魔王ケイブリス 第三章 『逆襲のランス』







  八話 潜入、リーザス城




「ランス、これからどうするの?」
「そうだな。俺様の灰色の脳細胞はリーザス城を攻めろといっている」
 泉で一晩過ごした二人は、帰り木で洞窟から脱出した。
「攻めるって……二人きりで?」
「ちっちっち。俺様は兵士5000人分強いから5001人だ」
 ドドーン、胸を張るランス。本当は兵士無限人分強いのだが、ちょっと控えめに五千人にした。
「嘘ばっかり」
 ポソリ、呟くかなみ。
 解呪のアテが外れてがっかりしてるくせに、ランスってば強がっちゃって……ランスらしいな、と思う。
「んんー? 何かいったか?」
「えっ? う、ううん何でもない。それじゃあ出発しようか!」
「? やけに元気だな……まぁいいか。それじゃ荷物は任せたぞ」
「全部あたしが持つの?」
「当然だ」
「はぁぁ〜……まぁ仕方ないかぁ」
 こうしてランスとかなみはリーザス城へと歩きだした。
「ところでランス、どうやって助け出すかとか考えてるの?
 それだけ自信があるってことは、何か作戦があるんでしょ?」
「がははは!」
 高笑いランス。豪快に笑ってはいるが、なーんにも考えていない。かなみに念を押され内心ギクッとしている。
「前にあたし達が使った通風孔を使う気? ほら、ランスも覚えてるでしょ」
「前に使った?」
「覚えてないの? リア様が地下牢に捕まって、あたしとランスとシィルちゃんで助けに行ったじゃない」
「あぁ、そーいや狭苦しいところを通った記憶があるぞ」
 ランスはポンと手を打った。そうだ、リーザス城に忍び込むのはこれが二回目だった。
 以前成功した潜入方法があるんだから今回もソレで行けばいいじゃないか。
「一度お城に入っちゃえば通風孔に潜れるけど……問題はお城にどうやって忍び込むか、よ」
「リーザス解放のときと……」
 『リーザス解放戦争の時と同じ方法でいいじゃないか』、言いかけてやめるランス。思いなおす。
 当時ランスが宿屋で思いついた世紀の大作戦、『ゴールデンランス作戦』は無理だ。
 何たってゴールデンハニーは重い。別にゴールデンハニーが強くて倒せないなんて理由じゃないぞ。
 俺様が中に入るとしてかなみではハニーを運べない。だいたいハニーをプレゼントする口実もないし。
「? まさかゴールデンなんとかって作戦をもう一回する気じゃないでしょうね」
 いぶかしそうにかなみがランスを見上げている。
「ふんっ。俺様が同じ手を二回も使うわけないぜ。もっと華麗にキメてやる」
「じゃあいいわ。その『華麗な』っていうの教えてよ」
 心を見透かされた。くそう、と思う。ブスッと黙り込むランス。
 そんなランスをかなみは心配そうに見つめていた。
 いよいよかなみはリア救出に向かうわけで、これまで目を背けていた現実を再直視しなければいけない。
 いままでは『解呪の泉』やら『カスタム』へ進んでいたせいで『リア達救出』と向き合わずにすんでいた。
 けれど、もうそういってはいられない。


――――――
 ランスは相変わらずの脳天気だ。けれどかなみは違う。確かにランスは一度リーザス潜入を果たした。
 難攻不落を極めた城を見事に落として見せた。ランスは凄い、それは認める。
 でも今とリーザス解放戦争時とでは状況が全く違っていることも事実。
 第一に人手が足りない。
 リーザス解放戦争では、リーザス軍、マリア、志津香といった強力なサポートがあったからこそ
 ランスは安心して救出部隊を組織できたと思う。
 ランスは……何にも考えず適当に行動していただけだ。
 今になって思えば信頼できる味方がいたからこそランスの行動が成功したのだ。
 第二に救出すべき人数が多すぎる。
 かなみがリーザスを離れる以前に偵察したところでは、リア、レイラ、エレナ、シーラ、メナド……
 ともかくリーザス城に最後まで残った女の全てが地下牢に閉じ込められているらしい。
 どのような待遇で閉じ込められているかは知らないが、丁重に扱われていないことだけは確かだ。
 助けたところで動ける人間がどのくらいいるか……疑問である。
 助けたあとはどうすればいいんだろう? 解放戦争ではバレスを筆頭にリーザス城を攻め立てた。
 かなみ達がリアを伴って地下牢から出たときには、あらかた敵を倒していた。
 今回は違う。ランスとかなみだけで救出に向かう以上、退路確保は至難の業だ。
 正直にいうと、潜入だけならかなみ一人でも十分可能だし、何度か潜入してはいる。
 モンスターなんて愚鈍極まる生物だ。隙を突いて情勢を偵察するくらいならなんとでもなる。
 問題は救出し、連れ出す際に発生する。牢屋の鍵を開け、牢番モンスターを殺すうちに新たな増援が来たりしたら?
 この時点でもう駄目だ。
 でもランスなら何か考えていそうな気がする。いや、きっと考えている。
 でなければこれほど落ち着いて入られないだろうし、なんといってもランスなのだ。
 他の誰でもない、ランスなんだから……。
――――――


