魔王ケイブリス 第三章 『逆襲のランス』






  十話 サテラとの邂逅





 ァァァ……
「えっ? いまのは」
「サテラサマ、シーザーニモキコエマシタ」
「何かが壊れた音だ。どこから聞えたんだろう?」
 リーザス城中庭に出た途端、遠くでモノが弾けた気配。シーザーに乗ったサテラにもシーザーにもしっかり聞えた。
「アチラカラキコエタヨウデス」
 地下牢へ続く階段方向を指差すシーザー。的確な耳だ。
 どうやら警備兵(魔物)にも聞えたらしく、そこへ向かってワラワラ駆け出している。
「さっきは気のせいじゃなかったんだな。シーザー、サテラ達もいってみよう」
 鷹揚に肯く。侵入者が来たといっても取り乱すなんてしない。
 牢内は特に沢山のモンスターを配置してあるし、人間風情で切り抜けられる状況じゃない。
 それにどんな猛者だろうとサテラが行けば全て解決する。サテラは魔人、対人間ではまさに無敵。
「ハイ、サテラサマ」
 シーザーがゆっくり動き出した。主に動揺がないのを見て取り、ゆっくり進む。
 サテラが落ち着いている理由はもう一つある。
 ……どうでもいいのだ。魔王に命令されたので一応閉じ込めてはいるが、本心では逃げようと死のうと構わない。
 リア達に逃げられればケイブリスは怒るだろう。もしかしたらサテラは殺されるかもしれない。
 けれどもそれはそれでいいじゃないか。サテラはケイブリスが大嫌いなのだ。
 アイツに支配されるくらいなら、いっそ死ぬのもありかな、と思う。
 それはそれとして。
 亡国の女王を助けようとする人間ならば、それなりに手応えがあるだろう。
 丁度退屈していたところだ、退屈凌ぎくらいにはなると思う。
 昔……最近のような昔のような、不思議なとき……にも侵入者と戦ったことがある。
 思い返せば懐かしく、充実した戦いだった。
 侵入者がランスとは知らない二人は、あくまで暢気に地下牢へ向かってゆく。





「とうっ、ランス回転斬りッ!」
 ザシュッ
「火丼の術っ。せいっ」
 ボォォン
 通風孔下に陣取ったモンスターを同時に潰し、ランスとかなみは奥へ駆けていた。
 異変を察知した警備兵共がワラワラ向かってくる。
「な、何て数っ……」
 忽ちかなみの進路が真っ黒に埋められる。奇声を上げて反抗するモンスターが川をなし、かなみに向かって押し寄せる。
 こんなに数がいたなんて……誤算だ。これではリアを探すどころじゃない。
 けれどかなみの誤算は敵数だけではなかった。
 解呪の泉を経て取り戻した力、ランス全力の迫力をかなみは過小評価していた。
「どけかなみっ! はぁぁぁぁっ」
「え、ら、ランスちょっとっ!」
 頭上を飛び越える光、ジャンプ一番、オーラを纏ったランスが跳ねる。
「がははは! 死ねぇ虫けら、ラーンス……」
 着地間際一際輝くカオスが映える。
「……アタァーック!」
 ドッゴォォォン!
「「グギャアアァ!」」
「う、うわぁ……」
 一撃。たったの一撃でクレータと共に砕け散った群れ。モンスターの血、肉片が飛び散った中心から捨て台詞。
「へっ、俺様の経験値になれて嬉しいだろ? ……かなみっ、なにぼやぼやしてるんだ! さっさとついて来いっ」
「あ……うんっ」
 ランスに見とれている場合じゃない。ぐずぐずしていればさらに敵が湧いてきそうだ。
 マントを翻して疾走するランスに遅れじとかなみも駆けた。
 廊下が二手に分かれている。右か、左か? かなみの十メートル先を行くマントが一瞬立ち止まった。
 どっちにいけばいいか迷っているのだろう。
「ランス――」
 『右にみんながいる』事前探査で得た情報を伝えようとした。
 しかしかなみが口を開いた時には既にランスが駆け出していた。もちろん右、正解なルートを躊躇なく選んで。
「……」
 無言で追随するかなみ。自分はランスに『右手の牢屋に囚われている』ことを話しただろうか?
 一度話したかもしれないが、ランスが覚えているはずがない。おそらくランス一流の『勘』だ、とかなみは思った。
 普通なら訝しがるところだけど、もう慣れてしまった。ランスの『勘』は外れない。
 かなみがついてきていることを確認し、ランスは速度を速めた。どうせスピードではかなみの方が勝っているのだ。
 ランスが全力で走ったとしても置いてきぼりをくらうことはないだろう。シィルが相手だとそうはいかない。
 シィルはトロいしすぐ泣くからな……と場違いなイメージに苦笑するランス。
 しかしそれも束の間のこと、すぐ目の前に立ちはだかるサイクロナイトへカオスを向ける。
「てやあっ、これで終りだっ!」
 擦れ違いざま胴を両断する。我ながら絶好調、怖いくらいに剣線が冴える。
 一撃一撃に全身が乗っかっているような感触だ。と、不意に女の悲鳴が耳に刺さった。
 小さくて聞き逃しそうになったけれど、間違いない。嫌というほど聞かされた呼び名だ。
「へっ、その呼び方……リアかよっ」
 左の方から聞えた。すぐさま左へ伸びる脇道へ飛び込む。
「まってろ、今すぐ助けてやるからなっ……」
 血塗られたカオスとともにランスは走った。





