六話 北国の戦士達北の軍事大国へルマンは、もはや見る影もなく衰えている。 いや、正確にいえばもはやヘルマンなどという国は存在しない等しい。 魔王軍により五割の都市が壊滅に追い込まれ、残りは魔人勢に統治されているのだから、 人間の政府が関与する余地など皆無なのだ。 実質的にヘルマン帝国は滅亡している。 まぁ、リーザスもゼスも滅亡しているじゃないかといわれれば、両方とも滅亡済みなのだけれど、 両者はまだ人間がそれなりに暮らせているのだ。 たださえ貧しい国に追い討ちをかけられて窮乏の極みにあるヘルマンのほうが『滅亡』という文字に似つかわしい。 自国の滅亡を認める人間がいる。 バボラという異形の魔人による支配を受け入れ、諦めたように淡々と魔人に尽くす人間がいる。 『生きていられるだけでもよしとしねぇと』なんていう人間や、 『もう死んだ方がましだよ』なんていいながら生きている人間がいる。 魔人へ積極的に尽くす人間がいる。 人類の時代が終ったことを悟り、人としてではなく、魔人の僕として生きていこうとする人間がいる。 人間として、でも戦うのではなく隠れて生きようとする人間がいる。 廃墟と化したスードリやローゼスグラードで、魔物から隠れてコッソリ生きる人間がいる。 ……。 国が滅亡するという大事件に際し、人は実に多様な反応を見せてくれた。 人間が持つ志向の奥深さを、人間の持つ利己心を、自尊心を、悲しみを表現してくれた。 しかし、怒りを表現し、魔人への復讐に燃える人間だけはいない。 リーザスが全力を挙げた軍隊が破れ、魔人が全世界を平定したことにより、苦しみに慣れてしまったヘルマン。 人々は魔人支配を受け入れていた。 だが……どんな世界にもイレギュラーは存在するのだ。 例え自分を除く全ての人間が『イエス』と頷こうとも、『ノー』と叫ぶ男はいる。 自分がボロボロに粉砕され、いまにも死にそうになりながらも負けを認めない男がいる。 自国の復権に向かって純粋に命を燃やす、ヘルマン一の筋肉馬鹿だ。 ヘルマン皇子、パットン・ミスナルジ。彼はそういう男である。 魔物に破壊しつくされたヘルマン都市、ポーン。 住民は全て殺されるか、他都市へ逃げるかして誰もいなくなった廃都市だ。 この廃都市にハンティ、フリーク、パットンの三人は潜伏していた。 「はぁ、はぁ、はぁ」 薄暗い廃屋から荒い息遣いが聞える。 「くっ、ぐぅ……くっそぉ、魔人共めっ……こ、これでも喰らいやがれぇっ……」 途切れ途切れに続く罵声。弱々しい罵声にも関わらず、不思議な覇気が感じられる。 「ふぅむ。この調子なら当分の間はもちそうじゃ」 パットンの脇に腰を下ろし、屋外を監視しているフリーク。パットンの空言を耳にして、機械で出来た髭をさする。 「おらぁ……おらおらおらぁ……」 夢の中で武舞乱舞を決めているらしい。 横目でうなされるパットンを一瞥する。顔は脂汗でまみれ、唇はパサパサに乾いている。 高熱、それも常人なら死ぬかもしれないような高熱に苦しめられているのだから無理はない。 スードリ平原で瀕死の重傷を――ただし、魔物によって受けた傷ではなく、 武舞乱舞の使いすぎによる自爆――受けてから、パットンの容態は日増しに悪化していた。 「かの御仁も独特の空気をもっとったが……この御仁も珍しい人間じゃよ」 パットンの不規則な呼吸音に耳を傾けながら、フリークは思う。 もし病人がパットンじゃなかったとすれば、自分はこうも落ち着いてはいられないだろう、と。 病人を心配するあまり、平静さを失ってしまっただろう、と。 パットンが嫌いという意味ではない。真逆、フリークはパットンが大好きである。 では何故心配しないのか? フリークにもよく解らない。 しいていうならば、『苦しみ方にリアリティがない』からだろうか? 出鱈目に重い病態と理解しつつも、 パットンにとってみればたいしたことがないんじゃないか……そういう風に高を括ってしまうのだ。 例えばこれがヒューバートなら、フリークは彼の死を心配するだろう。 しかし相手がパットンの場合、真剣に心配する気が起こらない。 そのうち『うおりゃあ、ふっかぁつ!』とかいう姿が目に浮かぶ。 「要するに信頼しているのかのぅ?」 眼球を持たない眼窩で窓の外を伺う。チラホラ雪が舞っていて、風が吹くたび僅かずつフリークの頬を撫でていく。 「……儂もハンティのことは言えんか。ヒューバートも皆そうじゃ。 