十一話 『赤い死神』ガチャッ ヤミが鍵穴に鍵を差込み、ノブを捩じる。滑り込むようにして、五人の男が部屋へなだれ込む。 「おらぁっ!」 「わあああ!」 「死ねえぇっ」 勝手に叫び声を揚げ、剣を握って飛び込んでゆく。駆け出す男達の背中を眺めながら、ヤミはギュッと目を瞑った。 これでお終いだ。リック将軍が殺され、自分はリーザスを後にするのだ、と。 病院で人殺しは二回目。別に怖くなんてない。良心の咎なんてクソ食らえ、だ。 リックが寝たきりで、ロクに動けないことは知っている。 そんな病人に五人もの兵士が襲い掛かるのだから、勝負は一瞬でつくだろう。 けれども部屋から聞えてきたのは、リックの悲鳴でも断末魔でもなかった。 「ぎゃああっ」 「うわ、何だコイツっ?」 「は、話が違うぞぉっ。おいっ、これはどういうことだっ!」 さっきまで喋っていた下衆共の悲鳴が。え、え? 「ちょっとどうしたの――っ? えっ?」 慌てて後を追うヤミ、視界に飛び込んできたのは倒れこむ赤い鎧だった。 もちろんリックが鎧を着けているはずがない。リック襲撃隊隊長、ホーテン・ココアだ。 「くっ、お前らで囲むんだっ。一人で突っ込むとヤられるぞ・・・っ」 切断された利き腕を押さえながら、部下の緑兵を制するホーテン。 ホーテンの正面には、アーヤを庇う金髪の青年、リック・アディスンが。 パジャマ姿に似合わぬ殺気を纏い、手には長剣バイロードを握り締めている。 ベッドから片足だけ踏み出し、バイロードの切っ先をホーテンに突きつけていた。 「うっ、嘘でしょう?」 アノ傷で立っている等と、ありえない。 痛みだけならともかく、肉は腐り骨まで腐食している・・・そうアーヤから聞いている。 アーヤが嘘をつく筈が無いのだ。 「あ、貴方達はなんなんですか〜? ヤミさんまでどうして〜」 アーヤだけは事態を飲み込んでいないのだろう、場にそぐわない言葉を発してホーテンに歩み寄ろうとする。 アーヤのすぐ前では、庇うように仁王立ちするリックとならず者が火花を散らしているのに。 「ここは病室なんです〜病院内ではお静かに・・・」 「アーヤさん、下がって!」 前に出ようとするアーヤをおし戻すリック。ただでさえ足が動かないため、僅かに体勢が崩れた。 「おらぁぁぁ!」 リックが前傾姿勢になったところへ、左手から男が襲い掛かる。リックの動きに隙を見つけたつもりなのだ。 もしもリックが相手でなければ、彼の一撃は決まっていた。 「・・・」 シュシュシュッ 男を見もせず、ノーモーションでの剣線三閃、 「うわったっ」 思い切り仰け反る男。間一髪でバイロードをかわす。 「ちぃっ、コイツできるぞっ」 「ったりまえだろ、『赤い死神』だぞっ?」 「なぁにが『動けない重傷』だっ。思い切りピンピンしてんじゃねーか!」 遠巻きに取り巻く男達。もう軽々しくリックの間合いに入ろうとしない。 「怪我に変わりはないみたいだぜ? 見ろよ、足から血が出てやがる」 「おお本当だ。それによ、『歩けない』ってのは嘘じゃないらしいな。こいつ、あんよがお留守だぞ・・・」 ―――――― 瞬時の攻防ではあったが、リックの足にとって酷過ぎる負担だった。 塞がってもいない傷口が大きく口を開け、貴重な血液を奪ってゆく。包帯を赤く染め、温ま湯のように床へ流れて行く。 殺気を感じ、無意識の内にバイロードを手にする。扉が開くと同時に手でベッドを突き飛ばす。 乱入してきた男どもに幾筋もの剣閃を叩き付け、先頭を走る赤兵から右手を刎ね飛ばす。 エンドルフィンがドクドクと分泌され、一瞬だけど足の痛みがマシになる。 ただ、組織が崩れる感触はしっかりと感じられた。 ―――――― 殺気と殺気がぶつかり合う。メットなしに戦うなんて何年ぶりだろう? イラーピュ以来じゃないだろうか? イラーピュでメットを小川に流されてからこのかた、素顔でバイロードを握ったことなんかない。 