魔王ケイブリス 第二章 『リーザス陥落』






  二話 エクスの誤算


  

「さて、そろそろ着くころですが・・・?」
 ノース市役所の三階に設けられたベランダ、紅茶の香りが漂う中でエクス・バンケットは遠くを見つめていた。
 眼下に広がる二筋の街道が、遠く地平に消えている。まだ・・・何も見えない。
 けれど、この街道先、マウネスとスケールでは猛烈な蹂躙が煙を上げているのだ。
「リーザスの皆さん、申し訳ありませんでした」
 暫しの黙祷を。
 エクスの独断により派遣されるはずの軍隊が別方面に回され、二つの町には一切の兵力が無い。
 大局的見地から下した決断とはいえ、二つの町を見殺しにしたことは事実。
 いまさら言い訳をしようなどとは思わない。
 おそらく、リーザスに『援軍はまだか?』といった使者が走っているだろう。
 出発させた筈の援軍が着いていないことで、マリスも何らかの裏切りに気づくだろう。
「リア様、マリスさん・・・申し訳ありません」
 一人きりのベランダでは、懺悔する相手すら見当たらない。
 初めて『リーザスを裏切る』旨を告げた相手――白の副将、ハウレーン・プロヴァンスも傍らにはいない。
 ハウレーンにリーザス裏切りの件を告げたとき、ハウレーンは黙って・・・そして頷いてくれた。
 何も言わず、エクスの指示を引き継いでくれた。
 もしも今、この風が強いベランダにハウレーンがいれば、どれ程心が落ち着くだろう? 
「ふぅ」
 何度目の溜息だろうか?
 『魔人、山脈を越える』の報を受け、ベランダに腰を据えてから半日、溜息ばかりが口をつく。
 エクスの心を支配しているのは、これから魔人と相対峙する恐怖ではなく、逡巡。
 実践よりも理論を重んじる人間の、迷い。
 現在、ノースに駐留しているのはエクス率いる白の軍、およそ300。
 魔人に降伏を申し込むには人数が多すぎてもいけない。
 残りの800はリーザス城待機。親衛隊とあわせても2000に足らない人数しかリーザスには残っていない計算だ。
 仮にエクスが交渉に失敗した場合、間違いなくリーザス城は秒殺される。
 それはエクスにとって本意ではない。
 マリスの方針に反対とはいえ、リアへの忠誠もリックへの友情もなんら変化はない。
「できるなら・・・降伏を受け入れてもらい、その上でカスタムに潜伏したい。
 そして、ハウレーン達の軍勢を纏め、来る反抗の日々に備えたい・・・。
 それが、おそらくリーザスにとってよりベターな選択のはず」
 誰に言うともなく呟く。
 彼の脳裏には誰が浮かんでいるのだろう?
 マリス? リック? それとも・・・ハウレーン? 
「こんな事態が来るなどと・・・まったく貴方という人は、いてもいなくても私を悩ませる」
 すっかり冷めた紅茶をすすり、クイと眼鏡に手を触れる。
「ふふふ、逆恨みですね。今風にいうと、『逆切れ』というヤツですか?
 ・・・貴方に会えて良かったと思っているんですよ、これでもね」
 紅茶の赤みは血の色よりも暗いな、と不意に思った。
「貴方がこの世にいないのならば・・・私もリックと同じ道を歩みます。
 貴方が灰になる瞬間をこの目で見ていたならば、ね」
 風が強い。エクスの銀髪が逆向きに吹き上がり、砂が目に入る。
「む」
 街道の向こうで何かが動いたような?
 心なしか風の勢いが増しているような。
「来たか・・・? マウネスからかな・・・」
 ノースに繋がる二本の街道。一本はスケールの町に繋がり、もう片方はマウネスの町に繋がる。
 そのマウネス側に、今までとは違う気配が。
 砂を避けて目を細め、小手をかざしたエクスの後ろに駆けつける人影。
「将軍っ。魔物の軍勢、ただいまマウネス方面から現れました!」
「・・・そうですか。私も至急皆さんの元へ行きます。いつでも発てる様、準備だけ万全を期してください」
 ベランダから身を乗り出したまま、駆けつけた下士官に返事を返した。
 それは、普段の様に穏やかなものではなく、どこか気の抜けた返事だった。
 視線はあくまで地平を見つめたまま。
「はっ」
 少し不審に思いつつも、びッと手を胸に当てる。
 敬礼を返して下士官はベランダから引き下がろうとした。彼ら下士官は、エクスの能力を信じている。
 エクスが・・・ランスを信じるように、彼らはエクスを信じているのだ。
「五分後に出発します。遅れないように」
 と、エクスが振り向いた。ニコッと微笑み、
「・・・いいですね?」
 聞きなれた、優しくて穏やかな声。
「はっ!」
 顔を高潮させ、下士官は階下へ駆け出していた。
 やっぱり将軍は怯えていない、これから魔人と対峙する事も普段通りにこなしてくれるだろう――。