「ダーリン、ダーリ―ンッ!」
「〜〜? リア様〜? どうしたんですか〜?」
「あ、アーヤさん。私もいきなりで良く解らないのですが」
 戸惑うレイラをよそに、リアは叫び続けていた。目がいままでのリアじゃない。
 虚ろで空っぽで、生気の欠片も見えなかった瞳じゃない。かつてを髣髴させる勢いで嘗ての夫を連呼する。
「ダーリン〜? あのぅ、それってランス王のことですか〜?」
「ええ。リア様はいつもランス王をそう呼んでいました。ですが……」
「ランス王がいらっしゃったんですか〜?」
 目をパチクリさせるアーヤにレイラは首を振った。ランスが来るわけがない。リアは夢でも見たのだろう。
 きっとランスの夢をみて、夢の中でランスに助けてもらったりしたのだ。
 夢と現実に区別がつかなくて、夢から醒めてもランスを呼んでいるのだ。
 無理もない、レイラだって牢屋に居る現実が夢だったらいいと思う。これが夢ならどんなにいいか――。 
 ぁぁぁ……
「? アーヤさん、なにかいいました?」
「いいえ〜何にも〜」
 男の声が聞えたような。ここに押し込められてから久しく聞いていない低音。振り返ればますます強く叫ぶリア。
「リアよぅ、リアはここよっ」
 ジャラジャラと鎖が音を立てる。足が千切れそうになるまで鎖を引っ張っている。
「り、リア様……え?」
 リアが笑っていた。マリスと離れてからずっとべそをかいていたのが、ぱぁぁっと明るく光っている。
 涙が滲んでいるが、決してべそじゃない。
「レイラさん〜もしかして本当に誰か来たのでは〜?」
「え? で、でもいつもみたいな勘違いでは」
「リア様の様子〜いつもと違います〜。レイラさんも〜そう思いませんか〜?」
「え、ええ、そう思いますけど」
 レイラがアーヤに首肯した時だった。遠くからはっきり聞えたのだ。
 レイラは耳を疑った。絶対に聞えないはずの声が聞えたのだから。
 『がははは……!』
 アーヤにも聞えたらしい。アーヤとレイラは目を合わせた。
「だ、ダーリンっ。う、うぅぅ〜」
 泣き崩れるリアにレイラは駆け寄った。聞き間違えるはずがない、さっきのはランス。ランス君だ。
 しかしランスはこの世にいないはず、ランスが笑う声など聞こえるはずがない。ということは幻聴?
 リアがあんまり『ダーリン、ダーリン』と騒ぐから、レイラに幻聴が聞えたのか?
 アーヤはといえば眠っている皆を起こす。メナド、シーラ、エレナと頬を叩いて起こしてゆく。
「来てくれたの、ま、マリスは来てくれなかったけど、だ、ダーリンが、ダーリンがぁ――うっうっ」
「ええ! 私にもはっきり聞こえました。お、王の御声が」
 ランスを信じきっているリア。レイラはランスが来たなんて思ってはいないが、誰か助けが来たことは事実らしい。
 ならリアを励ますためにも、ランスを否定してはいけない。
「ゆ、夢じゃないよね、ね? ダーリンだよねっ?」
 ドガァッ
 ランスが戦う剣戟がここまで届く。もうすぐそこに迫っている。
「ええ、ランス王です! ランス王が来てくれたんです!」
 レイラは力強く肯いた。どんな理由か知らないが、助けが目前に迫っている。久方ぶりに力が身体に戻ってきた。
「ダーリンッ、リアはここっ!」
「誰かぁっ、私達はここよっ!」
 二人同時に叫んでいた。





