魔王ケイブリス 第二章 『リーザス陥落』







  八話 小さな防衛線




 トトト
 忍び足で駆け抜ける。忍者の習性は簡単に消えはしない。夜の城を歩いていると、自然に抜き足忍び足に。
「しばらく会えなくなるんだから・・・ちゃんとお別れしないとね」
 見当かなみだった。人っ子一人いない城の中を、メナドに会いに出向いてきたのだ。
「メナド・・・まだ落ち込んでるのかなぁ」
 四日前、メナドがヘルマンから帰還したとの知らせを受け、かなみが真っ先に部屋を訪れた。
 ランスの命令でメナドの動向に留意を払っていなかっただけに、無事の知らせが嬉しかったのだ。
 ランスが敗北する様を目の当たりにして絶望していた時期だけに、親友の帰還ほど嬉しい朗報はなかった。
 かなみは慰めて欲しかった。
 ランスが居なくなったリーザス、不毛なリーザスに戻ってきた親友から、明るく前向きな言葉が欲しかった。
 いつでも笑っていて、前向きで。それでいて友達の哀しみには敏感で。そんなメナドと話がしたかった。
 けれど、かなみを待っていたのは、彼女の知っているメナドではなかった。
 ぼんやりと遠くを見つめ、時折涙ぐんだりして。笑顔がなりを潜め、代わりに苦しみが滲み出ていた。
「落ち込だままだよね、きっと」
 かなみだって活発に走り回っているが、マリスが『ああしろ、こうしろ』というから駆け回っているに過ぎない。
 もしも任務がなくなれば、一人で自室に籠もっていたい。引篭もりたく思っているだけに、メナドの気持ちもよく解る。
 解るけれど・・・容認はできない。
 辛いのはメナドだけじゃない。リアだって、マリスもレイラも、それに彼女自身も辛いのだ。
 辛さを抑え、なんとかしようと頑張ってるんだ。
「でも、気持ちは解るんだよ・・・」
 ひっぱたいてやりたい気もするが、かなみにそんな権利はない。
 ひっぱたけるのは、メナドより激しく戦って、メナドよりランスを信頼している人間だけだ。
 即ち、あらゆる意味でメナドより絶望に打ちひしがれながら、それでも前向きに生きている人間。
 でなければ、軽々しく他人の悲しみを否定など出来ない。
「解るんだけど・・・それじゃ駄目なの。落ち込んで何もしないのが、一番いけない事だもの」
 まるで自分に言い聞かせるように呟くと、メナドの居室へと歩みを速めた。


――――――
 サテラと接触を持った後、かなみはリーザス城へ駆けつけた。
 ひとえに『ひたすら人間を殺す魔物』であって、『交渉の余地ある魔物』でないことを伝えるために。
 マリス執務室に降り立ち、己が見た光景を伝える。
 『エクス将軍に会談を纏められるかどうかは分らないが、とにかくここにいるのは危険』
 『リーザス城を破棄し、少しでも遠くへ』。
 相変わらず眉を動かすことも無い。かなみの報告に淡々と頷き、少しだけ遠い視線をした。
 『マリス様。逃げるなら今すぐに、です。エクス将軍の成否が伝わってからでは、失敗の際に取り返しがつきませんっ』
 サテラの変貌を目の当たりにしてきたかなみには、『逃げるしかない』、そう思えるのだ。
 逃げて逃げて逃げて・・・その先に何が待っているのかは分からない。
 けれど、少なくとも一ヶ月やそこらは長生きできる。
 『リーザス城を捨てましょう! リア様もマリス様も、みなで・・・そう、JAPANに逃げましょう!』
 けれど、マリスは首肯しなかった。最後まで顔立ちを崩すことなく、一度も取り乱すことなく首を横に振るだけだった。
 『ど、どうして・・・』
 魔物はすぐそこに迫っていて、エクスの話し合いが失敗すればどうなるか?
 一番分かっているはずのマリスが、何故取り乱しもしないのか?
 何故逃げ出すことを考えないのか?
