魔王ケイブリス 第二章 『リーザス陥落』






 十四話 魔王の力




 ゴォォォォ
 燃え盛る炎、巻き起こる阿鼻叫喚の図。夜の帳が炎によって持ち上げられる。
 本当に一瞬だった。抵抗など、たった一撃で吹き飛んでしまった。


――――――
 リーザス・ノース街道に面した南門には、白の軍700と親衛隊400が剣を構えていた。
 目前に迫った魔物の対応を、固唾を呑んで見守っていた。
 交渉の合図はまだか、まだか、まだか――。
 ズンズン迫ってくる地響き。
 まだか、まだか、まだか――?
 ズンズンズン
 もしかして……いや、やはりというべきだろうか。魔物に交渉する気などなかったのか?
 ズンズンズン
 問答無用で戦わないといけないのだろうか? こちらが降伏する意思は伝わっているはずなのに。
 ズンズンズン
 ああ、やっぱり降伏すら手の届かない場所にあるのか。
 ズズンズズン
 もう、もう戦うしかないのか。無駄と分っても剣を振るうしかないんだ――。
――――――


 白の軍も、親衛隊も良く戦った。銘々が拙い技と虫けらのような実力でもって、無駄と知りながら散っていった。
 なにしろ……魔王が相手なのだ。魔人軍先頭にたったケイブリスが、単独で城門をねじ伏せたのだから。
「げぇははははー」
 逃げ出そうとしたものは、青いレーザーに貫かれた。剣を振りかぶった男も、青いレーザーで貫かれた。
 背後から襲い掛かったものは大木のような尻尾で弾き飛ばされ、左右から飛びついた者は六本の腕に引き裂かれた。
「ひはっ、はぁはははは!」
 動けるものはまだましだった。大半の兵士は、魔王の姿を見ただけで石の様に固まってしまった。
 心が死んでしまったように、ただただ迫る魔法を見つめては死んで行った。
「ぐはぁはぁはぁはぁ」
 一瞬で死ねた者も、幸福な部類に入るかもしれない。
 中には腹をごっそりもっていかれたり、足を付け根から焼き払われたものもいた。
 尾の一撃で全身の骨を砕かれ、大地をのたうつ白の兵。
 巨大な足に踏み潰され、とうに原型をなくしてしまった親衛隊。
「げぇあはぁはぁはぁはぁ!」
 そう、時間にして五分に満たない時間。たった一人のケイブリスが、リーザスに残った全兵力を滅ぼしたのだった。
 たしかに生きている兵士はまだ数百残っているけれど、組織として抵抗できる状態にはない。
 こうなってしまえば、ケイブリスに続いて侵入したモンスターの餌食になるだけだろう。
 こうして人類最後の砦はあっけなく崩れ落ちた。