この御仁と付き合ってから、すっかり暢気さがうつってしもうて……」 暢気。粗末な布団に蹲り、『おらぁ』とか『ぐおぉ』といった寝言にあるまじき寝言を続けるパットンのことである。 自分が死ぬかもしれないというのに、弱気なんてこれっぽっちも見せない。 見せないというよりは、自分がピンチだということすら解らないのかもしれない。 現実を把握していないといわれればそれまでだが、時には把握しない方がいい現実もある。 暢気に現実を笑い飛ばす方がいい時もある。 「愚かなのかもしれんが、これも一つの才能じゃろうて……全く、とんでもない御仁に付き合う嵌めになったわい」 クックッと苦笑を漏らすフリーク・パラフィン。すると足元のパットンがゆっくり目を開いた。 首だけが持ち上がりフリークと目が合う。 「……? なんじゃ。起きてしもうたのか」 フリークは優しく話しかけ、ずり落ちた布団を直してやる。 「まだハンティは戻っておらんぞ。大人しく寝とれ」 「爺さん……今、俺の悪口言ってなかったか……?」 「ほい?」 「き、聞えてたぞ……。くっそー、び、病人だと思って馬鹿にしやがってー……ぐぅぅー」 真っ赤な顔をしたパットンは、笑っているような怒っているような、どちらとも取れない表情をしていた。 「俺は暢気じゃし馬鹿でもねぇ……い、今だっていろいろ考えてるんだぞー……お、俺はなぁ、俺はなぁ……はぁはぁ」 「解った解った、お前さんはヘルマン国王なんじゃろ? ヘルマンが痛めつけられて、腸が煮えくりかえっとるんじゃろ?」 「はぁはぁ……そ、そうだっ。お、俺はヘルマンの皇子だっ。だ、だから俺は魔人共が許せないんだぁ……ぜぇぜぇ」 「ちゃあんと解っとるから、無理して喋るでない。寝とらんとハンティに叱られるぞ?」 「ちくしょー、ぜ、絶対解ってねぇだろ……い、今に見てろよ、爺さんもハンティも……くそぅ……ガクッ」 恨めしそうにフリークを睨み、パットンは布団の崩れ落ちた。すぐさま聞える荒い寝息。 パットンの寝顔は安らかとは程遠い。 もともといかつい顔が熱ではれ上がり、新しくヘルマン支配者となったバボラのようだ。 「ふむ……解っとらんのはお前さんの方じゃろう。儂は悪口なんて一言もいっとらん」 再び窓に顔を向けると、謳うようにフリークはいった。 「あれが悪口に聞えるうちは、お前さんは正常じゃよ。儂らが知っとるヘルマン皇子じゃ」 雪が激しくなってきた。大陸はまだ秋に差し掛かったところだが、ヘルマンに秋など存在しない。 短い夏が終れば秋を飛ばして冬が来る。長く冷たい冬がやってくる。 一片の雪がフリークの眼窩に落ち、鋼の肉体を優しく冷やした。 ……。 しばらくして廃屋に一つの影が降り立つ。 背中から腕を二本伸ばした黒髪の女性は、白く染まりつつある町で一際映えている。 「今帰ったよ」 額に真紅のクリスタルを持つカラー――ハンティ・カラーだ。 「なんじゃい、ハンティか」 廃屋の玄関まで迎えに出てきたフリークは、ハンティを見て気の抜けた返事をした。 「随分な挨拶だね。こっちは人探しでクタクタだってのにさ」 「む、すまんすまん。なにやらあやつが帰ってきそうな気がしたもんでな」 腕を組んでむくれるハンティと、髭をさするフリーク。 「あやつって? ヒューのことをいってるのかい?」 「うむ。あやつがリーザスに向かってから直に半月じゃ。人を連れてくるならそろそろじゃろうと思ってのう」 「……もうそんなになるのかい」 二人は知らないうちにヘルマン山脈に目をやった。 あの、真っ白い雪で覆われた山脈の向こうに、リーザスがある。 ハンティとフリークがヘルマン人からパットンを治す神官を探そうと提案した一方、 ヒューバートはリーザスから探すと提案した。 そして、パットンを看病する係りを二人に押し付け、一人へルマン山脈を越えていった。 「ヒューのことだから無事だとは思うよ」 「うむ。じゃが、どうやらリーザスでは見つからなかったようじゃな」 「そうだねぇ。ヘルマンでも見つからないんだから、ましてリーザスじゃ無理もないさ」 「ゼス辺りまで足を伸ばしとるんじゃろうか?」 「ゼスかい? またえらく遠い話だ」 「仮にそうじゃとすれば、帰ってくるまでまだまだかかるか」 「それまでアイツがもつ……んっ、うん」 言い掛けて言葉を飲み込んだハンティ。苦笑いで口に出しかけた台詞を濁す。 ワザとらしく咳き込んむハンティを、フリークは敢えて問いたださなかった。言いたいことは解る。 