魔王ケイブリス 第二章 『リーザス陥落』






  三話 知の将軍、出る





「白の軍、出軍!」
 ノース街道入り口にて、澄んだ声が響き渡った。手にした杖を振りかぶり、
 ビッ
 迫る土煙に先端を向ける。降伏の交渉というには、あまりに勇ましい出陣指揮。
「「ははっ」」
 兵士がいっせいに敬礼し、次々に槍(ランス)を突き上げる。とたんに全軍が真っ白に染まった。
「進め!」
「「ははっ」」
 号令一下、300の兵隊が街道に足を踏み入れた。
 掲げた全ての槍からは、シーツ、ナプキン、ハンケチーフとあらゆる白い布が垂れている。
 鎧の白さ、兜の白さ、そしてエクスの銀色の毛髪。全てが白一色に統一された様は、晴天の下余りに美しかった。
「将軍、このまま魔物にぶつかる、それでよいのですね?」
 先頭に立って進むエクスに、副官がそっと耳打ちする。
 語尾に震えがあり、よく見ると槍を掲げた手も不自然に揺れている。
「・・・怖いのですか?」
「え、いや、そういうわけでは」
「私達の目的は魔人にリーザスの意思を伝えることです。
 リーザスの意思、それは降伏です。命を助けてもらう代わりに、魔人の命令に従う」
「は、はい」
「何度も言いましたが、降伏を伝えに行くのです。戦いに出向くわけではありませんよ?」
 そういっては見たものの、エクスとて体に震えはある。
 『もうすぐ魔人と対峙する』サテラの仲介なしに、行き当たりばったりで魔物の中に入らねばならないと思うと、怖い。
 素直に魔物が怖い。
「魔物に近づいたら、副官がこの白旗を大きく振ります。それを合図に、皆さんも大きく旗を振ってください。
 魔物が攻撃を止めるのを待って、魔人へ会いに行きましょう」
 けれど、部下に不安を見せはしない。穏やかな笑みを浮かべ、ポンと副官の肩を叩く。
「案ずるより産むが易し、です。そんなに硬くならない」
「は、ははっ」
 頷いては見たものの、震えは返って酷くなったような。
「しょ、将軍。改めてお聞きしますが、魔物が攻撃を止めなかった場合・・・我々は抵抗しないのですね?」
「ええ。降伏に無抵抗はつきものです。それに、この程度の軍勢が暴れたところで、どうにかなるものでもありません」
「・・・ゴクリ」
 ひしひしと迫る砂煙を凝視しつつ、晴天のもとエクス達は進んでいった。





「にゃん? なんか前の方が白っぽいにゃん」
「本当な〜のねぇ〜。白っぽくて眩しいのねぇ〜」
「んぁぁ? なんだぁ、人間どもかぁ〜?」
 ケイブリスの肩にチョコンと乗っかった二匹の使徒、ケイブニャンとケイブワン。
 凡そ一万の軍勢を引き連れ、ケイブリスは街道を進んでいた。
 町を通り、山を越えてただただ真っ直ぐに進む。進路を塞げるものなど何一つないのだ。


――――――
 スードリ平原でランス率いるリーザス軍を破ってから、戦いという戦いもなく、ケイブリスはここまで来た。
 抵抗など、ないに等しかった。
 魔物到来の知らせを受け、町を捨てて逃げ出す人間。
 逃げ遅れた者は魔物の餌と化し、ケイブリスの玩具にもなる。
 人間の女を何人串刺しに出来るか?
