魔王ケイブリス 第三章 『逆襲のランス』






  七話 ケイブリスの呪い




 ガッシリ
 小さなお尻を鷲掴めば、ハイパー兵器が天を突く。
 かなみのストリップを眺めていた時点からズッとビンビンに勃っていた。
「がははは、こんなに濡らすなんてすけべちゃんだなぁ」
 濡れるも濡れないも、二人は泉の中にいるわけで。
「これなら前戯はいらないぜ! へへ、いきなりやっちゃうぞ……」
 このあとはお決まりパターン。ランスが挿入してかなみの中で果てるのだ。ランス自身中出しするきマンマンだった。
 自分の呪いが解けたのだから、もう悪夢にうなされることはない。心置きなくHできる――そう信じていた。
「……ん? あ、え、あれ?」
 シュウシュウと噴出す靄。いままさに挿入しようとしていたハイパー兵器から、腕から、足から靄がでる。
 見間違えようがない、散々自分を苦しめた靄が湧いてくる。解呪が済んで元通りになったはずなのに、だ。
 シュウシュウ
「う、嘘だろ? へ?」
 自分が見ている靄が信じられない。信じたくはない……が、どうやら現実らしかった。
 自分を苦しめてきたモノの正体は呪いじゃないのか?
 解呪の泉では回復できないモノなのか?
 だったらいったいなんなんだ?
「……ランス? ど、どうしたの? まだ挿れないの?」
「え……? そ、そうだっ。離れろかなみっ!」
 抱きしめたかなみがか細い声をあげ、ランスは現実に引き戻された。
 もし解呪が失敗していてなおかつ自分が発作に襲われようとしているのなら、こうしてかなみと触れ合っていてはいけない。
 ランスはかなみを突き飛ばした。
「きゃっ!」
「見るなっ! 俺様から離れろっ」
 頭上まで迫った靄。手で払おうとも水を掛けようとも消えてはくれない。視界がどんどん覆われる。
「くっ。くそっ」
 身体から力が抜けてゆく。カオスを探したいのだが、既に視覚は奪われた。
 かなみにとってきてもらえばいいのだが、それはできない。カオスは持った人間の暗部に巣食う魔剣。
 かなみではカオスに触れられないのだ。
 だからこそ自分で前もってカオスを握っていなければならないのに……黒い靄が脳内にまで流れ込んで駄目だ。
 幻聴が聞える、幻覚が見える。体中が熱くなる。
「ら、ランス? ランス、ランスッ!」
 意識が呑み込まれそうになるが、いつものように目の前が真っ暗になるわけではない。
 ただ身体が自由にならない。視界がぼやける、全身が感覚を失ってゆく。





