魔王ケイブリス 第三章 『逆襲のランス』






  一話 カスタム戦争




「「キシャアア!」」
「「ギャオオォォォス!」」
 機械で包まれた都市に襲い掛かる魔物の群れと、丘の上から見下ろす一人の女性。
 三角帽子と黒いローブに身を包んだ女性の手から、真っ白な光がほとばしった。
「くっ……させるもんですかっ! はぁぁぁぁっ……白色破壊光線!」
 ズシュウウウッ
 純白の魔法球が高速で解き放たれ、迫り来る魔物を次々と飲み込んでゆく。
 地表をガリガリと削りながら突き進む魔法球は、しかしケイブリスのそれとはまるで違った。
 魔物を飲み込むにしたがって目に見えて小さくなってゆき五十体程飲み込んだところで、
 シュゥゥウ
 一気に輝きを失ってゆく。
 いくら遠距離から放ったとはいえ、あまりにも威力の小さい白色破壊光線だった。
 全盛時には一撃で五百体以上を屠った魔法と同じとは思えない。
「はぁ、はぁっ、はぁっ」
 自分が放った最大魔法を見届けると、魔想志津香は大地に膝をついた。
 眼下には一向に進撃をやめない魔物の群れ。ガルディア率いる魔王軍部隊は淡々と進軍を続けてくる。
 数にして総勢五千ほどだろうか。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
 荒い吐息を吐き出す中駆け寄ってくる赤髪の女性。
「志津香! 一体何発撃てば気が済むの? 休んでてっていってるでしょっ」
「や……休んでなんかいられないわよ……」
「だからってこれで七発目じゃない! そんなんじゃ身体が壊ちゃうって……志津香だって解ってるのに」
「ふん。私はまだ大丈夫よ」
 めいいっぱい苦しげに喘ぎながらも気丈に振舞う志津香だった。
 滲み出る汗を拭いながら地面に言葉を吐き捨てる。
「父さんの仇だってまだなのに……こんなところで死ねるもんですか……
 それに、それにアイツがいなくたって私が……っ」
「え? 志津香、いま何かいった?」
「何にも。それよりもラン、貴方も早く攻撃しなさい!」
「え、ええそうね。皆さん準備はできたっ?」
 慌てて自分の部下に向き直るランことエレノア・ラン。
「いきます! 集団詠唱・炎の矢!」
 ゴウゥゥゥ
 エレノアを中心に丸くなった六十人の炎が一本に纏わり付き、長々と燃え盛る巨大な矢を形作る。
「目標『くいもん』隊中央部! 撃てっ!」
 ゴウン、ゴウゴウゴウッ
 炎の柱が燃え盛りながら魔物の中央へ落ちて行き、
 ドガン
 直撃した箇所に火柱を巻き上げた。
「くっ、全然効いてないじゃないっ……。やっぱり私がやるしかない……」
 巻き上がった火柱から平然と起き上がる魔物の群れ。
 志津香は悔しげに唇を噛むと、よろめきながら立ち上がった。
「……、……、……」
 目を閉じて両腕を胸にくむ。凡夫では理解できない呪詛をとなえ、全身の気力を一点に集める。
 集団詠唱に気力を奪われたランが起き上がった時には、すでに強大な魔力の結晶が完成していた。
 驚愕、そして焦り。いくら志津香が大魔法使いだからといって、これいじょう酷使すれば本当に死んでしまう。
 志津香の無茶は今に始まったことではない。
 幼い頃から共に魔法を競ってきた間だけに、志津香が見た目よりずっとタフなことも知っている。
 潜在的魔力の大きさだって承知の上だ。それでもここ一ヶ月、魔想志津香はあまりに自分をいじめていた。
 三日と置かず攻め込んでくる魔物に対し、毎回必ず出陣する。
 マリアかランと行動を共にし、何度も何度も白色破壊光線をはなつ。
 目に見えて弱っていく魔法威力と反比例するかのように、志津香が放つ回数は増えていた。
 力を抜いて魔法をうっているのではない。常に全力で撃っている。それは解る。それが解るだけに怖いのだ。