 これはなかなか興味深い試みだ。股間から脳天まで触手でぶち抜き、さらに先端を別の女に差し込む。
 昔しょっちゅうやった遊びだけれど、ここ数百年興じていない。
 堅物の元魔王ガイが人間虐待を禁じるという愚行に走ったせいで、ケイブリスの数少ない遊びが封印されたわけだ。
 そうやって人間をプチプチ壊しながら、ケイブリスは山脈を越えた。
 いよいよ・・・あの糞虫の国に入ったわけだ。
 糞虫とは・・・先の闘いであっさり破れた男、リーザス王ランス。
 ケイブリスの愛した、心から愛した魔人、カミーラ。カミーラを侮辱し、汚辱し、恥辱を与えて嬲り殺した男。
 思えば、ケイブリスほど切実に魔王を欲した魔人はいなかった。
 彼以外に、真剣に魔王を目指した者は誰もいない。
 魔王が位を譲る相手を尊重し、新しく生まれた魔王に誰もが従う・・・筈だった。
 だのに、ケイブリスは違っていた。
 ケイブリスにとって、自分こそが魔王に相応しい存在であり、なによりも魔王の力が欲しかった。
 その理由・・・ケイブリス自身は気づいているのだろうか? おそらく気づいてはいないだろう。
 彼はドラゴンの魔人、カミーラを愛していた。
 高貴な喋り方、冷やかな瞳、いかなる時も崩さない表情。物事に動じず、うろたえず、いつも冷気を帯びている。
 そのくせ心の奥に炎をたぎらせ、自分の意思は絶対に曲げない。妥協など、しない。
 そんな冷気と熱気を併せ持つカミーラが好きだった。
 ラブレターを書いた。
 何通も何通も、数え切れないくらい書いた。
 本当は、文字など見ただけで吐き気がする。本も、手紙も、数字もだいっ嫌いだ。
 凡そ知性が伴うものは、生理的に受け付けないのだ。にもかかわらず、愛の言葉を手紙に連ねた。
 書いては消し、書き上げては破り、何度も何度も推敲した手紙をいったい幾通書いたことだろう?
 返事が来ないことは・・・なんとなく解っていたけれど。
 自分に知性がないことも、自分の顔が醜いことも、自分に品性が欠けていることも、ケイブリスにはわからなかった。
 どうして自分を受け入れないのか?
 なぜカミーラはいつまでも自分を焦らすのか?
 解らない、彼のリス並の頭脳では理解の仕様がない。けれどもケイブリスは考えた。
 なぜカミーラが自分に応えてくれないか、どうすればカミーラをモノに出来るか?
 結論は――、
 『魔王になればいいじゃないか』
 そう、魔人として対等な恋愛が結べないのなら、魔王としてカミーラを支配すればよい。
 魔王は魔人にとって絶対の存在、逆らうことは不可能。ならばケイブリスが魔王になれば?
 カミーラはケイブリスの思うままではないか!
 その時ケイブリスは誓ったのだ。『俺様は、魔王になる』、と。
 ところがどうだろう?
 いざ魔王になったとき、確かに溢れる力は感じた。魔人のときとは桁が四つ程違う力が、体中に漲っていた。
 だのに、なんだ心の空白は?
 ポッカリあいたままの虚無は?
 だって、カミーラさんがいないんだよ?
 カ、カ、カカカカミーラさんは・・・殺されたのだ。
 屑の、虫けらの、チンカスの粕たる人間が、リーザス王ランスが殺した。
 そう、ようやくカミーラの愛を受け止める時が来たのに、愛そのものは消えていた。
 人間に。人間のせいで。人間どもの――。
 人間は許せない。許さない、許してはいけない。生意気だ、不愉快だ、踏み潰してやる。
 特に!