「うっ、うううっ、ひっく、ひっく……」
 リーザス城西の塔、メナドの部屋。
 忍者服に身を包み直し、窓から外を窺うかなみ。
 血溜まりのなか横たわるザラック、ザラックに縋りついたまま泣き続けるメナド。
 ザラックが死んだという事実がまだ理解できないのだろう、しきりに『ザラック』の名前を呼びかけていた。
 いだに夢の中のようだ。ザラックが部屋を訪れて、二人で愛し合おうとした矢先。
 いきなりかなみが飛び込んできて、ザラックがメナドを人質にとって。
 刃がメナドに付きつけられ、かなみが服を脱ぎ全裸になる。
 ザラックがメナド用リーザスソードを握り締め、かなみを殺そうとして……止めようとするメナドを殺そうと……。
 全ての現実を拒絶するように、メナド・シセイは泣き続けた。ただただ嗚咽を漏らし続けた。
 窓の外で何が起こっているか、たった今リーザス城がどうなっているか。そんなことはどうでもよかった。
 窓辺では見当かなみが視界の惨状に目を覆っていた。
 かなみが異様な気配を感じ取ってから、まだたいして時間はたっていない。それなのにリーザス城は一変してしまった。
 赤々と燃え盛る炎は決して篝火のそれではない。純粋に破壊された瓦礫が燃え盛る炎だ。
 魔物がチョロチョロと駆け回り、辛うじて立っている白兵に飛び掛る。蹲る親衛隊に齧り付く。
 かなみが自分を取り戻したのは、モンスターの一団が西の塔に攻め込んだ時だった。
「……はっ!」
 いったい自分は何をしているのか? 魔物が攻め込んできている、それは分る。
 このままジッと見下ろしていれば殺される以外ないではないか。
「メナドっ!」
 自分達が置かれている窮地に気づき、かなみはメナドを振り返った。
 こうしてはいられない、一刻も早く西の塔を離れなければ。
「ひっく、ひっく」
「……っ!」
 かなみが見たのは、まるで親に死なれた少女のように泣き腫らした親友だった。
 ついさっき殺されかけた相手の死を悼む、あまりにも滑稽な親友。
「何……泣いてるのよ……」
 訳の分からないものが込み上げていた。
 魔物がリーザス城を駆け回り、自らの命も危ない中で、メナドはどうして泣いているのか? 
「止めなさいよ馬鹿っ!」
 ザラックに縋りつくメナドの肩を掴み、グイとこちらを向かせる。
「目を覚ましな――っ」
「うっ、ううぅぅ……」
 平手を振り上げたかなみに映ったのは、血と涙でグシャグシャになった親友の顔。
 それは、『滑稽』『馬鹿』と言い切るには余りに切実な哀しみだった。
「くっ」
 振り下ろそうとした手が、ピタリと止まった。打てない、こんな顔されたら……なにもできないじゃないっ!
「メナド、歩ける?」
 腕を下ろし、かなみは優しく尋ねた。メナドからはなんのリアクションもない。何も言わずに嗚咽を漏らすだけ。
「そう……わかった。それじゃ、私に掴まって」
 半ば無理矢理にして、メナドをザラックから引き離す。腕を自分の首に回させ、小柄な体を背負うかなみ。
「いい、しっかり掴まっててよっ」
 背中に回した腕に力を込め、一気に部屋を飛び出した。ここから城門まで、メナドを負ぶって逃げ切れるとは思えない。
 元気なメナドならまだしも、こんな状態のまま親友をおいていくことも出来ない。
 となれば、どこか安全な場所までメナドを連れて行かなくては。
 廊下から中庭をチラリと見る。ワラワラとあふれ出すモンスターも、まだ本城には到達していない。
 となれば、やはりリアの部屋か? マリスのことだ、リアだけは絶対に守り抜くだろう。
 ならばリアの部屋に連れて行くのが一番いい。
「……」
 パァン
 窓を蹴破り、跳躍する。
 シュタッ
「っ」
 流石にメナドを背負って二階から飛び降りるのはキツかったか?
 少し足首を痛めたかもしれない、けれど立ち止まって入られない。
 モンスターが来ないうちにリアの所へいかなくては――。
 




「ここが中心みてぇだな」
 燃え盛る炎を背に、禍々しい影がバルコニーに伸びる。
「さぁて……楽しませてくれよ? くくく」
 ズリュ
 地面を這いずる尾からいやらしい響きが。
「どうやって殺してやろぉかなぁ〜」
 魔法で瞬殺、これではちっとも面白くない。といってバラバラに千切るのも飽きた。犯し殺すのだって今一つだ。
「……けっ」
 物足らない。まるで満たされない。
 カミーラを殺された怒りをぶつけ、『復讐』の念を満たすには、あまりにチンケな人類の抵抗だった。
 スードリ平原の戦いは辛うじて楽しめたけれど、それ以降の抵抗はなんだったんだ?
 誰もが逃げ惑い、無残に砕け散ってゆくだけ。
 リーザスの城なら少しは手応えもあろうと思っていたが、はっきりいってカスだった。くだらない、と思う。
 復讐とは『それなりに強い敵』を殺してこそ満足感に浸れるのに。
「ふん」
 しばらく眺めた後、ケイブリスは足を踏み出した。例えくだらなくても構わない。
 彼がしなければならないことは、己に開いた穴を塞ぐこと。カミーラという穴から気を逸らすこと。
 少なくとも復讐に熱中していれば、カミーラを忘れることが出来る。
 人間をいたぶっている間は哀しみを忘れることが出来る。
 ズシンズシン
 一歩踏み出すごとに揺れる大地。入り口と思しき門は、ケイブリスがやっと通れる位の高さしかなかった。
「人間ってのは、どうしてこうちまちま作るかねぇ」
 ブンッ、
 腕の一撃、崩れ落ちる鉄扉。すでにケイブリスを阻む門番などいない。
 体を屈めようともせず、城にめり込むようにケイブリスは進んだ。
 闇夜に映えるシャンデリア、真っ赤な絨毯、カーペット。白壁、大理石、ステンドグラス。
「けっ、上品振りやがって!」
 ゴウッ
 尻尾を一振り、巻き起こる竜巻が装飾を砕いた。美しいものが消えてゆく様子が、ケイブリスの怠惰な感情を刺激する。
 パリンパリンパリーン
 レーザーを照射、砕け散る透明なガラス達。
「うは……はははぁ! そうだ、壊れちまえ! 人間の作ったものなんて俺様が全て消し去ってやるぜ!」
 グァァァン
 六本の腕が同時に床を撃つ。桁違いのクレータが、階段を、絨毯を、バルコニーを砕いた。
「城も人も町も村もぉぉぉぉ、全部ぅぅぅぅ……?」
 ケイブリスの冷め切った瞳に、小さな灯りと人影が。
 クレータが吹き飛ばした二階の壁の向こう、やけに広い空間にたった一つ。
「ぅぅぅ……」
 横顔が灯りに映える。視線がケイブリスを射抜く。
 蔑んだような、哀れむような目。どこまでも冷たく凍えるような気迫が。
 マリスとケイブリス、二人の遭遇した瞬間だった。