 志津香がたった一人倒れてしまうだけで、カスタム軍魔法部隊は力の半分を失うだろう。
 少人数同志が戦う場ではラン以下の魔法使いもそれなりに活躍できるけれど、
 相手がこうも多ければたいしたダメージは与えられない。
 それだけに志津香必殺の『白色破壊光線』を失うことはカスタム敗北への第一歩たりうる。
「ちょっ、志津香ダメっ」
 ランは志津香のマントを掴んだ。
「私の言うことも聞いて! お願いだから志津香は休んで!」
「ええい、うるさいっ!」
「きゃっ」
 ブワッ
 ランを振り払うと、
「……、……! はぁぁぁっ」
 一際魔力が上昇した。そのまま両腕を振り上げてから振り下ろす。
「白色破壊光線!」
 ズシュウウウッ
 巨大な、しかし先刻放った魔法球より一回り小さな球が飛んで行き、
 ドガァァン
「はぁっ、はぁっ。アイツが、ランスがいなくたって食い止める!」
 志津香の瞳は魔法球の行方は見ていない。
 グラグラ倒れそうになりつつも、すぐさま新しい魔法詠唱へ気力を込める。
「はぁっ、……、……、はぁっ」
「し、志津香……わ、私だって」
 ブツブツ呪詛を唱える志津香に釣られるように、エレノア部隊も詠唱に入った。
 結局日が暮れるまでの間、二十数発の白い弾丸が魔物の群れに打ち込まれた。





 ランス率いるリーザス本軍がケイブリスに砕かれてから二ヶ月と十五日。
 付け加えるならばリーザス城が魔物の手に落ちてから二ヶ月。
 魔物は既に人類領へ進出し、旧人類領の九十パーセント以上を支配していた。
 リーザス城が陥落した三日後に、ケッセルリンク・カイト・ガルティア率いる魔人軍がゼス宮殿を制圧した。
 翌日メディウサ・バボラがヘルマン諸都市を全て制圧した。
 それまで抵抗の旗を降ろさなかったジオ・ハンナ・レッドら自由都市軍も
 サテラ軍を前にして白旗を掲げる結末となった。
 ゼス諸都市・リーザス諸都市は首都陥落と共に一切の抵抗を停止した。
 現在魔物に屈さず生き残っている都市は三つ。もっとも激しく抵抗しているのが自由都市・カスタム。
 ついで直接の戦闘はないものの恭順姿勢はとっていないJAPAN。
 最後に何故か魔物から一切の干渉をうけていない水中都市・川中島。
 この三つだけが人間自治最後の砦となっていた。もっとも実際に戦っているのはカスタム唯一つだったけれど。
 これが人類側現在の情勢である。それでは魔物はどのような体制をとっているのだろうか?
 魔王ケイブリス、魔人ホーネット・シルキィ・メディウサらは魔王城へ帰還し、
 人類領へ攻め込む気配は見せていない。
 もっぱら快楽と汗と淫液と精液と汁と唾と……涙に塗れた日常が繰り返されていることだろう。
 魔人マリス・アマリリスとその使徒シィル・プラインが主役たるのはいうまでもない。
 リーザス城に腰を下ろしてリーザス諸都市を支配しているのは、魔人・サテラ。
 鞭とガーディアンに囲まれた日常を、冷え切った瞳で眺めていた。
 ゼス南部支配を任された魔人はケッセルリンク。
 自身の身は館に置きつつも使徒・ファーレンに一切の統治を預けていた。
 ちなみにカイトはといえば緑の里へ出没する以外、相変わらずの不定期行動。
 一応ゼス北部支配を受け持ってはいたが、実質的には魔物将軍に全権を委任していた。
 北の元軍事大国・ヘルマンは鬼の魔人・バボラが管轄になっている。
 とはいってもバボラ程度の頭脳で人間を支配できるはずがない。いったいどうやって支配しているのだろう?
 噂では人間が参謀としてバボラに付いているとのことだが、いったい誰かは知られていない。
 自由都市及びJAPAN制圧を命じられたのはガルティアとメガラス両人だった。
 3万という大軍を与えられた両魔人はロックアースを拠点とし、ひしひしとカスタムを締め付けていた。
 町の様子はどんなだろう?