 カミーラさんを辱めた男の一統・・・ぐちゃぐちゃにしてやる。
――――――


「にゃんだか白い布がいっぱいにゃん。パタパタ振ってるにゃん?」
「白い旗みたいなのねぇ〜。ワンは白いほねっこ大好きな〜のね〜」
「あっ、ワンだけずるいにゃん! も、もんぷちは白くないにゃんっ」
「おいしそ〜なのね〜」
 風にはためき、槍に絡みついたシーツは、ケイブワンからみるとほねっこなのだ。
 ジュル
「あっ、あっ、ワンが涎垂らしてるにゃん、汚いにゃん!」
「ほねっこなのねぇ〜」
 ポクポクと手を振り回し、ニャンがワンに食って掛かる。
「一人おいしい気分にはさせないにゃん。ニャンも混ぜるにゃん!」
「ほねっこ〜」
「ええい、耳元でごちゃごちゃ騒ぐな」
 ぶわっ
「にゃ? にゃぁぁ――ふみっ」
「な〜のね〜・・・もぐっ」
 ケイブリスが肩に手を伸ばし、耳元でワイワイやる二匹を吹き飛ばす。
「ふみ〜。ワ、ワンのせいでリス様に怒られたにゃんっ」
「違うのね〜、ニャンがしつこいから怒られたのね〜」
「ワンのせいにゃん!」
「違うのね〜」
「ワンにゃん!」
「のね〜」
「あっ、いまワン認めたにゃん、ワンが悪いって認めたニャン?」
「認めてないのね〜」
「ふみ〜! ワンって最近ムカつくにゃん、不愉快にゃん!」
 足元でいつまでももめている二人を置いて、ケイブリスは前に進む。
 改めて思う。『俺様最強使徒にクセに、いったい誰に似たんだか』。
 誰がなんと言おうと、二人ともケイブリスそっくりだ。思考形態が完全に同レベルだ。
 魔物の視力は、総じて人より数段高い。
 エクス達からは魔物軍の詳細が見えていない一方で、
 ケイブリスには旗の数から人の顔まで、なにもかもはっきりと見える。
 先頭を進む虫の好かない顔の男も、彼の背後でたなびく大旗も、なにもかもだ。
「なんだ、ありゃあ文字か?」
 大旗に四文字、綺麗な字が映っている。
 ひらがなで、『こ・う・ふ・く』と黒で綴っており、遠目でもしっかりと読める。
 ただし相手に文字を読む気があれば、だ。ケイブリスにひらがなを読む知性など、ない。
 ただ、大きな旗を立てたちっぽけなゴミどもが、自分に向かって歩いてくるのだけ解る。
「人間風情が、偉そうに旗なんぞ立てやがって・・・」
 旗を立てるだけでも生意気なのに、その上字を書くなどと何を考えているのだろうか?
 インテリぶるにもほどがある。気に喰わない、不愉快だ――。
 怠惰な瞳に蔑みを浮かべ、侮蔑の言葉を吐き捨てる。冷酷な顔立ちが、エクスの重心を捉えている。
 一方すぐ後ろでは、使徒たちがいつまでも言い争っていた。
「ワンのせいにゃん!」
「違うのね〜」
「ワンにゃん!」
「のね〜」
「あっあっ、今度こそワン認めたにゃん、ワンが悪いって認めたにゃん!」
「認めてないのね〜」
「ふみ〜〜〜!」
 さっき聞いたような会話がキャンキャン響いてくる。
「ぁあ、別に怒ってなんかいねぇよ。ニャンもワンも喧嘩するな」
 両手を地面について体毛を逆立てているケイブニャンと、親指を咥えてキョロキョロしているケイブワン。
 ケイブリスはそんな二匹に手を伸ばし、ヒョイと肩に担ぎ上げた。
「にゃ? リス様怒ってないにゃん?」
「・・・だからよぉ、魔王様、だろーが」
 ピトッと両手を揃え、ケイブリスの肩に収まる。スルーリと体を摺り寄せて、ケイブリスを覗き込むと、
「み〜、リス様怒ってないにゃん! ニャンは嬉しいにゃんっ」
 スリスリ〜
 ケイブリスの顔と自分の顔を近づけ、そぉっと上下。ケイブリスの滑らかな肌が心地よい。
 以前のゴツゴツした感触の方が好きだけれど、どっちにしてもケイブリスの匂いは好きだ。
