魔王ケイブリス 第三章 『逆襲のランス』







 十三話 ハンナ、そしてアメフトハウスにて





 夜、ハンナの酒場。
「カンパーイ……っておい、酒が切れちまってるじゃねぇ……? おう親父ッ、もう一杯貰ってやるぞぉ!」
「はは……気持ちよさそうに飲みますねぇ。ここで潰れてもらっちゃ困りますよ?」
 トポトポ
「へへ、せっかく楽しく酔えるんだ。飲みすぎは毒だなんて野暮はいうなぁ?」
「いいませんよ〜。私共は皆さんの陽気さが楽しみで商売をやってるんです。
 久しぶりに笑顔で飲まれた日にはもう、おごりにしてもいいかな〜なんてねぇ」
「かっかっか! 心配せんでも金は出すさ。といっても安モンをチビチビやるくらいだけどよ!」
 こじんまりした店内では男五人ほどが赤ら顔をつき合わせていた。
 決して多い人数ではないけれど、誰しも笑みを浮かべている。
 戦争前は連日二十人以上が賑やかに騒いだ酒場だが、スードリ戦争以降は火の消えたように静まり返っていた。
 たまに客が入っても十人に届くことは数夜に満たず、しかも陰気に愚痴を吐くだけ。
 夜にモンスターが出歩かないことは周知のこと。けれど万が一ということもある、モンスターと出会いたくはない。
 したがってあからさまに騒ぐわけにもいかず、思い切り好きな酒に浸ることも出来ず、
 悶々と鬱憤を募らせていたのだ。
 鬱憤が募るのも当然で、昼で歩くことは出来ないし、商売は先細る一方だし、
 聞えてくるニュースはやれどこそこが陥落しただのどこそこが次に攻められるだのだ。
 モンスターに唯一負けていなかったカスタムも落ち、人間からモンスターへ一矢報いる者もいない。
「へっ、ザマーミロってんだ……。あんだけ数がいて俺達にひっくり返されるってんだからな?
 調子に乗ってるからだ、へへへ」
「全くですね。我々が黙っていると思ってるなら大間違いです」
 トポトポ、すかさず主人がビールを注いだ。
「お、ごっつぁんだ。しかし『我々』ときたね? いいね〜、親父のそういうとこは大好きだぜ!」
「あ、これは失言でした。『我々』ってのは言い過ぎです」
 主人がおどけて見せ、客がペロリと舌を出す。
「気にしないでいいさ。ほらよくいうじゃねぇか、『世界はひとつ〜人類みな兄弟〜』って。
 お城から姫様を助け出すんだから人間だろ? モンスターや魔人ならんなことはしねぇ」
「確かに」
「なら『我々』でいいじゃないか! 親父がいいコトいった!
 そうだ、俺達の仲間がやってくれたっ。我らが親父さんに乾杯だみんなぁ、カンパーイ」
「「カンパーイ!」」
「かっかかか!」
 彼らが酒の肴にしているのはつい昨日入ってきたニュース。
 なんでもリーザス城からリア王女他、たくさんの女性が脱出したそうな。
 城外から救出者の手引き侵入を許したらしく、
 二日にわたってモンスターが犯人・王女探索・人家捜索を繰り返したそうな。
 リーザス城下でモンスターから疑われた市民には同情するが、ニュース自体は快哉を叫ぶに値する内容だった。
 リーザスが魔人界に征服されたことは事実。その象徴は二つ。
 一つ目が国旗を降ろしたリーザス城で、もう一つが捕らえられたリア・パラパラ・リーザスだ。
 なまじ逆玉の輿で王様になったランスよりも、リアの方がリーザス国民からは慕われていた。
 彼女こそがリーザス王家代表であり、それゆえに『王女が捕らえられた』と聞いたればこそ、
 リーザス諸都市・国民は完全に抵抗を諦めたのだ。
 『リア様を誰かがお助けした』。そんなことで現状の何が変わるのかときかれれば、何も変わりはしない。
 しかし。とにもかくにもリーザスを象徴する一つが魔人支配から脱却したのだ。
 言い方を変えれば『人間界にもこのくらいの力は残っている』ということ。
 へこみっぱなしだっただけに、嬉しさ・得意さもひとしおだった。
「いやぁ〜、だけどよ、俺達人間にもまだ骨があるやつっていたんだなぁ。
 リーザス城ってアレだろ、魔物が五万もいやがるんだろ?」
「ご、五万はいい過ぎでしょう? 私は一万と聞いてますが」
 どっちも大げさな数字だ。実際は五千とちょっと。どう頑張っても五桁には届かない。
「一万かぁ――、いやっ、一万でもたいしたもんだ! できるか、親父なら一万のモンスターと戦えるかぁ?」
「そんな無茶いわれてもねぇ〜。私なんかじゃ一匹とでも戦えないのに」
「……ぷはぁー。 ……言われてみりゃあその通りだ。俺だって親父と同じ、一匹出会っただけでも逃げ出しちまう。
 だのになぁ、全く人間も捨てたもんじゃないぜ」
 真っ赤に紅潮し、客と主人は同時に首を振った。いったいどうやって、何人でもって王女を助け出したんだろう?
 リーザスから入ってきたニュースだと、男一人・女一人が助け出したという話である。
「……たいしたもんだよなぁ……」
 外の景色に目を細め、客は嬉しそうに呟いてから空になったジョッキを突き出した。
「親父、もう一遍乾杯するぞ! 人類の未来に乾杯だ」
「はいはい、今日はとことんやってください」
 トポトポ
「俺達の未来と……誰か知らんが、リーザスの新しい英雄さんに……」
 チン。ジョッキ同志がかちあう。
「「乾杯!」」
 細々とした、けれど陽気な歓声が朝まで絶えることは無かった。





