魔王ケイブリス 第一章 『魔王大地に立つ』






  九話 激突! リーザス軍対魔王軍《中篇》




「バイ・ラ・ウェイ!」
 リックが三度目の必殺技を放ち、
「ギャオオン!」
 四体のグリーンハニー他、合わせて十五体のモンスターが切断された。
 戦闘開始から凡そ十分経ち、最初から全力で戦った分、疲れがドッと襲い掛かる。
「・・・」
 いつもなら、いまの一撃で二十体はラクに殺せたはず。
 けれど、手ごたえは十五。腕に疲労が来ているのだろうか?
 少し飛ばしすぎたかもしれない。もう少し落ち着いて剣を振ればよかった―――
「・・・?」
 何か、前方が急に明るくなったような?
 白い光が煌いたような?
 雨のせいでよく解らない。なんだあの光は?
「・・・!」
 違う、ただの光じゃないっ!
 風が違う、熱が違う、空気が違う! 
「赤の軍、全員東へ走れっ! 全速だっ」
 とっさにリックは叫んだ。叫びつつ、自分も東へ走る。
「さっさとしろ! 魔法が来るぞっ」
 シュシュシュッ
 立ちふさがる『るろんた』を切り裂く。返す剣線で『ぬぽぽ』をあの世へ送る。
 モンスターを次々断ち切りつつ、リックは東へ走った。横顔を白光が照らす。
 間違いない、あれは魔法の光だ。
 リーザスの魔法将軍、志津香の得意魔法、白色破壊光線と良く似た光。
 リックに続くようにして、赤の正軍も東へ走り出した。