 以前にぎわっていたアーケードも、もはやかつての賑わいはない。
 大通りを闊歩するのは人間ではない、知性を持たない魔物だった。
 人間なんてだーれも外を歩きはしない。
 魔王……いや、魔人マリスの進言を取り入れたケイブリスが『勝手に人間を殺すな』と命令している。
 それゆえに通りを歩いても殺されはしないが、代わりといってはなんだが、女は犯される。
 かつては女の子モンスター相手に子供を産ませていた魔物達があらたな子孫作成手段を見つけたのだ。
 まだ『人間がモンスターを産んだ』という実例は見当たらないけれど、とにかく魔物は女を襲う。
 これはまぎれない事実である。もはや人間が安心して歩ける場所など存在しない。
 一部の人間は、そんな中でも確たる地位に上っていた。
 魔物将軍に食料や財宝を提供することで歓心を買い、統治権委任をうけた者もいる。
 代表的な人物を二人あげるとすると、まずはヘルマンの『コンバート・タックス』。
 ウラジオストック、ログA、ゴーラク三都市を実質的に統治しているのは
 魔物でも魔人でもなく、商才溢れるデブチンだった。
 北国で統治したい魔人がいないのに目をつけたコンバートは、
 どこからもってきたかわからない大量の財宝でもって都市購入に成功していた。
 もう一人はグラック・アルカポネ。
 若き全盲のマフィアとして名高い彼も、戦時のドサクサに紛れて魔人に取り入った一人だった。
 取り入った方法は実にシンプル。自由都市へ侵攻してきたガルティアをありったけの食事と女で持成したのだ。
 リーザスから逃げ出してきた少女や地下で調教してきた雌犬を侍らせ、
 サバサバから逃げ出してきたマルチナの料理で持成した結果、グラックを思い切り気に入ったガルティアだった。
 結局あれやこれやでマルチナをガルティアへ差し出す代わりに、
 彼がロックアース・アイス・ラジールを統治することになっていった。
 ランスが歴史の表舞台から姿を消して二月とたっていない。だのになんだろう、このかわりようは?
 たった一人の男がいなくなっただけで、何もかもが変わってしまった。
 KL(ケイブリス)元年の夏のことである。LPという年号が使われたのは、たったの五年に満たなかった。





 バタン
「はぁぁ……今日もなんとか……なんとか守れたわね」
 カスタム市庁。戦場から帰還した将軍達は、皆が一同に集うことになっている。
 いや、将軍と呼ぶのは不適切だ。
 ハウレーンだけは少々事情が異なっているが、ラン達は根っからのカスタム市民。
 リーザス軍を出た現在は将軍でもなんでもない。実際部下の兵士達からは『隊長』と呼ばれていた。
 隊長が揃う中へ最後に入ってきたのは青い髪にトレードマークの眼鏡が光るマリア・カスタードだった。
 パッと見は作業服のような戦闘服が、汗と埃でドロドロになっている。
 部屋に入るなりマリアは椅子に崩れ落ちた。
「くぅぅ……疲れたわよぅ。チューリップ一号改ってこんなに重かったかなぁ……ねぇ?」
 へばるマリアを労わる声は、しかし誰からもかかってこない。マリアはプゥと膨れた。
「なによ、ちょっとは優しくしてくれてもいいじゃない。『お疲れ』くらい言ってくれても……あれ?
 ランに志津香にメルフェイスさん……これだけ?