「・・・魔王様と呼べって」
「ふみ〜ん、リス様〜」
「・・・」
 皮膚に温もりを感じ、少しだけ落ち着いた気持ちになった。
 相変わらず『魔王様』との呼称は覚えてくれないけれど。
「にゃんにゃん」
「けっ」
 軽く舌を鳴らすと、再び視線を前に持っていった。そろそろ向こうからもケイブリスが見えるだろう。
 白旗がやたらと風に靡き、インテリぶった文字がくっきり映える。
「リス様、『こうふく』って書いてあるのねぇ〜」
 と、ケイブリスの左肩で呟くワンが。
「んん――? こ、う、ふ、く? あー本当だ」
 つまらなそうに凝視すると、確かに『こうふく』と書いてある。
 他にも『降服』『SURRENDER』といった字面が並ぶ。ご丁寧にも、兵士は皆が両手をあげている。
「命請いか? へっ、あほくさ」
 初めから人間を許すつもりなどない。ケイブリスにはガイのような温情も品性も、なにもない。
 魔人界に挑むなどとふざけ切った行動に出た報い、必ず味あわせる。
 本来虫けらに過ぎない存在が、『聖剣』『魔剣』などとふざけた存在を作り・・・カミーラを殺したのだ。
 カミーラの仇をとったことでは満足するも、愛する人が消えた事実は変わらない。
 いや、むしろ心の隙間は大きくなったようだった。
 自分は魔王になった。けれど、これからどうすればいいんだろう・・・?
「あー、止めだやめ」
 考え事をすると、頭が痛くなる。そうだ、まだまだすることがある。
 まず、リーザス王の血族、知人を尽く嬲り殺しだ。嬲って嬲ってぐちゃぐちゃのどろどろに侮辱し、殺す。
 己の手で打ち殺すため、わざわざ自分で出撃してきたのではないか。
 配下の魔人、ケッセルリンクやカイトではなく彼自身がリーザスに攻め込んだのは、
 彼の手でリーザスを蹂躙するためだったではないか。
「・・・ん――、けどなぁ〜」
 旗を振る勢いが増す。空が青くて、真っ白な部隊が浮かび上がる。
 このまま進めば、ものの数分で自分達と接触する。
 ケイブリスが何もいわなければ、モンスター達は嬉々として兵士に襲い掛かるだろう。
 もちろん、ケイブリスに止める気などない。が、
「退屈してるし、俺様じきじきに殺してやるかな?」
 目を細め、そっと顎に手を当てる。いままでは逃げ惑う人間ばかり殺してきた。
 恐怖に怯え我を忘れて走る人間も殺しがいがあるが、降伏してきた人間も潰しがいがある。
 命乞いをする人間が、絶望に落とされる瞬間。
 そうだ、『助けてやる』といっといて、後ろからザクッてのはどうだろう?
 たまには口直しにそういうシチュエーションもいい。そんな気がする。
「ふん」
 顎から手を離し、ケイブリスは片手を大きくあげた。そして、
「てめぇら、ここで止まれ! 俺様が合図するまで待機だ」
 澄んだ声を響かせると、一人先頭へ進み出していた。





「気づいてくれたか?」
 それまでグイグイ来た魔人のスピードが鈍り、丸縁眼鏡をキラリと光らせる。
「はっ、はっ・・・あ、止まったんじゃないですか?」
 汗だくになり、荒い息遣いが嬉しそうに。
「と、止まりましたよ! やりましたね将軍・・・はぁはぁ」
 それまで全力で大旗を振っていた副官が、エクスに振り向いてニッコリ笑った。
 けれど、エクスは返事をしない。ジィッと動きを止めた魔物を見ている。
 敵部隊の中央にひびが入り、両側に分かれる。
「はぁはぁ・・・将軍?」
 あちこちでどよどよとざわめきがおこる。
 必死に振られていた旗がゆるゆると止まり、掲げられていた両手がパタパタと下がる。
 このまま魔物が突き進んできたら、一体どうなっていただろう?