『パットンが保つか』、そんなところだろう。 「それよりパットンの具合はどうだい? 今も寝てるのかい?」 さりげない調子で尋ねてきた。自分が言いかけた言葉など忘れたよう。 「む。ぐっすり寝ておるわい。相変わらず妙な寝言ばかりで、看病していて退屈せんのう」 「寝言ねぇ。考えてみたらパットンの寝言って聞いたことないな」 「興味はあるか?」 「そりゃあ、ね」 ハンティが聞きたそうな素振りを見せたので、フリークは悪戯っぽく言ってやった。 「お前さんが期待しとる言葉は聞けんと思うぞ? やれ戦うだの、やれ殴るだの、ロマンスの欠片もない寝言じゃから」 「ちょっ……! な、なにいってるんだよ。 それじゃまるで、あたしがロマンチックなのを期待してるみたいに聞えるじゃないか!」 「くっくっく。アヤツもお前さんも、中々不器用な人間じゃからな」 「フリーク……あんたねぇ……」 「いや、失言失言。そう怒るなて」 背中についた魔法腕が輝きだし、フリークは悪戯っぽい口調を普段の落ち着いた口調に戻した。 「パットンが不器用じゃと、そういいたかっただけじゃ。他意はないぞい」 「まったく……ヒューバートじゃあるまいし。 アンタにまでからかわれるようになっちゃあパットンもお終いだよ?」 わき腹をこづかれ、ヨタヨタとよろめくフリーク。 モゴモゴと抗議しようとするも、結局文句は言わなかった。腕を組んでムスッとしているハンティ。 答えは解ってるけれど、一応ハンティに尋ねる。 「そういうな。それより肝心の神官は見つけられたか」 「……いいや。シベリアまで足を伸ばしたんだけど、いざアイツを任すとなると、信用できる神官には出会わなかった」 「ふぅむ……。お前さんの眼鏡には適わなかった、と」 「残念だけど。神聖魔法の使い手自体が少ないのもあるし」 「むぅ」 フリークは首を振った。 シベリアでも見つからないとなれば、まだ人探しに出向いていない都市など数えるほどしか残らない。 ウラジオストック、ログAくらいしかない。 残った二都市でも見つからなかった場合はどうなる? 考えただけでうそ寒い気持ちになってくる。 ―――――― ヒューバートとは別に、ハンティとフリークも神官を探している。 無論パットンの治療に当たってもらうためだった。 ヒューバートと異なる点は、ヘルマン国内で神官を探し続けている点だ。 ヒューバートはヘルマンに見切りをつけ、魔法ではヘルマンより上位のリーザスへと旅立っている。 神官を探すといっても、ただ単に神聖魔法が使えるだけではいけない。 口が堅く、自らの危険に曝す事を厭わない高潔な人格の持ち主でなければならないのだ。 というのも、パットンに手を貸すことは魔人を敵に回すことに等しい。 なにしろパットンは旧へルマン帝国皇子にして、暫定へルマン帝国国王である。 仮にヘルマン国民が立ち上がろうと考えれば、仰ぐべき旗は黄色に『パ』の字をあしらった旗となるだろう。 リーザス国王が死に、リーザス王女が捕らえられた現状において、『ヘルマン国王』という肩書きは重い。 どれくらい重いかというと、モンスター五百体からなるパットン探索隊が十以上組織されるくらい重い。 彼は世界のお尋ね者なのだ。そんな彼を治療すれば、治療した者とて罪に問われる。 生半な覚悟ではパットンの治療など覚束ない。 それ以前に、治療した当人が魔人に密告することも考えられる。 パットンを掴まえたとあれば大量の褒美がもらえることだろう。自らが当局に狙われるリスクと、褒美。 天秤にかけて前者を採る神官など、たったの一人すら見つからない。 それが北の軍事大国へルマンの、哀しくも厳粛な現実だった。 ―――――― 「……」 舞い散る雪をぼんやり見ていると、心が寒くなってくる。 いやしくも先代国王たるパットンを、進んで看ようとする者がいない。安心して任せられる神官が、いない。 パットンがヘルマンを思う熱意と比較して、何と冷たい国民性だろうか。 『人間元より性、悪なり』と割り切っているつもりだったが、やりきれない。 ヒューバートは上手く見つけられるのだろうか? フリーク達は『ヘルマン国民こそパットンを任せられる』と力説した。 一方、ヒューバートは『リーザス連中だって信頼できる』と言い張った。 ヘルマンで見つからないのに、リーザスで高潔な神官が見つかるものなのだろうか。 フリークは、とてもそうは思えない。 「っ……っ……」 「? なんじゃ?」 