 ハンナにはちょっと変わった家がある。いや、あきらかに変で狂ったセンスをした家だ。
 アメリカン・フットボール。
 楕円状にうし革を縫製したボールを模倣して作られたであろう家は、名実ともにハンナ名物となっていた。
 『大陸一の軍師』と謳われた名将、篠田源五郎が住んでいる。
 自他共に認めるアメフト大好き人間で、
 魔法ビジョンがアメフトの試合を放送するたびに『ターッチダーウンー』と奇声を上げながら走り回っていた。
 もしも『大陸一の軍師』というあだ名がなければ、ただのキモちわるいおっさんだ。
 自由都市ハンナがリーザスに吸収された際、マリスからリーザスに仕える様説得されはしたが、
 彼は『アメフトの試合が見たいから嫌だ。ただし運河さよりさんをくれるなら仕える』なんてクソなまいきな提案をした。
 当時ランスハーレムにいたさより(ランスは後にMランドへ返してあげた)を自分に払い下げろ、というわけだ。
 ランスの返事は『嫌だ、馬鹿野郎』。
 そして登用話はこれっきりになり、つい二ヶ月前まで源五郎はアメフト三昧で暮らしていた。
 いや、アメフトに熱中することが出来た。
 そう。人類が、人間界が魔人に征服されたのは単に政治上の話ではない。
 ナダテTVは深夜枠で映像を細々配信しているけれど、スポーツ番組はTV欄から完全に消えた。
 昼間スタジアムで試合をするような雰囲気なんてどこにもない。
 スポーツに興じる精神的余裕なんて源五郎を除いて誰も持ち合わせていない。
 彼が熱狂的に支持してきた『ハンナ・ソードスターズ』も活動を無期限停止した。
 他のクラブのアメフト試合が放映されなくなり、アメフト試合が催されることすらも無くなった。
 源五郎が命とさよりさんに次いで愛した存在が雲散霧消してしまったのだ。
 以来火が消えたように静かになったアメフトハウス、けれどもこの数日は様子が違った。
 人の気配、それも複数の気配があった。
 アメフトハウス、地下一階。
 トントン
「源五郎です。食事をもってきましたよ……」
「……ありがとうございます」
 そっと扉が開くと、中からレイラ・グレクニーが。裸ではなく、男物のスポーツシャツをつけている。
「今回は少し自信がありまして、皆さんの味覚にラインアウトできそうです。ははは」
 メットと肩パッドで身を固めた源五郎、
 彼はアメフトが消えてからもずっと『ハンナ・ソードスターズ』ユニフォームで過ごしてきた。
 ペコリ、レイラは深々と頭を下げた。
「本当に感謝しようがありません。助けていただいたばかりか、匿ってもらったうえに食事まで……」
「ちょっ、止めてくださいよ水臭い!
 共に『ハンナ・SS』を応援する同志じゃありませんか、遠慮なんて場違いもいいところ」
 ニカッ、眩しいくらい白い歯が光った。まるでずっと以前から知り合いだったように馴れ馴れしい態度である。
「ふふ……」
 困ったように身をよじり、レイラは食事を受け取る。源五郎がどうして馴れ馴れしいか?
 レイラが『ハンナ・SS』ロゴマークをあしらったシャツを着ているからだ。
 何でも源五郎が持っているモノはすべて『ハンナ・SS』ファングッズらしい。
「昼間のうちは不便でも地下室に隠れていてください。夜になれば上がって来ても大丈夫ですけどね」
「ええ。地下にいると夜も昼も解らないので、頃合が来れば教えてください」
「OKです、ラインバッカーなみにキッチリ仕事しますよ。ははははは」
「ふふ、ふふふ……」
 源五郎が何を言っているのかサッパリだ。とりあえずレイラも笑ってみる。
「食事以外にいる物はありますか?
 といっても、もともと何にもない家ですから、ご期待に添えるかどうかは微妙ですが」
「お薬も水も足りています。今のところ不便は感じていません、ありがとうございます」
「そうですか。何か至らない点があればパスでもスクラムでも言いつけてください。
 リア様はいまやリーザスのキッカーです!」
「……どうも。では、私はこれで……」
「試合は四クォーター目が勝負です! ジッと耐え抜いてこその逆転です、うん」
 一段と男らしく肯き、源五郎は扉から離れた。
 アメフト中継が無くなってからというもの、彼が考えてきたことはたった一つ。
 『どうすればアメフトが復活するか』。
 様々なシチュエーション……魔人にアメフトを好きになってもらうとか、地下アメフト場を作るとか、
 モンスターアメフトルールを作るとか、人間VSモンスターというタイトルマッチをつくるとか……を考えてきた。
 けれど、結局彼が辿り着いた結論はこうだった。
 『モンスターにアメフトは無理』。
 プロレス、相撲ならまだわかる。
 だけれど作戦で勝利が七割決まるといわれるアメフトでは、アホなフィールドプレイヤーだと試合自体が成立しない。
 アホモンスター用にルール変更すれば可能になるかもしれないが、それでは彼が愛するアメフトではなくなってしまう。
 駄目だ、絶対に駄目だ。やはり人間であればこそ、アメフトは魅力あるスポーツなんだ。
 人間がもう一度アメフトに熱中できる世界をつくろう。
 源五郎は決めた、スポーツが繁栄を取り戻すまで、自分は反魔人・反魔物として活動しようと。