 下士官がベランダを立ち去り、エクスは再び地平に目を向けた。
 あれが・・・ランスを破った魔人。この向こうに例の魔人・・・いや、魔王の姿がある。
 そう思えば、どこか体が震えてくる。
「どうやら見通しは甘かったようですね・・・」
 目を細めながら、エクスは自嘲気味に笑った。
「サテラ、メガラスの位置が解らないうちに魔人軍が迫るとは・・・」
 彼が一人でベランダに佇んでいた理由。何もぼんやりしたいから紅茶を啜っていたわけではない。
 ・・・かなみの到来を待っていたのだった。
 リーザス忍者見当かなみ、彼女ならサテラ、メガラスどちらかの所在を突き止め、彼に知らせてくれる筈。
 事前に『サテラの位置を教えてくれ』『ノースの市役所で待っている』と言葉を残し、エクスは一人待機していた。
 けれど、かなみは戻ってこなかった。
「さぁ、どうするエクス?」
 先程まで逡巡や回想に耽溺していた人物は影を潜め、そこには思考する一人の人間がいた。
 エクスの頭脳は一つの事柄を突き詰めている。
 それは、いかにして魔王と相対するか、魔王に降伏の意思を伝えるか? 
「少々原始的ですが・・・我々はリーザス白の軍」
 しばらく虚空を見つめた後、苦笑を伴ってエクスが口にしたのは、
「白の軍だけに、白旗でも掲げますか・・・」
 吹きすさぶ風に掻き消された小声は、ベランダを後にしたエクスと共に階下へ消えていった。