 ミルは? ミリは? ハウレーンさんは? まだ皆帰ってきてないの?」
 マリアに映ったのは俯いたランと、窓から外を見ている志津香。
 悲しそうに口を開いたメルフェイスだけだった。誰も座らない椅子がそこかしこに転がっている。
「いいえ、皆戻ってます」
「え? だ、だって現にいないじゃない」
 一瞬訪れる沈黙。ランは俯いたままだし、メルフェイスもこれ以上喋ろうとしない。
 結局沈黙を破ったのは志津香だった。
「病院よ、三人とも。大丈夫、命に別状はないみたいだから」
「えっ!」
「……ふん。魔物に裏をかかれたの」
「そんな! 嘘……」
 マリアは声を失った。
 カスタムへ本格的な侵攻が始まってから一ヶ月、マリアが立てた作戦は尽く上手くいっていた。
 今日だって無事防衛できたと思ってきたのだ。 
 それまで黙っていたランが顔をあげた。
「残念だけど本当なの。ホルスが……ホルスが後ろからいきなり現れたらしいわ。
 あんまり急だったからミルも幻獣が出せなかったらしくて。
 ハウレーンさんが割ってくれたおかげで骨折ですんだんだけど、ハウレーンさんも怪我してしまったの。
 ミリはミルに付き添って病院に詰めてるわ」
「そんな、ホルスだなんて……いままでホルスなんて来なかったのに……」
 顔を覆ったマリア。
「ホルスが攻めてきたってことはガルティアだけじゃなくて、メガラスも攻めてくるってことよ。
 ハウレーンさん達が怪我ですんだのは良かったけれど、でも当分剣は握れないわ。
 ミルだって歩けるようになるまで大分かかる」
 ランの声は暗い。カスタム防衛線の一角が完全に崩壊してしまったのだ。
 絶大な防御力と遠距離攻撃ができる幻獣と接近戦ができる将を一人失ったのだ。
 敵に増援が現れた一方、味方は数を減らす一方。
「ハウレーン部隊はミリ隊に預けるとしても、開いた穴は大きいわね」
 志津香がいった。
「どうするのマリア? 敵は空から陸からやってくるわよ。
 いままでと同じじゃ持ちこたえられないんじゃない?」
「う、うん」
「いままでは魔物がラジール一本で攻めて来たから、通る道も解っていた。
 だから待ち伏せ作戦も上手くいった。そうよね?」
「……」
「空からやってくるってことは、私達を飛び越えてカスタムを襲えるってことでしょ。
 これからは待ち伏せしに街を空けることもできにくくなるわ」
「それは……そうだけど、そうだけど……でもだからって」
 的確に現状を指摘する志津香に、マリアは泣きそうになった。
 魔物軍撃退作戦を一手に引き受けているマリアとしては、これまで最善を尽くしてきたのだ。
 敵の増援に対処するような余裕はもうない。チューリップ四号(飛空挺)の建造にはまだまだ時間がかかるし、
 なによりチューリップシリーズのエネルギーたるヒララ鉱石は底をつきかけていた。
 マリア率いるチューリップ一号部隊だって、真価をを発揮できるのは後数回しかないだろう。
 『だからってどうしようもない』
 言いかけて口をつぐむマリアだった。ここで弱音を吐いているようじゃ、本当にどうしようもない。
 少しでも希望を見つけなければ……。
「だ、だからってホルスがずっと攻めてくるとも限らないわよ。
 ほら、モンスターって気紛れだからたまたま飛んできたってことも……」
 腕をパタパタ振って明るい表情をみせる。けれどマリアがどうこうするには、場の空気が余りに重かった。
 マリアを遮るようにして、ランがポツリと口を開く。
「ハイパービルから帰ってきた偵察が知らせてきたの。ガルティアと……メガラスがラジールを出発したみたいなの。
 今までは魔人が来なかったから何とか戦えたけれど……後三日ほどでカスタムに到着するらしいの」
「……」
 もう三人とも誰も、これ以上何も言わなかった。いや、いえなかった。


――――――
 カスタムは良く戦ったと思う。
 ゾロゾロと列を作って街道から押し寄せる魔物を挟撃し、ハウレーンとミリが食い止める。
 ミルの幻獣が防壁となり、マリアやランの魔法隊が援護する。
 志津香の白色破壊光線が敵陣に大きな穴をあける。
 作戦だってたいしたモノだった。
 落とし穴、チューリップ地雷、あちこちに設けた矢倉から槍・弓矢を射出す装置。
 近代兵器と古代兵器が合わさった防衛線なればこそ、
 総勢二〇〇〇弱の部隊が一万近いモンスターを食い止めてこれたのだ。
 カスタム戦争が始まってから一ヶ月。当初二〇〇〇人いた兵士も随分と微少になっている。
 ラン隊150、マリア隊350、ミリ隊300、ハウレーン隊200のジャスト千人だ。
 病院施設が貧弱なカスタムでは、リーザスのように万全の治療は準備できないため、怪我=長期戦線離脱になる。
 加えて兵士の脱走、投降。死人自体はそんなでもなかったが、戦力として計算できる人数は千人しかいない。
――――――


 地平線が赤く染まるまで、マリアら三人は黙っていた。
「あはは……駄目だわ。疲れてるから……頭が上手く働いてくれないの。あはは……」
 椅子から立ちあがり、扉から出て行こうとする。
「今日はもう寝る。新しい作戦、明日でもいいでしょ?」
 ランが頷く。
「ごめんね、マリアにばっかり頼っちゃって」
「ううん、そんなことないわ。ランがこうやって総大将してくれるから、あたしだって頑張れるんだもん。
 一番辛いのがランだってことは解るわ。でもね、きっと大丈夫よ。いままでだって大丈夫だったんだから!