 間違いなく、エクス達は全滅だ。とりあえず全滅を免れたことに、周囲の空気がフッとなごむ。
 けれど、エクスは緩まない。
「まだですよ。まだ、魔物が動きを止めただけ。もしこちらの意思が伝わったのなら、なにアプローチがあるはず・・・!」
 左右に分かれた部位を通り、何かがゆっくり進んでくる。晴天に相応しくないオーラを纏う、巨大な生物だ。
「あれ、か?」
 現れた生物は、魔物を置き去りにしたまま、ズンズンとこちらへやって来る。
 彼我の距離凡そ五百メートル、肉眼でもくっきり見える。
「き、きたぞ・・・」
「アレが魔人か?」
「お、おいこれからどうなるんだ?」
「俺に聞くな! エクス将軍が話し合いをするんだろーが」
 ざわざわ。白の軍に動揺が再び。
 そう、魔物は単に進軍を止めただけ。なにも、彼らの降伏を受け入れるだとか、そんな状況では決してない。
「アレ、だな」
 次第に大きくなるケイブリスの影。
 エクスのイメージとは若干違うが、漂う威圧感がはっきりと自己主張している、『俺様が魔王だよ』と。
「エクス将軍、あれが魔人ですか? こ、こっちへ来ますよ」
「ええ、そのようですね」
 副官が一歩退き、エクスは反対に一歩踏み出した。ケイブリスとの距離が、一歩縮む。
「エクス、落ち着くんだ・・・。
 お前のすることは一つだけ。一つだけハッキリさせれば、あとはどうなってもいい」
 副官も、白の兵たちも動けない。あわられた魔人は、存在が既に壁である。
 話に聞いていたのと、目で見ることは大違いだ。
 『番裏の砦粉砕』『リーザス軍本隊壊滅』『ヘルマン諸都市秒殺』という肩書きを裏付けて余りあるプレッシャー。
 まるで雪崩が迫って来るように、晴天にケイブリスの目が光る。
 なまはかの気持ちでは、たったの一歩が踏み出せない。エクスだけが、一歩、また一歩と足を動かす。
「レッサムいいですか? 例の件は覚えていますね?」
 数歩進んだところで、エクスはチラリと振り返った。
「え、あ・・・」
 『レッサム』と呼ばれた副官が、慌てて視線を移す。ケイブリスに気を取られ、エクスから注意が逸れていた。
「ふふ、君が緊張してどうなるというのです。で例の件、分かっていますね?」
 そういうと、エクスは優しく微笑んだ。微笑みながら、首を傾げる。
 つられてズリ層になった眼鏡を、クッと人差し指で支える。
「は! はい、承知しております。けれど、将軍自ら報告されることと思い――」
「いや、解っているならいい。もう何もいわないで下さい」
「っ――は、はい!」
 ニッコリ。グッと口を結んで敬礼を返した副官に、笑顔を見せる。
「これまでご苦労様でした。では、いってきます」
 クッと胸を張り、正面を見据える。街道には誰も人がいない。
 いるのは、ただエクスと得体の知れない魔人ばかり。彼と魔人を遮るものはなにもない。
 魔人がこっちへ向かってくる。
 エクスが魔人に向かってゆく。魔人はドスドスと大きな音で。エクスはジリジリと地面を踏みしめるように。
「エクス、ここまでは上手くいっています。
 魔人と・・・いや、魔王と話が出来る。この機会、逃してはなりません!」
 傍らに誰もいない中、街道の中心でエクスの独り言。さっきの笑顔は砕け散り、哀しいまでに深刻な表情。
「まず、リーザス降伏を伝える。これは絶対だ。受け入れて貰えるよう、説得だけはする」
 『リーザス降伏』などと受け入れられる筈がない、本心ではそう思っている。
 けれど、結果がどうなろうと、これがエクスできるリーザスへの最後の手向け。
「けれど、大事なのは次ですからね・・・?」
 自然に手が汗ばんでくる。魔王が近づいてくるにつれ、背中が凄く寒い。足の裏も寒い。
 寒いくせに汗は止まらない。
「ランス王達・・・いや、ランス王がどうなったか、自分の耳で聞くのです」
 自分に言い聞かせる。おそらくは、『魔王が殺した』、そう返事が来ることだろう。
 けれど、ひょっとしたら、ひょっとしたら――。
 

――――――
 限りなく小さな可能性だと思っている。果てしなくちっぽけな希望だと解っている。
 けれど、エクスはランスの死体を見ていないのだ。ランスの死に顔が浮かんでこないのだ。
 ランス、健太郎、カオス、日光。人類が魔人と対抗するため、この世に現れた四つのパーツ。
 健太郎、ランスと対峙した魔王が、この四つをどうしたのか?
