魔王ケイブリス 第三章 『逆襲のランス』






 十二話 一人ぽっちの行方



 
《ランス、いい加減にしろ。いい加減にしないか》
 ドガッ、バゴォッ。
《本当に死ぬぞ。お主自身が死んでどうする? もう解ったから、止まれ》
「くっ……うるせぇ、うるせぇぇぇ!」
 ビュンビュウン
 いつの間にか城内・中庭に立っていた。本当に自分がどうやってここに来たか、ランスはさっぱり覚えていなかった。
 覚えているのはサテラの哀れむ瞳に、『シィルがケイブリスに連れ去られた』の一言だけ。他には何にも覚えていなかった。
 無性に腹が立ち、自制心が働かないのでランスはひたすら暴れつづけた。
 取り巻くモンスターに切り込んでは剣圧を炸裂させ、また別の場所へ切り込む。そんなムチャクチャを続けていた。
 既にサテラ、シーザーともにランスから逃げ出したらしい。さしあたって近辺にはいない。
 我に返ってみれば、あたり一面雑魚モンスターの海だった。
「だぁぁ――……ぅぐっ」
 剣を構えなおし、もう一度飛びこんでやろうとしたとき。膝に走る電撃で、思わず足をつく。
《馬鹿者め。自力を弁えず暴れるからだ》
 黒い思念波が脳に触れる。
「ちっ、さっきから何でこんなに重いんだっ。か、体が重すぎるぞっ……くそっ」
 立ち上がろうとしても、真っ直ぐ立つことができない。ふらふらとよろめきながら、カオスを杖代わりにする。
 全身が鉛になったようで、うまく動けない。遠泳を一日中繰り返したみたいに体がしんどい。
 気力の器、剣気の器が空っぽで、気迫の気の字も出てこない。
《あれだけ暴れれば足に来るのも当然だ。お主本当に覚えていないのか?》
「覚えるも覚えないもあるかっ。俺様はいつでも冷静沈着だ、なんだって覚えている……」
《本当に覚えてないらしいな》
「うっせぇ……この馬鹿オス!」
 ランスが忘れたとしても、カオスには一生忘れられないだろう。つい数分前、地下で猛り狂ったランスの姿をだ。

――――――
 ありえないエネルギーだった。とても人間とは思えない、かといって魔人とも思えない気迫でカオスが潰されそうだった。
 桁違いの憎しみと悲しみに支配されたオーラがカオスを覆い、触れた魔物は皆灰と化した。
 カオスが思念派を飛ばしても全く反応してくれない。ひたすらランスは剣を振るった。
 今までにも何人か戦いに心を奪われた人間は見てきたが、中でもランスはピカイチだ。
 たいていはバウンド・レスのようにカオスに心を奪われ、魔人と戦うバーサーカーと化した。
 一方ランスは違う。自らの意思で全てを潰すバーサーカーへ昇華したのだ。
 剣に生まれ変わった体、敵を斬ること即ち快楽。かつてない快楽に溺れながら、しかし快楽に浸りきれないカオス。
 カオスは呟いた。 ……無茶だ、余りにもムチャクチャな動きだ。これでは絶対にもたん……。
 まるで自分が溜め込んだ命を全て吐き出すかのように暴れるランスは、ひたすら破滅を求める死神に見えた。
 このまま暴れ続ければ、命琴線が切れると解りきっていた。
 だから懸命にランスに呼びかけ、闘争本能を抑えるよう呼びかけてきた。
 地下牢に攻め来るモンスターを五十体ほど潰し、ランスは駆け出した。
 てっきりかなみ達を追うものと思いきやまるで逆、中庭へ向かって駆け出したのだ。
 サテラとシーザーを追いかけたつもりだろう。
 中庭に出た途端、四方八方から飛びつくモンスター。ランスは『ランスアタック』で魔物包囲網の一端を食い破った。
 ただでさえ凄まじい剣気がさらに駆け上り、大地に爆裂する。
 バーサーカー状態のランスが放ったランスアタックは、それまでで最高の爽快感をカオスにもたらした。
 出鱈目に……出鱈目に大きなクレータができた。
 ランスアタック後、シュウシュウと剣気が収まった。ランスから狂気の炎がなりを潜め、人間性が蘇る。
 しゃがんだまま大きく息を吸い込んでランスは立ち上がったのだが、立ち上がった時には……真っ赤に充血した瞳、
 目じりに滲んだ液体以外、いつも通りなランスに戻っていた。
――――――

