魔王ケイブリス 第五章 『JAPANの中の戦争』






  一話 天満橋の行き倒れ





「ギャピー?(どこいった?)」
「ピチュー(こっちはどうだ)」
「ガオー(じゃあ俺達はあっちを探す!)」
 大きい奴から小さい奴まで、あらゆるモンスターが通りを埋める。路地から大通りまで、くまなく検分が進んでゆく。
「くっ」
 とある路地裏。
「くそっ」
 ランスはオクの町外れにいた。たった一人だ。
「なんてこった。この俺様が逃げるなんて。シィル、水だ、水。シィ……」
 不意に口をついて、懐かしい名前が飛び出した。
 そう、本当ならアイツを助けだした筈だった。アイツと一緒に逃げているはずだった。
「……」
 口を噤む。ギリッ。ランスは奥歯を噛み締めた。
「くそっ! シィルがいなくたって俺様はやれる! おいかなみ!」
 返事はない。かなみがいないなんて解りきっているのに、どうして名前を呼んでしまったんだろう? 
「……かなみもいないんだったな。そりゃそうか。じゃあソウル……」
 やっぱり返事はない。当たり前だ。
「……も、いないのか。う〜ん、そりゃいるわけないよなぁ」
 追っ手がたくさん、ランスは一人。一人ぽっちで逃げている。
「……」
 妙な気分だ。モンスターじゃなくて、なんだかヘルマン兵に追いかけられているような気分。
 もしかして足元に瓶が落ちてたりするかな……?
「……あるじゃねぇかよ、ちょうどいいのが」
 足元にチョコン。蹴ってくださいとばかりに瓶が一本立っている。
「蹴るべきだろうな、やっぱり」
 ガシッ
 ガッシャン
 ランスは目に留まった瓶を蹴っ飛ばした。瓶が割れた。聞き覚えのある音だった。
「ギャオウ!(あっちで声がしたぞ)」
「ピキャッ(いそげっ)」
 忽ち追っ手の足音が近づく。
「ちっ!」
 ランスは地を蹴った。とにかく今は逃げるしかない。そうだな……JAPANだ。
 JAPANまで逃げればなんとかなる。ランスはひたすら走ることになってしまった。



 ……。
 それから数日後。ジオの町。
 ランスはまだ捕まることなく逃走している。
「はぁはぁ、なんてしつっこいんだ! 夜だろうが、朝だろうが、便所してる時だろうが休む暇もねぇ」
 ランスは路地裏にしゃがみ込み、顎を伝わる汗を拭った。
「ジャ、JAPANはまだかっ……。このままじゃあ……」
 リーザス城でこれでもかと奮戦し、さらに徹夜で逃げ回っている。我ながらタフだなぁと思う今日この頃だ。
 盗賊時代よりかはスタミナも数段レベルアップしただろう。
「キシャーッ!(おい、いたぞ!)」
 モンスター『まる』の影が覆いかぶさる。
「ちっ」
 ランスはカオスを振りかぶった。
「うおりゃああ、ランスアタ―――ック!」
「ブフゥゥ(ぎゃあああ)」
 ランスの攻撃はあっという間に追ってきたモンスターをあの世におくった。
「ギャウギャウ(こっちで悲鳴がしたぞ)」
「フギャー(よし逃がすな)」
 『まる』の悲鳴がきっかけとなって、あちこちから気配が近づく。
「くっそぉぉ、人海戦術しか知らんのか!」
 ランスは再び逃げ出した。

 ……。
 お腹が空いた、でも一文無し。財布はかなみにもたせていたからだ。
 剣も鎧もボロボロ、でも一文無し。
 カオスがボロい剣なのかどうかは意見が分かれるが、ランスはボロっちくてスケベな剣だと思っている。
 無論、鎧は戦いでボロボロだ。
「殺すっ」
 追っかけられつつ捨て台詞。
「絶対に殺してやるぞモンスター共! この俺様をこ〜んな目に遭わせやがって!」
 ランスはまたまた逃げ出した。
「ちくしょ―――――!」

 チャララチャララチャンチャラララン♪
――力で全てを 押し通す、突き貫く
  それだけが 世界の真理、真実 俺のゆく道
  天才と美貌 若さと強さ 固さと太さ
  それが俺様 ランス様だっ!
  
  なんでもかんでも俺の思うまま
  なんでもかんでもやりたい放題
  なんでもかんでもこいつでイチコロ ラーンス・アタック!
  どいつもこいつも俺の思うまま
  どいつもこいつもやりたい放題
  どいつもこいつもこいつでイチコロ ハイパー兵器!
  いつでもどこでも俺様が正義
  いつでもどこでも俺様が主役
  いつでもどこでも俺様最強 進め、英雄!