 『・・・かなみ。何度も言ったことですが、城がリーザス最後の砦なのです。
  リア様が、唯一安らかに暮らせる場所なのですよ?』
 執務机から立ち上がり、マリスは窓辺に寄りかかった。凛と背筋を伸ばして、窓の外を見つめている。
 夕日が室内を真っ赤に染め、マリスのうなじが映える。部屋の隅に跪きながら、そんなマリスを見つめていた。
 あれ?
 この光景、わたし見たことがあるんじゃ・・・?
 『・・・?』
 赤く燃え盛る炎に包まれたリーザス城。最上階で、迫り来る敵に怯えるリア。
 窓に手をかけ、階下より迫る敵兵を見下ろすマリス。いったい何時のことだったろう? 
 『あ・・・』
 そうだ、あれは三年前。ヘルマン第三軍に魔人が手を貸し、一夜にしてリーザス城が落とされた夜だ。
 湧き上がる焚き火が城内をくまなく照らし、マリスの横顔を照らしていた。
 奇妙なデジャヴがかなみを捕捉する中、沈む太陽に向かって語りかけるマリス。
 『リア様はリーザスを離れません。そして、私も』
 緑のロングヘアに手を伸ばし、ゆっくり、ゆっくりとかきあげてて、
 『私も城に残ります。かなみ・・・貴方は覚えていますか?』
 『え?』
 『以前にも・・・以前にも似たような事がありましたね』
 視線を太陽に向けたまま、眩しさに目を細めながらマリスはいった。
 『どうしようもなくなって、すべてをかなみに託したこと。そして、かなみは期待を裏切らなかった』
 『あ・・・』
 マリスも、かなみと同じ既視感に囚われていた? それは、リーザス解放戦争のことですか? 
 『ふふふ。けれど、あの時はリア様の仰せでしたし。かなみに託した、というよりは彼に託したのでしょうか?』
 ああ、間違いない。マリスも三年前を思い出しているのだ。
 城の陥落が確実になり、すべてをランスに託した事件。あの事件を念頭においているんだ。
 『あの時はかなみ達に助けられました。だからという訳でもないのですが』
 跪くかなみに向き直ると、マリスは静かに言った。
 『かなみ、最後の任務です。二度は言いませんから、よくお聞きなさい?』
 『はッ』
 『リア様がどうなるか、もはや安易な推測はできません。ですが、必ず御命はお守りいたします』
 平伏しているかなみには、マリスの表情は窺えない。
 ただ視界の上端に映った手が、小さな拳を作った様子は、かなみにもしっかり見えていた。
 『もしも私が倒れ、リア様が一人になることがあれば・・・後はかなみに託します。
  リア様の御命、リア様の運命・・・私に代わって守りなさい』
 『・・・っ』
 『何があろうと、十年後にリア様が笑顔でいられるように動きなさい。 ・・・これが最後の命令です。いいですね』
 頭上から聞こえる声は、相変わらず冷たすぎるトーンだった。
 偵察命令を出す時と寸分変わらぬ口調で、けれど内容は全く違う。
 なんだろう、言葉の奥に哀しい調べがあって、いろんな感情が込み上げてくる。
 まるで・・・まるで自分はもう駄目だと、そういわんばかりの言葉じゃないですか?
 俯いたまま、かなみは顔をあげられなかった。
 どうしてかは分らない。けれど、無性に悲しくて、一粒だけ涙を零した。
 『リーザスに魔物が攻め入ることは事実。ですから、その前に・・・そうですね、闇に紛れて城を出ること。
  かなみ、今日からは自分の意思で行動するのですよ?』
 『・・・は』
 キリリと唇を引き締め、押し出すようにかなみは答えた。
 無理です、そんなことを言わないで下さい、私にはマリス様の代わりは出来ませんっ・・・。
 言いたい言葉は山ほどある。だが、口にしてはならない。
 世界で一番リアを想っている女性が、かなみの主たる侍女が下した命令だ。
 マリスが、あのマリス・アマリリスがリアを頼むと口にしたのだ。
 この一言がどれだけ重いか、かなみには十分解っている。
 『解りました』
 小さく頷くしか出来ない。
 再び目頭が熱くなる。自分は忍者で、冷徹な心の筈なのに、どうして肩が震えるのだろう? 