 ランスは口をへの字に結び腕を組んでいる。
 かなみほど深刻ではないけれど、ランスも前途に困難を感じてはいた。
 そもそも二人しかいない時点で救出作戦じたい無理な話。
 しかし、ランスに諦める気持ちは全くない。絶対にリーザス城から皆を助け出す……皆を、そしてシィルを。
 シィルがどこにいるのか、ランスは知らない。生きているかどうかも解らない。
 だけど生きているならば、リーザスでリア達と共に囚われている公算が一番高い。
 である以上、ランスに残された選択肢は一つ。そっと口を開く。
「……シィルを助ける。絶対に、だ」
「? ねぇ今何かいった?」
「……ふん」
 ランスへ寄り添うように首をかしげるかなみ。一瞥してから視線をリーザス城に転じる。
「なんでもない」
 ランスはまた口を結んだ。シィルに自分が固執していること、かなみに気取られるなんてまっぴらだ。
 何でもない顔のまま、あらためて目前に迫った事態を考えてみる。
 リーザス城の城壁は高い。かなみならまだしも、ランスではピョーンとはいかない。
 よしんばランスが乗り越えられたとしても、いったい帰りはどうすればいい?
 シィルやリアを連れて城壁を跳び越えられやしない。
 きっと壁づたいに警備モンスターもいるだろうし、城壁使わず潜入しないといけない。
「う〜むむむ」
 人差し指を額に当てて、『考えるポーズ』。
 かなみもランスが思考している気配を察知したのだろう、黙ってランスを見ている。
 ランスは考える。こっそり潜り込む、だ。何かに化けてもぐりこめばいいんじゃないだろうか?
 何に化けるか。モンスターに怪しまれなくて、それでいてそこら辺に転がってるもの。
 う〜ん、ハニー、ハニワ、レッドハニー、ブルーハニー、ダブルハニー……。
 ……。
 十分くらい考えただろうか。
「だぁぁっ、ハニーしか思いつかん! くそっ」
 奇声と共にランスは石ころを思い切り蹴っ飛ばした。
 作戦なんてすぐ思いつくと高をくくっていたのが、なかなかどうして思いつかないものである。
 隣ではかなみがビックリしている。
「ら、ランス? ハニーがどうかした?」
「どうもこうもない! なんで俺様がハニーなんか考えなくてはならんのだっ」
「???」
「くそっ……。だいたいだなぁ、リーザス城の塀が高すぎるのが悪い」
 戸惑うかなみをよそにランスが大きく肯いた。
「ったく誰が作ったんだか。
 馬鹿と煙は高いのがお好きっつーけど困ったもんだ。これじゃ乗り越えて入れないじゃないか」
「え? 塀を乗り越えるって?
 ランス……もしかして何にも考えてないの? 入る方法あるんでしょ? まさか……ねぇ?」
「ちっ、うるさいぞ!」
 ポカッ
「あうっ。い、いったぁ」
 かなみを軽く小突く。ランスからすればシィルの十倍手加減してるのに、かなみは大げさに痛がるから駄目だ。
 これしきで半泣きになる? まったくもってけしからん。
 もうちょっと我慢してみろってんだ、思い切り小突けないじゃないか……って、あれ?
 と。べそをかいたかなみを見た瞬間、何かがピカーと閃いた。
「あれ? ランス……どうかし――」
「俺様が何も考えてないだと? 変なこと言うな!」
 ポカッ
 頭を押さえて何か言いかけたところに、再度一発。
「うう〜、ま、またぁ?」
「いいか、耳をたててしっかり聞けよ。いまから作戦を話してやる」
 訳も分からずキョトンとするかなみに威張ってみせると、ランスはたった今思いついた作戦を話し始めた。
 もちろんズッと前から決めていたかのように喋る。