――――――
 人間が魔人を駆逐し嘗ての繁栄を取り戻すには核になる人物が必要だ、と源五郎は考えた。
 となればリアだ、リア・パラパラ・リーザスしかいないだろう。
 JAPANは島国という殻に籠もりっぱなしだし、ヘルマン王パットン、ゼス王ガンジーともに行方不明だ。
 その点リアはリーザス城に囚われていることがわかっているので、源五郎には身近に思える。
 どうやってリアを助けるか? 源五郎自身には不可能だ。
 彼ならば魔物を買収、内部から警護網突破を図るだろうが、生憎買収できるほど器用な男ではない。
 集団同志での戦いでは絶大な作戦で敵を苦しめることができるけれど、少人数による作戦はサッパリ。
 所詮自分が『頭だけ』なこと、自分でも良く解っている。
 もしリアを助けられる人間がいるとすれば……それは忍者みたく身体能力に傑出した人物だろう。
 忍者がリアを助けるとして、一体どうやって助け出すか?
 いろいろ考えた結果、源五郎はランスと同じ結論に達した。
 即ち排水溝を通って侵入し、排水溝からリアを助け出すだろうと。
 源五郎が調べた限りでは三箇所、リーザス城内と通じていそうな地下水路があった。
 うし車でもって三箇所を毎夜見回ることにした。
 ハンナを留守にしてリーザス城下へ赴き、夜が来るたびに三箇所を歩き回った。
 約一ヶ月半、彼は空きもせずユニフォーム姿で徘徊した。
 とうとう来た。三日前の夜、確かに人影が排水溝に現れた。
 源五郎がチェックしておいた三箇所の内、公園前排水溝にだ。ただし軽々しく声をかけるわけにはいかない。
 彼らが本当にリア救出を志しているだろうか?
 もしかしたら魔人側の人間で、偵察に来ているとも十分考えられる。
 源五郎は宿からうし車を曳いてきて、公園排水溝前で待機した。
 源五郎は小躍りした。待つこと一時間、女性ばかりがたくさん出てきたからである。
 中には見間違えるはずがない、リーザス王女リアの青いロングヘアーがあった。
 こうなれば躊躇う時間はない、うし車で迎えに上がる。
 最初こそかなみに刃物を突きつけられたりしたけれど、アーヤ・レイラに取り成されてなんとか信用してもらえた。
 『ランスを待つのよ!』と主張し続けたかなみも折れ、リアやメナドを乗せたうし車はハンナへと全速で駆け出した。
――――――

