魔王ケイブリス 第二章 『リーザス陥落』






  四話 水になれ




 ノース街道を数キロ進み、マウネスとノースの中間地点。銀髪の丈夫と・・・魔王ケイブリスが対峙していた。
 エクス・バンケット、リーザス白の将。
 エクスの背後が数百人に見守られている一方、ケイブリスには五千以上の魔物の視線がぶつかっている。
「おぉい、なに黙ってる? まさか、『降伏します』で許されるってか?」
 口調こそ下品極まるけれど、声自体には隠せない気品がある。迫力と気品、二つをかねた、類稀な声だ。
「い、いえ。思って・・・いません」
 振り絞るようにして、やっとエクスは声をだした。
 こっちの声はといえば、上品さも気品もあるが、平凡な声だ。
 恐怖に潰されずに喋っただけでも大したものだろう。
「・・・思ってない、だとぉ? 降伏するんじゃぁねえのか?」
「謝っただけで許してもらえる・・・そう思ってはいませんから」
 一言目は中々出てこなかったけれど、一度口を聞ければ後はなんとか喋れる。
 まだ頭はぼやけているが、どうやら会話は出来そうだ。
「ほぉぉー」
「私はリーザス将軍、エクス・バンケットです。よろしくお願いします」
 何を言い出せばいいか解らないまま口を開いたとき、出てきた言葉は『自己紹介』のそれだった。
 エクスが初対面の相手に自分を紹介する言葉、
 『私はリーザス将軍、エクス・バンケットです。よろしくお願いします』。
 習慣とは不思議なものだ。
 怯えてはいないけれど、どこか強張った顔。無理に笑顔を作ろうとして、完全に失敗したような。
 とエクスの発言に合わせ、ケイブリスの尻尾がパタリと止んだ。
 ジタン、ジタンと動いていた尾の振動が、止まる。
「な、なにぃ? もう一遍いってみろ」
「・・・私はリーザス将軍、エクス・バンケットといいます。その、初対面ですが、よろしくお願いいたします」
「・・・なんだそりゃ?」
 とまどいつつ自己紹介を繰り返したエクスだった。
 我ながら間の抜けたことを言っているな、と思う。一方ケイブリスはといえば、まるで状況を飲み込んでいない。

「てめぇなにいってるんだ? エ、エクス・・・なんだと?」
「エクス・バンケット。私の名前です」
「・・・名前?」
「ええ。初対面ですから、自己紹介をと思い――」
 ケイブリス=魔王を前にして、自己紹介だと?
 ケイブリスの思考が乱れる。
 コイツは何を考えているんだ?
 『許して欲しい』といった瞬間に爪を突きたててやろうか、とも思ったけれど、どうも勝手が違うらしい。
 降伏しに来たくせに、どうも脅えた風もない。挙句の果てに自己紹介と来たか。
「・・・てめぇ、正気か? これから殺されるクセに、名乗りをあげるってか?」
 ズルリと一本の腕が伸び、エクスの首筋をツイと撫でる。ツイィィィ――。
「俺様を舐めてるんだろ? 話を聞いてくれる、最後には許してくれるなんて思ってんだろお?」
 ギッ
 鎧の首筋に爪をかけ、一息に引き下ろす。
「うっ!」
 ドカッ
 地面に引き据えられ、ビクとも動けない。
「あぁん? 何とかいってみな?」
 足元に這い蹲る人間に、高みから軽蔑の眼差し。
「おらおらおらー」
 グイグイと地面に押し付け、半ば道にめり込むエクス。普通なら正気を失うところだが、けれどエクスは違った。
 喉を絞められて喘ぎつつも、懸命にケイブリスの目をみようとし、
「け、けれど礼儀を欠いては・・・ぐぅっ」
「なにぃ、礼儀ぃ?」
「貴方を魔物の総統と感じましたっ。高貴な相手に対しては、須らくっ、礼節を守らねば・・・くっ。
 私だってっ、名前くらいあるんですよっ」
「・・・」
「ぐっ・・・くはぁっ」
 両手から力を抜き、ダラリと垂らす。
 ケイブリスの剛力に対し、なんの抵抗もしようとしない。逃げようともしない。
 加えてなんだ?
 礼儀だと? 
「くっ、くははは・・・」
 おもしろいじゃないか。
 ケイブリスと目を合わせた人間が反応する時、種類は二つしかない。
 99%が泣く、逃げる、気絶する。平静を失い、ケイブリスに自分の凄惨な未来を認め、そして絶望に悶えるのだ。
 残りのたった1%は、憎しみの瞳を。ケイブリスが壊したモノの重みを込めて、なけなしの力を振り絞る。
 そしてケイブリスにぶつかった後、あの世へポイと突き落とされるのだ。
 エクスの反応は、どちらでもない。逃げ出そうと足掻くでもなく、憎しみに燃えるでもない。
 礼儀?