ハンティがポソと何かいった。小さすぎて聞き取れず、尋ね返す。 「よう聞こえんじゃった。もう一度いってくれんか」 「もし人間で見つからなかったら、カラーの森に頼むしかないか……」 小さいけれど、聞き取れる言葉だった。驚くフリーク。 「なっなんと!? し、しかしじゃな、カラーが睨まれるわけにはいかんと言ったのはお前さんじゃ……?」 「アイツの命にはかえられないだろ?」 どもるフリークを睨む悲しそうな瞳。 「う、うむぅ」 「これ以上手をこまねいていたらまずいってことくらい、あたしにも解るさ。 なら……奇麗事なんていってられないじゃないか」 東に連なるヘルマン山脈に一瞥を残し、ハンティは南へ目を向けた。 大陸一高い山、翔竜山と麓に広がるカラーの森。 ―――――― ハンティ・カラー。ハンティの本名である。そう、ハンティはカラーなのだ。 髪が黒いこと、回復魔法が苦手ということを除けばカラーの特性を全て備えている。 つまり、『カラー』という自種族に対する愛情も備えていた。なればこそカラーを巻き込みたくないのだ。 ハンティがカラーに助けを求めれば、彼女達は嫌とは言うまい。 喜んで、とはいかないまでも黙ってパットンを治療してくれるだろう。 たとえ魔人界から睨まれることになろうとも、人間の王を治療してくれるだろう。 そして、ハンティはカラーに危機をもたらすことになる。 避けたい。自分の故郷に災いをもたらすことだけは避けたい。 避けたい、がしかし……もっと避けたい事態だってある。 どちらも彼女にとって大事だが、一方を選ばなくてはならないのかもしれない。 ハンティがカラーに頼りたくない理由はもう一つある。 カラーに助けられたとすれば、パットンがあんまり可哀想ではないか? パットンは命を懸けてヘルマンの、いや人間のために戦ったのだ。 ハンティ、フリーク、ヒューバート。 誰もが撤退を進言するなか、たった一人で魔物の大軍に飛び込んでいったのだ。 それほどに国民を思う王を、誰も助けようとはしない。人間は誰一人彼に報いようとしない。 出来れば人間に治療してあげて欲しかった。パットンへの誠意を、人間から見せて欲しかった。 しかし、見せてくれないのならばどうしようもない。 ――――――― 「明日はログAをあたってみるよ」 「ふむ。そうじゃな」 「見つかればいいけどね……見つからなかったら」 「いずれにせよヒューバート待ちじゃろ。なぁにヒューバートのこのじゃ。 案外直ぐそこまで帰って来とるかも知れんぞ? 頼れる神官をつれてのう」 寂しそうに呟くハンティを励まそうと、フリークは元気にいった。 「後ろ向きは体に毒じゃ。お前さんもパットンを見習って、嫌なことは考えないようにするんじゃな」 「パットンを見習うねぇ? ふふ……じゃあ、アイツの顔でも見てこようかな」 いくぶん重さが抜けた様子。 「そうせいそうせい。無骨な寝言が聞けるぞい」 「じゃ、フリークには見張りを頼むよ?」 「任せておけ」 フリークが廃屋の扉を開き、ハンティは室内へ消えていった。 フリークは敢えてハンティを追おうとはせず、もくもくと立ち込める雪雲に見入っているフリをする。 「儂は寝言より、お前さんらが二人っきりで何をするのか……そっちの方に興味があるぞい」 髭をさすりながらドアを閉める。興味があるといいながら、覗いたり聞き耳を立てたりはしない。 どうせなんにもありはしないのだ。 二人が誰よりも不器用なことを、誰よりも知っているフリークだった。 ハンティ、パットンのことなら心底まで読めるフリークも、未来はまるでわからない。 空を見上げた彼は、近い未来に起こる出来事を予想すらしていなかった。 一週間後、パットンの容態が抜き差しならぬところまで追い詰められてしまうこと。 そして、いよいよカラーの森へ運ぼうという段になって、絶妙なタイミングで赤髪の青年が帰ってくること。 一人の頼れる神官と、一人の魔法使いを連れて戻ってくること。 スードリ平原の戦争が終り、二ヶ月が過ぎようとする頃の一コマである。 ・・・あとがき・・・ パットン達の状況説明です。 どうも、ハンティの口調が上手くかけないです……あと、フリークも難しいです。 結局ハンティはミリさんを、フリークは師匠のカオス(鬼畜ラプソディのカオス)をイメージして書きました。(冬彦) |
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