――――――
 リーザス城には排水路があった。
 かつてランスが『ヒカリ誘拐事件』を解決した際、リアやマリスが逃げ道に使った地下道のことだ。
 城から外へ逃げられるなら、そとから中へも入り込めるはず! しかも地下だけに地下牢へも繋がっていそうだ。
 もしかしたら通風孔が直通しているかもしれない。
 地下道を聞くためランスが拷問した女忍者……ランスに襲われて指を三本いれられて泣き出したくの一……見当かなみ。
 かなみが目に涙を浮かべた様子から、かつての思い出が蘇ったのである。
 地下道を通って城に潜入し、地下道から城の通風孔へ潜り込む。通風孔で牢屋にゆき、牢番を殺してみんなを助ける。
 これなら一度も地上を走る必要がないから、モンスターにばれる不安もない。
――――――

「……ってわけだ。さすがは俺様だな、がははは!」
「そうね。それなら……いけるかもしれない。通風孔は牢屋とも繋がってると思うし」
 おしまいまで聞いてから自分の中で反芻し、かなみは小さく肯いた。
 そうだ、リーザス城にはちゃんと抜け道があったのだ。
 ランスより城は詳しいはずなのに、いわれてみるまで思い出さなかった。
「がはははは!」
 ランスが上機嫌で笑っている。やっぱりランスだ、とかなみは思った。着目点が違うのだ。
 それに巧くいえないけれど、作戦が上手くいきそうに思える。前途が明るいようなきになる。
「うむ、決定だ! 作戦名はそうだな……」
 なにやらネーミングに頭を捻っている。
「よし! 『ゴールデンランス作戦2』だ! うむ、いい名前だぜ。かなみもそう思うだろ?」
 しきりに納得するランス。相変わらずのネーミングセンスだ。水を向けられたかなみは苦笑いしつつも、
「うん。いい名前と思う」
 ちゃかさずに答えた。本音は『馬鹿な名前』だが、この際チャチャはいれないでおこう。
 『ゴールデンランス作戦2』、ランスらしい。来る事態に向けて自分は緊張している。
 だけどランスはいつものまんま、それだけで嬉しいかなみだった。
 




―――リーザス城、地下牢―――
「ふう〜今日も無事終わりましたね〜」
「無事……ですか……?」
「そうです〜。怪我も病気もしてないんですから、それだけでもいいことです〜」
「……そうですね」
 薄暗くジメジメした空間。遠くの天窓から届く僅かな光だけが時間を教えてくれる。
 差し込んでいた光は消えた。つまりもう夜が来たということだ。
 スゥスゥ、小さな寝息を膝に感じつつ、レイラ・グレクニーは溜息をついた。
 レイラに身体を預けきって眠るのはリア・パラパラ・リーザス。
 かつてリーザス女王として権勢を欲しい儘にしてきた女性だった。
 昔の自信と覇気に溢れた容姿はやつれ、見る影もない。
 レイラの肩に手をのせてニッコリ笑う女性がいる。アーヤ・藤之宮、天才病院のトップ医師だった女性である。
 おそらくこの牢獄にあって一番朗らかな女性だろう。
「そろそろ私達も眠りませんか〜? もうリア様も眠りましたよ〜」
「ええ。でもなんだか目が冴えてしまって」
 静かな地下に二人の声が木魂する。ここにいるのは二人だけではないが、おきているのは二人だけ。