 げははは、この魔王様に礼儀か。なかなか出来た人間じゃないか――。
 鎧に掛けられた力がスゥッと抜ける。
「う・・・」
「ぐふっ、ぐふぁははは! いい、てめぇ中々面白いぞ!」
 出来た人間だ。普通はこうはいかないのだ。
 あくまで理性を保ったまま語りかけてくる人間など、これまで何人いただろう?
「ぐふぇへへへ・・・。自己紹介か、確かに大事だよなぁ? 俺様とは初対面だから・・・ってかぁ? わはは!」
 爪が鎧からはがれ、ククと上へ伸び、パッと開いた。
「う、くっ」
 地面に押し付けられ、顔が痛い。埃が目に入り、ズキズキと痛む。
「はぁはぁ」
 喘ぎながらゆっくり起き上がるエクス、と顔のすぐ前にケイブリスの手が。
「おう、俺様はケイブリスだ。ついこないだまでは、魔人ケイブリスだったが――」
 少しだけ、間が空いた。けれど、エクスにとってはとても長い間だった。
「魔王様だ。魔王、ケイブリス様だよ」
「っ!」
 聞き間違えようのない一言。これ程の至近距離で、加えて大きな声。
 誰がなんと言おうが、『魔王様』と、自分のことをそう呼んだのだ。
「ぐは、ふはは・・・。おい、これでどうだ? 自己紹介なら、互いに名前をいわねぇとな?」
 エクス胸元に突き出された腕が、ピクピクと開いたり閉じたりしている。
「ふぅ・・・?」
 細い手が伸びてきて、一本の指がクイクイと動く。まるで、エクスを誘っているかのよう。
「おう、てめぇも手を出せよ」
「えっ」
「握手だろ、あくしゅ〜。礼儀といやぁ手を握りあわねぇとな?」
 黒い鎧に包まれた、驚くほどに白い手。
「そ、そうですね」
 引き出されるように、自然に手が伸びる。
 ギュッ
 懸命に笑おうとするけれど、笑顔にはなりきれない。どうしても、引きつる。
 落ち着け、落ち着けエクス。とりあえず、いきなり殺されることは避けたぞ。
 流れは上々、後は交渉を進めるだけだ――って、え?
「くっ」
 握られた手を離してくれない。それどころか、どんどん握力が増していく。
「っ」
 ケイブリスがじっと見下ろしている。
 エクスの反応を確かめているのだ、ここで悲鳴をあげるわけにはいかない。
 ギリギリと徐々に強まってゆく圧迫。
「ん〜、どうかしたか〜?」
 わざとらしい声。それとも、これがケイブリス風の握手なのか?
 いや、違う。的確に指と甲の軟骨部位に圧迫を掛けている。ここを握られるのが、一番痛い。
 骨と骨がこすれる感触に加え、軟骨から次第に髄液が漏れ出してくる。ぷりょぷりょする。
「い、いいえ。なかなか・・・くっ、力の籠もった握手ですね?」
「ぐふふ〜」
「そ、そろそろ手を離して頂けませんか? い、いい握手でしたっ」
「そぉかぁ。気に入ってくれて嬉しいぜぇ〜」
 グリュ
「え・・・っっっ!」
 増してくる痛みを必死に堪え、笑って手を離そうとした時だった。
 手首にケイブリスの指先が触れ、簡単に付け根からひねられる。捻るなどと生易しい、一回転が。
「!」
 エクスは自分の手首が粉砕されたことを理解した。激痛と共に込み上げてくる悲鳴、しかし声は漏らさない。
 グゥッと唇をかみ締め、押さえ込んだ。このケイブリスという魔王、エクスのリアクションで楽しんでいる。
 ならば、徹底的に楽しませて遣ろうじゃないか・・・。意地でも人間の弱い様を見せるものか。
「おうおう怖い顔だなぁ〜。てめぇは魔王と握手してるんだぞ、すんげぇ名誉なんだぞ? ・・・喜べよ?」
 冷たい声。呼応するように、エクスはなんとか眉間から力を抜いた。ぎこちないながらも、凄惨な微笑み。
「さ、先程から幸福に震えているのですが・・・?」
「そうだぁ、それでいい」
 ケイブリスは手を離した。自由になった右手をそっと垂らす。そんなエクスを眺めているケイブリス。
「なぁ、俺様は魔王様だからなぁ。礼儀には礼儀で応えるのだ、ふふん」
「え、ええ。魔王様と手が触れられるなどと、思いもよりませんでしたよ・・・」