 かなみは驚いていた。最初は『どうしてランスが焦らすのか?』に驚き、続いて『Hを放棄したランス』に驚いた。
 しかし、事態はそんな暢気なものじゃなかった。突き飛ばされたかなみが振り返ったとき、かなみにもはっきりと見えた。
 ランスを覆う真っ黒い煙。靄というにはあまりにも濃い存在だった。
 ランスが何かに取り憑かれている――そんな気配は感じていた。
 それを祓うためにココへ来たこと、泉に身を沈めたことで御祓いが完了したことも知っていた。
 それなのに何故? ランスは頭を抱え、地面をのたうちまわっている。
 煙が薄まってゆくに従い、苦しむランスが明らかになる。頭を抱えてうずくまり、押し殺した悲鳴。
「っぐぁぁぁぁ……」
「ランス? ランスッ!」
 駆けだすかなみ。ランスは腕を振り回して立ち込める靄をはらそうとするかのようだった。
「ちょっ、急にどうしたのよっ――」
 かなみにはどうすればいいのか解らない。ランスが『自分が苦しむ様を見せないようにしてきた』ことは解っている。
 ひょっとしたらこの場から離れた方がいいのかもしれない。
 しかし冷静に事態を観察するには、衝撃的過ぎるワンシーンだった。ランスが、あのランスが苦しんでいるのだ。
 他人を苦しめることはあれど、絶対に弱点を曝さない男がのた打ち回っている。
 この光景を前にしては駆け寄らずにいられない。かなみは全力で駆けつけた。
「ぐぐぐっ、つぅぅぅ――」
 凄い汗だ。泉の縁に投げ出された上半身が濡れているのは、決して水が濡らしているのではない。
「だ、大丈夫? ランス、何とかいってっ」
「つ……だ、大丈夫だ。まだ……ふん……なんとか、ぐぅぅ」
 一言一言、腹の底から搾り出すよう。
「い、痛いだけで幻覚はねぇ。か、かなみ……見るなっつってんだから……早く、アッチいけっ。
 俺様に触るな近づくなっ……く、く」
 拳骨でポカリとしたいのだろうか? ソレらしき動きは見えるけれど、まるで力が籠もっていない。
 ランスの太い腕がユラユラと揺れている。
「でっ、でもほっとけないわよっ。苦しいんでしょ? あたしに出来ることとか、何か……」
「ふん……だ、黙ってどっかいってろっ。ど、どうせ十分もすれば……収まるんだ……か……ら」
 ガクッ。のたうっていた体がピタリと動きを止めた。苦悶を浮べつつも何も言わない。
 いつの間にか煙も消え、裸で倒れたランスがいた。
「ら、ランス……」
「はぁっはぁっ」
 かなみはランスの傍らにしゃがみ込んだ。荒い息遣い、流れ出る汗。
 弱って気を失っているなどと、余りにもランスらしくない有様だった。
 ビクッ
「ぅっ」
 思い出したように身体が跳ね、呻きを漏らす。
 ランスには『あっちへ行け』と言われたけれども、こんなランスを放って置くなんてできっこない。
 そうだ、あの時だってかなみがランスを助けたではないか?


――――――
 リーザス・ヘルマン国境で行き倒れになっていたランス。
 『なんだ、かなみか……後は任せた。ガクッ』
 心底嫌だったけれど、かなみはランスを背負って城まで運んだのだ。
 いうなればかなみはランスの『命の恩人』。とはいえ一度も礼は言われなかったけど。
――――――


