魔王ケイブリス 第二章 『リーザス陥落』






 十五話 マリスとケイブリス




 静かに、取り乱すことなくマリスは見下ろしていた。
 階下から顔だけ突き出し、両肩に異形の女形を侍らす存在をみても、すでに動揺などはなかった。
 爆音と共に現れた生物――魔王ケイブリスを冷静に分析している自分がいた。
「とうとう……ここまで来ましたか……」
 腕を組んだまま、
「「……」」
 ジッと見詰め合う二人。
 以外に高貴な顔立ちだ。
 かなみの報告では、『巨大でいやらしくて、品のない言葉を吐く魔人』ということだったが、それほど下賎な表情ではない。
 いや、それどころか極めて気高い空気すら漂っている。
 もし『壁を破壊して現れた』のでなかったら、立派に貴公子で通るだろう。もちろん顔だけの話だが。
 ガシッ
 ケイブリスが二階に腕をかけ、グイとのし上がった。
 ケイブリスの体から光がチカチカ漏れているせいで、うねる触手から尻尾までくっきり見える。
 ズーン
 一息に二階へ足をつく。巨体の衝撃で揺れる壁。パラパラと小さな瓦礫が降ってくる。
「……」
 微動だにしないマリス。目を逸らさず、怯えの色も見せない。そう、すでに覚悟は出来ているのだ。
 エクスがリーザスを発つ以前から――ランスが魔人……いや、魔王に破れた時から――とうに覚悟はできていた。
 マリスの覚悟。それは一言でいうと、『全てを犠牲にする覚悟』だった。
 全てをリアのために捨てる覚悟。もちろん、マリス自身を含めた、全てである。
 たとえそれがランスのものだったとしても関係ない。
 ズーン
 巨大な一歩。巨大なうねりが数メートル近づく。
「……」
 既に手はうってある。後は目の前の生物……魔王をその気にさせることができれば……リアを助けられるかもしれない。
 リアの運命が自分にかかっている、そう思うと緊張する。だから考えない。
 リアの事は考えずに、マリスは迫り来る魔王に集中していた。


――――――
 初めてマリスを目撃した時、ケイブリスの体内で何かが囁いた。
『どこかで見たことないか?』
 そういわれると、どこかで見たような気がする。
 腕を組み、高みから見下ろす冷めた瞳。
 背中までたなびく長髪がキラキラと輝き、全身から毅然とした空気をかもし出す。
 顎が凛と引き締まり、目線は鋭い。知的な鼻筋がすっきりと盛り上がり、まさに『高貴』という印象。
 その口元に浮かぶのは侮蔑? それとも哀れみだろうか?
 どちらにしろ、酷く腹立たしいと共に、懐かしい。無言で見つめてくる瞳が無性に懐かしい。
「……」
 ケイブリスもまた、何もいわずにマリスを見つめた。
 ついさっきまで体中を駆け回っていた破壊衝動が嘘のようだった。
「……」
 手を二階のバルコニーにかけ、のし上がる。数本の腕に力を入れれば、すぐに二階へ着地だ。造作もない。
 思い出した。あの顔立ち、この雰囲気……目の前の人間は彼女に似ている。
 顔が似ているだとか、体格が似ているんじゃない。なんというか、空気?
 身に纏ったオーラが良く似ている。雪原に聳える氷像みたいな存在感。
「……」
 無言のまま、ケイブリスはゆっくり距離を縮めていった。
 体の奥底から湧き上がるどす黒い衝動を感じながら、けれども衝動を顔には出さない。
 屈折した気持ちが鎌首をもたげる、けれども鎌首はねじ伏せる。
 ゆっくりと、しかし着実に二人の距離は縮まっていった。
――――――