 しばらく沈黙が続き、マリスが、
 『かなみ、顔を上げなさい』
 そううながすまで、見当かなみは跪いたままだった。そんなかなみの前に、マリスが何かを持ってくる。
 『いままでよくやってくれました。本当は、もっとちゃんとした報酬を手渡したいのですが』
 そういって取り出したものは、煌く宝石箱と小さな包みだった。
 『宝石がこれから役に立つかはわかりませんが、時価にして二十万ゴールドはあります』
 微動だにしないかなみの足元へそっと箱を下ろす。かがみ込んで、箱の上に包みを乗せる。
 『これはリア様のために焼いたビスケットです。忍者食ばかりで飽きたでしょうから、これもつけてあげましょう』
 ニコリ
 心なしか微笑んだような。
 かなみは黙って二つの餞別を受け取ると、音も無く執務室を後にした。
――――――
 

 ゴソゴソ
 忍び服に結えつけられた小さな袋。中に入っているのは、小さなビスケットが一掴み。
 いつまでも跪いているかなみに、マリスがそっと手渡したお菓子。
 マリスからビスケットを貰うなんて、考えたこともなかった。
 かなみにお菓子をくれる人間なんて、メナド以外は誰もいない。メナド以外、メナド、メナド・・・?
 そうだ、メナドのことを忘れていた――。一度お見舞いにいってから、任務にかまけて顔も見ていない。
 リーザス城を後にする前に、一緒にこのビスケットを食べよう・・・。
 ふと浮かんだアイデアは、なかなか良さげに思われた。平和だった頃は、よく二人でお茶を飲んだ。
 『緑茶』派のかなみと『紅茶』派のメナドで、たわいのない喧嘩をしたことが懐かしい。
 『紅茶』にかなみは馴染めなかったが、メナドが焼いたクッキーは、赤い紅茶とよく合った。
「メナド、もう寝ちゃってるかな?」
 時刻は夜中、起きているほうが不思議である。
「眠ってたらどうしよう? その時は・・・うん、そっとしておこ」
 上手くいえないけれど、メナドとサヨナラをすれば、もう二度と会えないような気がする。
 自分がリーザスを脱出したあとも、メナドは軍人として残るだろう。
 二人は違った道に出てしまうが、きっとすぐに合流できる。また二人でお茶を飲めると信じている。
 せめて後一回くらいは笑いながらお茶を飲みたい。
 今晩二人で喫茶すれば、なんだか『これでお終い』みたいに思えるのだ。
 さよならは言いたいし、二人でお菓子も頬張りたい。
 でも・・・お別れ無しってのは、それはそれでいいとも思う。
「起きてるかな? ううん、やっぱり寝てるよね」
 階段を音も無く登りながら、かなみは小さく首を振った。
「ふぅ〜」
 深呼吸し、メナドの部屋がある階へ足を踏み出す。
 と、廊下には明かりが漏れていた。明かりがついた部屋がひとつだけある? 