 そんな中、魔法球は飛んできたのだ。
 数百匹の魔物を飲み込みながら、さっきまでリックがいた地点めがけて飛んでくる。
 もはやその場所にリックはいない。けれど、リックじゃない将軍はいる。赤の副将、メナド・シセイ。
 リック隊が急に東へ駆け出したため、このままでは両軍の連携に支障をきたすと判断した。
 そして連携を保つべく、みずからも東へ歩を進めたのだ。そこに、魔法球はとんできた。
 ゴオオオォォォォォ
「え? あれは・・・何の音だろう」
 飛び掛ってきたブルーハニーのトライデントを受け止めた時、メナドも違和感に気付いた。
 何かがこっちへ向かってくる?
 ハニーの力を受け流し、側面から一刀両断っ。メナドは違和感に顔を向けた。
 あれ、どうして明るいんだろう?
 いや、ただ明るいんじゃなくて、熱い?
 ・・・ま、まさか・・・
 メナドは思い出していた。リーザス城で青の軍兵士が報告した言葉を。
 白い光を放つ巨大魔法球のことを。
 ひょ、ひょっとして、これが・・・? 
 立ちすくむメナドの腕が、ガシッと掴まれる。
「ひゃっ・・・レ、レリューコフ将軍?」
 掴んだ主は、レリューコフだった。
「・・・走るんじゃ!」
 短く、けれど力を込めて叫び、レリューコフはメナドを引いて走り始めていた。
「皆の衆、魔法が来る! 全速で東へ走れぇい!」
 光はドンドン大きくなり、その場にいる兵士は、皆が光に気付いていた。そこにレリューコフの一言、
「う、うわぁぁっ」
「逃げろぉっ」
「東だっ! 東に走れぇ」
 メナド隊、レリューコフ隊も続いて駆け出した。
 ゴオオオォォォォォッ
「っ、来る!」
「ぐうぅ、はぁ、はぁ・・・むぅぅ」
 走るメナドとレリューコフ。共に東へ奔る。光が奏でる音は、相当に近づいている。
 一刻も早くここから離れなければ・・・っ
 しかし、二人のスピードは同じではなかった。
 レリューコフは老齢、唯でさえ重い鎧を身につけているのに、戦闘で疲弊してもいる。
「将軍、急いでくださいっ。は、早く逃げないとッ」
「い、いかん、前を見んかっ!」
「エッ、うわぁっ」
 自分の真後ろから来るレリューコフの足音が次第に小さくなり、気遣って振り向いた時だった。
 十メートル程後ろを走っている老齢の将軍。『早くッ』と喚いたメナド。
 そして、メナドの真横から飛び出した『ダークチッピ』! 
「ぐぬぅっ」
 メナドは『ダークチッピ』を見たことが無かった。
 速いっ。
 不意を疲れたせいもあり、目が動きを捉えきれない。
 な、なにコイツ? え、ええっ?
 シュタタタ
 左右に飛び跳ねつつ、フッとメナドの足元へ飛び込む。
「シャァァァ!」
『ダークチッピ』はメナドの喉元へ飛びかかる。不意をついた上に、完全にメナドの死角に飛び込んでいた。
「何をしておる、さっさと避けんかぁ!」
 ドンッ
 吹き飛ぶ。レリューコフに突き飛ばされたのだ。
 ・・・間一髪だった。『ダークチッピ』はそのまま高くジャンプして、離れて着地する。
「あっ、ありが・・・」
「はぁはぁ、礼を言う前に後ろを見んかっ! ふっ、はぁ」
 荒い息遣いの下で立ち上がるレリューコフ。
「エッ・・・ ああっ!」
 メナド達二人の先に、モンスターの一団が。
 ひょっとして、囲まれてしまったのだろうか?
 尻餅をついた体勢から飛び起き、レリューコフの傍に近づこうとする。
 敵に囲まれた時の鉄則、それは味方同志背中を合わせて戦うこと・・・
「はぁはぁ、違うぞ、そうではない!
 ・・・ここはわしが食い止めるから、ぜぇぜぇ、早く逃げろ・・・まだ囲まれておらんぞ」
「しょ、将軍?」
「わしは・・・もう足が動かんわい。
 これ以上走る等と億劫じゃ・・・ふぅふぅ・・・何をしておる、わしがいつまでも食い止めておくと思うな・・・」
「・・・」
「いけっ! お主の死に場所は此処ではないわ!」
 メナドとて、レリューコフの言いたいことはよく解る。
 このままでは二人とも死ぬ・・・ けれど、一人逃げ出してよいのだろうか?
 そんな迷いをレリューコフが吹き飛ばした。そして、小さく敬礼して駆け出す。
 肩で息をしながら、レリューコフはメナドの背中を見送った。
 正面には先程の『ダークチッピ』、左から『ドラゴニアン』らの集団が。右からもモンスターの気配。
 けれど、レリューコフは、それらのモンスターは眼中にない。
 ただ、迫り来る魔法球に意識を取られていた。
 ・・・迫り来る死。
 けれど、レリューコフはある種の満足感に満たされてもいた。
「戦争で若者・・・まして女が死ぬなどと、あってはならんことよ・・・
 老骨朽ちても若葉は育つ・・・のうアミラン? 父はもはやお前を守れんが・・・許してくれような?」
 飛び掛ってきた『ダークチッピ』を叩き落す。
 『ドラゴニアン』の剣を受け止める。
 けれど多勢に無勢、次々と身体に傷がついていく。
 浅い傷も、深い傷も。
 それでもレリューコフは止まらない。
「むおお!」
 ザシュッ
「ぬああ!」
 ドシュッ
 襲い掛かるモンスターの群れを前に、全く怯まず剣を振る。
 そうする内に辺りがパアアッと明るくなり、モンスターの背中からその姿を現す。
 ゴゴゴゴゴオオオオオオ
 次々消えてゆくモンスター達。そして、レリューコフも光の中へ消えていった。