 知らない内に、マリスは目を閉じていた。
「魔王様……、魔王ケイブリス様ですね?」
 小さくも凛と響く声。崩れた広間にくゎんと反響する。
「おお、俺様は魔王だ。魔王ケイブリス様だ」
「マリス・アマリリスと申します。魔王ケイブリス様をお待ちしておりました」
 スス
 後ろに手を回し、ベルトの留め金を外す。
「ほほぉ〜俺様を待ってると来たか〜。これから殺されるってのに中々殊勝だねぇ……おぁ?」
 ストッ
 目を瞑った顔をもたげながら、マリスのズボンが床へ落ちた。真っ白な足がゆらりと現われ、闇に映える。
 ゆっくり、ゆっくり。見せ付けるように一本、また一本と肌が顕になった。
 純白の下着、染み一つない素足。唯一残されたヒールがキラリと光る。
「お、おほぉぉ……」
 ケイブリスは息を呑んだ。嘗て何千という女を見てきたが、自分から服を脱ぐ女は初めてだったのだ。
 これまでは例外なく泣き叫ぶのを無理矢理引き剥いてきたケイブリスだった。
「……」
 後ろに回した手が腰をつたい、胸に登る。
 指先が胸を誇張し、ふくらみがプルンと揺れた。そのままクィとボタンと摘み、
 プチ、プチ、プチン
 下から順にボタンが外れてゆく。
「くおぁ、マ、マリスとかいったか? て、てててめぇむちゃくちゃ艶っぽいじゃねぇかぁ……」
 上着だけ羽織り、シャツもつけてはいなかった。
 ボタンが外れるに従い、衆目に晒される控えめな臍、緩やかな湾曲を描いた腰のくびれ。
 プチ、プチ……
「こ、お、あぁぁ……」
 一つ、また一つ。いつしか胸を保っていた部位までボタンが外され、今にも豊満な胸が毀れそうに。
 マリスの指先が動くたび、押し殺したケイブリスの喘ぎ声がしていた。
 と、それまで滑らかだった動きが止まる。
「はぁはぁはぁぁ……お、え?」
「……ッ」
 キッと見開かれたマリスの瞳。悩ましげな体の動きと対照的に、理性と気品に満ちた目。
 恥ずかしげもなく肌を外気に晒しつつも、決して媚びる姿勢ではなかった。
「おあぁ? な、何で止めやがる?」
「……」
「ちっ、いいとこで止めるんじゃねぇよ! さっさと続きを――」
 ブゥン
 尻尾を振りかぶり、勢い良くマリスにぶつけようとした。せっかく興奮しているのに、魔王様を焦らすだと?
 マリスとかいう女、焦らす相手を間違えてんだろ?
 けれどマリスは迫る巨大な尾を前にして一言いい放っただけだった。
「お止めなさい」
「な、なにぃぃぃ?」
 ピタッ
 マリスの一言でケイブリスが硬直した。
 お、『お止めなさい』だと? 馬鹿な、魔王である俺様に『お止めなさい』だと? 
「てめぇ、もう一遍いってみなぁ?」
「同じ言葉を二度は言いません。魔王様、貴方は勘違いなさっています」
 最後のボタンに指をかけたまま、微動だにせず言葉を紡ぐ。
「勘違いぃぃ?」
「はい。魔王様は全ての生命を支配なさる方です。もちろん私の『体』とてとうに魔王様のモノ」
「???」
「ですが、『心』と『体』は別物です。私の心は……まだ魔王様の支配下にありません」
 ビクン
 尾が床を叩き、城が震える。
「あぁぁぁん?」
 魔王が放った咆哮だ。しかしマリスに動揺はない。
「ふふん、要するにてめぇも俺様を馬鹿にしてるってことだな……?
 訳のわからんことばっかり抜かしてよ、俺様を煙に撒こうたってそうはいかねぇぞぉ!」
「いえ、そうではありません。私は……私は心から魔王様にお仕えしたいと思っているのです」
 ずっと流暢だった言葉が、一瞬詰まる。瞬間苦悩が表に出る。