そういえばあの時はレイラさんの影に隠れて、ただただモンスターを怖がっていたっけ――。 埒もない夢想に囚われながら、リックは目の前の敵を睨みつけた。赤兵が一人、緑兵が四人、か。 どうして自分が襲われているのか心当たりはないけれど、人違いなどではなく自分がターゲットにされている。 「・・・」 チラリと背中に目をやる。漸く状況を掴んだのだろうか、アーヤは動こうとしなくなっていた。 ぱっちりと目を見開いて取り囲む男達を見つめている。 「・・・」 正面の敵に視線を移す。本当なら五人程度を片付けるなど容易いこと。ただし、足が言うことを聞いてくれればの話だ。 立つことは立っているものの、まるで動く気配がない。痛みばかり脳に伝えてくるくせに、脳からの指令は無視する足。 ジリジリと距離を詰めてくる。五人ともが呼吸を合わせ、剣先を揃えて迫ってくる。一歩、また一歩、またもや一歩。 「・・・」 緊張感。こうやって少しずつ接近した戦いでは、先に動くと敗北する。 ぎりぎりのギリギリ、本当に限界まで敵を引き付けたところを撃つ。 リックが動けるなら話は別だが、足が動かない以上敵の出方に合わせるしかない。 五人のうち、既に赤兵の戦闘力は奪った。しょっぱなに右手を刎ね飛ばしたので、直に貧血で倒れるだろう。 倒れないにしても、もはや大した斬撃は放てまい。残り四人の内、一人はできる。 先程リックに襲い掛かってきた男だが、剣先がピクリとも動かない。後の三人は――雑魚だ。 懸命に平常心を保っているが、如何せん腰が据わっていない。ありていにいうなら腰が引けている。 そんなヘッピリごしで剣を突きつけられても大した威圧感は感じない。 「・・・っ」 雑魚三人の内、小柄な男が間合いに入った。長剣バイロードの間合いは、リーザスソードの二倍はある。 瞬時に飛ぶ赤い剣閃。 「え? う、うぎゃあ!」 「ぐっ」 男の左手がスパリと。踏み込みが出来ないせいで浅い傷しかつけられないが、それでも腕がさっくり割れる。 ただ、割れたのは男の腕だけではなかった。剣を振るった方の足にも、同程度の割れ目がある。 男の叫びで掻き消されたが、リックの口からも嗚咽が漏れていた。 腕を振った振動が、傷口にズシンと響いたせいである。 「ちっ、こんのチンバ野郎がぁ!」 「「うおおおっ」」 今が汐と見たのだろう、使い手な緑兵が猛然と突撃する。 釣られるように、残りの二人までリックの懐に飛び込んでくる。 「・・・っ」 「ぐあぁ!」 最初の一人を切伏せる。なまじ剣道の心得があるせいか、極めて分りやすい動き。 リックの剣先が流れた逆側へリーザスソードを振り下ろしたところを、スパリ。二の腕が共に宙を舞っていた。 本来なら首を狙うところだけれど、それでは振り下ろされた剣が足にささる。 この場から動けない以上、迫り来る剣を腕ごと跳ね飛ばすしかない。 一人目はなんとかなった、次はコイツだっ。 「・・・」 ザシュッ 流れるようにバイロードが走り、男の剣を真っ二つに。唖然とした顔の向こうに、折れた剣が落ちてゆく。 次だ、後はこの優男一人だけ。まるでドスを突き刺すみたいに、拝むように突きを繰出す。 目を瞑って、半ばヤケクソのようにして。 下半身が使えれば、こんな男に梃子摺るなんて考えられない。 目を瞑って懐に入り、あわよくば心臓を貫くなんて、あまりにも幼稚な手法である。 相手がちょっとでも動いたならば、忽ち狙いなど外されるのだ。ただ、いまのリックは動けない。 かわすことも、踏ん張って受け流すことも出来ない。迫る刃を弾くしかない。 「・・・っ」 シュン 重心も何もあったもんじゃない。二人を切伏せた時点で、リックの身体は大きく右に傾いていた。 倒れそうになりながらも懸命にバイロードを靡かせる。