――――――
 牢の中にいる人間はレイラを合わせて七人いた。
 アーヤ、リア、メナド、ジュリア、エレナ、シーラ、レイラの七人である。
 他の女性……竹中もこもことあおい、そして親衛隊士達はどうなったのだろう?
 レイラは詳しいことを把握していない。意識を取り戻したときには既に牢屋の中だった。
 なんでもジュリアとアーヤが二人してレイラを蘇生させ、三人纏めて魔物将軍に捕まったとのこと。
 エレナもメナドも状況を正確に把握しているとは言い難く、何もかもが闇の中だ。
 牢に放り込まれてからどれくらい時間が経っただろう? アーヤによれば約二ヶ月とのことだ。
 レイラからすれば二ヶ月しか経っていないなんて思えない。
 一年経っていたとしても、二年経っていたとしても驚きはしない。それくらい長い二ヶ月だった。
 レイラが意識を取り戻したとき、既に衣服は剥ぎ取られていて足に鉄環を嵌められていた。
 それはリアや他の女性も同じで、皆が壁から伸びる鎖で繋がれていた。
 アーヤがずっと看てくれていたらしく、状況を解りやすく話してくれた。
 ジュリアと二人でレイラを助けようとしたこと、リアやメナドもここにいること、リーザス城が完全に堕ちたこと……。
 そして、レイラの手をきつく握り締めながら『リックがレイラを庇うように死んだ』こと。
 気が狂いそうになったが、どうやら発狂したいのはレイラだけではなかったようだ。
 メナドが自分を見失っている。
 リアが『マリス、マリス!』と捨てられた子猫のように泣き喚く。
 シーラは薬がきれて暴れようとする。
 完全に正気なのはジュリアとアーヤくらいという最悪な事態に、レイラは悲しむ余裕すら貰えなかった。
 しかしそれは幸いだったのかもしれない。泣き出すリアを抱きしめ、虚ろなメナドを勇気付ける。
 なんのアテもない空虚な言葉しか喋れなかったが、それでも気分は紛れた。
 哀しいことに変わりはないが、泣いていてもリックは喜んだりしない。
 リックに代わって私がみんなを守る、いつかそう思えるようになった。
 捕まってから一週間はなんにもなかった。一週間後、サテラが地下牢を訪れた。サテラはいった。
 『魔王様の命令だ。お前達を一生ここに閉じ込めるそうだ。命だけは助けてやるから心配するな』
 それだけいうとサテラは振り向きもせず出て行った。レイラは目の前が真っ暗になった気がした。
 何度も試してみたけれど、足を繋ぐ鎖は解けそうにない。加えてレイラ達は寸鉄すら帯びていないのだ。
 これでは門番を務める魔物将軍を倒すこともできない。
 内側から逃げ出せないなら助けを待つしかないのだが……誰が助けに来てくれるというのだ?
 サテラの配慮だろうか、サテラが見回りに来て以降出される食事が増えた。
 以前の極小量な食事なら半年ももたないだろうけれど、これなら数年は生きていける。
 けれど生きていたって助かる見込みがまるでゼロだ。なまじ正気を保っている自分が恨めしいとすら思う。
 これから何十年という期間を地下で裸のまま暮らすのか? 考えたくない、考えられない。
――――――

「レイラさん〜そんなに思い詰めないで、明るくいきましょう〜」
 ニコニコ。
「え、ええ。そうですね、私達がしっかりしないと」
「そうです〜大丈夫、生きていればきっといいことありますよ〜。それでは、おやすみなさい〜」
 肩から暖かい手が離れ、床に横になる気配がする。
 牢屋に寝具なんて上等なものがあるわけもなく、レイラ達はみんな雑魚寝だ。冷たい石床に身体を横たえる。
 全員が足を鎖で壁の取っ手に据えつけられているせいで扇子状に寝るのだ。
 アーヤが眠りについてからもレイラは横たわろうとはしなかった。
 アーヤは『生きていればいいことがある』といったけれど、素直には肯けない。
 本当に……本当にいいことがあるのだろうか? もしこのまま地下で一生過ごすとすれば、いいことなんてなにもない。
 かといって死にたいわけでは決してないのだ。レイラの命、もはや彼女一人の物ではない。
 リックという真剣に愛した男が命をかけて守った以上、投げ出すことなど絶対にしない。
 視線を落とし、なき寝入るリアの髪を撫でる。レイラは思う。
 自分はとても辛いのだけれど、リアも自分と同じか自分以上に苦しんでいる。
 最愛の人ランスを失い、自分を最も愛してくれた人、マリス・アマリリスすら失ってしまったのだ。

――――――
 疲れきって眠る姿こそ穏やかだが、起きているときのリアはまるで別人だ。
 身寄りを全てなくし異郷へ放置された子供のように怯え、いつでも牢屋の外に張り付いている。
 少しでも物音がすれば、
 『マリス? マリスなんでしょっ! あたしよぅ、リアよっ! 早くここから出しなさいッ』
 なんて喚きたてる。レイラは知っている。マリスが魔人となりリーザスを去っていったことを、だ。
 それだけにリアが不憫でならなかった。物音の主がマリスでないことが解るたび、リアから目に見えて活力がなくなる。
 普通なら、二週間もすればマリスが来ないことくらい解るだろう。けれどもリアはマリス探しを止めようとはしない。
 二ヶ月たった今でも誰かが来る気配を感じるたびに、弱々しい足取りで、
 『……マリス? マリスなの?』
 と、マリスを求めて鉄格子に歩み寄るのだ。
 リアにとって初めてしる痛みなのだろう、『本当に大事なものを失う痛み』。
 リアは気づいているのだろうか?
 この二ヶ月で『ダーリン』と口にした回数は、『マリス』という単語を発した回数の千分の一に満たないのだ。
――――――