「・・・」
 ビュッ
「う、うわぁぁぁぁ!」
 真っ黒な線が地を走り、一人の男に突き刺さった。
 薙ぎ払った線に沿って、腰から上がズタズタに引き裂かれる。
「あなた、あなたぁぁっ!」
 縋り付く女性。男の返り血をものともせず、光を失いつつある瞳に叫ぶ。
「お、俺に構わ・・ず、は、早く逃げ・・・」
「イヤ、イヤァァッ」
 溢れ出す血が土を真紅に染めるなか、女性は男の方を揺すり続ける。
 けれど、もはや瞳は閉じていた。
「駄目ッ、ほ、ほら起きて! 一緒に逃げてよぉぉ!」
 既に男は息をしていない。
「子供、貴方の子供を守るってっ――」
 シュン
 黒い閃光と共に、女の顔からも生気が消えてゆく。
 スー
 首筋に血が滲んだかと思うと、
 ポロリ
 首が落ちる。怖ろしいほど美しい肉と骨のコントラストを見せて、小さな音を発てて。
「・・・ふん」
「サテラサマ、コノアタリニハモウニンゲンハイマセン」
 無表情で二つの死体を作り上げた少女に、白い巨人が跪いた。少女が身軽に跳び、スっと巨人の肩に納まる。
 魔人サテラと、ガーディアン・シーザー。
「・・・みんな、死んでしまえばいいんだ・・・」
 高みから周囲を見渡すと、辺りには動く影が無い。
 サテラがスケールに到着した時には、既に人間の気配はなかった。
 魔物5000という大軍団が蹂躙し、建造物が毀された町。
 魔物の到来に合わせ殆どの町人は逃げ出していたが、
 病気、幼子といった理由を抱えて町に残った人間の死体。散らばる死体。
 最後尾を歩いてきたサテラ達が着いたころには、先頭は既に町を出ていたのだった。
「・・・ふん」
 今だけはサテラを脅かす存在がいない。
 魔王ケイブリス、憎むべき彼女の主人はログBからマウネスへ向けて進んでいる。
 ケイブリスに見つかる恐れが無いゆえに、心置きなくシーザーの肩に落ち着ける。
「皆殺し。それが魔王様の命令なんだ」
 ケイブリスから伝えられた命令。スケールを経由し、リーザス北方を滅ぼすこと。
 人間をプチプチと潰しながら、完膚なきまでに人類社会を破壊すること。
「サテラサマ、ワレワレモキタヘ」
「・・・シーザー、そんなに急がないで」
 スケールの町、それはついこの間までサテラが守る対象だった。
 リトルプリンセスの下僕として、リーザス王ランスの客人として、ケイブリス派魔人と矛を合わせた場所だった。
 激しい戦いの日々だったけれど、明るく笑えた日々。
 シーザーの肩に乗ってリーザス城へ帰る時、どれだけ心が弾んだだろう。
 『サテラ、よくやったぞ』
 『ふん。サテラはリトルプリンセス様を守っているだけだ』
 『けっ、弱い人形ばっか作ってるくせに生意気な口聞いちゃってよ』
 『な、なにっ! ランス、サテラを馬鹿にするなっ』
 『がははは! 悔しかったら俺様を倒してみるんだな!』
 『ぐっ・・・。い、今はまだ無理だけど・・・、そのうちお前を殺してやるッ』
 王座で繰り返される憎まれ口と軽口。そして、
 『うっ、あ、あぁぁぁぁっ』
 『けっ、相変わらずイキっぱなしか?』
 『あっ、あっ、あぁ〜〜』
 『がははは! ぬるぬる過ぎて・・・グ、グッドだぜ。感じすぎるのも困ったちゃんだな!』
 夜に訪れる二人きりの時間。
 暗闇の中でサテラの幼い蕾を押し開き、乱暴に弄ぶ。嬌声を芯に感じ、淫らな快楽に己を突き落としてくれる。
 そんな暗闇の時間。
「・・・」
 懐かしい日常を思い起こしたサテラの目下に、小さく動く影があった。
「?」
「ぁーぁー」
 頭があり、手も足もある。クシャクシャのしわしわで、それでいて懸命に手足をばたつかせている。
 首が落ち、血だらけになった女の股間で、何かを必死に訴えているように、
「ぁぁー、ぁー」
 細い声を奏でていた。
「これは・・・人間の子供か?」
 頭が大きすぎてバランスは悪い。人間の大人とは似ても似つかない。
「・・・」
 けれど、どうやら人間らしい。繊維状の帯で死んだ女と繋がっている。
 血にまみれて怖いのだろうか、ただただ両手をキュッと握り、ギュッと目を瞑って、
「ぁーぅぁーぁ」
「・・・」
「ぁぅーぁー」
「・・・」
「ぁ――」
「サテラサマ?」
 シーザーは首をねじ上げた。
「あ、ううん、なんでもないよ」
「コレハドウシマショウカ?」
 シーザーの足元で呻き声を上げる、人間の子供。
 どうするもこうするも無い、サテラに与えられた命令は、『人間を殺せ』。
 小さくても人間、モンスターでも虫でもない生物は、人間。
 本当ならサテラ自ら手を下し、命を奪うべきだったが、
「・・・シーザー、お願い」
「ハイ、サテラサマ」
 サテラは目線を地上から大空へ移した。
 ヘルマンの空が曇りがちだった一方、リーザスの空は、青い。山脈一つ隔てただけで、こうも気候は変わるのだ。
 シーザーの体がほんの少しだけ動いて下から聞こえていた声が、消えた。
「サテラサマ、コレカラドウシマスカ?」
「う、ん。そうだな、ゆっくり北に行く」
「ユックリデスカ?」
「そう、ゆっくり」
「・・・ワカリマシタ」
 空を向いたまま、サテラは雲の流れを追っていた。小さな雲しか見当たらないけれど、青空に白地は映える。
 そんなサテラを乗せたまま、シーザーはゆっくりと北へ歩を向けた。魔物の軍勢は、どこにも見えない。
 『北へ向かい、町を壊せ』と命令したっきり、魔物とサテラは別行動だ。
 ゆっくり、ゆっくり。まるで町が魔物に壊される様を見たく無いかのように、サテラを乗せたシーザーが歩く。
 その大きな石の足は、北へ続く街道を踏みしめていた。