手応えありっ。 「あ――」 男は目を瞑ったまま崩れ落ちた。赤い長剣が手元から首筋にかけて松葉のように刎ねあがる。 結果剣を握ったままの手首と、恐怖に引きつった頭が胴から離れた。前のめりに倒れる首無し死体。 釣られるようにリックも床へ崩れ落ちた。やった、これで全部だ・・・なんとかなったか・・・。 「リック将軍っ」 倒れたリックにアーヤが駆け寄る。普段の穏やかな笑顔ではなく、初めて見せた焦りの色。 「大丈夫、まだ大丈夫です・・・」 激痛で呻くリックの服を破き、すかさず軟膏を張ろうとした。霞むリックの視界に、白衣を纏った女性が駆けてくる。 アーヤさんではなく、見たことのない女性。誰だ? 何か持っているけれど、アレはなんだ・・・? 剣、か? トトト 無心な子供が寄ってくるみたく、白衣の天使が駆けてくる。実態は天使などではなく、闇看護婦のヤミ・ミー。 リックが刎ね飛ばしたリーザスソードを握り締め、身体ごとリックにぶつかろうとしているのだ。 いや、正確にはリックを刺そうとしているんじゃない。 リックを労わる緑髪の医師、アーヤ・藤之宮へと切っ先を向けて走りこむ。 ―――――― いっつも自分は悪役だ。不幸な星を背負って生まれ、汚れ役ばかりこなしてきた。 薄汚い男に嬲られ、ザラックに利用され、実の父から虐待を受け・・・あげくのはてに患者殺しの片棒だ。 自分にはリックを殺す理由はない。ただザラックに言われたとおり男共を連れてくるだけでいい。 にも関わらず、自分はリックと・・・アーヤを殺そうとしている。 気に入らない、 『殺される筈なのに乗り切った』ヒーローも気に入らないし、『傷をおったヒーローに縋るヒロイン』も気に入らない。 貴方達ばっかり、気取ってるんじゃないわよっ! ―――――― 「アーヤさんよけろ!」 シャッ 床に這い蹲ったまま、バイロードが跳ね上がった。ヤミの足元からビュンと上昇する赤い剣。 本当に、あと三センチだった。あと三センチバイロードが長ければ、ヤミの額は両断されたことだろう。 しかし、現実には額に浅い傷をつけ、前髪を切り去るに過ぎなかった。 「うぅぅ――っ」 ヤミの刃が止まらない。瞳が宙を彷徨っているアーヤに向かい、銀の剣が振り下ろされる。 「・・・あら?」 「うあ・・・」 伸びきったリックの腕が引き戻されてバイロードがヤミの肩口を切り裂くのと、 アーヤの背中にヤミの剣が突き刺さるのは同時だった。 パクパクと、打ち上げられた魚のようにアーヤが口を開閉させる。泣き声も悲鳴も出てこない。 コポリ 泡交じりの赤い液体が口に溢れた。コポコポととめどなく溢れ出す。 まるで雪解けの小川みたいに、顎を伝って胸に落ちる。 白衣が赤く染まる様は、雪原にチューリップが咲き誇る様。 目から生気が無くなってゆく。アーヤのパッチリした瞳が、どんどん赤く染まってゆく。 生気を失っているのはヤミにしたって同様だ。切り裂かれた肩口から、噴水のように血が吹き上げる。 どうにかアーヤに剣をつき立てたものの、既に目は見えていない。 手応えはあったが、いったいどこに刺さったんだろう? いいや、もうどうだって構わない。何もかもがどうでもいい。 何故だかわからないけれど、私も体を斬られたようだ。 どんどん意識がなくなっていくもの・・・。私は最後まで悪役で、アーヤ先生はいい人役になれたかしら? さしずめ悲劇のヒロインってとこでしょう――? アーヤにもたれるようにして、ヤミ・ミーは命を落とした。 くだらなくて、実につまらない死に様にも関わらず、頬には微笑を浮かべていた。 「くっそぉ・・・な、なにがどうだっていうんだよ・・・」 白い壁に血飛沫が飛び散り、まるでスプラッタ・ハウスのよう。 腕を切り落とされて意識を失った赤兵一人に緑兵二人。文字通りバラバラにされた緑兵一人に、両断された看護婦、ヤミ。 