LP5年 宇宙の旅




第一話



 時はLP5年の7月、場所はリーザス城内チューリップ研究所の更衣室。
 聞こえてくるのはまだ若い女の子達が交わす、たわいもない会話だ。
「ねぇねぇ、マリア所長が今作ってるの、アレって何なのかなぁ?」
「あっ、それあたしも聞きたーい。工場のさ、隅っこにおいてある丸まっちいのでしょ」
「そう、それそれ」
「一度ね、マリア所長に聞いてみたんだよ。『アレってなんに使うんですか〜』って。そうしたらね・・・
 ねッ、なんていったか当ててみてよっ」
「マリア所長が言ったんだよね? ええっとぉ、やっぱり戦争なのかな」
「ぶっぶーっ」
「えっ、違うの? あたしてっきり新しい戦車かなって思ってたんだぁ。
 ほら、いままでの『チューリップ』シリーズとかさ、ゴリアテとかさ、みんな戦争用じゃない」
「そだね〜。でも、アレはなんか違うらしくてさ」
「もう、焦らさないでよっ! なになに、マリア所長はなんていったの?」
「仕方ないなぁ、じゃあいうけどね、実はねあのね、実は・・・」
「早く教えなさいっ」
「えへっ、ごめんごめん。アレってね、『思いっきり泣く為』に作ったんだって」
「え、泣く為の機械・・・? それ、どーゆー意味よ」
「分ったらあんたなんかに聞いたりしないわよ」
「あっ、グアンってばひッどーい、あんたなんかってなによ、あんたなんかってっ!」
「えへへ、ごめんごめん! それよりさ、早く帰らないと魔法ビジョンドラマ『ぺるさいゆのバラ』始まっちゃう」
「えっ、もうそんな時間? きゃッ、こんなことしてる場合じゃないよっ」
「だね。でも、いまから歩いても間に合うよきっと」
「だめよっ! カパーラちゃんの主題歌聞けないじゃないのっ。いい、あたし先に行くからねっ!」
「あっあっ、まって、まってよう〜」
 トトトトト
 長い黒髪の娘が走り去る。続いて、
 テテテテテ
 短い青髪の娘が走り去る。
 続いて、
「でへへ、う〜む、青い髪の子はグッドだったなぁ〜」
 壁の向こうから・・・男の声。
 マリア・カスタードが所長を務めるここ、チューリップ研究所は女性研究員しかいないはずなのに、
「やっぱりムチムチはいいな。お尻の辺りなんか、こう、プリンってしてて」
 またもはっきりと聞こえる男の声。
「グッドだ。まるでマリアの尻みたいだったな〜。おっ、そうだ」
 聞こえてくるのは・・・更衣室の壁にかかった絵画の辺り、よくよく見ればあいている穴。
「今日はマリアと一発、い〜や、三発だ! 決定だ、ぐふふふふ、夜が待ち遠しいぜ」
 

 穴の向こう側にいるのは、緑の鎧にたなびくマント、これでもかと下品に笑う男の影。リーザス王ランス。
 ただいまリーザス軍は、カミーラやレッドアイといった超強力な魔人達との戦いがひと段落つき、
 これからケイブリス退治に出かけようかという所。
 つまり、大陸制覇の一歩手前にいるけれど、まだ最大の魔人が残っている。
 本来ならば魔剣カオスを持つランスは最前線にいなくてはならないところ、
 こっそり抜け出して、リーザス城に帰ってきていた。
 理由は・・・とくにない。
 久しぶりにハーレムの面々を抱きたかったような気もするし、自分の部屋でまどろみたくなったような気もする。
 ぼんやりと嫌な予感がしたような気もするし、しないような気もする。ただ一ついえるのは、
「ダーリーンっ! 寂しかったよぉぉ、リアが心配で帰ってきてくれたんだねっ」
 こっそり城内に入るなり、誰から聞いたのかランスを待ち構えて、
 ピョーン
 飛びついてきたとりあえず正妻のリア。こいつに会いに来たんじゃないことだ。
 どうせ、マリスやかなみ辺りが知らせたのだろう、とにかくチャッチャと逃げるランス、
「リアッ、俺様は今忙しいんだ、また後で遊んでやるから追っかけてくるな!」
「だめだめだめぇ〜、リアはダーリンのお嫁さんだもんっ。ずっといっしょにいるんだもんっ」
 親衛隊の女の子も巻き込んで追いかけてくるリアを振り切って飛び込んだのが、ここチューリップ研究所だった。
 鎧の隠しを探り、王様専用鍵ホルダをとりだす。
 その中でキラリと光るはマリスに作らせたマスターキー『王様マスターキー』だ!
 リーザス城のあらゆるドアを開くことの出来る最終兵器。
 これで自分専用覗き部屋に落ち着いてリアをやり過ごしていた時、
 さっきのかしまし娘二人組が着替えに来たというわけだ。
  