「ここまでは私の読み通りだ。これほど上手くいくとは思わなかったが、しかし……」
 クルクルクルッ。脇に挟んだアメフトボールが宙を舞う。源五郎が腕を伸ばせばすっぽり納まる楕円皮革。
「……ようっと、ナイスキャッチ」
 悦に入る。三十四歳、男盛りな源五郎。
「リア様が戻っても問題は何一つ解決していないんだ。リア様を助けたところで魔人は痛くも痒くもないんだし」
 リアが本領を発揮する時、それは人類が一斉に魔人へ蜂起する時。
「少なくともランス王が表に出てくるまでは、ここで隠れ続けるしかないんだ。
 ランス王対魔人、魔物対人類という構図をどうやって作るか……ここがコミッショナーの踏ん張りどころだ」
 誰にいうともなく独り言。源五郎の脳裏では大陸というアメフト場でボールを奪いあうモンスターと人間がいる。
 スクラムを組む人間、ボールをもって走るランス、立ちふさがるサテラ、メガラス。
 かなみから『ランスがカオスを持って戦っている』と聞いた時、源五郎がどれだけ高揚しただろう。
 自分の主としては気難しい人間だが、一介の剣士としては魅力ある人間だ。
 どうやってあのランスというプレイヤーに活躍してもらうか、その気にさせるか? 考えるだけで面白い。
「いずれランス王もここを嗅ぎ付けてくれるだろう。でなければ、かなみさんに呼んで来て貰ってもいい。
 とにかくランス王、リア様が揃った時だ! 魔人と戦う新しいチームができる」
 源五郎が絵を描き、リアが主力を、ランスが先鋒を務める。
 凡人が想像できないような軍略を思いつく自信はある。二〇〇〇も一般兵を集められれば、彼らを元手に連戦連勝っ。
 いつしか各地から義勇兵を集め、魔物と乾坤一擲の勝負をしてみせる。
「チーム名は……やっぱり『ハンナ・ソードスターズ(通称ハンナ・SS)』だな! う〜ん、夢が広がるなぁ。
 もちろん私がゼネラル・マネジャーだ……そうなればさよりさんも惚れてくれたりして〜……」
 ニヘラ〜。男らしい面構えがぐずぐずだ。ふにゃふちゃのへちょへちょだ。
 自分に都合がいい妄想に浸り、幸せそうな源五郎だった。


――――――
 源五郎は根本的に間違っているのだが、彼自身は気づいていない。
 間違いといってもいくつかあるが、一番大きく間違っているのは彼の『ランス観』だ。
 まぁ、敢えて言うとすれば、『源五郎はランスを舐めている』。
 ランスをコントロールする……ランスを知らないからいえる。
 物凄く美女ならともかく、ランスが男の言うことを聞くはずがない。
 『俺様に命令だと? ふん、ムカつくぞ。死ね! ザクザク』が関の山。
 もう一つ。魔人を纏めている存在、魔王ケイブリス。
 源五郎をはじめ、案外魔王降臨は世界に知られていなかった。
 せいぜい『桁違いに強い魔人がいるらしい』ていどに噂されているだけ。
 『魔王』を明確に認識しているのは大陸広しといえど、人間ではランス、かなみ、ソウルくらいだろう。
 さらに『魔王』の恐ろしさを実感しているとなれば、ランス以外は誰もいない。
 だから簡単に魔人と戦おうなんて思ってしまう。
 そんなわけで源五郎は相当に甘い見通しをしていた。見通しが甘いのは『さよりさん』にしても同じこと。
 源五郎に惚れるなど、『ほれ薬』を使わない限りありえないだろう。きっと。
――――――