ドクドクと血を溢れさせるアーヤと、血の海に溺れている金髪のモンスター。 『赤い死神』の通り名は伊達じゃなかった。歩けもしないくせに、これだけの地獄を演出するのだ。 まさしく死神の面目躍如か――? 「う、う、ううう」 緑兵が前に進もうとしても、身体が言うことを聞いてくれない。 敵は倒れているのだから、そっと回り込めば殺せるはずだ。なのに、前に進めない。 こいつは人間じゃない、化け物だ・・・、そう本能が告げて兵士は後じさった。 さっきの剣技を見たか? 倒れているくせに上から下へ切り下ろすなんて人間技じゃない。 血の匂いが濃い。濃厚な殺人の匂いが、兵士の理性に揺さぶりをかけた。 嫌だ、ここに居たくない。ここに居たら殺されるっ。そうだ、殺されたんじゃ元も子もない。 生きていてこそ楽しみがあるんだろ? 「お、おお覚えてろよっ!」 足が勝手に逃げ出すと同時に、口もかってに捨て台詞を吐く。頭はからっぽなのくせに無意識の行動。 兵士はリックに背を向け、部屋から逃げ出そうとした。 「げぇっ?」 急ブレーキをかける。正面には・・・血相を変えた女剣士。 リーザス兵なら誰もが一目置く親衛隊隊長、レイラ・グレクニー。 ど、どうしてコイツがここに居るんだ? 南門にいるんじゃないのかよっ。 畜生、ザラックの計画は穴だらけだぞ! リックのどこが『瀕死』なんだ? 『親衛隊は城門警備だけ』だと? 何もかもが違うじゃないかっ。 「があああっ」 錯乱した中、兵士は大声を張り上げた。騙された、と思う。 ザラックなどという屑に乗っかった自分が間違っていたのか? くそ、くそぉっ。 「わああ――」 バイロードにへし折られた剣でレイラに斬りかかる。すでに理性はなりを潜め、彼を支配しているのは狂気のみ。 無我夢中で斬りかかっていって・・・瞬時に両断された彼がいた。 カッと目を見開いたまま、大きく口を開けたまま崩れ落ちる。 本人は自分が斬られたことすら気づかなかったことだろう。 「リック、リックしっかりしてっ!」 リーザスソードから血を滴らせ、真っ青になったレイラ。 床に崩れたリックを認めるや否や、全力でリックに駆け寄っていった。 ―――リーザス西の塔、メナドの部屋――― 下卑た笑いを浮かべるザラックと向かい合っているのは、唇をかみ締めた見当かなみ。 生まれたままの姿になり、両手を頭上に組まされていた。 「へ、へへへ。なかなか素直でいいぞ。そいじゃあそこに入んな?」 顎でクローゼットを指し示す。木製で小振りなクローゼットで、丁度かなみが収まる程度の大きさだ。 「・・・あたしを閉じ込めようって気?」 「るっせぇ! ごちゃごちゃ言わずにさっさと入るんだよっ」 冷やかにかなみが言い返したとたん、グッと刃に力を込める。 「・・・」 メナドの首筋にピタリとナイフを突きつけ、凄い目つきでかなみを睨む。 メナドはといえば命が危ないにも関わらず、ただ呆然として動かない。 「わかったわよ・・・。入ればいいんでしょ入れば・・・」 ザラックの為すがままになっているメナドに溜息をつくと、かなみはクローゼットへ向かった。 「手は組んだまま離すなよ? 取っ手は口で引っ張れ」 憎憎しげにザラックを睨み、かなみの口がクローゼットの取っ手を咥える。 キィ 静かに開き、ハンガーで吊るされた服の数々が晒された。 Tシャツにショートパンツ、柄のないアンダーシャツに、単色のブラウスが数着。 女性特有の華やかさがまるでない、貧相極まるクローゼットだ。 「よぉし、早速中に入れ。いいか、俺が『いい』っていうまで出てくるなよ?」
つき立てたナイフをクイと横に滑らせる。ザラックなりの『首を掻き切るぞ』との意思表示だ。 |
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