 ほら、リーザス解放戦争の時だって……っつ」
 言いかけて口をつぐむ。
「……ううん、なんでもない。
 とにかく一晩グッスリ眠れば何か思いつくわよ! じゃ、また明日ここでね」
「うん。……ありがと」
 弱弱しく返事をするランに、バタン。扉を閉める音。
 チューリップ一号を肩に担いだマリアは部屋を出た。
 後ろ手で扉を閉めるなり、作り笑いが泣き顔に変わった。汚れた頬を涙がつたう。
「うっ、ひっく……ぐすん」
 リーザス解放戦争。
 まさに今と同じ状況だった。現在が千対一万の戦いとすれば、当時は二百対六千の戦いだった。
 増援も防衛手段もなく、まさに絶体絶命だった自分達は、しかし最後に勝利した。
 カスタムには不思議なめぐり合わせがある。
 リーザスが危機に陥った時、最後まで戦う意思をもった人間は何故だかカスタムへ集まってくる。
「ぐすん、ぐすん」
 王子様は白馬に乗ってやってくるという。
 マリアがピンチになった時、けれど、王子様はそんなに格好よく現れはしない。
 ある時は研究所の背後から襲いかかり、ある時は足元から突然現れる。
 ぷりょに取り付かれたときも、ラギシスの前に屈しそうになった時も、カスタムが窮地に陥った時も、
 不細工男に犯されそうになった時も、王子様は結局マリアを助けてくれた。
 前しか見ていない背中が余りに眩しく、大きかった。
「……すん」
 埃だらけの腕でゴシゴシ。顔を拭うと歩き出す。今だって過去に負けない窮地だ。
 ランの手前作り笑いで誤魔化したけれど、具体的なアイデアなんて何もない。思う。
「助けてよ……はやく来てよ……ぐすん」
 道端に捨てられた子猫のような声だった。
 司令室内でランが考えていたことも、奇しくもマリアと同じ人物のこと。
 ランにとって最後まで好きになれなかった青年だけど、尊敬は出来る。
 現在のランがカスタムを預かっていると同様に、彼はリーザスを預かっていたのだ。
 ランよりはるかに重大な責任を背負ってなおかつ高笑い。
 身軽な冒険者時代と寸分違わぬ態度で物事に臨む雄姿は、決して他人に真似できやしない。
 ランはいまにも潰れそうなのだ。
 圧し掛かる責任感、『カスタムを守らなくちゃならない』、が余りに重たいのだ。
 きっと彼だって押しつぶされそうになっていたのだろう。
 ただ弱音を吐かず、いつでも自信に溢れた風を取り付くろっていただけだと思う。
 誰かに甘え、弱音を零すランとでは大きな違いだ。
 もしも彼がランの立場だったら、いったいどうやって窮地を切り抜けるだろう?