「つぁぁっ!」
「ピィィ」
「はぁはぁ……てぃ!」
「ピィィィィーッ」
「っ。キリがない!」
 開いた扉から次々に飛び込んでくる赤いゲル状モンスター・ぷりょ。斬っても潰しても湧いてくる。
「はぁはぁ……なんて数なの……きゃぁっ!」
 あまりの敵にレイラが悲鳴をあげたとき、窓が割れる音がした。ガラスの破片とともに襲い掛かる『るろんた』。
「ぐぅっ」
 けれど、るろんたがレイラに触れることはなかった。赤い閃光が走り、悲鳴をあげることさえ出来ずに砕け散る。
「ぐぅぅっ」
 リックの呻き声、レイラは堪らず駆け寄ろうとした。
「リック!」
「余所見をするな!」
 床に膝を着いたリック、厳しくレイラを咎める。
「で、でもっ」
「僕は大丈夫だ……。大丈夫だから……」
 歯を喰いしばり、リックはスクと立ち上がった。
「ぐぅ……、ほ、ほら立てるだろう? 僕に構わずにここから逃げろっ……」
 そうしている間にも、間断なく飛びついてくるモンスター。剣と牙、爪と鎧がぶつかり合う。
「っおおおおお! バイ・ラ・ウェイ!」
 レイラの背後が揺れ、咆哮と共にリック・アディスンが飛び出した。
 シュオオオン
 長剣バイロードが跳ね上がる。
 ザシュザシュザシュッッ
「リックっ」
 真っ白な寝巻きが跡形もない。侵入者、モンスター、そして己の血液により、真紅に染まった衣装を纏った影。
 瞬時に剣閃が舞い部屋に溢れたぷりょ達を一掃した。
「っ……いまだ、いまなら突破できるだろう?」
 ニッコリ
 死神の微笑みではない、金髪の青年の微笑み。
 魔物に対して赤子のように怯えていた青年が、いま嘗ての弱点を克服したのだ。
 モンスターから目を逸らさず、己の必殺技を放てるなんて嘗ての姿からは想像だにできない。
「リック……」
 レイラが見渡した限り、部屋に生きているモンスターはいない。確かに今ならここから逃げ出せる。
「よし、リックついてきてっ!」
「ああ……」
 リックの腕をとると、レイラは全力で駆け出した。けれど、数歩と進めない。
「どうしたのよ、走りなさい!」
「つぅっ」
 付いてくるはずの男が立ち止まる。膝をつき、床に蹲ってしまう。
「どうしたのよっ、立てるんだったら走れるでしょう!」
「駄目だ、足が言うことを聞かないよ……さっき激しく動いたせいかな? は、ははは」
「馬鹿っ、何弱気なこと言ってるの? リックでしょう? 貴方はリック・アディスンなのよっ」
 レイラを見上げ、微笑むリック。
「そうさ、僕はリック・アディスンだ。弱虫で臆病で……君も良く知ってるだろう?」
「な、何を言うの? 分からないわよ……」
 血と腐臭が漂う病室。
「だから、僕は弱いってことさ? こんな傷で動けなくなるくらい……くそっ、僕は弱かったんだね……」
「違う! そんなの違うわっ。リックは動けるの! ほら、ちゃんと立てるでしょう? 立ってよ、立ち上がってよ!」
「ははは……あいかわらず無茶だなぁ、レイラさんは。見えるかい、この傷が」
 ガクガクと肩を揺さぶられながら、リックはシュッとバイロードを一振りした。血糊で張り付いたズボンが、
 ハラリ
 真っ二つに切り裂かれ、生々しい傷口が。
「解るだろ? どれだけ深い傷か、君なら解る筈だ」
「……っ」
 初めて見せられたリックの傷に、レイラは戦場を忘れて息を呑んだ。
 どす黒く変色した皮膚、ぶよぶよに膨れ上がった皮膚は、一突きすれば膿を噴出するだろう。
 いや、かすかににじみ出ているのは汗ではなくて毒液なのか? ぬらぬらと絶えず溢れている汁。
 傷口からは血が溢れ、かさぶたがどこまでも続いている。かさぶたも完成したものではなく、皹の入ったものばかり。
 かさぶた同士の隙間から肉が覗き、ピンク色が鮮やかに。
「こっちの方はまだマシさ」
 シュッ
 反対の足に巻きついた包帯が斬れ、パックリ開いた爪跡が。
「うっ」
 異臭が立ち昇り、思わずレイラは目を閉じた。
 目を閉じるまでの数瞬に見えたのは、溶けかかった筋繊維とほつれた神経、赤みをまるで失った肉。
 骨が断続的に現れていて、まるで腐った死体のようだった。