「酷いよ・・・。酷すぎるよ」
 誰もいなくなったスケール。
 家という家が崩れ、壁という壁が毀された中、リーザス忍者見当かなみはそっとしゃがみ込んでいた。
 足元には、踏み潰された小さな命。地上の空気を吸ったかと思えば、もう息を止めた小さな命。
「・・・」
 懐からクナイを取り出し、握り締める。
「っ」
 ガシッ
 地面に打ち下ろす。
 ガシッ、ガシッ、ガシッ
 何度も打ち下ろされるクナイが、大地に小さな穴を開ける。
「・・・」
 直径二十センチ程度、申し訳くらいに地面が凹んだのを見届けると、かなみは足元に手を伸ばした。
 その両手は、ブルブルと目に見えて震えている。
 おそらく、シーザーがこの子を踏み潰した時、シーザーは力を入れなかっただろう。
 ただ、そっと足を乗せ、そっと下ろしただけだろう。重力に従い、微かな抵抗を感じつつ足を下ろす。
 それだけの行為が命を一つ、消し去ったのだ。そう考えると、体全体が震え出す。
「ごめんね、ごめん・・・」
 かなみの手が、真っ赤に濡れた肉に触れた。こんな小さな体のどこにこれだけ・・・と思えるほど、真紅。
 かなみの手にこびりついた鮮血は、まだ液状を保っており――温かかった。
「ごめんね・・・」
 地面から引き剥がすように、赤子の死体を腕に抱く。
 くしゃくしゃに潰れた顔は、もはや人間の形状をなしていない。けれど、かなみには解るのだ。
 ズッと物陰から窺っていたかなみには、赤子の鳴き声も表情も、全て脳裏に焼きついている。
「ぐっすり・・・おやすみ」
 脇の穴に肉塊を下ろし、そっと土を掻ける。肌色と赤色が混じった物体に、茶色いベールがかけられる。
 ペシペシペシ
 盛り土が平らに戻るまで、かなみは地面を叩き続けた。
 やがて盛り土が圧縮され、辺りと平行な地面に戻ったけれど、色だけはそこだけ濃い茶色だった。
「・・・」
 傍らに放り出していたクナイを掴むと、そっと茶色の部位に置く。目を瞑り、なにか口だけを動かすかなみ。
 と、次の瞬間には脱兎の如く駆け出していた。全力で、ノースに向けて走り出していた。


――――――
 ログBからマウネスへ向かう魔物軍、その脇の間道でかなみは敵を見張っていた。
 エクスに頼まれた『サテラを探し出し、位置を特定する任務』。
 けれど、魔物の先頭から最後尾まで、サテラの姿は見つからなかった。
 魔王はいた。
 ランスを殺した存在は、周囲の木々をなぎ倒しつつ平然と山を下っていった。
 だのに、メガラスはいなかった。
 空と地面を交互に眺めてはいたけれど、サテラもメガラスも見当たらなかった。
 もしやと思い、かなみはスケールへひた走った。
 ヘルマンからリーザスに入る街道は二つ、ログAからスケールへ入る道もある。
 走りに走ってスケールが遠くに見えたとき――燃え盛る煙が視界を覆っていた。
 そしてかなみが町に着いた自分には、破壊され尽くした町が出迎えてくれた。
 魔物が北へ進路を取った様子は、かなみもみていた。
 もしこの部隊にサテラがいたとすれば、サテラも北へ進んでいるだろう。
 けれども、かなみはこの部隊にサテラがいたとは思えなかった。
 思えなかったし、思いたくなかった。
 一年数半、共に戦ってきた・・・ある意味で仲間。
 ランスやリトルプリンセスの存在があったとはいえ、サテラも人間を守ってきたのだ。
 そんなサテラが・・・この惨状を指揮するのか? とてもそうは思えなかったのだ。
 かなみはただ呆然と立ち尽くしていた。
 焼け落ちたスケールに佇んでいた。
 と、かなみの背後から生命の気配。
 近づいてくる足音を感じ、かなみは咄嗟に瓦礫に隠れた。
 忍の本能が危険を知らせ、懸命に自分の気配を押し殺す。
 現れたのは、鞭を垂らした魔人・サテラと巨人シーザーだった。
 目的に会えたのだ、目指す人物を捕らえたのだ。
 これで任務をまっとうできる、サテラをエクスに引き合わせれば、リーザス降伏がうまく行く――。
 そう思って、いや、そう信じて行動してきたかなみだった。
 しかし、今目の前にいる少女の顔は、かなみの知っていた顔ではない。
 四年前、ハイパータワーへサテラに攫われたシィルを助けに出向いた時とも違っていた。
 以前のような残虐さ、無邪気さは影を潜める。
 同時に明るさ、力強さの片鱗すらない。
 良い意味でサテラは生き生きした魔人だった。
 メガラスと違い、豊かな表情を持っている魔人だったのに――なにもない。
 それでも、かなみはサテラに声をかけようとした。
 エクスが魔王に取り成しを求めることを、サテラに伝えようとした。
 しようとはしたが――体が動かなかったのだ。
 殺気は感じない。憎しみの類は伝わってこない。
 けれど、『今出て行ったら殺される』、そう思わせる何かがあった。
 結局かなみは飛び出さなかった。
 サテラがあらぬ方向を見ている。
 視線の先には、瓦礫の下敷きになった男と助け出そうとする女。
 じっと見つめるサテラの顔に、意思の色は浮かんでいない。
 そうしてまるで人形のように空っぽの顔つきで、彼女は鞭を振るったのだ。
 殺気すら感じさせず、まるで小石を蹴飛ばす様に男の体を引き裂いたのだ。
――――――


