と健太郎殿が共に戦えなくなる場合です。
 この場合はリーザス王家維持を優先とし、ランス王の妻たるリア様を安全な場所まで逃がすため・・・」
「マリスさん、少し待ってください」
 広間に漂う険悪な空気を払うかのように、エクスが明るい声をあげた。
「確かにあらゆる状況を想定することは大事です。
 けれど、敵勢力の正体も分らず、ヘルマン戦の見通しも立たない現状で立てる作戦に、重要性は乏しいでしょう」
「・・・将軍?」
 ハウレーンが意外そうな目を向けた。白の将軍の言葉とも思えない。
 常日頃、『軍人たるもの、あらゆる状況を事前に想定するべき』と言われ続けてきただけに、
 ハウレーンは自分の耳を疑った。
「すべてはランス王からの連絡を待ってから、です。
 いま大事なのは、これから起こる事態に、各人が覚悟を固めることではないですか?
 リーザスの今後をここで話し会おうというのは、少し無理があるでしょうね」
 エクスらしからぬ、具体性の全くない発言だ。
「しかし、エクス将軍・・・」
 何か言いかけるマリス。けれどもエクスは、
「ランス王、バレス将軍、リック将軍のいない今、リーザス軍の最高責任者は自分です。
 当面は僕の指揮権が優先されるはず。この指揮権を行使します」
 いいきって、マリア達の方に向き直り、
「では、今後の方針をいいます。『ヘルマンでの戦闘報告ないし、ランス王からの指示を待つ』。
 おそらく三日以内に何らかの連絡が届くでしょう。その時改めて協議を開きたいと思います。
 随時連絡をしますから、各自待機しておいてください」
 と、話を締めくくった。エクスの話が終わると同時に、志津香が広間から出て行こうとする。
「ふん・・・マリア、いくよっ!」
「あ、うん」
 エクスに会釈し、マリアも志津香の後に続いた。
「・・・こういう話は、もっと前にして欲しかったよ。ランスから連絡があったら呼んでくれ」
 ミリも広間を後にした。結局最初から最後まで喋らなかったランも、ミリの後ろについてゆく。
 残ったのは、エクス、ハウレーン、マリス、シィルの四人。
 カスタムの四人が出て行った後、エクスは軽く溜息をついた。あくまで明るい調子を保ちつつ、
「マリスさん、もう少し言い様があるでしょう?
 まるでランス王の敗北を信じている口ぶりでした。あのような言い様は内部に亀裂を作りますよ?」
「そうですか? ただ可能性として口にしただけですが。エクス将軍らしくない言葉ですね」
「・・・そうかもしれません。
 ただ、お分かりと思いますが、ランス王がいなくなれば、リーザスひいては人類に闇が訪れます。
 そんな仮定は・・・ある程度の覚悟なしには語れません。
 カスタムのみなさんに、その覚悟を求めるのは無理ですよ。もう少し時間を置いてから、でなければ」
「・・・しかたありませんね。それではエクス将軍、時期が来たと思ったら、もう一度彼女達を集めてください。
 そのときに今後の方針を話し合いましょう。お願いします」
「ええ、わかりました。なるべく早急に――話し合いましょう」
「では、私はリア様に報告を」
「はい」
 マリスも広間を去った。残ったのは三人。
「あの――私も部屋に戻ります。お疲れ様でした」
「ああ、ありがとうございます。シィルさんこそ――疲れたでしょう?」
 エクスの想像に反し、シィルはニッコリ笑っていった。
「いえ、私はランス様を信じていますから―― では、おやすみなさい」
「え? あ、はい。では、またいずれ――」
 戸惑うエクスとハウレーンに会釈し、シィルも出て行く。これで広間に残ったのは二人。
 白の将・エクスと副将・ハウレーン。シィルの姿が見えなくなったとき、ハウレーンは待ちかねたように口を開いた。
「将軍、いったい・・・将軍はどのようなお考えなのですか?
 先程からの言動、私には理解しかねます。マリス殿といい、将軍といい・・・なにか酷く怯えているようで・・・
 いったいどのような事態を予想しているのです?」
「その前に、貴方の予想を聞かせてくれますか?」
 尋ね返すエクス。
「私、ですか? 私は――」
 ハウレーンは口をつぐんだ。いわれてみると、自分の予想はどんなものなのだろう?
「おそらく、ランス王が何とかしてくれる。そう思ってはいませんか?」
 答える気配のないハウレーンを見かねて、エクスが突っ込む。
「それは・・・そう思っているかもしれません」
 図星だった。
「でしょう? けれど、僕にはそう楽観できないんです。
 おそらくマリス殿も、そしてシィルさんも。どんな事態が起こるのかは予想していませんよ。
 ・・・予想なんてできません」
「将軍・・・」
 さっきまで明るい風を装っていたエクスだったが、いまは沈んだ顔つきに戻っていた。
「ハウレーン、これ以上話すことはありません。今日はもう遅い、そろそろ明日に備えましょう?」
 疲れた声。
「は、はい。では、また明日」
「ええ。では、途中まで一緒に行きましょうか」
「はいっ」
 
 こうして『リーザス城待機組』の悩ましくも実のない協議は終わった。
 『待機組』の面々は、それぞれの思いを胸に眠りについた。
 マリア達は『何ともいえない不快感』を、マリスとエクスは『何ともいえない不安』を胸に。