 だがそれも束の間、すぐ無表情に戻るとマリスは続けた。
「この拙く脆い人間の体、さもしい私の思考。
 全てを魔王様の御手に委ねたくお待ちしていました。この言葉に嘘はありません」
 ジッとケイブリスを見つめる。
「ケイブリス様……私を貴方のモノにして下さい」
 ゾクゥッ
 真っ白な肌と、気品ある顔立ち。冷たいオーラと冷静な口調。そういったマリスの口調が崩れ、垣間見せた女の顔。
 ゾクゥゥ
 何かが全身を痺れさせた。マリスの端整な顔立ちがフッと緩んだ瞬間、その一瞬がケイブリスの脳裏に焼き付く。
 いい、実に……イイ……。 この女、これまで嬲ってきた女とは違う。明らかに次元が違う。
 何故だろう、こんな感情は久しぶりだ。欲しい、コイツが欲しい。コイツの全てが欲しい――!
「……心は別だとか抜かしたよなぁ?」
 しばしの沈黙を経て、ケイブリスは静かに呟いた。
 その口調は先刻までの下品なそれではなく、真剣なトーンを帯びている。
「体はもう俺様のモンなんだろ? なら後は『心』を奪えばいいわけだ」
「ええ。そして、それは実に簡単な事です」
 心なしかマリスの口元が緩んだような?
 ケイブリスは気づかなかったが、確かに小さな溜息がマリスから漏れた。
「ほほぉ、簡単なことねぇ? 聞かせろ、どうすれば『心』が俺様のモノになるんだ?」
 真剣に尋ねる。六本の腕が次第に前へ移動し続け、いまにもマリスを鷲掴みそうだ。
「たった一つ約束していただければ、何も未練はありません。
 私の『心』、体とともに瞬時にケイブリス様へ捧げます」
「約束ぅぅ?」
「はい。リーザス女王リア・パラパラ・リーザスという女、彼女の命を――」
「まぁさか『助けろ』なんてナマいうんじゃねぇよなぁ?」
「えっ……」
 ビクン
 全く動かなかったマリスの足が震えた。細く静かな笑みを湛えていた瞳孔が開く。
「もしそんなこといってみろ?
 思い切りグチャグチャに……そのリアって女を潰してやるぜ。なんだぁ、女王だと?」
 ゴゴゴ
 ケイブリスが纏った光が強くなる。
「女王ってことは……ランスの女ってコトだよなぁ? ランスの女なんてのはなぁっ!」
 パァァァ
 体から魔力が糸状に飛び散り、
 ズガン、ズカーンッ
「殺ぉぉぉす! 皆殺しなんだよぉぉっ!」
「くっ」
 マリスは衝撃で吹き飛んだ。
 ドカッ
「っ――」
 玉座に背中を叩きつけられる。ボタンが吹き飛び、上着ごとどこかへ飛んでいった。
「さぁ続きだ、言ってみなぁ……。そのリアって女が何だって?」
 マリスは懸命に立ち上がった。強打した部分が燃えるように熱いが、そんなことはいってられない。
 魔王に要求を通すためには、絶対に弱さを見せてはならないのだ。
「……魔王様のため、ランスと関係を持った女は全て捕らえました」
「んぁ? 何言ってんだ?」
「過去にランスの寵愛を受けた者達です。す、全て一室に閉じ込めてあります」
「ほほぉ〜。で?」
 気を抜けば震えだす足をなんとか抑え、気丈にもスックと背を伸ばす。
「ですからその者たちを殺せば、それでランスと関わった者は全て居なくなると――」
「女王ってのもその部屋にいるのか?」
「そ、それはっ……」
 致命的な失敗だった。マリスがリアのことを『女王リア』といったために、ランスとリアの関わりが否定できない。
「リア様は……自室でお休みになられています」
 これは本当のこと。半狂乱になって騒ぐリアに睡眠薬を投与し、ベッドにそっと寝かせたのが今日の午後。