  俺が決める、俺が破る、俺が守る!
  俺が殺す、俺が犯す、俺がイかす!
  すべてを すべてをこの手に掴む
  嗚呼、アイツを この手で取り戻す――
 チャーララチャーチャチャーラララ、チャラッ♪
                




 早朝、まだ太陽も昇らない時刻。天満橋長崎側で朝日を待つ少女がいた。玉籤神社で神に仕える巫女、玉籤風華だ。
 この数日大陸側でモンスターが活発に動くとの情報を聞き、祝詞を挙げにやってきたのだ。
 JAPANが戦場になるとすれば、まっさきに天満橋で火蓋が切られる。ここで沢山のJAPAN国民が血を流す。
 せめて神が加護を賜るように、祈りを捧げよう……そう思ってやってきた。
「モンスターさんも、JAPANに来たってなにもないのに……どうして戦争になったんだろう」
 滝で清めた体からは、桂が清々しい薫りをだす。
 手には大麻(おおぬさ)、火打石、塩湯。こらい『火・水・風』でもって穢れを祓うのが、JAPAN式御祓いだ。
 古くはJAPAN神話に遡るのだが、火で穢れを焼き尽くし、水(塩水・海水)で燃え残った穢れを流し去り、
 風で流れなかった穢れを吹き飛ばす。
「ふぅ……私達はどうなってしまうのでしょう」
 溜息をつきつつ、天満橋へ歩いてゆく。長崎は坂道が多い町、上がって降りて、また上がる。
 いよいよこれが最後の丘だ。風華はゆっくり暗がりのなか足を進めた。
 頂上についた。ここが長崎で一番見晴らしがいい丘だ。ここからだと天満橋が一望でき、遠く彼方に大陸が見える。
 まだ太陽が出ていないが、夜明けを告げる白い光が地平線からこぼれていた。
 風華は懐から火打石を取り出し、空に掲げた。太陽が出ると同時に石を叩き、火花でもって来る穢れを祓うのだ。
 群青色が薄くなり、空が白々と明けてくる。
「私に出来ることはこのくらい。JAPANから穢れを、大陸から穢れを。祓いたまえ、清めたまえ!」
 パァァ
 大陸の反対側が真っ赤に染まる。太陽だ。
 カチッカチッ
 太陽がJAPANを、大陸を照らす。火打石が小さな火花で風華を照らす。
 次は水だ、塩水だ。風華は一つまみ瓶から塩を取り出し、サラサラ落とした。
 この塩が天満橋下に横たわる海に落ち、海峡を清めてくれるだろう。
 つぎは大麻で風を起こし、穢れを祓……あれ?
 ポツン。長崎から大分離れた橋の上に、妙な影がある。
 人間が倒れているように見えるけれど、天満橋番所からは見えないのだろうか?
 見晴らしの良い丘にいる風華しか気づいていないのだろうか?
 いや、そんなはずはない。あの人は入国できなかったんだ。
 風華は目を細めた。人だ、間違いなく人。格好からして大陸兵だろうか?
 ここ数週間、あまりにも沢山の人間が大陸から避難してくるのでJAPANは鎖国を敷いている。
 要するに、大陸から逃げてきた人間はうけいれない。
 JAPANに身寄りか身元引受人がいないかぎり、天満橋を渡らせないことになっている。
 倒れている人も、きっとJAPAN入国を断られたんだろう。
「御可哀想に……御祓いしてあげますから、成仏してください」
 巫女にしてはやけに無慈悲な呟きをもらし、風華は大麻を振りかざした。
 そうこうする間にも太陽は昇り、天満橋を明るく照らす。
「祓いたまえ、清め……あれっ? 緑色……」
 橋で倒れた男が緑色に光った。緑色した大陸兵士といえば、風華は一人だけ心当たりがある。
 そう、命の恩人ではあるけれど、風華を騙して処女を散らした憎い人。
 なんというか、憎めないんだけど油断はできなくて、隙あらばエッチしてくる偉い人。
 茶色の納まり悪い髪、緑色したいかつい鎧、邪念溢れる漆黒の剣。
「ふふふ、まさかね。リーザス王は行方しれずとのこと、こんなところにおられる筈がな……」
 しげしげと眺めなおし、風華は頬を引きつらせた。自慢じゃないが、風華は遠目が利く。
 倒れた男は茶色い髪をしていた。鎧も、なんだか見たことがある。
「……クラッ」
 ちょっとした眩暈を感じ、風華はしゃがみ込んだ。見た、見てしまった。彼が手にしている剣は……黒かった。
 偶然か? 茶色と緑と黒。
 見事に一致したカラーバリエーションは、大陸でメジャーな組み合わせなのだろうか?
 いや、背格好といい、特徴ある剣といい、間違いない。
「そ、そうです。私はあの方を存じています。ならば身元を保証でき、JAPANへお迎えすることがで……できる」
 独り言。
「……あの方は……たしかに私の恩人……今度は私がお助けする番でしょう」
 スック。風華は立ち上がり、小走りで坂を下りていった。そうだ、何を迷うことがある?
 たとえ巫女にとって命の次に大事な処女を奪ったとはいえ、ランスに命を救われたのは事実。
 ランスは彼女の恩人だ。恩人と呼ぶのに抵抗はあるが、この際エッチされたことは忘れよう。
「お待ちください! すぐお迎えに上がりますからっ」
 トトト。白衣、肌襦袢を持ち上げた風華は色っぽかった。巫女装束の白と赤が、朝日とあいまって輝いていた。