「ああ、さよりさん……アメフト……ハンナ・SSゼネラルマネジャー……いいなぁ……」
 ボールを抱え、ほお擦りするアホ(三十四歳)がいる。メットとボールが擦れ、不気味な音色を奏でていた。





「リア様、召し上がってください」
「うん。ありがと」
 地下では一夜明けて落ち着きを取り戻した面々がいた。
 リア、メナド、レイラ、アーヤ、エレナ、かなみ、シーラで計六名。
 かなみ以外は『ハンナ・SS』ユニフォームをつけているため、異様な雰囲気がかもし出されている。
「もぐもぐ……コクン」
 リアは素直に匙をとり、源五郎が作ったカレー饅頭を口にした。牢屋内では泣くか、喚くか、怯えるか。
 どれにしたって見ていて痛々しい有様だった。けれども今は違う。
 二ヶ月に渡る幽閉で心身ともに弱ってはいるが、目には理性の光があった。
「どうです、おいしいですか?」
「うん……。おいし」
 覇気はない、活力もない。しかし以前のリアとはまるで別人。なんといっても『会話が成立している』。
 牢屋ではレイラに耳を貸そうともしなかったリアが、ちゃんと噛みあった返事を返す。
 それだけでレイラは胸を熱くしていた。マリスじゃないが、もくもくと動く顎に見とれてしまう。
「ねぇレイラ、ダーリンだよね? リアの見間違いなんかじゃないよね?」
「あ、え?」
「助けに来た人よっ」
 ぶう。頬っぺたを膨らませる。
「リアを助けてくれるなんて、絶対ダーリンなの。それに、リアには解るの。
 ダーリンが来てくれるって、ダーリンが近くにいるって解るの」
 中味が半分ほど平らげられたお皿に向かい、まるで自分に言い聞かせるように喋る。
「……でもリアは見えなかったし、ここにもいないし……。ね、嘘じゃないよね、ダーリンだったでしょ?
 ダーリンがリアを助けてくれたんでしょ?」
 リア達はかなみに引っ張られるように逃げた。後ろからランスらしい声は聞えたが、目ではっきり見たわけではない。
 リアにしてみればランスを信じているけれど、やっぱり不安は拭えないのだろう。レイラは優しくリアを撫でた。
「ええ。間違いなくランス君……いえ、ランス王です。
 かなみは嘘はつきませんし、何よりリーザス城から私達を助けるなんて、王以外では不可能です」
 そっとさする。
「リア様がおっしゃったとおり、ランス王はご存命でした。やっぱり――」
「でも、それじゃあどこにいるの? ねぇ、ダーリンはどこ――……」
 リアが本当に聞きたいのは『ランスが生きていた』、『ランスがリアを助けてくれた』とか、
 そんな解りきったことではない。
 どうしてランスはここにいないのか? いったいランスはどこにいるのか?

――――――
 リアが受けたショック。
 ランスを失ったことで人生の目的(ランスと幸せにすごすこと)が崩れ、
 マリスを失ったことで帰るべき故郷を失ったのだ。
 言葉に出来ない悲しみ、いくら泣いても忘れられない痛みがあることをリアは知った。
 知ったけれど、しかし受け入れられはしなかった。
 過酷な現実を受け入れられず、リアはひたすらマリスを探した。
 もちろんランスも探したけれど、リアが本当に欲した影は緑にたなびく髪であって、緑色した鎧ではなかった。
 探して、でも見つからなくてそれでも探して、探すことを止められなくて。
 本当に心が挫けそうになったときだった。
 リアは感じた。世界で二番目に会いたい人間がすぐそこにいる、と確信した。
 そして叫んだ、力いっぱい叫び続けた。『ダーリン……!』。
 ランスは来た! 嬉しすぎて体が空中を泳いでしまう、心がほわほわになってしまう。
 泣ける、ランスになら思い切り泣ける。心に空いた大きな穴が片方埋まった、もう絶対に離さないっ。
 だのにいったいどういうこと? かなみに着いて行けばランスに会えると信じてたのに、結局ランスはいない。
 これじゃランスの胸に飛び込めないじゃないか、喜びを爆発させられないじゃないか――。
――――――