「リア様……お可哀想に」
 何度も繰り返し髪を撫ぜる。幼いころからリアを見てきたが、これほど脆い少女とは思わなかった。
 父や母を郷里へ追放し、ヘルマンの拷問でも口を割らなかった程に気丈な面があったのに、
 いまはマリスを求めて泣き寝入るしかしない。
 こんなリアを見るにつけ、マリスへの尊敬と憎悪が交差し、相高めあってゆく。
 リアという女性をここまで支えられる母性、女として敬意は払わねばなるまい。
 かといってレイラがマリスの行動を容認するかといえば、全く違う。
「マリス、あなたがリア様を助けようとして……それであんなことをしたんでしょう?」
 リックはマリスに殺された。
 レイラは気を失っていたから見届けてはいないが、
 アーヤによると、リックは氷剣からレイラを守って死んでいたらしい。
 ならば間違いない、リックを殺したのはマリスだ。
「あなたはリア様を守ったつもりかもしれない。でも……このお姿を見ても『守った』って言い切れるかしら?」
 命を守るだけでは意味がない、そうレイラには思えるのだ。
 もしもマリスがリアを捨てたことを知れば、リアは生きていけるのだろうか?
 ここまでマリスに依存していたリアを見た以上、リアが無事でいるとは思えない。
 リアに開いた穴はあまりにも大き過ぎる。この穴を埋められる人間などいない。
 ランスならば可能かもしれないけれど、ランスだって命を落としている。
「ランス君もいないのよ。哀しいけど、私達じゃリア様の隙間は埋められない」
「う、うぅん……マリスぅ」
 リアが寝言を。きっとマリスの夢を見ているんだろう。起きているときとは全然違う、幸せそうな寝顔だ。
「マリス・アマリリス、あなたはあまりにも沢山の歯車を掛け違えたのよ。
 あなたが守ろうとしたリア様はこうして泣きながら朽ちていくわ、他ならぬ貴方のせいで」
 リアを可哀想に思うと同時に、他にも浮かばれない人間がいる。
「……リックだってそう。どんな理由があったにしろ、貴方はリックの気持ちを踏みにじったわ……」
 ポタッ。涙が一滴だけ零れた。
「どうすればよかったのかなんてわからない。でも違うでしょう?
 こんなことは誰も望まなかったはずっ……! どうしてリックを、リックは怪我をしてて、それなのにっ……」
 レイラはそのまま黙り込んだ。駄目だ、リックを思い出すと平静さが保てない。
 あまりにも沢山の悔しさが込み上げてきて、なにも考えられなくなる。
 



 こうしてある一晩が過ぎていった。静かで、訪れる者はだれもいなく、なんの変哲もない一夜になるはずだった。
 いつしかレイラも寝入っていたのだろう。リアに膝枕をあてがったまままどろんでいたらしい。
「だ、ダーリン? ダーリンなの? あ、だ、ダーリンだ、ダーリンが来てくれたぁっ!」
「え、あ、え?」
 レイラをまどろみから引き戻す大声、膝から飛び起きる青い髪。
 魔物も人間も深い眠りに落ちる時間なのに、いったいなにがどうしたのか?
 事態を掴めず呆然とするレイラを尻目に格子へ身体を押し付けるリア。
「ここよっ、ダーリンここよぉっ! リアは、リアはここにいるのっ!」
 辺りに特別な気配はない。いつもと同じ陰気な牢獄、誰かが助けにくるなどとレイラには考えられなかった。
 けれどリアは叫んでいる。いつもなら『マリス、マリスッ』と叫ぶところを、はっきりと『ダーリン!』そういった。
「ダーリンッ、ダーリーンッ!」
 どこまでも続く漆黒の闇へリアの声だけが木魂していった。





 ・・・あとがき・・・
 八話お終いです。
 レイラさん達が暗いと、ランスが明るいことに違和感を覚えてしまいます。
 あと、アーヤさんは出血で気絶していただけということで……。
 次回はランスがリーザス城内に入ります。
 副題は『地下道のランス』です。(冬彦)




















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