 もうこの手は使い物にならないな――、
 漠然と右手の痛みに苛まれながらも、エクスの思考は次第にはっきりとなってゆく。
 目の前の魔王、魔王ケイブリスと長くは話せない。のんびり構えていると、あっさり殺されてしまう。
 ケイブリスは自分のことを、質の良い玩具としか見ていない。ここは少し強引に会話を進めなければ。
「・・・魔王様に申し上げたいことがあります。宜しいですか?」
「ん〜〜?」
「降伏、それも私に限ったことではありません。
 リーザス、ひいては人類が貴方に逆らう愚かさを痛感しています」
「あ〜ん?」
「・・・魔王様、そして魔人、魔物の皆様に従います。
 命さえ助けていただけるなら、人間本来の姿に戻らせて頂きます」
 ケイブリスの尻尾がブンと風を切り、エクスの頭上を凪いだ。
 頭上数センチに突風が吹き、銀髪が逆立つ。
「人間本来の姿だぁ?」
「ええ。魔人の奴隷、家畜が人間の在るべき姿。私達は改めて魔人の奴隷に過ぎない己を認識しています」
 ブワッ
 小刻みに揺れながら、尾がエクスの顔面を撫でた。
 撫でたというよりは、吹き飛ばす。丸縁眼鏡に風圧がひびを入れる。
「・・・」
 無言で尾を振りかざすケイブリス。両腕でも抱え切れない太さが、ズンズンと空気をかき回す。
 エクスすれすれを何度も肉塊が飛びずさる。
「私達は己の愚かさを知りました。
 つきましては、命を助けて頂く代わりに人類を支配するお手伝いをさせて頂きたいのです」
 少しでも動けば尾が自分を切り裂く。動いてはいけない。
 グッと両足に力を入れ、キッと胸を張る。
 目を閉じてもいけない、
 少なくとも自分が堂々としている限り、ケイブリスはエクスに止めは指さない・・・と、思う。
「リーザスを揚げて、魔人様の下僕となります。人間に意思を伝える代行者です。
 例えば『若い女を千人集めろ』とおっしゃって頂ければ・・・千人集め、献上します」
 マリスならそのくらいは平気で実行するだろう。千人どころか、一万人でも眉一つ動かさない気がする。
「人間を魔人の羊とするならば、私達は羊飼い。私達は魔王様の期待に沿うよう、人間を管理することができます。
 羊を飼いならすには、やはり羊の一部に支配させることが適当かと――っ」
 ピシッ
 凄い勢いで迫った尻尾が、エクスの眼鏡を弾き飛ばした。
「っ」
 視界が一気にぼやける。眉間から暖かいものが流れてくる。少し切ったか?
「・・・てめぇはやっぱりアホだ。勘違いしてもらっちゃぁ困るね」
「うっ」
 ジリジリと互いの距離が迫る。蠢く触手がヌタヌタのたうつ様が、生々しい。
「羊? 羊飼い? そんなもんはいらねぇよ。ジル様の時代、俺様達は楽しくやってたんだぜ?」
 魔王ジルが大陸を統べた時代。
 大陸に散らばった人間を統括する組織などなかったが、ケイブリスは何も困りはしなかった。
 適当に村へ繰り出せば若い女の十や二十はいたし、村を粉々に砕いたところで五年もすれば同じ場所に村が蘇る。
 木が生えるのと同じで、時間が勝手に人間を増やすのだ。
「なんていった? てめぇらが人間を管理するだと?
 意味が解らねぇよなぁ〜、もう一度いってみろ、てめぇは俺様のなんだ?」
 グググ
 六本の内二本が下降を始め、エクスの両脇から迫る。
「私は、魔王様の奴隷・・・ですか?」
「んん〜」
「え、くっ」
 ガッシリと体を掴み上げ、ゆるゆると持ち上げる。
「奴隷、玩具。てめぇらはみぃんな俺様に殺されるため、生まれてきたんだぁ」
「・・・」
 掴んだ腕は力を抜いていある。
「はっきり教えてやるぜ。俺様は人間を支配しようなんて思ってねぇんだ。支配なんてなぁ生ぬるいんだよ!」
「っあああああ!」
 一気に突き立てられる爪、爪、爪。
 深い。長さの分だけ体内にめり込ませてくれるじゃないか・・・っ。
 これまで堪えてきたけれど、もう悲鳴が止まらない。いきなり訪れた致命傷。
 く、いきなり幕切れですか?