「ランスのくせに、苦しそうな顔なんてしないでよ……」
 そっとランスの手を取るかなみ。汗でベトついた怖いくらい冷たい手だった。
 手だけじゃない、身体全体が冷たい。かなみは自分が脱ぎ捨てた晒を手に取ると、ランスの肩にかけた。
「ランス……ランスのくせにっ」
 キュッ
 手に力を込め、ランスの掌を握り締める。と、ランスがまたも動いた。
 ギュウッ
「え? あうっ!」
 握り返された圧力が余りに巨大で、喉から悲鳴がほとばしりかかる。
 ランスが無意識の中でかなみの手を握り締めたのだ。いつもカオスにやっていることを、そのままかなみに行ったわけだ。
 手加減の欠片もない圧力。
「ちょっ、い、痛いっ」
 苦痛に歪むかなみ。手を離そうとしては見たが、ランスが許してくれない。
 益々きつく……縋り付くように握り締める。
「くうっ。こ、こうして握ってあげればいいのっ?」
 ランスが浮べる苦悶を見、やけくそになってかなみもランスの手を取った。
 痛い。
 ランスの指が食い込んできて、真っ赤な痣になっている。血の巡りが悪くなり、指先が紫色にまで変色していた。
 それだけ強く縋られているのだ。けれど負けていられない、かなみも全力でランスを握り締める。
「いまランスが倒れたら困るから……困るからこうしてあげるんだからねっ」
 意地になって握り締めるかなみ。
 痛い。痛くて冷たい手だ。うなされるランスを見る。心なしか手をとる前より安らかそうな肌色。
 そういえば次第に手が暖かくなっている気もする。
「い、痛いじゃないのよぅ……どうしてあたしが、こんなことっ」
 いままではシィルちゃんがこういう役だったのに、とかなみは思った。
 ランスがピンチになった時、真っ先に駆けつける人間がシィル。
 いまだって本来シィルがするべきことを、仕方なくかなみがやっているだけ。
 シィルがいないから自分がランスと歩いている。シィルがいないから……シィルが……。
 かなみはある事実に思い至った。
「そ、そっか。シィルちゃんはもう居ないんだ……」
 痛みに歯を喰いしばりつつ、哀しい思いが押し寄せる。
 ランスは断固として認めていないが、かなみは諦めている。シィルが生きていることを、だ。
 シィルは死んだ、そう思っている。
 とたんに足元で自分を握り締める青年が萎んで見えた。ランスは、あの絶大無敵なランスは大事な女を失ったのか。
 こうして苦しんでいる時もずうっと傍で看病してくれる存在を失ったのか。
 もう『パートナー』と呼べる存在は、ランスにはいないのか……。
 だからこんなに苦しんでいるのか。シィルがいないからこんなところで気を失うのか。
 なんとなく解った。ランスが『ランスらしくない原因』。
 そう、シィルがいないランスが『ランスらしく行動』できるわけがない。
 ということは、ランスは二度とかなみが知っている無茶で馬鹿で邪道な『ランス』に戻れないのだろうか?
 シィルが死んだということは、『ランス』復活が無いことを意味するのだろうか? 
「……知らないわよ、ランスのことなんて」
 考えても詮無きこと。ランスの思考なんて知りたくも無い……と、かなみは自分を誤魔化した。
 かなみはシィルじゃないし、シィルみたいにランスと歩くことなどできない。
 かなみはかなみ。ランスのことが好きなわけでもないし、むしろ嫌いなヤツと判断しているし、
 ランスにリアやメナドを助けてもらいたいからこそ一緒に行動しているに過ぎない……つもりだ。
「それにしても、よ……。いったいどんな夢見ればここまで怯えるの?」
 歯の根がガチガチ振るえていて、ふいても拭っても汗が止まらない。握り締める力も落ちない。
 それから十分後にランスがハタと我に返るのだが、かなみはジッと手を握り続けた。
 目を覚ましたランス。横ではしゃぐかなみを複雑な顔で眺める。
 かなみをポカリとやった後、しばらくブスっと膨れていた。