「ていっ、とあぁっ!」
 ザクッ、ドカッ
 剣線が著しく鈍ってきた。ランスが放つ一つ一つが、目に見えて軽くなってきた。
 取り囲むモンスター連中にもランスが日寄ってることが伝わったのだろう、それまで遠巻きだったのがグイグイ距離を詰めてくる。
 その数五千。対峙するは一人の人間。
「ちぃっ、どいつもこいつも数ばっか揃えてきやがる……きりがねぇ!」
《ふん、やっと気づいたか。これだけ追い詰められねば解らんとは、お主も相変わらずだ》
「ええい、いちいちちゃかすな!」
 忌々しげにカオスを薙ぎ払ったランスは、既に狂気から抜け出してはいた。
 シィルがケイブリスに……気が狂うほどに昂ぶった精神も小康を保っている。
 眼前で繰り広げられる光景も、ようやくリアリティをもって見ることが出来る。
 何がどうなっているのか、彼はようやく飲み込めてきたのだ。無数に溢れる見慣れた顔ぶれ……モンスターである。
 ランスとカオスはリーザス城中庭という退路のない状況下にあって敵モンスターに囲まれているのだ。
 かなみが無事救出成功したか気になる。
 ランスがここで戦っているのはかなみの囮たらんとしたからであり、かなみ……本当はシィル……が逃げる時間を稼ぐためだ。
 牢屋でかなみと別れてからどのくらい時間が経ったか解らないが、ランスに時間は稼げただろうか? 
「どっちみち……無駄だったってことか……くそっ! うらぁっ!」
 ガスッ
 タックルに入ったプロレス男をかわし、後ろからヤクザキック。もんどりうって転がる覆面野郎。
 気弱になっているのかもしれない。ふと口をついたセリフはランスらしからぬ、前途への希望を感じさせない言葉だった。
 しかし、ランスの本心は別にある。たとえ前途が真っ暗だろうと死ぬなんて、馬鹿だ。ランスに死ぬつもりは毛頭ない。
 生きるつもり満々ではある。けれど……けれども生きる意味は、いやそれ以前に生き残る道はあるのか?
 少なくとも現時点で敵を破る妙案は思いつかない。ギリリ、奥歯を噛み締めたランスに手から思念派が突き刺さった。
《ランス、体は動くか?》
「ああーん? どの口がそんなバカなことを聞くんだ? 俺様をなんだと――」
《強がるな。正直に言ってみろ》
「――ぐぐっ」
 ジリジリ後退し、壁に背中をつける。植え込みでもって側面を守る。
 積極的に戦おうとせず、飛び掛った敵だけを着実にしとめる態勢。
「……あまり動かねぇ。立ってるだけでキツイぜ」
《ランスアタックはどうだ? まだ剣気は残っているか?》
「残ってねえが、一発くらいならどうにかする。しっかし……ゴクリ」
 ココは西の塔。正門からも、塀からも遠い地点だ。加えて敵が完全にランスを囲んでいる。
 こうなっては一発や二発ランスアタックを撃ったところで焼け石に水だ。
 この数を突破して血路を拓くなど、絶好調ランスでも無理だろう。
 ましてヘロヘロに消耗しきった現在、突撃を敢行する気力すらない。乾いた唾で喉を湿す。
「マジでやな感じだ……前は敵、左は敵、右も敵……ふん、後ろが壁で良かったぜ……んー? 壁ぇ……?」
 チラ。背後に聳えるレンガ造り建造物、西の塔。レンガならもしかしてなんとかなるか?
 前に進もうと思うから絶対絶命に思えるのだ。退路を拓くのが無理ならば、素直に後ろへ逃げればいいじゃないか?
 気を抜けば睡魔に秒殺されそうに疲れているが、まだだっ。ランスは敵に背中を向けて、思い切り漆黒の魔剣を天にかざした。
 ふらっ。カオス程度を掲げただけで、ランスは足をよろめかせた。
《ぬぅ? ランス、お主なにをするつもりだ?》
「カオス、さっきはナイス発言だったぜ? 褒めてやる、俺様にはまだ剣気が残ってるはずだっ」
 ふらふらのくせに、ランスから弱気は感じられない。へろへろのくせに、ランスから諦めは感じられない。
 天高く掲げられたカオスに、僅かだが青い光が漂いはじめる。
《ほぅ……》
 己に注がれる力の渦を感じ、カオスは溜息をついた。
 すでにランスの意図は飲み込んでいる、『ランスアタック』で塔壁を破り、塔づたいに城壁を抜けようというのだろう。
《あれほど暴れてなおこれだけの力を持つか……》
「ああ? 何かいったか?」
《……いいや》
 カオスはランスを褒める気はない。そう、ランスとはこういう男だ。スードリ平原では無様に散ったが、たいていは己でなんとかする。
 ピンチは自力で乗り切る男ということ、カオスは誰よりも解っていた。
「ふん……。よぉしいくぜカオスッ! はぁぁぁっ!」
 ゴウッ。掛け声と共に足を踏ん張る。これで掛け値なしの全身全霊、持てる剣気をすべて吐き出したランス。
《よし》
 カオスの妖気が剣気を取り込み、一際蒼く輝いた。
 カオスが剣圧を前面に押し出し、『ランスアタック』がより強力な一撃になるよう、ランスから流れるエネルギーを調節する。
 ランスとカオスが息を合わせればこそ、ランスアタックは絶大な破壊力をもつのだ。
 取り巻いて様子を窺っていたモンスター達が動き出した。ランスが向かってこないので、こっちから食い殺そうというわけだ。
「「キキキッ!」」
「「うぽぉぉ〜」」
「ラーンスアタァァァック!」
 三者三様雄たけびが轟き、リーザス城一角に砂煙が舞い上がった。