「レイラさんには見せたくなかったんだ」
 手で口を押さえ仰け反るレイラに、リックはあくまで笑顔だった。
「あんまり……気持ちいいものじゃないからね。でも……これで解っただろう? 僕が本当に動けないってこと」
「う、うう、でも、でもっ!」
「さ、僕を置いていくんだ。君は親衛隊の隊長だろう? 部下をほっといてここにいちゃいけない」
 ガッ 
 バイロードに縋りながら、リックは一人で立ち上がった。
「立つだけなら……ぐっ、何とかなる。ここで一人で――っ?」
 カチャリ
「れ、レイラさん?」
 いきなりだった。腕を背中に回すと、金色の肩当を放り投げるレイラ。続けて胴回り、胸当てを外す。
「何をするんだ! おい、レイラさんっ」
 カシャン 
 小手、脛宛、靴。リーザスソード以外一切の装備をほうり捨てると、レイラはリックに飛びついた。
「なっ――」
「黙って! もう何も言わないで!」
 185cmの体に、167cmの体を潜り込ませ、
「くっ」
 レイラはリックを担ぎ上げた。
 重い。80kgのリックは、女性が背負うには余りに重い人間だった。けれど、レイラは崩れなかった。
 ギュッ
 リックの腰に手をあて、グググッと体を持ち上げる。ネトつく液体がレイラの白い腕を汚す。
「レイラ――」
「何も言わないでって言ったでしょ!」
「う……」
「何よっ、ここに一人で残るっていうの? ふざけないでっ」
「……」
 一歩、また一歩。
「私の気持ち……受け入れてくれたくせにっ」
「……」
 廊下へでる扉に手がかかる。さっき放ったバイ・ラ・ウェイの剣圧でピッタリ閉まってしまったドア。
 全身にリックの重みを受けながら、辛うじて鍵に手を伸ばすレイラ。押し付ける圧迫に喘ぎ声を漏らしながら、
「好きな人を置いていくなんて……出来るわけ無いでしょ――」
 涙交じりに呟いていた。
 ガチャ
「あ、開いた……」
「レイラ危ないっ!」
 ドアが開いたその時、リックにぶつけられた殺気。
「えっ?」
 グァッ
 猫背なレイラの頭上、振り下ろされる巨大な棍棒。
「あ……」
「くそっ!」
 レイラは唖然として迫り来る棍棒を眺めていた。まさか廊下にモンスターが残っているとは思わなかったのだ。
 リックを連れ出すことに意識を持っていかれていたレイラに、敵の気配は伝わっていなかった。
 腕から力が抜けてゆく。
 シュパッ
 背中から崩れ落ちつつ、バイロードが唸りを揚げた。まずい、体勢が余りにも悪すぎるっ。
 ツツ
 掠っただけだった。棍棒を斬り飛ばそうとしたバイロードは、ちゃつみの体に届かなかった。
 先刻のデジャヴが蘇る。迫り来る女を殺しそこね、崩れ落ちたアーヤの姿。
 アーヤに迫るヤミと無邪気なちゃそばが重なった。
「……っ!」
 バイロードの峯でもって、思い切りレイラを叩く。
「あっ」
 弾かれたレイラがちゃつみの射程から逸れてゆく。頼む、頼むから外れろっ……! 
 ガスッ
「きゃあっ!」
 脳天直撃は避けたものの、肩口に食い込む棍棒。
「ちぃっ」
 再び斬って返したバイロードが、今度こそは首を刎ね飛ばした。
「レイラさん? う、嘘だろ? ……レイラ、レイラァ!」
 返事がない。馬鹿な、馬鹿……な?
「ぐぅっ」
 いざるようにして、リックはレイラに駆け寄った。
 足の痛みなどどうでもいい、猛烈に分泌されたアドレナリンが、全ての痛覚を麻痺させる。
「レイラ、しっかりするんだ!」
 目を閉じた顔に耳を寄せる。息は、息はあるのか? 
「……」
 シンと静かな病室。血と死体だけが存在を主張している。
「……」
 聞えない。何も聞えない。肌はまだ暖かいけれど、息が――息をしていない?
 リックは、自分の視界が真っ黒に染まるのを感じていた。





 ・・・あとがき・・・
 十四話お終いです。
 そろそろ二章のヤマが来ます。
 ちなみにレイラさんは死んでません。
 あと、アーヤさんも生きています。(冬彦)




















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