「え・・・? あれ、あそこは」
 メナドのドアから光が漏れている。
 シンと静まり返った廊下に、なにやら啜り泣くような音がして、思わずかなみは耳をすました。
「メナドの声だ・・・」
 聞き取りづらいが、かなみの聞きなれた柔らかい声質。足を止め、言葉を聞き取ろうとした時だった。
「あれ?」
 啜り泣きに混じって男の声が聞こえる。
 濁声とは言わないが、やけに耳障りな声。聞き覚えがあるような、ないような。
「誰だろう? こんな時間にくるような友達、あたし以外にいたかな?」
 深夜、しかも男。そうだ、同じ部隊に彼氏がいるって聞いたことがある。そうか、例の彼氏が来ているんだ。
 自然に足の進みが摺足になる。
 自分には泣き言をいわなかったクセに、彼氏には泣きつくんだね・・・。少しだけやっかんでみる。
 かなみにとって唯一親友と呼べる存在なだけに、ちょっぴり寂しい。
 けれど、こうやって泣ける相手がいることは、メナドにとっていい事だ。
 ただ、その相手が自分であって欲しかったけれど。
「・・・」
 キョロキョロと左右を確認し、かなみはドアににじり寄った。
 盗み聞きはお手の物、いったいどんな男だろうか。黙って様子を窺うなんて、汚いなと思う。
 ただ、なんだか嫌な予感がしたのだ。うまくいえないけれど、危険がメナドに迫っている気がした。
「・・・」
 ソッと鍵穴に右目を当てる。部屋の中から聞こえていた声も止み、静かだ。
「あっ」
 室内を窺うと、すぐにメナドの場所がわかった。
 ・・・ベッドの上だ。そうだ、男と女が二人きりで・・・しかも深夜。
 することなんて一つしかないのに、現場を見るまで思い至らなかった。メナドが彼氏とセックスする所なんだ。
「う」
 かなみの頬が赤くなる。
 忍者としてランスの性行為は見慣れているが、メナドのそれを覗き見るなどと・・・は、恥ずかしい。
 恥ずかしいし、親友としてやってはいけない行為だ。駄目だ、こんな所を覗いたりしちゃ駄目っ・・・。
 男に圧し掛かられているかなみから目を逸らす様に、かなみはドアから顔を離そうとした。
 親にしかられた子供のように、しょぼくれながらその場を去ろうとした、まさにその時だった。
「・・・?」
 小さくなる室内の光景、キラリと何かが光ったような?
「何だろう、何か光ったよね――えぇっ?」
 何気なくもう一度鍵穴に目を当てたとき、かなみは目の前の光景を疑った。
 キラリと光った物、それはナイフ。
 メナドに圧し掛かった男の右手、確りと握り締められた銀色の物体。え、え?
 シュッ
 男が右腕を高々と持ち上げた時、空気を切り裂く音が聞こえた気がした。
 メナドの頭上でクルッと刃が向きを変え、メナドの無防備すぎる首筋へ。高速で落下しようとしているっ。
「だ、駄目ぇぇぇっ!」
 バンッ
 事態が全く掴めない。男の本意もわからないし、黙って殺されようとしているメナドの気持ちも解らない。
 何もかもが解らないけれど、ただ一つだけいえることがある。
 このままではメナドが――かなみ唯一の親友が死んでしまう!
 そう思った時には、平静さを失って、かなみは室内に飛び込んでいた。





 悪ぃけど、死んでもらうぜ・・・?
 メナドのさくらんぼのようにプックリした唇をしゃぶりながら、ザラックは右手に力を込めた。
 後は、後は振り下ろすだけ。
「死ねぇっ!」
「駄目ぇぇぇぇっ!」
 バンッ
「な、なにぃっ?」
 振り下ろした右手がピタリと止まる。ザラックの背後でドアが開き、誰か知らない女の声が。
「うぇ?」
 唇を離して首を捻じ曲げると、侵入者と目があった。
 かなみとザラックは面識が無いが、服装で忍者だとすぐに解る。
 まずい、なんでこんな大事な時に忍者なんかが来やがるんだ?
 目の前の女忍者は両手にクナイを握り締め、
「動かないでッ! ちょっとでも動いたらただじゃおかないッ!」
 ザラックに向かって叫んだ。両足を踏ん張り、腰を低く落とし、いつでもザラックに飛び掛れる体勢。
 並の悪人ならば、突きつけられたクナイに降参でもするのだろう。
 けれど、ザラックの方がかなみよりか上手だった。
「そっ、そぉれはこっちのセリフだよっ」
 グイッ
 事態が飲み込めずボォーっとしているメナドの、青く艶やかなショートヘアを掴む。
 掴んだそばから引き上げる。
「え、え? うわぁっ!」
 サッ
 左手でメナドの口を押さえ、右腕を首筋に巻きつかせる。
 握り締めたナイフが横に滑り、細い首筋に紅いラインを描く。クナイを投擲しようとしたかなみに、
「う、うう動くなぁっ! ちょっとでも動いてみろっ」
 押し殺した声を発していた。自分とかなみの間にメナドを持ってきて、まるで盾にするかのよう。
「くっ」
 かなみに瞬時迷いが走る。
 どうする、クナイをぶつけるべきか?