「ひえっくしっっ! むぅぅ、寒いな」
 すでにリーザス軍はヘルマンに入国し、ログBを過ぎた辺りで野営していた。
 ヘルマンはリーザスと違い、寒い。うし車のなか、しきりにくしゃみが出る。
「うぃぃ〜、へくしっ! くっそぉ、誰だ俺様の噂をしている奴は・・・」
 ゴシゴシと鼻を擦る。と、ランスの腰から呟く声が。
《どうした? 風邪でも引いたか》
 インテリジェンス・ソード=魔剣カオス。
「カオスか? ふん、俺様が風邪なんか引くものか。風邪ってのはバカが罹るもんだ」
 ふんぞり返る。ランスは天才だから、風邪とは無縁なのだ。
《おぬしにピッタリの病気じゃないか》
「ん〜、なんかいったか?」
《・・・いや、おぬしと風邪は縁がなさそうだ。それより、今の心境を聞かせてくれんか?》
 外に放り出されそうになり、カオスは慌てて訂正した。
「いまの心境ぅ? そんなもん聞いてどうするんだよ」
《なに、別にどうということはない。ただ、これから魔王と戦う人間の気持ちが知りたいだけだ》
 カオスは物騒なセリフを吐く。どうやらカオスも、魔王のオーラを感じているのだろう。
「・・・やっぱ魔王が相手なのか?」
 つまらなそうに、ランスは言った。
《ああ、多分な。もしかしたら魔人かもしれないが・・・相当に強いぞ》
「そんなことも分かるのか?」
 魔人を斬るだけでなく、魔人の強さまで解るとは意外だ。
《まぁ小さな力量差は解らんが、こうも力に差があると、な。いやでも伝わってくる》
「ふ〜ん」
《なんだ、えらくあっさりしてるな。ランス、おぬし怖くはないのか?》
 ランスは、パッと見た感じでは、普段と余り変わらない。
 強いていえば、いつもよりも静かなくらいで、顔つきも、目つきもいつも通りだ。
「怖いだと? 笑わせんじゃねぇよ」
 ランスは外の景色を眺めている。そんなランスに見入りながら、カオスは誰に聞かせるでもなく喋り始めた。
《わしが魔人に喧嘩を売る決心がついたのは・・・そうか、もう千年以上昔だ》
 カオスは剣だから、表情は持たない。もしもカオスが人ならば、遠い目つきをしていただろう。
《ジーナが・・・ジーナが魔人に殺された。わしの目の前で、な。わしは・・・アイツの笑った顔が好きだった》
 夜になり、外はますます冷えてきた。まだ六月だというのに。
《くくく・・・そうだ、わしは魔人を憎んだ。ひたすら憎んだね。けれど、魔人に喧嘩を売った・・・とはいえないかな?》
 カオスがジーナの影を求めていた時、出会った女性。カフェ・アートフル。
 かつての恋人の面影を残すカフェと一緒にいたいがために、魔人退治のパーティーを組んだ。
 魔人を殺したいと思う気持ちは本物だった。
 けれど、カフェという存在があったからこそ魔人と戦う決心がついたのだろう。
《わしは、いや昔のわしは魔人が怖かったよ。なにしろ人間じゃ手も足も出ない。絶対に勝てないような化け物だ。
 アイツがいなかったら、多分魔人を殺そうなんて思わなかっただろうな》
「・・・さっきから何いってやがる? 剣の昔話なんざ面白くも何ともないね」
 ランスを無視するかのように、カオスの独り言は続いた。
《それほど、魔人ってのが怖かったぞ。まして、魔王と戦うなんてぇのは、真剣に考えても見なかった》
「なんだ、何が言いたいんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え」
 堪りかね、ランスはカオスに催促した。
《いや、ただ聞きたいだけだ。どうして魔王と戦う気になれる? 相手は魔王だぞ? 何故逃げ出したりしないんだ》
「・・・逃げ出して欲しいのか? なんだカオス、ひょっとして、てめぇ自身がビビッてんじゃないか?」
 ニヤリ、不敵な笑みを浮かべると、ランスはカオスの柄を叩きながら言った。
《ふん、馬鹿なことを言うな。わしは魔剣カオス。斬る相手が強ければ強いほど、楽しみも大きいというもの。
 ・・・もう昔のカオスではない》
 カオスの瞳の冷たさが、この言葉を裏づけている。
 魔剣カオスは、魔人を斬ることと、心のチンチンに情熱を傾けるインテリジェンス・ソードだ。
 強い相手に喜びこそすれ、怖気づくことなどない。
「けっ、かっこつけやがって・・・ そうだな、俺様が戦う理由は・・・」
《いったいなんだ?》
 スウゥッと息を吸い込むランス。すっくとたって、手を腰に当てる。次の瞬間、
「俺様が無敵だからだ! どんな奴だろうと、俺様が勝ぁつ! がはははは!」
 深夜のヘルマンに響く笑い声。
 近くの兵士を安眠から醒ましつつ、ランスの笑い声は高らかに広がった。そんなランスの腰で、
《ううむ、この男は・・・馬鹿なのか、豪傑なのか・・・わからんな》
 カオスは改めて品定めするのだった。けれど、一つだけ確かなことがある。
 ランスがただの馬鹿だろうが豪傑だろうが、カオスはランスを気に入っていた。





 ・・・あとがき・・・
 SS 魔王ケイブリス 3話4話です。
 マリスやエクス、シィルにランス、カオスと日光。
 彼らの中では、敵が『魔王もしくは魔王並みに強い』という先入観ができてしまっています。
 ちょっと無理があるかな・・・と思うんですが、まぁ、許せるかな・・・? うん、大丈夫だきっと。
 読んで頂き、ほんとありがとうございます。次回もよろしくお願いしまッス(冬彦)










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