―――レッドの街、夜―――
「……こんなに人が残ってたんだ」
「ん? もしかして夜出歩くってのは初めてか?」
「そう」
「ふーん。どうだい、出歩いてみた感想は。人がいっぱいいる他にもなんかあるだろ?」
 ヒューバート・リプトンと魔想志津香を月明りが照らす。
「モンスターがいないし、お店まで開いてる。昼間からだと考えられない光景だわ」
「だろうな。俺もスードリでヤられて、てっきり人間はお終いだと思ったよ。
 昼間がモンスターに支配されちゃ、何にもできないからさ」
「貴方は色々な街を見てきたんでしょ? どこもこんな感じなの?」
 教会まではまだ距離がある。
「こんな感じさ。プアーもリッチもロックアースも、夜はちゃんと『街』してるぜ。
 壊滅したのはマウネスにスケール、ノースにアランくらいだ。この四つは目も当てられなかった。酷い有様だったよ」
「……そう。四つも潰されたの」
 町が四つ潰れるということ。それは人が百万人以上死んだということ。
 壊滅した諸都市は決して志津香と無関係ではない。
 志津香達カスタム勢は、リーザス軍人でありながら諸都市防衛を放棄した。
 放棄しただけならまだしも、生まれ故郷のカスタムへ逃げ出したのだ。
 エクス・ハウレーンが指示したこととはいえ、
 内部事情を知らないものが見れば『軍人の本分を捨てて故郷だけを守ったエゴイスト』との謗りは免れない。
 そう考えると暗い気持ちになる。
 志津香が救援に向かったところでどうなるわけでもなかったのは解っているが、責任を感じずにはいられなかった。
「四つ……か。でも無事な都市も案外多いのね」
「なんだい、四つだけだと思ってるのか?」
「え? 四つだけじゃないの?」
 ヒューバートが唇を歪めた。
「ははは。それはリーザスの話さ。リーザスで四つ潰された。
 俺の国だと……ウォークランドにローレングラード、パルナス、スードリ17、それから……」
 指を一本ずつ折っていく。
「……コサック。ざっと街が十五ってところで、国の半分以上が潰されたよ。
 いったい何人死んだのか、考えるだけで鬱になるね」
「……そう。ヘルマンが一番大変だったの」
「ああ。ゼスも相当やられたらしいが、ヘルマンが一番叩かれただろうな。
 後から聞いたんだが、リーザスの王女さんは徹底抗戦させたらしいじゃないか。
 まぁ魔人相手に降伏するのもどうかと思うが……高い代償だった。
 もうヘルマンはボロボロだ。夜になったって町に人は出てこない」
 そこまでいってから振り返るヒューバート。志津香は黙っている。
「いや、リーザスが悪いとかそういうつもりじゃないさ。
 徹底的に戦うってもの一つの考え方だし、あんたらが下した決定にケチをつけたりはしない。
 殺された数こそ違え、国を潰されたのは両方だ」
「これからどうなるのかしらね」
「さあな〜。ま、俺は出来ることしかやらないから、後はなるようになるだろ」
 話しながら歩く。
「で、そのセルって人はどこにいるんだって?」
「あそこよ。ほら、十字架が見えない? 暗くてはっきりとは解らないけど」
「十字架……AL教団か。そういえばあんたは知ってるか?」
「? なにかしら」
「AL教団がある川中島だけ、何でか魔人に攻められてないんだ。もっともこれから叩かれるらしい」
 法王ムーララルー率いる大陸最大宗教団体、AL教団ことALICE教団。聖女ALICEをあがめ奉る団体。
「海が邪魔してるだけじゃないかしら。ほら、陸が繋がってないからじゃない?」
「それは確かにあるだろう。ただ二ヶ月も放置ってのは妙じゃないか?」
「どっちみちあたし達には関係ないわ。あたしはAL教なんて信じてないし、川中島へ逃げる気もない。どうでもいい話ね」
「セルさんって人が川中島へ逃げてなければ、な」
 町外れに立てられた教会。ヒューバートにもはっきり見えた。あそこにパットンを助けられる人がいる。
 AL教団という言葉が少し引っかかっていたけれど、助けてくれるなら問題あるまい。
 そうこうする内に二人は教会に着いた。結構チャーミングな教会だな、と思うヒューバート。
 建物の外観に持ち主の性格が反映されるのかどうかは知らないが、シンプルで慎ましく、いかにも謙虚な建物だった。
 二階に一つだけ明かりの着いた部屋がある。
「あんたの言ってたセルさんだが、ここに一人で住んでるのか?」
「知らないわよそんなこと。一人かどうかって大事なこと?」
「ま、時と場合によれば」
「??? 時と場合?」
 志津香にはヒューバートが何を言っているのか良く解らない。
「すまん、別に深い意味はないんだ」
 カツカツ
 門柱に据えつけられた呼子を打つ。ヒューバートにとってセルが一人かどうかにはそれなりに意味があった。
 セルがヒューに着いてきたくないといったとき、無理矢理セルを連れて行けるかどうか。
 女一人なら楽勝で誘拐できるけれど、他にも人がいればそうはいかない。
 町外れだけあって辺りは静かだ。と、二階からヒューに声がかかった。
「あのーどなたですか? こんな夜更けにどうかなさいましたか?」
「お、あの人かい?」
 素朴な寝巻きを纏い、金髪が似合う女性だった。
 ヒューバートが受けた第一印象は『清楚で少し世間知らず』といったところ。
「あー、夜遅くすまないがあんたに頼みたいことがあってね。俺とここに居る……」
 ヒューバートが紹介しようとした矢先、ずいと志津香が前に出る。
「お久しぶり」
「え……? もしかして志津香さんですか? ご無事だったのですね?」
「ええ、お蔭様で。セルさんも無事で何よりだわ。良ければ中へ入れて欲しいんだけど」
「あ、鍵はかかっていないのでどうぞお入りください」
 ニッコリ笑い、セルは窓から引っ込んだ。
 志津香とのやり取りを眺めていたヒューバート、早速正門を押してみる。ギィィ、開く扉。
「本当だ。おいおい、このご時世に鍵もかけないのか?」
 彼だって教会が『来るものを拒まず』という看板を掲げているのは知っていた。
 しかし現在魔物が街中に氾濫しているのだ。だのに鍵すらかけないというのは、どうなのだろう?
 メチャクチャ度胸があるか、あるいは……バカ?
 省みれば志津香には驚いた風が見えない。開いた扉を前に苦笑いするヒューをよそにズンズン踏み込む。
 どうやらセルという人は昔からこうだったらしい。来るものを拒まず、徹底徹尾受け入れる職業のようだ。
「はぁ〜。神官ってのにならなくて良かった」
 首を振り振り志津香に続くヒューバートだった。