 いや、まだ致命傷ではない。大怪我だけれど、まだ命に別状はない、はずだ。
「っく、くあっ、はぁはぁはぁ・・・」
「へへへ・・・ぬるいのは嫌だろ? どうせならボコボコにして、グチャグチャにしないとなぁ〜?
 ふへへ、いまさら生き残れるなんて甘い考えは捨てるんだな。
 謝ろうと土下座しようと、てめぇらを許すつもりはまぁったくない。
 『お前達は魔王様に逆らった』んだから、いまさら生き残れるなんて思っちゃいねぇだろ?」
「っはぁ・・・うぐぅ」
「やれカオスだ日光だ? ちょっといい武器持ったからってよ、俺様に喧嘩を売ったのが間違いだ」
 エクスを掴んだ腕が、少しだけ緩まる。
 痛みで真っ白になった意識を振り絞り、エクスはケイブリスに声をかけた。
「カオス、日光など魔王様の敵ではないはず・・・。それを理解しない私達が愚かでしたっ、くっ」
「・・・そうだ、俺様の敵じゃねぇ。あんな糞虫、あんなよわっちい人間は・・・確か、ランスとかいったか?
 おお、そういや健太郎ってのもいたなぁ〜」
 来た。ケイブリスの口から『ランス』の三文字が出た。
 薄れ掛けたエクスの意識が、グイと現実に引き戻される。このまま気を失えば、体を貫く痛みから逃げ出せる。
 けれど、逃げてはいけない、投げ出してはいけない。降伏は既に絶望、ならば是が非でもこれだけ聞かなくては――。
「あ、あ、ぁぁ」
 駄目だ、上手く声がでない。舌が動いてくれないじゃないか。
 懸命に口を開閉させるエクスをどんどん持ち上げながら、吐き捨てるように、
「頼みの綱だったんだろ?
 けっ、俺様も少しは手応えがあると期待してたんだがよぉ、まぁるでカスだったぜ」
 首を傾げる。
「カスらしく、いろいろ喰らわせてやったっけか。今頃はどこかで野垂れ死にだ」
「!」
 口は動かないけれど、耳は完全に生きている。
 エクスに聞こえた魔王の一言、『今頃はどこかで野垂れ死に』・・・?
 え、こ、これはひょっとして?
「せっかく特大の苦しみをプレゼントしてやったのによぉ、
 あれじゃぁ数分ももたなかっただろぉな――おい、どうした?」
 魔剣カオスを手にケイブリスへ向かってきた男。手足を砕かれ、無様に大地へ寝そべる男。
 体中を己の体液で真紅に染め、かろうじて呼吸だけ続ける男。
 ランスの末路が記憶から浮かび上がる。あれではもって数分だろう。
 ケイブリスが生み出した凶なる意識、
 カミーラの数千倍の苦しみをこめた意識も、せいぜい数分しかランスを苦しめられなかったわけだ。
 ちっ、まだまだ足りなかった。もっともっと苦しませる方法があった筈なのだ。
 それを簡単に殺してしまったことは悔恨。
 苦々しい思いが頭をよぎり、さて目の前の人間を握りつぶそうかとした時だった。
「てめぇ・・・なに笑ってやがる?」
 これから砕かれようとしているのに、笑っているではないか。
 足とわき腹に二本づつ爪を食い込ませ、激痛におかしくなったのか?
 いや、違う。なにか、突き抜けた笑顔ではないか?
「あ、貴方・・・は、ランス王の死体を見てはいないの・・・ですね?」
「死体ぃぃ? なんだ、てめぇはアイツが生きてるとでも思ってんのかぁ・・・?
 がぁははは! それはないぜ、アレで生きるってのはありえねぇよ」
 ケイブリスのち○ちんにカオスを突き刺した男――バウンド・レス――を消したあと、何故かランスはいなかった。
 いなかったけれど、それは魔法のせいなのだ。
 上空に向けて放った魔王の必殺技、『消えちゃえボム』こと『消えろ光線』。
 光線の一部が地面に突き刺さり、爆風がランスをどこかへ吹き飛ばしたのだ。
「し・・・し、死体は見ていない・・・のでしょう?」
「死体だとぉ? ・・・そういやぁ死体は見てねぇな。ま、大方誰かに喰われたんだろうけど」
 いわれてみれば、ランスの死体は確認していない。
 健太郎が死んだ瞬間は見届けたけれど、ランスのそれは見ていない。
「ということは、カオスの行方も・・・確認してはいない・・・のでしょう?」
「あ、そういやぁ日光とカオスも忘れてたぜ」
 ふと思い出した。
 ち○ちんを刺され逆上したケイブリスは、バウンドを殺したあとズンズンと平原を縦断した。
 人間を猛烈に殺したくなり、自ら前線へでて殺しまくったのだ。
 一騎打ちの跡には、カオスと日光が転がっていたはず。
 魔人を傷つけるなどと忌々しい存在は消し去るつもりだった。けれど・・・忘れていた。
「ふ、ふふ、ふふふ・・・」
「おいてめぇ、なにが可笑しいんだぁ?」
 エクスが声を立てて笑っている。微笑みではなく、そう、何かを確信している笑顔。
「ふふ、はははは・・・」
 確かに聞いた。
 『ランスの死体は見ていない』『日光とカオスを忘れた』・・・つまり、だ。
 この世界には・・・希望がある。可能性が残っているのだ!