 間違ってメナドに当たったりしたら・・・いや、投擲には自信がある、メナドを外して男を一撃で仕留められるっ。
 躊躇いを吹き飛ばし、振り上げたクナイを離とうとしたかなみだった。だが、
「てめぇ、コイツがどうなってもいいのかぁ?」
 シュパ
 首筋にあてられていたナイフが外側に走り、肩口の肉を斬り飛ばす。
 スードリ平原で負傷し、瘡蓋がはったばかりの傷が再び開く。ピュッ、軽い血飛沫が。
「んっう、ううぅぅぅ――っ」
「メナドっ、お前も動くんじゃねぇよっ」
 ついさっきまで、愛する人の口付けを待つ乙女だったのが。来るべき男女の営みに身を任せようとしていながら。
 なのに、なのにこれはどういうこと?
 熱い抱擁の代わりにナイフの抱擁を受け、唇の代わりに手で声を塞がれ、肉棒の代わりに刃物を突き刺され。
 メナドは痛みと困惑に身悶えていた。
「うう? うっ、う――っ」
 懸命にザラックに振り向こうとする。これは何かの間違い、だって・・・だって僕とザラックは恋人なんだよ?
 何度もキスして、何度も愛してくれたじゃないかっ。僕のこと、『愛してる』って、『可愛いよ』って。
 え、え、なに、何がどうなってるの? 
「動くなっていってんだろ! そこっ、そこの女もだっ」
 メナドの困惑は、まるでザラックに通じていない。チラチラと刃物をはためかせながら、見当かなみを睨んでいる。
「う?」
 視界にナイフが。血に濡れて、ポタポタと滴る血を纏ったナイフが映った。え・・・え?
 肩が痛い。灼けるように熱い。戦士としての経験から、刃物で斬られたことはわかる。けれど、一体誰が?
 この部屋にはザラックと僕しかいないよ? 僕と、僕を愛してくれるザラックだけ・・・だよね? 
 目が泳ぐ。自分を押さえつけている人間に心当たりはある。
 ゴツゴツした手、押し殺した声、少し汗臭くて男らしい香り。だけど、ザラックな訳が無い。
 何故って、ザラックとメナドは愛し合っているからだ。ザラックにとって自分は『可愛らし』くて『愛しい』筈。
 大切にされている・・・はず。
「そうだ、それでいい。それじゃあな・・・まずは手にもった刃物を置きな。そう、床に置くんだよ」
 ザラックの声が聞こえる。
 間違いない、聞き間違いようがない。戦場で、執務室で、ベッドで・・・幾度と無く『愛しい』と思った声だ。
 ということは・・・どういうことだろう?
 ・・・いや、ありえないよ。そんなこと、僕がザラックに襲われてるなんて?
 ありえない、ありえないじゃないか。嘘だ、嘘だといってくれるよね?
 ね、ザラック?



 惚けているメナドの正面では、かなみがクナイを離していた。
 右手に三本、左手に三本。併せて六本のクナイを床に置く。
 ギリッ、唇をかみ締めたまま、嘲笑うザラックを睨みつける。
「よぉし、どぉやらてめぇの立場が解ってるらしいな?
 ゆっくり立てよ、そう。次は・・・よし、服を脱ぎな?」
「なっ、なんですって?」
「口答えすんな!
 俺だって忍者が武器を隠してることぐらい、それぐらい知ってんだよっ。
 ごちゃごちゃいわずに裸になりやがれ!」
「くっ」
 ジャキ
 首筋からナイフが離れ、メナドの眉間に突き立てられる。余りにも素早いナイフ捌きで、隙をつく暇が無い。
 パッと見は武術の心得がありそうも無いくせに、やたらナイフが俊敏に動く。
 そのくせ手は小刻みに揺れていて、見ていて危険極まりない。手元が狂ったら、それだけでメナドが死ぬ。
 だのにまるで手心を加えず、容赦なく動かす。
 そうか、この男にとってメナドなんてどうでもいいんだ・・・とかなみには伝わった。
 手元が狂って顔に傷がつこうと、頚動脈を破ってしまおうと大した問題じゃないのだ。
 もし自分が襲い掛かったらどうなるだろう?