 数時間後、レッドからノースへと続く街道。闇に紛れて街を後にする影が三つあった。
 ヒューバートを先頭にセル・カーチゴルフ、魔想志津香が進んでゆく。

――――――
 ヒューバートは攫ってでも連れてゆくつもりだったけれど、事態は実にあっさり進んだ。
 セルとしても魔物が人間を支配する現状を憂慮してはいたらしい。
 ヒューバートが『モンスターを倒すため、パットンを軸に蜂起する。そのパットンを治療してくれ』というと、
 あっけないほど簡単にセルは首を縦に振った。
 セルとしても人々が虐げられる現状を黙ってみてはいられなかったらしい。
 このままじっとしていれば『聖地・川中島』が陥落することも確実だし、
 一教徒として何かアクションを……と思っていたところにヒューバートが訪れたのだ。
――――――

「すみません。志津香さんの質問には答えられなくって」
「え? ああ、別に気にしなくていいわ。そんなに簡単に見つかるなんて思ってないし」
 魔人を倒す方法。
 セルなら何か知っているのではないかと仄かな期待を寄せてはいたが、案に反してセルは何も知らなかった。
「それに次の目標が見つかったんだし、セルさんには感謝してる」
 志津香にセルが言った言葉。『カオスさんか日光さんなら傷をつけられるようですが』。
 そんな当たり前のことにどうして気づかなかったんだろう?
 魔法使い志津香にとって、剣とは縁遠い存在だったからだろうか?
 とにかく志津香は忘れていた。魔剣カオス・聖剣日光があれば魔人が倒せる!
 日光とカオスがどうにかなったという話は聞かない。
 もしかしたら大陸のどこかで新たな持ち主を待っているかもしれない。
 チラリ、赤い髪の剣士に目をやる。志津香には日光は扱えない。もちろんカオスだって、それ以外の剣だって扱えない。
 けれど彼は違う。ヒューバートがどれくらい強いのかは知らないが、かなりの使い手らしいことはわかる。
 もし志津香が聖刀を見つけたとして、彼ならばそれを扱えるのではないか?
 ヒューバートの愛剣・不知火の形状だって日光と良く似ているではないか。
 なにはともあれ、聖刀・魔剣がどうなったかを調べることが肝要だ。
 あてもなく魔人退治法を調べるよりはずっといい。志津香はグッと手を握り締めた。
 ふと歩み寄るセルの影。
「志津香さん、どうかなさいました? 先程からヒューバートさんばかり見て……」
「……別に。ちょっと考え事」
 ヒューバートが謳う鼻歌が聞える。飄々とした雰囲気を漂わせながら。と、ヒューバートが振り向いた。
「なぁ志津香さん、あんたまで付き合わなくたっていいんだぜ? 本当に一緒に来るのかい?」
「ええ。どうせアテがあるわけじゃないし」
「そうか。ま、レッドで出会ったのも何かの縁だ。あんたもよろしく頼むぜ?」
 差し出された腕は、いかにも男の腕だった。行く筋もの切り傷に彩られた戦士の腕。
「俺のことはヒューバートでいい。いつまでも貴方呼ばわりはこそばゆいからな」
 躊躇う志津香の腕をとると爽やかに言い放つヒューバート。グッ、力を込めて握り締めた。
 しばらくしてから、志津香はつまらなそうに握られた手に力を入れた。
「こちらこそよろしく。あたしは……そうね……」
 ちょっとだけ考えた後でいった。
「志津香でいいわ。『あんた』って呼ばれるほど安くないから」
「ははは、そうか。ま、仲良くやろうぜ志津香」
 こうしてヒューバートら三人はリーザスを後にした。
 