「そ、それは……」
 口を噤んだレイラに代わり、アーヤが優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ、リア様〜。かなみちゃんが〜すぐにランス王を連れてきてくれますから〜。
 ランス王はすぐいらっしゃいます〜」
「かなみが? ダーリンを?」
「はい〜。ですからリア様は心配しないで〜ゆっくり体を戻して下さい〜。
 ランス王は必ず私達に会いに来ますから〜。ね〜かなみちゃん〜?」
 アーヤがかもし出すのほほんとした空気で、釣りあがりかけた目尻を落とすリア。
 メナドの枕元からかなみが返事をする。
「はい。メナドがもう少しよくなれば……あと一日か二日すれば、ランス王を探しにいきます。
 きっとリーザス城下に潜伏されていますから、すぐにお連れできると思います」
「本当……? じゃ、じゃあ後一週間くらいでダーリンに会えるかな?」
「会えますよ〜。絶対会えますから、のんびりここで待ちましょう〜。
 ランス王も待っていて欲しいと思ってますよ〜」
「うぅ……っ……。 ……うん」
 喉に詰まらせたように咳き込みつつ、リアは視線を落とした。
 以前のリアならば、間違いなく
 『一週間なんて待てない! いますぐ、いますぐダーリンに会うんだからぁっ!』と飛び出そうとしただろう。
 今だって本当は飛び出したい。ランスがいないのなら自分が探しに行けばいい。
 けれど思ったとおりに身体を動かせなかった。もしリアが飛び出したとして、本当に事態が上手く纏まるだろうか?
 何か問題が起こったとして、誰かがリアを庇ってくれるだろうか?
 そりゃあレイラにしろかなみにしろ、それなりにフォローはしてくれるだろう。
 けれど、リアが全幅の信頼を置けるかといえば……駄目だ。
 きっと事態のツケは自分自身に帰ってきて、
 結局また牢屋の中で味わったみたいな寂しい思いをしなければならなくなる。
「そ……そうよ。ダーリンは……ダーリンは絶対リアに会いに来てくれるもん。リアに応えてくれるもん」
 匙に手を伸ばし、冷めたカレー饅頭を口に運ぶ。
「リアは信じてるの。だからここで待ってるの」
 己に言い聞かせるように。ランスはリアの夫なのだ、リアと結婚しているのだ。
 たとえ目の前にいなくても二人は赤い糸で結ばれている。
 ランスがここにいないのは、きっとランスなりの都合があってのことだろう。
 都合が良くなれば一番先に駆けつけてくれるに決まっている。
 だからリアが探しにいけば、却ってランスの怒られる気がする。
 『探しにいく』ということは、『信頼していない』ことの証拠みたいに思える。
「ちゃぷ……もぐもぐ」
 そっと噛み砕く。
 もうリアにはランスしかいなくなってしまっていた。頼るべきもの、縋るべき存在がたった一つになってしまった。
 もし……万が一リアがランスに見放されでもしたら、もう本当に何もなくなってしまう。
 お城も、国民も、両親も失った。自分だけを見てくれた女性さえも失ったのだ。
 これ以上いったい何を失えというんだろう?
 愛する夫・ランスはリアが理性を保てる最後の砦になってしまったのだ。だからランスに嫌われてはいけない。
 これからはランスが嫌がることは絶対にせず、ひたすらランスを信じることにしよう。
 いつでもランスは期待に応えてくれるから――……。
 うまく言葉にできなかったけれど、リアの中でランスへの思いが微妙に変化していた。
 スードリ戦争、マリス失踪、獄舎生活が変えてしまっていた。
「ダーリン、すぐに来てくれたらいいなぁ……」
 レイラ、アーヤの暖かい視線を背に、リアは大人しく食事を続けた。





 ・・・あとがき・・・
 十三話、お終いです。
 ええと、リアが変です。
 人格変わってます。
 もしマリスがいなくなったら、リアはどうなるだろう……?
 シィルを失ったランスが暴走するように、ランス好きが暴走するように思いました。
 それでこんな感じになりました。
 三章はここでおしまいです。
 舞台をJAPANへ移し、第四章が始まります。(冬彦)






















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