 ブワァァァ
「・・・っ」
 リックは顔を押さえた。爆風が巻き起こした砂塵が目に入る。
 爆発は数分前にリックがいた場所に発生した。光の量が急増したかと思うと、風と圧力と砂塵が襲う。
 凄まじい爆発音で聴覚が麻痺し、光で視覚も麻痺だ。
「・・・」
 あれが例の魔法球か!
 コルドバ将軍に放たれた魔法か!
 ありえない大きさ、ありえない威力。リックの背中に悪寒が走った。
 ・・・キングはあんな魔法を撃つ化け物と、一騎打ちしようとしている? 
「っ・・・」
 光が収まり、辺りの情景が浮かび上がる。そこには・・・三々五々に呆然と佇むリーザス兵。時折装甲兵も混じる。
 皆が呆気に採られ、互いの連携を忘れ去っていた。それは軍隊の形をなくした、唯の人間の群れ。
「・・・」
 リックは、もう一度軍の体裁を整えなければ、と思った。
 右手を高く掲げ、大声で『赤の軍集まれ、軍を再編成する!』と言おうとした。
 けれど、遅かった。
 リックが軍容を立て直そうとしたときには、魔物が目前に迫っていた。
「ギャオオ」
「ムオ―――ン!」
 トキの声が戦場に響く。
『赤の軍集まれ!』といったリックの声は魔物の叫びに掻き消され、リックの位置を認識できたのは百名に足らなかった。
「・・・」
 駄目だ、敵の速度が速すぎる。もはや自軍を完全に掌握することは出来そうに無い。
 魔法球に気を取られ、敵の動きを見ていなかった――
「・・・」
 もはや仕方が無い。今集まった人数で固まり戦うしかない。
 他の兵士達も、各自で小隊を作って敵に当たることだろう。
 そんな戦い方に、指揮も連携もありはしないが・・・それでも他に選択肢はない。
 とにかく、リックとしては戦いながら戦場を移動し、孤立した小隊をその都度吸収するしかない。
 最終的には比較的傷の少ないだろう左翼に合流し、共に戦線を再構築できればベストだ。
「・・・」
 スッ
 リックは右手を上げ、大きく西に振り下ろした。『西へ進むぞ』という合図だ。
 前面からはモンスターが押し寄せてきており、このままでは、リック達は包囲殲滅されてしまう。
 少しでも味方を多く吸収し、左翼へたどり着かなくては――
 
 たった一発の魔法球で、正面白兵隊の指揮系統は壊滅した。





 リーザス軍右翼。パットンを中心とした部隊はズンズンと魔物軍に食い込んでいた。
 人数が少ない状況で敵に突っ込むなどと、『包囲殲滅してください』と言うようなもの。
 右翼がこんな状況になった原因は健太郎にあった。
「うおぉぉっ!」
 ズシャァ、シュパッ
「お前達みんなぁぁぁ」
 ザクッ
「死んでしまえぇぇ!」
 ザシュッ
 魔物将軍をなぎ払った傍から剣先に闘気が集中し、聖刀日光が青白く光る!
「ラーンスアターック!」
 ズガァン
 粉々に砕ける数体の魔物。健太郎は目の前の敵をひたすら叩き潰し続けていた。
「はっ、はっ、はっ」
 足に疲労がきている。
 すでに何度目の『ランスアタック』だろうか? 十発くらいは放っているだろう。
「よぉどおした? もうグロッキーかぁ?」
 荒く呼吸している健太郎にパットンが駆け寄る。いまや、辺りには味方は誰もいない。
 後方からパットン隊と健太郎隊、そしてヒューバート隊が追い駆けているだろうけれど、まだ大分距離があった。
「戦いは始まったばっかだぜ? お休みするにはちとはえぇなぁ・・・オラァッ」
 拳一撃! 
 飛び掛ってきたと思えば、次の瞬間に吹き飛ぶハニー。飛び散る肉片。
「けっ・・・ 俺よりも先に進むんじゃねぇよ。今はお前しか魔人と戦えないんだぞ」
「魔人・・・」
「そーだ、魔人だ。お前には魔人を倒す役ってのがあるだろーが」
「・・・」
「突撃は俺の専売特許だ。もっかい言うぞ? 俺より先に突っ込んで、勝手に消耗したりするな?」
 キリッ、と凛々しくキメる。若者の無謀をたしなめる、物分かりのいい兄貴分の真似。
「キまった・・・」
 仄かな自己満足を感じたパットンだった。
 スックとたった精悍な身体。360度すべて魔物、けれどもパットンは怯えない。
「雑魚はすっこみやがれぇっ オラオラオラオラオラァァァァッ」
 必殺『武舞乱舞』! 百体近い魔物が宙に舞う!
「ど、どおだぁっ・・・」
 さすがに二度の『武舞乱舞』には辛いものがあった。身体がギシギシ音を立てる。
 そこに漸く他の連中が追いついた。ただ、追いついてきた部隊の人数が少ない?
「パットン大丈夫か!」
 先頭を駆けるのはヒューバート、少し遅れてクリームが。
「へっ、まだまだ・・・ それより、お前ら遅かったじゃねぇか。
 もっと早くサポートしてくれねぇと・・・って、お前らだけか? 他の連中は?」
 パットンはハンティの姿を探した。
 パットンが無茶をするたび駆けつけてくれるハンティなのに、ここには見当たらない。
「ちっ、勝手に突っ込んどいて何様だ?
 ・・・って、そんな事言ってる場合じゃねぇ。さっきの光は見てたんだろ?」
 苦々しげに吐き捨てるヒューバート。
「光? そういやあっちが明るかったかな」
 パットンは魔法球が炸裂した方向を指差した。
 ヒューバートも同じ方向に目をやると少し俯いた。しかし、すぐに顔をあげる。
「・・・敵さんにしてやられたぜ、中央にでっかい穴が開いちまった。
 ・・・クソでかい魔法の弾丸だよ・・・リックも・・・やられちまったかもな・・・」
「な、なんだと? あの光は魔法だったのか? ば、馬鹿なっ」
「俺だって信じられねぇんだが・・・この目で見ちまったんだよっ!
 現に・・・リーザスの奴らがボロボロになってる。で、俺たちは中央軍を救援しに行く」
 それまで黙っていたクリームも口を開く。
「中央軍が崩れれば、我々も敵の包囲に沈みます。
 ハンティ殿とフリーク殿と健太郎さん、それにパットン様の軍勢にも中央に向かっていただきました。
 けれど、人数面で魔物に大きく押されています。我々も出来るだけ急ぎましょう」
 クリームの冷静な言葉に、パットンは大きく頷いた。
「そうかっ。なら善は急げだ、早速行くぞ!」
「よし、魔物が来る前にさっさとずらからないとな!」
 パットンの『武舞乱舞』が辺りの魔物を一掃したので、後退を邪魔する魔物はいない。
 ダダダッ、とパットンは駆け出した。何をするにしても行動が速い。
「こ、こら! 一人で先に行くんじゃねぇっ」
 ヒューバートが慌てて追い駆け、あとにヒューバート隊が続く。
 残されたクリームは魔物兵の追撃がないことを確かめると、自分の部隊に指示を出そうとした。
「では我々も・・・」
 『我々も後退します』言いかけて声を呑む。パットン達が駆け出したのと正反対な方向に一人で走り出す影が。
「けっ、健太郎さん! どこに行くんですかっ、そっちじゃありません!」
 けれども健太郎は振り向かない。一人、たった一人で喚きながら疾走して行く。
「くっ、どうしてこうなるんだ――っ」
 いま健太郎を失うわけにはいかない。
 健太郎の魔人と戦う力――人類に最も必要とされる力。なぜに健太郎は、こうも無謀に突撃するのか?
 後ろを振り向きもせず、まるで死ににいくように突進するのは何故? 
「――我々は健太郎将軍を援護する! 援護の後折りを見て撤退、パットン様に合流、いいかっ」
 疑問は解けない。けれど、現実に健太郎は死地に向かっている。
 死地から引き戻せるのは・・・クリームしかいない。
 健太郎援護の方針を打ち出すと、クリームは一段と良く透る声で、
「いざっ、すすめぇ――」
 聖剣を手にする男と行動を共にするべく動き出した。