「ランス聞えてる? みんなはアッチよ!」
「けっ、んなことは解ってるんだよっ」
 ダダダッ、タタタッ
 既に二人とも目当ての監房を捉えていた。リアが見える、レイラが見える。
 くの一として卓越した視力を持つかなみには、格子から手を伸ばす青い髪がしっかりみえていた。リアだ、間違いない。
 ランスだって声でわかる。大人っぽいのがレイラさんで、耳に突き刺さる甲高い方がリアだ。
 あと二十メートルくらいか? もうすぐ解る、あそこにシィルがいるか否か――。
 ここに至るまでたいした敵はいなかった。ランスが強すぎたせいもあるが、立ちはだかった敵は三秒以内に肉片と化した。
 あとは鍵を開けてみんなを助け、もと来た道を戻るだけだ。
 あそこにシィルがいれば話は早い。逃げ出せばそれで全てが終る。
 隣を走るかなみは高揚している。ランスにも伝わってくる。
 かなみにとって重く圧し掛かっていたメナド、リアという存在に手が届くのだから無理はない。
 その一方でランスはどこか曇っていた。絶好調には違いないのだけれど……感じないのだ。何を感じないのか?
 シィルだ。
 シィルの気配が全くない。ボルゴZから助け出したときはしっかり感じた。
 確かにシィルがいる、そう確信して牢獄を駆け回ることができた。けれども今度はあの時の高揚感がない。
 本当にシィルは牢屋にいるのか――? 埒のない疑念を振り払うようにランスは走った。
キュィィッ
「!」
 ランスの思考が止まる。背後から一筋、唸りを上げて跳んできた線が迫ったのだ。
 聞き覚えがある音、空気を裂く旋律。これで何回目だろう、革が風を切る音を聞くのは?
 なんとなく懐かしさを感じないでもない。
 シュシュッ
 風で解る。気配で解る。アイツ、こんなところまででしゃばってくるかよっ!
 苦笑しつつランスは後ろへ向き直った。
「かなみ、先に行けっ」
「え? きゃあっ」
 隣を走るかなみの背中を思い切り押す。かなみがいた場所を鞭が切り裂く。
「ランス? どうしたのっ?」
「ふん、ごちゃごちゃ言わずにさっさと行け」
 ガシッ 石床を踏みしめ仁王立ちに。暗がりから跳んできた鞭は、間違いない、アイツの、サテラの一撃だ。
 魔人が出てくれば渡り合える人間などランスしかいない。魔人でなくてもサテラは強い。
 背中を向けていなせる相手では決してない。
「敵なのね、それならあたしも――」
「るっせぇ、二度も俺様にいわせるな! 早くみんなを助け出せっ。
 いいか、絶対怪我させんなよっ! 無事に助けないとお仕置きだぞ!」
 ランスは腹を括った。もしも魔人が出てきたらどうするか? そんなことは決まっていた。
 俺様が……ランスが自ら防ぐ、喰い止める!
 かなみには『お前が囮になれ』と笑いながら話したが、心の中ではまるで逆。
 ランスは始めから自分が囮、もしくは殿になるつもりだった。
 一番しんどい役目を自分が選ぶのは不本意極まることではある。ランスはいつでも美味しいところだけ持っていきたい。
 しかし今度はそんな悠長なことを言っていられる状況じゃない。
 敵は魔人、そして守るべきはシィル達。確実に守るためには自分が殿になるしかないじゃないか? 
「で、でもっランス一人じゃっ……」
 かなみのおたついた気配がする。
 チッ
 ランスは舌打ちした。もしかして自分が心配されているのだろうか?
 くそっ、俺様の心配するのはシィル一人で十分なんだよっ――。
「馬鹿が、自分の仕事を考えろ! 俺様の心配なんざ百年はやいぞっ」
 カオスに気を込めながらランスは跳躍した。かなみとは逆の方向へ、だ。
 これ以上かなみのアホを相手になんかしていられない。邪念を挟んで勝てるほど甘い相手ではない。
「ランス? ほ、本当にランスなのか?」
 鞭を片手に立ち尽くすサテラを間合いに捕捉したとき、すでにランスからかなみのことは消えていた。