「あんなの・・・人間じゃないっ」
 サテラは魔人であり、決して人間ではない。その意味ではこの呟きは全く意味を持たない。
「言葉なんてっ」
 潰された赤ちゃんを思い出す。
「・・・」
 言葉など通じる存在ではない。
 たとえ魔人であろうと、人間の意志を尊重するなら、かなみは恐れたりなどしない。
 意思の疎通が図れる限りは、魔人の中にも人間がいるのだ。でも、
「・・・」
 空っぽのまま人を殺し、空を見上げて赤子を踏み殺す存在と、何を話せばいいのだろう?
 それ以前に、話を聞く前かなみを殺すだろう。誰がなんと言おうと、サテラは以前のサテラではない。
 『取り成し』を頼むなどと、情緒ある行動に縁が無い。
「・・・」
 エクスをサポートし、リーザス降伏を受け入れさせたかった。
 けれど、肝心のサテラがあれでは、とても話し合いなど出来そうに無い。
 もっとも人間に理解を示すだろう魔人があれでは――、
「駄目・・・」
 かなみの中の、小さな希望すら消えていた。
 リーザスが降伏し、リアを筆頭に人類の安全だけは保障されるという、小さな小さな希望。
「・・・」
 かなみの足が止まる。自分はノースへ向かっているが、ノースで何をしようというのか?
 エクスに所在を伝えるべきサテラは北へゆき、交渉の仲立ち役は望めない。
 ということは、エクスに『サテラは北へゆきました』『ハイ、ソウデスカ』でお仕舞いではないか。
 それより先にすることがあるのでは――? 
「・・・」
 再びかなみが走り出した。行く先はノースでなく、リーザス城。誰もいない荒野を、真東へ疾走する。
「・・・知らせないとっ」
 スケールの壊滅は、おそらくマウネスの壊滅も意味する。
 サテラ率いる軍勢ですらスケールを軽々と蹂躙したのだ、マウネスに向かった魔物本隊は町を瞬殺したことだろう。
 加えて、魔物の冷酷さ。人類に対し、小気味よいまでの呵責のなさ。
「・・・」
 浮かんでくるのは王女リア、侍女かなみ、そして親友メナド・シセイ。
 彼女達がリーザス城に居続けるには、あまりに現状に希望がない。
 ゼスでもJAPANでもどこでもいい、とにかくリーザス城だけは駄目だ。
 一刻も早く皆をリーザスから退避させないと――。
「殺されちゃう・・・」
 荒野の風は生暖かい。快晴の空が恨めしい。
 自分がこんなに苦しいのに、スケールがあれほど壊されたのに、どうして空は晴れているのか?
 ランスが死んだ日には、ちゃんと涙を流した空が、どうして赤ちゃんの死に涙しないのか?
 自分はこんなに苦しいのにっ。 
「・・・」
 そんなことを考えながら、かなみは一人、荒野を走った。





 ・・・あとがき・・・
 二話です。
 心理描写が少しくどいかもしれません。
 とにかく、くらーい空気が出せていればいいなぁと思っています。
 今回の主題は、かなみの絶望です。
 かなみが暗い気持ちになった様子を書くため、ちょっとだけサテラを残酷にしてみました。












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