 彼ならなんとかする、ランにはそう思えてならなかった。
 ランを横目に、魔想志津香は窓に手をつく。
 志津香の脳裏にも……
 浮かんでいたのはエッチで変態で馬鹿で間抜けで『やらせろ、やらせろー』と駄々を捏ねる男だった。
 思い出すたびにムカムカするのだが、
 『あるときは今世紀最強の天才戦士。またあるときは、女達のハートを射止める絶世の美男子。
  またあるときは、数々の謎を解き明かす知的な冒険家。しかしてその実態は、スーパーヒーロー』、
 あのセリフは忘れられない。同意はしないけど。
「よくもまぁ、抜けぬけといったわよね。
 今世紀最悪の馬鹿で、無理矢理エッチする馬鹿で、恥的な馬鹿。その実態は……」
 マリアと対照的に、志津香にはロクな思い出がない。
 犯されたり、復讐の邪魔されたり、道端で襲われたり、魔人をつるため裸に剥かれたり、
 リーザス城でもしょっちゅう襲い掛かってきたし、
「唯の変態よ、変態……そう、世界一の変態で馬鹿な男」
 けれども唯の変態が頭から離れてくれない。いつまでも脳裏にこびり付く。
 いまの志津香にはマリアやランに手は貸せても、状況を打破することができない。
 『状況を打破する』、こう考えた時いつも浮かぶのがアイツだった。
「……ランス」
「ランスさん……」
「……ランスぅ……」
 カスタム市庁に三者三様の呟きが響いた。





 同日、日が暮れる頃。ハイパービル5階でこそこそ隠れる二人組がいた。
「ぶえっくしっ!」
「ちょ、静かにしなさいよっ……あっ、唾ついた……」
「ぐずっ。ちっ、やけに鼻が痒い……ふ、ふぇっ、へくしっ!」
「もう鼻水までっ。ばっちいじゃない」
 ポカッ
「失礼なことを言うな。俺様の体液はすべからく貴重なんだぞ」
「ううぅ、痛い……」
「今ので気づかれたってことは無いよな? どれどれ」
 角からひょっこり顔を出す。
 視線の先には純白の魔人が数対のホルスと共に、背中を見せて休んでいた。
「よし、バレてないぞ。くっくっく」
「ど、どうするの? まさか……」
「ふふん、知れたことだ。ここであったも何かの縁、俺様直々に引導を……」
 手にした漆黒の剣に、青白いオーラが宿る。
「駄目よっ! だって、だって怪我も全然治ってないじゃないっ」
「けっ、俺様があんなヤツに負けるとでも思ってるのか? こんな怪我くらい小さすぎるハンデだ」
「だって、だって……」
「まぁ任せとけ。いいか、お前は退路を確保するんだ。合図したらエレベーターを降ろしにいけ」
「ほ、本当にやるの? 二人だけで……むぐぐ」
 口を押さえる。
「しー、静かにしろ。これ以上何もいうな。いいか、一、二の三だ。いいな?」
「……わかったわ、失敗しないでよ? きゃっ」
 ポカッ
「あほか。メガラスごとき、一撃粉砕にスーパーひとし君を賭けるぞ」
「スーパーひとし君???」
「確実ってことだ! 一気にいくぞ。一、二の……」
「「三!」」
 ダダダダッ
 くの一装束が一人、漆黒の魔剣を振りかぶった青年が一人。早い、二人ともあまりに早い。
 くの一がエレベータ前のホルスにクナイをぶつけるのと、青年が剣を振りかぶるのが殆ど同時だった。
「いきなりラーンスアターック!」
 ハイパービルに懐かしい声が、響いた。
 




 ・・・あとがき・・・
 三章開始です。
 大分時間を飛ばしてみました。
 リーザスが落ちてから二ヶ月後という設定です。
 舞台はカスタム・JAPAN・リーザスを予定しています。
 ランスとソウルがどうやって助かったのか、
 なんでかなみとランスが一緒にいるのか、
 カオス・日光はどうなったのか?
 その辺の描写を全てはしょって、いきなりランスを復活させてしまいました。
 空白の二ヶ月はかなみの回想ないし外伝みたいな感じでを書こう、と思っています。(冬彦)


















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