 間違いなく朝までは目を覚まさないだろう。
「だったら話は早いぜ。その部屋をぶっつぶしてからリアってのを殺せばいいんだ」
「そ、それだけはっ……!」
「……マァリス。てめぇマジでリアって女の命乞いする気だったのか?」
 シュウシュウ
 全身から湯気に似た光を撒き散らすケイブリス。怒っている、間違いなく腹を立てている。
 急に辺りに冷気が立ちこめ、まるで厳寒の氷河が訪れたようだった。
 下着のみ纏ったマリスの肌に、尖った寒気が突き刺さる。
「――っ?」
「俺様のモノになりてぇんじゃ無かったのか……? それともなにか?
 リアって女を助けるために自分を生贄にする気だったってか?」
「ち、ちが……」
 呂律が回らない。温度が寒いのでなく心が寒いというのに、舌が思い通りに動かないのだ。
 けれど、今止まってはいけない。たとえ氷がマリスを砕こうとも、ここで黙っては何もかもが終ってしまう――。
 グィィ
 張り付いたように床から離れないヒールを捨て、一歩踏み出す。寒気を噴出す生物とは、距離にして五メートル。
 ピシィッ
 一歩近づいたとたん、金属に皹が入ったような音が。マリスの腕に、目に見えない小さな傷が無数についていた。
「……ぁ」
 冷たい。既に感覚が麻痺しきって、どのくらい冷たいのかもわからない。
 パリン
 マリスの女の場所、母性の象徴を覆っていた白布が弾けた。
 バラバラと氷つき、割れた下着の欠片達。冷たいという感覚に代わり、激痛がマリスに襲い掛かる。
 そう、冷覚は所詮痛覚の代用でしかないのだ。
「……」
 大きく両手を広げ、マリスはまた一歩踏み出した。
 『私は……あなたのモノになりたいのです。それでリア様が助かるならば、心から貴方にお仕え出来るのです』。
 けれど、口がパクパクと喘ぐだけで、言葉の一つも出てこない。
 冷酷な侍女の顔が歪む。足を踏み出すたび、自分が崩れそうになる。
 『……マリス……ここまで来い。ここまで来れたら……そうしたらてめぇを信じてやる……』
「!!」
 朦朧となる聴覚に、確かにケイブリスの声が聞えた。気のせいかもしれない、幻聴かもしれない。
 人間は極限の寒さから逃れるため、本能的に希望を夢想するという。
 もしかしたら今の声も夢想に過ぎないかもしれない。
「……っ」
 それでも、マリスに残された一本の藁。全身を引き裂く冷気の刃から体を庇おうともせず、マリスはすすんだ。
 意識が次第に薄れてゆく。どうして、どうしてこんな痛い思いをしてまで、自分は歩いているんだろう?
 魔王の醜い体に抱かれる為だろうか? 違う、絶対に違う。
 だったらどうして? どうして――? と、目の前に青い髪の少女が。
 『マリス……』
 薔薇のように艶やかな笑顔、コロコロと鈴のように心地よい音色。リアだ、笑顔のリアだった。
 純白の肌を惜しげもなく晒し、桃のような双胸をピンク色に染め、両手をマリスに開いている。
 柔らかく微笑み、世界で誰よりも輝いている。眩しくて、余りに眩しくてマリスが正視できないくらいに。
 知らずに熱いものが込み上げ来る。そうだ、もし自分が守らなければ……この輝きが消えてしまう。
 マリスの全てを捧げた光が消えてしまうのだ。こんなに柔らかくて、こんなに暖かい女の子。
 そうだ、自分がケイブリスへ歩くのもすべてはリア様のため。ならば、ここで止まるわけにはいかない。
 リア様を、リアを……私が守る、絶対にだ。何故って私はリア様を――リアを世界で一番愛している――。