 遠ざかるランス。手を伸ばしたけれど、届かない。
「てぇぇぇいっ」
 大振りで飛んでゆく背中を見送りもせず、かなみもランスに背を向けた。
 そうだ、かなみがしなくてはいけないこと、それは主を、親友を助けること。
 ランスは自分を信頼して囮に駆け出してくれたのだ。だったら自分もランスの信頼に答えなくては!
 ランスが心配だ。瞬時垣間見えたのは魔人サテラ、そしてシーザー。二対一でランスに勝ち目はあるんだろうか?
 胸を過ぎった暗雲、しかしすぐさま吹き払う。ランスも言ったではないか、『俺様の心配なんざ百年早い』。
 その通りだ、ランスはちゃんとしてくれる。
 スードリ平原ではかなみを裏切ってくれたけど……そのことは許してあげよう。
 もしも無事にみんなを救出できて、ランスも無事に帰ってきたら許してあげよう――。
 サテラ以外に魔物が潜む気配はない。驚くレイラ、リアに構わずかなみは印を結んだ。
 瞬時に開く鉄格子。中に飛び込み鉄鎖からリアを、メナドをとき放つ。
 それからは無我夢中だった。いままではランスが先導してくれていたが、もうランスはいない。
 かなみ達が、いやランスの中では『シィル達』が、無事に脱出できるよう全力で敵を食い止めてくれている。
 ランスへ駆け出そうとするリアを掴み、自ら背負う。
 レイラがメナドを、アーヤがシーラを背負い、エレナと共にかなみは駆けた。
 阻む敵はいなかった。新手にも出合うことはなかった。新手は、きっとランスを倒しにいったのだろう。
 そうして元来た通風孔に辿り着き、嘘のようにアッサリ全員が無事に排水溝についた。


 かなみ達七人に負担がなかったということは、負担を全てランス一人が引き受けたということ。
 かなみがあっさり脱出できたということは、ランスが出鱈目に苦労すること。
 排水溝で七人が胸を撫で下ろした頃、
「ち、畜生っ、やってられるかあ!」
 モンスターの大群に追われ、ヤケクソで逃げるランスがいた。





 ・・・あとがき・・・
 十話、お終いです。
 書いていて楽しいです、ランスが頑張るのは。
 ようやくサテラと戦います。
 次回は『ランス、怒る』です。(冬彦)



















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