 橋の上。
「やはり……。ランスさん、ランスさんっ」
 ランスは倒れたまま頭だけ持ち上げた。
「ん……ふ、風華ちゃん? なんだ、風華ちゃんか。つ、疲れた……」
「ランスさん、大丈夫ですか? しっかりしてください!」
「あとは任せた。寝る……ぐーぐー」
「えっ? ら、ランスさん? えっ?」
 橋の真ん中で大の字になり、大鼾。それから風華が揺すってもさすっても、ランスは目を開けてくれなかった。
 五分くらいランスを起こそうと悪戦苦闘するも、どうやら不可能らしいことを悟る。
「お、おぶうしかないようです。ランスさん、私に背負えるでしょうか……」
 そっと肩をいれ、引き摺るようにランスを背負う。
「お、おもっ……! うぅっ」
 ランス六十五キロ、カオス五キロ、鎧十キロ。一方風華は四十一キロ。
 神社を一人で切り盛りし、それなりに力仕事もこなしてはきたが、さすがにランスは重かった。
「う、うぅぅっ……きゃっ」
 ベチャ。堪らず崩れ落ちる風華。二メートルと移動できなかった。
「はぁっ、はぁっ。お、おぶうのは無理です、はぁはぁ。
 仕方ありません、手押し車を貸してもらいましょう、はぁはぁ」
 風華は番所から手押し車を借り、ランスを乗せて長崎へ入った。
 JAPANにおけるランスの身元引受人になったことはいうまでもない。
 こうして朝八時ごろには、ランスは玉籤神社の一室で布団にくるまり、気持ちよさそうに眠っていた。





 玉籤神社、夜。
「はぁ……これからどうしましょう?」
 風華は途方にくれていた。とりあえずランスを布団に寝かせてみたものの、一向におきる気配がない。
 水も飲まずに寝ているのだ、このまま死んでしまいはしないか?
 一度起こして御飯なりなんなり口にして欲しいが、起こす自信はない。
 どうがんばっても起きてはくれない。
 途方にくれる理由はもう一つある。ランスの処遇だ。
 これからランスをどう扱うべきか、風華はさっぱり解らなかった。JAPAN首都、大阪に知らせるべきだろうか?
 JAPAN大名、山本五十六はランスとの間に子をもうけた唯一の女。
 ランスを手厚く迎えるだろう。しかしランスは喜ばないかもしれない。
 とかくランスは変な男で、行動パターンが解らない。
 もしかしたらコッソリお忍びで大阪を訪ね、五十六をビックリさせようと思っているかもしれない。
 風華が出した結論は、『ランスに聞こう』。
 どうして欲しいか、何がしたいのか、ランスの口から聞くのが一番正確だ。
 というわけで、ランスが起きるのを今か今かと待っていれば、とうとう太陽が沈んでしまった。
 ランスはずーっと眠っている。ぐーぐー、すーすー、気持ち良さげだ。
「ランスさんが起きた時、私が起きていないといけません。
 でないと、どうして自分がここにいるのか、ランスさんが困ってしまいます」
 ランスが鼾をかく一方、風華は枕元で正座している。
「それに一応ランスさんの身元を引き受けました。こういうことはちゃんと言っておかなくては」
「ぐーぐー、がーがー」
 風華が起きている理由、というか眠れない理由はもう一つあった。
「あと……ランスさんに一つだけいっておかないと。
 私を襲ってはいけないこと、せめてこれだけははっきりさせなくては……」
 ちょっぴり顔が赤い。ランスに犯される光景を連想したからだ。
 ランス以外であればこのようなくだらない念押しはいらないが、ことランスになれは話は別。
 警戒するにこしたことはない。
 チロチロ灯火が揺れる中、風華はランスを見守りつづけた。
 ……起きない。まるで起きそうに無い。時間だけが流れ続け、やがて……風華も眠りに落ちていた。





 ・・・あとがき・・・
 一話、お終いです。
 三章と時間軸は変わってません。
 ええっと、凄く悪乗りしています……Rough Edge好きな方、気を悪くしないであげてください。
 しっかし悪乗りとはいえ……楽しかったです〜(爆)。
 次回は『山本家』です。




















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