 ピチャン、ポチョン
「ううっ。ランスってば早く来なさいよっ」
 ピチャン、ポチョン
「そわそわ……おろおろ……」
 排水溝、公園出口付近。見当かなみら地下牢脱出組は、ただ一人残ったランスを待っていた。通風孔からは何にも音が聞えない。
「どうしちゃったの? まさかやられたなんていわないよね? ねぇランス、ランスっ!」
 通風孔をランプで照らしてみるも、人が動く気配がない。静かな地下とは対照的に地上は騒がしい。
 ドドド、ダダダ、ひっきりなしに行きかうモンスターが、足音を地下に響かせる。
 足音に混じって特有の汚らしい叫びが耳に入る。キェーとか、グヘーとか。
 いつまでもジッとしているわけにはいかない。
 ランスが帰ってくるまで待つつもりではいるけれど、もしもランスが戻らなかったら?
 冷静に考えれば、たった一人敵地へ乗り込んだ囮役が帰還するなんて奇跡に近い。
 かなみのような身軽さがあるならともかくとして、ランスはすばしこいといっても所詮は剣士。
 ジャンプ力、敏捷さともに忍者には遠く及ばない。それでは城壁を跳び越えることも出来ないし、敵を速度で振り切ることも出来ない。
 しかも敵は魔人・サテラ、ランスに勝ち目はあるんだろうか?
「あ、あるに決まってるでしょっ! だってランスよ、ランスなのよっ」
 ネガティヴ思考はうんざりだ。泥沼へ沈んでいく思考を振り払うようにかなみは頭を揺すった。
「かなみさん、本当に……ありがとう」
「え、あ、レイラさん」
 レイラだった。154センチのかなみとは身長差が二十センチあり、振り向いたかなみが目にしたのは綺麗に膨らんだおっぱいだった。
「本当に……まだ夢をみてるみたいなんだけど……感謝の言葉もないわ」
 深々と頭を下げる。かなみは慌てた。確かにかなみが救出したが、作戦の立案・実行ともに中心はランス。
 ランスがいなければかなみはなんにもできなかった。それにレイラ達と違い、リーザス城から逃げ出したという負い目もある。
 素直にお礼を言われては、却って自分の汚点が気にかかる。
「いえ、リーザス忍者として当然です。むしろ二ヶ月もかかったことをお詫びしなくちゃ駄目です」
「いえ、それは逆よ。よく二ヶ月で助けてくれたわ。リア様、メナド……それに私もそう。きっと一年耐えられなかったと思う。
 まだ理性があるうちに助けてくれたんだから、お詫びなんて考えないで。本当に、本当に助かったわ」
 レイラ、偽らざる本心。一年どころか、レイラは二ヶ月で挫けかかっていた。
 リックを失った悲しみもあっただろうが、既に諦観思想に囚われていた。
 『助かった』、かなみにはなにより暖かい言葉。レイラ達が助かったことは、逆に言えばかなみが『助けることができた』ということ。
 マリスから受けた最後の命令、『リア様を幸せに』。自分で立てた誓い『親友・メナドを助ける』。この二つをまがりなりにも守れたわけだ。
「そういって貰えると嬉しいです。手遅れにならなかっただけ……あの、皆さんが生きていてよかった」
 チラ。リア、メナド、アーヤ、シーラ、エレナ、ジュリア。誰もが生気を失い、心に深手をおってはいるだろう。
 けれど命は残っている。生きていればなんでもできる。死ぬ前に、殺される前に助けることだけはできた。
「そうね。私達は死ななかった……」
「? レイラさん?」
 レイラが急に遠くを見つめた。一瞬、レイラを置いていった沢山の同僚が脳裏を掠めたのだ。
 コルドバ、チャカ、エクス、アディスン。
「……感傷にふけるのは無事が確定してからよっ……」
 呟く。そうだ、レイラ達はまだ安全から程遠い。
 牢屋を飛び出しただけで、リーザス城下というモンスター勢力圏からは脱出できていない。