 キィィィン
 健太郎の手の中、日光が金属質な音を立てている。健太郎の傍では、パットンとヒューバートが何か喋っている。
 キィィィィン
 日光は何かと共鳴するかのように。何かの到来を予想するかのように。
「・・・魔人だね?」
 健太郎にも伝わってくる、魔人の気配。
 キィィィィィン
「・・・近いのか?」
 健太郎は目を凝らした。雨の中決して視界はよくない、というか悪い。
 背後で足音がする。これはパットン達が走り出した音。
「・・・アレ、か?」
 黒い雲から急降下してくる白い魔物。
 速い!
 あっという間に地面すれすれまで降下した。
「・・・っ、メガラスか!」
 魔人メガラス、リーザスを裏切った魔人。自分の最愛な人物を貶めた、二十四人からなる魔人の一人!
「アイツ、悠々と空なんか飛びやがってぇっ」
 ダダダッ
「お前達が・・・っく、いるから美樹ちゃんは、美樹ちゃんはぁぁぁっ」
 速い、速い。通常の三倍の速さだ。
 『ランスアタック』の連発で足にガタがきているはずなのに、この速度。
 自分に従う兵士がいないこと、自分が相当に消耗していること、すべて忘れて走る健太郎。
 憎悪に燃える瞳は、メガラスだけを見つめていた。


 


 ・・・あとがき・・・
 SS 魔王ケイブリス 九話お終いです。
 リーザス軍が押され始める雰囲気を出そうとしてます。
 っていうか、平地で魔王軍と戦うこと事態、ゲームだと至難です。







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