 



「くっ、いったいどうなってんのよっ!」
 さっきから城の揺れが激しい。かなみがリーザス本城四階に達しようというころ、最初の振動が生じた。
 それから断続的に、何度となく壁が揺れる。
「やっとついたっ」
 ダダダッ
 階段を登りおえかなみは辺りを見回した。背中に負ぶさったメナドは、さっきからピクリとも動かない。
 過酷な現実から解放され、夢の世界に逃げたんだろう。
「預けなくちゃ……マリス様にメナドを……あれ?」
 マリスが居るとすれば、間違いなくリアの部屋だ。
 つきあたりにあるリアの部屋へ駆け出そうとしたとき、チラリと親衛隊が目に入る。
「あそこは――?」
 四階の片隅に設けられた中くらいの部屋。そして部屋の前に居並ぶ女剣士たち。
「確かリア様の……」
 かつてリアがランスに出会う以前のこと。
 気に入った少女をかどわかし、嬲りに嬲った挙句命を奪っていった部屋だ。
 ランスとの出会いがリアを成長させたかどうかはしらないが、現在リアに人を殺すほどのサドっ気はない。
 当然女性を拷問する癖もなくなった訳で、例の部屋は使われていないはずなのだ。
「もしかして、マリス様はあそこに?」
 ふとそんな気がした。あの部屋なら隠れるのに好都合だ。
 リアの部屋などは装飾が豪華なだけの、いたって脆いつくりになっている。
 一方の拷問部屋は防音、対衝撃性にとんでいた。リアを匿う場所としてより相応しい。
「ねぇ、貴方達っ」
 荒い息のもと、親衛隊士にかなみは呼びかけた。
「あっ。かなみさんと……メナド将軍じゃないですか! いったいどうしてここに?」
 隊長と思しき女性が驚いたように。
「そんなことより……はぁはぁ……貴方達、ここで何をしてるの?」
「は? あ、あの、マリス様の御命令で……」
 思いがけない質問に少し戸惑った様子。
「命令で?」
「ランス王の妾がたを警備しています。
 魔物が攻めてきても、この一部屋なら我々で守備が可能と思われますから」
 どことなく歯にゴミを挟んだような物言いだった。けれどもかなみは気づかない。
 よかった、ここならメナドを任せられるっ。返事を返した隊士に駆け寄ると、
「要は城の女性を守ってるのね? だったらメナド将軍をお願いできるでしょ?」
 背中から親友をそっとおろした。
「詳しいことは知らないけど、意識が戻ってこないの。ここで預かってくれるわよね……よね?」
 隊士は明らかに戸惑っていた。本来なら二つ返事で肯きそうなものだが、どうやら事情があるらしい。
 次第に苛立ちを募らるかなみに、首を横に振る隊士。
「そんなっ、ど、どうして駄目なのよっ?」
「は。マリス様は『ランス王の愛妾』だけを保護せよとの仰せでした。
 かなみさんもメナド将軍も条件に当てはまらないと思われ――」
「な、なによそれっ! ふざけたことを言わないでよっ」
「いえ、決してふざけているわけでなく」
 唖然とするかなみに、申し訳なさそうな隊士たち。ありえない。
 何も『メナドを守るために出撃しろ』といっている訳じゃない。
 現在隊士たちが警備している女性陣に、メナドを加えて欲しいだけ。
 隊士に守られた部屋のドアを開け、意識のないメナドを室内に寝かせれば済む話ではないか。
「ほ、本気なの?」
「……はい。マリス様の仰せですから」
「っ!」
 押し問答だ、埒があかない。御神体のように『マリス』の名前を連呼する。
「……」
 一旦床に寝かせたメナドを再び背負いなおすかなみ。
 理由は全く解らないけれど、どうやら自分達がこの部屋に入るとまずいらしい。
 かなみの諦めた素振りのせいで、フッと隊士達の緊張が緩んだ。変だ、明らかに変だ。
 『なにかあるわね?』
 忍者の本能がかなみに囁いた瞬間、かなみは駿足でドアへ駆け寄っていた。
 親衛隊士ごときについてこれる速度ではない。
 カチャッ
 忍法『鍵開けの術』。かなみが外せないロックなど存在しない。
 ガチャ
「ふんっ。中を見せて貰うわよっ……て、え?」
「「ああっ!」」
「「いけませんっ」」
 慌てる隊士たちを尻目に、かなみは部屋に飛び込んだ。
 かなみの勘が正しければ、何がしか重要な人物がここに捕らえられている。
 そう、現在重要な人物といえばリア、もしくはマリス。
「あれ?」
「あ、かなみさんじゃないですか」
「……へ?」
 かなみに飛び込んできたのは、縛られたマリスでも気絶したリアでもなかった。
 エリザベート、シーラ、シィル。親衛隊士が言った通りにランスハーレムの面々がいた。
 ガチャッ
 呆気にとられる隙に、背後で錠が下りる音。
「え?」
 振り返る。ピッタリ閉じた扉と銀色のドアノブ。ドアノブには……鍵穴がない?
 目を見開いたかなみに合わせるようにして、グラリ、城がまた揺れた。
「もう、いったいなんなのよっ」
 倒れそうになりながら扉に駆けつける。
 ええ? 駄目だ、この扉は内側からは開けない。鍵穴がなければ『鍵開けの術』は使えない。
 変だ、どこか歯車が噛みあわさっていない。
 マリスかリアが閉じ込められているっぽい場所にはシィルがいて、肝心のマリスがどこにもいない。
 加えてここは中から出られない構造になっている。そしてかなみも退路を断たれた、しかも味方兵の手で。
 もしかして……自分は閉じ込められたのか?
 メナドやシィルと一緒にこの部屋に押し込められたのだろうか?
 全身に違和感を感じつつ天井を仰いだかなみだった。





 ・・・あとがき・・・
 十五話お終いです。
 あくまで気品を失わないマリスか、
 プライドをかなぐり捨てて魔王に縋り付くマリスか迷ったのですが、前者にしました。
 後者もそれはそれでそそるんですけど。(冬彦)

















TOPへ      

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送