「これからどうするの? どうやって、それにどこへリア様をお連れするつもりかしら?」
「え? あ……」
 かなみは詰まった。よくよく考えてみればまったく考えていない。リア達をここまで連れて来た後どうするか?
 ランスは一言もしゃべらなかった。
 基本的に、行動力には二種類ある。計画をたてて着実に行動を積む力と、チャンスを逃さず飛びつく力。
 確かにランスは行動力を抜群に備えた男ではあるが、前者の行動力ではない。全て後者、運を手繰りよせ切り抜ける力。
 いうなれば行き当たりバッタリで正解ルートを選びはするが、前もって正解ルートを用意したりはしないのだ。
 今度もそうで、リア達を排水溝へ連れ出した後のことなど、ランスは考えていなかった。
「とりあえずランスを待って、ランスが戻ってから――」
「? えっ? かなみ、今なんていったの?」
 レイラは耳を疑った。かなみの口から初めて聞いた固有名詞、ランス。ランスを待つ? ランスが戻る?
「あの、貴方一人で助けてくれたんでしょ? 違うの?」
「そんなっ、あたし一人じゃとても無理でした! ランス……いえ、ランス王がいたから皆さんを助けられたんです」
「……えぇっ? ら、ランス君がっ?」
「あっ。そういえばまだ話して無かったですが、ランス王とあたしで牢屋を破りました。
 ランス王がモンスターを惹き付けてくれて、だから簡単に逃げだせたんです」
「う、嘘……」
 レイラは手で口元を覆った。信じられない、ランスは死んだとばかり思っていたのだ。
「じゃ、じゃああれは幻聴じゃなかったんだ――」
 リアとともに聞いた高笑い、『がはははは!』。
「リア様はちゃんと感じていたんだ――」
 ひたすら『ダーリン』と連呼したリアは、決して幻に叫んでいたのじゃなかったのか。リアはランスを知覚していたのか。
 かなみが嘘をつくとは思えないし、言われてみればランスらしい気配はあった。
 ランス死亡という先入観に邪魔されて、認めることが出来なかったけれど、
「ランス君……」
 茶髪をポリポリ掻く青年が浮かび、何故だか胸が熱くなる。誰もが怯え、諦めた中にあって、ランスはどうやら変わっていないらしい。
 でなければこのリーザス城へ乗り込んだりできやしない。
「あの、幻聴って? レイラさん? レイラさーん」
「あ、ふふ、何でもないわ。ちょっとね、牢屋でいろいろあってね」
 目尻を小指でなぞる。そうか、ランス君は生きていたのか……!
「ならランス王がお帰りになるまで待つべきね」
「はい。もうすぐ戻ってくると思うんですが」
「ええ。ランス王なら絶対に戻ってくるわ。イラーピュでも……そうだったでしょ?」
 レイラがニッコリと微笑した。
「そ、そうですね。イラーピュでも、どこからでも戻ってくる奴……いえ、お人です」
 つられるように、かなみに笑顔が戻る。真っ暗い通風孔は相変わらず静かだったが、なに大丈夫、『がはははは、待たせたな!』。
 ランスが出てくるシーンなんて、簡単にイメージできるのだ。
 
 けれど、いつまで待ってもランスは帰ってこなかった。懐かしい笑い声を聞くことはできなかった。
 時間だけが過ぎて行き、脂汗が滲んでくる。レイラにも焦燥の色が窺える。
 一時間経った。結局ランスは戻らなかった。





 ・・・あとがき・・・
 十二話、お終いです。
 かなみ&ランス編のつもりでここまで書いてきました。
 しばらく投稿を休んでしまいましたが、これからもよろしくお願いいたします。(冬彦)






















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