 隠し武器は胸内に四本のクナイ、腰に忍び縄。
 左右の腕には鍵爪が仕込んであるし、胴回りには煙球もある。撒き菱、吹き矢になんでもござれだ。
 いま飛び掛ればこいつは確実に殺せる。だけど・・・。
 殺せるけれど、襲い掛かった瞬間にメナドを道連れにするだろう。
 躊躇うことなくナイフを首に突き立ててしまうだろう。
「・・・」
 不意にかなみの瞳が緩んだ。で、できないよ・・・。駄目、言うこと聞くしかない・・・。
「・・・」
「へっ、へへへ。妙な考え起こすんじゃねぇぞ? 怪しい動きをしやがったら、とたんにプスリ、だからなー」
 舌なめずりしながらヒラヒラと手を揺らすザラックの前で、かなみはゆっくり立ち上がった。
 伏目がちに腰帯に手を掛け、諦めたように、
 シュルリ
 一息に引き抜く。帯に合わせて着物がほどけた。
「ほぉぉ。忍者ってのは下着もつけねぇんだな・・・」
 感心したのかしないのか、下腹部を食い入るように眺めている。
 そう、忍び服といえども所詮は着物。パンツ、ブラといった大陸の下着とは相容れないのだ。
 代わりにサラシを巻いてはいるが、大事なところは剥き出しのまま。チラリ、上目に男を窺う。
「・・・」
 隙だらけなのに、どうしてメナドは為すがままなのか?
 かなみのことだけ見てる今、メナドが反抗するチャンスじゃないっ。いつまでボケっとしてるのよっ。
「どうした? さっさと前も見せろ。帯解いただけで許して貰えるたぁ思ってないだろ?」
「・・・分かってるわよ」
 屈辱と怒りを湛えつつ、かなみはザラックを睨みつけた。肩口に手をかけ、前をはだけさせる。
 ハラリ
「くっ・・・」
 十九歳にしては張りのある胸、色素が未沈着の突起をザラックに晒す。
 武器がつまった着物はコトッと床に落ちる。剥き出しの素肌に、サラシ、小手、脚絆だけが肌を覆う。
 女の部位も、小さな蕾も、すべてがザラックの視界の中に。ランス以外の男に、初めて己の肉体を見せる。
「おお〜。顔がガキっぽいからもっと小振りかと思ったけどよ。
 なかなかどーして艶っぽくて・・・こう、張りがあるじゃねぇか。
 色もピンク色で・・・ふはは、そそるねぇ」
 かなみから戦意が消えたことを、ザラックは敏感に感じ取っていた。
 確かに自分を睨んではいるが、悔しさから睨んでいるだけ。抵抗の意思は全然感じない。
 自分が優位にあることを自覚し、心に余裕が戻ってくる。かなみの身体を舐めるように観察する。
「まったく、いいおっぱいしてやがる。コイツなんかより、よっぽど柔らかそうだぜ」
 口を押さえていた左手が下降し、メナドの胸をもにゅもにゅと鷲掴みに。
「へへへ・・・。コイツの乳はガキくさくってなぁ、揉み心地もいまいちなんだ。
 ま、俺が揉んでやったおかげで大分ましになったけどよ」
 歯を食いしばるかなみ。脱力し、虚ろに視線を彷徨わせるメナド。ニタニタと厭らしい笑みを漏らすザラック。
 三者三様の顔つきが交差するなか、ザラックだけが笑顔だった。
 


 リーザスの夜は長い。特に、今晩はいろいろな出来事が起こりそうだ。
 ザラックとかなみが睨み合っている頃、もう一つの異変が火を発した。
 リーザス天才病院に、絹を裂く様な悲鳴が木魂する。
 一人の悪党が撒いた火が、リーザス全体に広がろうとしていた。





 ・・・あとがき・・・
 八話御終いです。
 かなみの視姦は取り敢えずこれだけです。
 ザラック、ナイスキャラだなぁ。
 下衆を地で行くキャラとして、とても貴重だと思いました。大嫌いですけど。(冬彦)

















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