 解呪の泉のそば。かなみが寝静まった後でむくり、起き上がる人影。
 ランス。そっとカオスに手を伸ばし、泉に歩き出す。
 ちゃぽん
 神妙に肩まで泉に浸かる。水の中で腕を組み、胡坐を組む。静かだ。何も起こらない。
 水が澄んでいるためハイパー兵器までくっきり見える。
「……おい」
《なんだ? 儂を呼んだのか?》
「どういうことだ。俺様に変化のひとつも起こらないじゃないか」
《ふむ……。確かにおぬしから邪気は抜けてはいないようだな。
 だが本当に何の変化もないのか? 少し楽になっているだろう》
「むっ。むむむ……」
 への字に結んだ口がほんの少し緩んだ。言われてみればその通りだ。
 あれほど重く圧し掛かっていた何かが嘘みたいに消えている。
「まぁ……な。身体が軽くなったのは認めるぜ。だがな、肝心のあれはどういうことだ!」
《肝心のアレだと?》
「とぼけるな、例の靄だ! 全然なくならないじゃないか」
《確かに無くならなかったな。
 ……まぁそんなこともある。呪いにもいろいろあってな、多分かけた奴を殺すまで解けないタイプなんだろう。
 魔王が呪いをかけ続けてると考えれば不思議ではない》
 ランスが動きを止めた。
「な、なんだと? ってことは……どういうことだ?」
《ああ。魔王を倒さない限り解けない呪いらしい》
「ま、マジかよ……。さ、最悪だ……」
 ランスは天を仰いだ。シィルの死に顔を見る苦しみ、どんな拷問を受けるより辛い。
 泉に入ればあの苦しみから解放されると思っていたのに――。
《どうした? 呪いを解くことは諦めたか?》
 しばらく黙ってからカオスがいった。カオスだって『泉』に入れば呪いが解けると思っていたので少し落胆している。
 カオスでさえこうなのだから、呪いを受けた当人としては堪らなく落胆しているだろう。
《ランス、儂を使うからには……》
「けっ! なにをいってるんだ」
 ガシッ。カオスを両手で振りかぶり、ランスは泉から立ち上がった。
「丁度いいぜ。要は魔王をぶっ殺せばいいだけだろう? 俺様がケイブリスを殺す理由が増えただけじゃねぇか!」
 コォォォ
 ランスから気迫が伝わってくる。凄まじい覇気がカオスを痺れさせる。
「あんちくしょうめ……俺様はやってやる! やってやるぞぉぉぉ!」
 バシュッ、ドガッ、ズシャッ
 振り回されたカオスで水面に幾つも割れ目が出来た。
《……お主に呪いをかけたこと、魔王に後悔させてやれ》
 カオスが囁いた言葉はランスに届いていない。しかしランスの剣線からは、闘志が益々燃え上がるのだった。






 ・・・あとがき・・・
 七話お終いです。
 これで志津香は当分出て着ません。ランス&かなみ視点で進めたいです。






















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