 全て破壊し、塵に返したのだろうか?
 それとも、どれか一つでも無事なのだろうか? 
 エクス自ら魔王との交渉役をかってでた理由、それはここにあったのだ。
 かなみの情報が詳細なことは、エクスだって理解している。
 けれど、『ランスを殺した当人』に聞く方が、よりハッキリした情報だ。命を賭けて、尋ねてみる価値は・・・ある。
 魔王が本当のことを言うかどうかはわからない。嘘をつくかもしれないし、応えてくれないかもしれない。
 ただ『ランスがどうなったか教えてください』、そういったところで、プチリと踏み潰されるだけだろう。
 だからこそなのだ。だからこそ、エクス自身の耳で確かめねばならない。
 なんとかしてランスの情報を引き出し、吟味し、来るべき反抗の日に伝える。
 エクスは知りたいのだ。『魔剣なしに魔人と戦う術はない』と、嫌というほど解っている。
 といって、魔物・魔人に平伏する気は毛頭ない。
 絶対に奴隷になんかならない、抵抗だけは続けてやろう、そう思っているだけに知りたい。
 魔剣がどうなったのか、聖剣がどうなったのか、そして・・・ランスがどうなったのか。
 エクスだけじゃない、リア、マリス、マリア、かなみ・・・シィル。
 皆がもっと詳しく、もっと多くの情報を求めている。
――――――


「自分で聞き出し、そして判断するんです・・・」
 不思議だけれど、あまり怯えていない自分。
 天気がこんなにも晴れているからだろうか?
 明るい太陽の光が、心の闇を無くしてくれたのか?
「ふふふ」
 魔王と対面するのに、あまりに相応しくない立地だ。
 かなみのいうところでは、スードリ平原は雨だったという。
 つまり、薄暗い雨のベールに濡れ、ランスと魔王は剣を交えたわけだ。
 一方エクスはといえば、誰もいない街道でサンサンと照らす太陽の下、話し合いをしようとしている。
 ふと思う。もしかしたら、自分もランスと同様に、リーザス城へは帰れないかもしれない。
「・・・けれど、別に構いませんよ。既に種は蒔いてありますし、ね」
 脳裏に数人の女性が浮かぶ。
 落ち込みながらも、最後は笑って出て行ったマリア。
 最初から最後まで、ずうっと膨れっ面の志津香。
 ポンとエクスの肩を叩き、黙ってでていったミリ。
 真面目な顔で離れていったラン。
 去り際にギュッとエクスに抱きついた、白の副将ハウレーン・プロヴァンス。
「シィルさんだけは、リーザスに残ってしまいましたが・・・」
 シィル率いる魔法兵は、志津香とともにカスタムへ去った。
 けれど、シィル一人は今も自室に待機している。
「種は蒔けた。後は私が水を持ってこれるか、です」
 既に、魔王との距離はない。
 怖くはないが、寒い。怯えているわけではないが、体に力が入らない。
 それでもキッと魔王を見つめると、
「ナァ人間、てめぇはどんな風に死にたいんだぁ?」
 頭上から響く澄んだ音色が。
 こうして、二人の会談が幕を開けた。





 ・・・あとがき・・・
 三話です。
 ケイブリスとエクスが向かい合いました。
 ケイブリスは殺す気マンマンで、エクスも殺気くらいは感じているでしょう。














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