 そりゃぁ、ちっぽけな可能性だ。
 ランスが生きていたって、カオスが存在していたって、魔王の手にかかれば一捻りだろう。
 何もかもがうまく進んだとしても、所詮人類奴隷化の流れは止まるまい。
「くく、くくく」
「なぁにが可笑しいんだよっ!」
 しかし、だ。可能性がゼロと一では、なにもかもが明るく輝いて見える。
 全身から力が抜けていく中、エクスの思考にもどんどん靄がかかってくる。
 けれど、靄はまっくらではない、白い光に満ちているのだ。可能性という細い光が、白く、細く。
 錯覚する。ランスが生きていて、カオスを握っている。
 『がははは! 俺様は無敵なのだぁ〜』と高笑いしながら、目の前の生物を粉々に砕くイメージが広がる。
 いや、近い将来必ずランスがやってくれる。
 ランスが生きていないはずがない、そうだ、ランスは生きているのだ。
 小さな希望を、これでもかと拡大解釈した結果、エクスが辿り着いた結果。
「お、おお?」
 ケイブリスの手の中で、ぐったりしていた人間に、急に力が入る。
「お、お、お?」
 ググと掴んだ手を押し広げ、潰された右手を拘束から引き抜く。そして、
 クイ
 薄い微笑を残した額に、ソッとエクスは手を当てた。人差し指を鼻筋にあて、ツイと持ち上げる。
 眼鏡は吹き飛ばされ、裸眼であることすら・・・今のエクスには解らないのだ。
 頭に浮かんだイメージが、ぼやけた視界よりもハッキリしている。
 自分の夢想の方が――リアルだ。
 グィィ、首を捻じ曲げ、背後に控える部下を見る。
 赤、青、黒・・・そして白。慣れ親しんだ鎧を纏った兵士が見える。
 先頭にいるのは・・・見慣れた兜、『忠』一文字。
 長剣を颯爽とかざし、ねとつく笑みを浮かべた男。
 背後から声が聞こえる。
 『てめぇ、やっぱり不愉快だぜ』
 『あ〜、もう飽きたわ』
 『殺すぞ? いいな、殺すからな?』
 『リクエストがねぇんなら・・・花火といくか』。
 正面では、リックが自分を見つめている。ジィッと自分を見つめている。
 と、隣にいるのはピンクの髪が。自分に先立って天国へいった女・・・ではない。
 尊敬する黒の将、バレス・プロヴァンスの娘、ハウレーンじゃないか。
 何故彼女がここにいる?
 彼女はカスタムヘ逃がしたはずではないか。
 そ、そういえばリックもここにいるはずがない。
 彼もリーザスで療養中だろう?
 そうか、これは幻か。
 一瞬、ぼやけきった視界に戻る。そうだ、これが現実だ。
 幻に溺れるのはかってだけれど、最後に自分が聞いた言葉を、言葉を残さなければ。
 目の前に広がる光景が歪み、もう一度リックが現れる。
 ハウレーンもいる、レイラもいる、バレスも・・・ペガサスもいる
 ペガサス将軍、私を迎えに来てくれたのですね?
 私は白の将として、それなりに勤めは果たしましたよ――?
「リーザス白軍に、栄光あれぇぇぇぇ!」
 グシャッ
 同時だった。
 信じられないほど高まった声が街道に響いたのと、赤い花火があがったのは。
 エクス・バンケット(28)、リーザス白の将軍。
 銀髪が美しい青年だった。





 ・・・あとがき・・・
 四話 エクス、殺されました。
 死ぬような空気は作れていたかどうか、気になります。
 ケイブリスがサクサク殺しまくるストーリーで食傷気味でしょうか?
 まぁ、こんなストーリーもたまにはいいかな、と。
 ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。(冬彦)
















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