「しっかし、しつっこいにも程がある。俺様を好きだというのは、女だから当然だとしても・・・」
 世界中のいい女は全員ランスを好きになって、ランスに抱かれる運命にある。
「ああもしつっこいのはダメだ、バッドだ。
 もうちょっとサドじゃなくて、我侭じゃなくて、気配りが出来て、自制心があればなぁ・・・顔はまぁまァなんだから」
 真っ暗な部屋でひとりごちる。真っ暗なのは、更衣室側から見たときに、覗き部屋の結おうすがわからなくするためだ。
「どうだろう、もうしばらくここにいたほうがいいか?」
 しつっこさではリーザストップクラスのリアのこと、まだまだその辺を探しているに違いない。
 もしもランスが今出て行ったら・・・
  
 外に出たとたん、黄色い声が響く。
「リア様〜、ランス様がいますっ」
「こっちです!」
 あっさりと見つかり、ランスに駆け寄る親衛隊。
 もしもこいつらが男だったら、本気のランスアタックを見せてくれるのに。
 王様ランスよりも女王リアの命令を優先させるんだから、いつかきっちりお仕置きだ。
 十秒もしないうちに聞こえる声、
「あっ、ダーリンがいたっ!」
 そうしてまた、追いかけっこが始まるんだろ〜

「・・・もうちょっとだけ、ここでやり過ごすか」
 リーザス城に帰っても取り立ててすることのないだけに、何処で何をしようが気ままなもの。
 王座に戻るのもリアに見つけてくれというようなものだし、
 ごろり
 広くもない隠し部屋で横になる。小さくて薄暗くて、誰にも秘密な部屋。
「ガキの頃作った秘密基地みたいだ。悪くない」
 そうつぶやいて、
「ふああ、こうも暗いと眠くなってきて・・・うーっ、くう」
 ぐおー ぐおー 
 目を閉じて十秒の内に、大きな寝息が聞こえていた。

    ・・・   

 太陽も沈みかかり、もうすぐ日暮れのリーザス城。
 マリアは一人、チューリップ研究所の作業場で部品を組み立てていた。
「よいしょ、んしょ」
 すえつけられたクレーンでよく分らない装置を工場の隅に移動させる。

 ポン カチャリ
 マリアの目つきが真剣だ。計器を操作し、慎重に取り下ろしていく。
 音からすると、どうやら上手く設置できたみたい。装置が取り付けられたのは、球状の、ヒララ鉱石でできた物体。
 いや、正確には砲弾を縦にしたような、ハニーの上半身(?)のような物体。
「うん、ピッタリね。ふふふ、うまくいったわ」
 ハニーに取り付けられた梯子を登り、さっき取り付けた装置が上手く収まっているかどうか確かめる。
 それは綺麗にはまりこんで、まったく違和感を持たなかった。
 カンカンカン
 梯子を降りてくる。取り付けは上手くいったはずなのに、どこか笑顔になりきれていない顔。
 梯子を降りて床に立ち、目の前にドーンとそびえる物体を見る。
 胴体には大きく『チューリップ100号』の文字、そして自筆のチューリップ模様。
「これでほとんど完成だわ。あとは帰還装置を作って取り付けるだけ。うん、もうすぐあたしの夢が叶うんだ・・・」
 誰もいない工場、小さな呟き声もクワンクワンと反響する。
「あは、上手くいったんだからもっと喜ばなくっちゃダメだよね! ねっ」
 手でペシペシと『チューリップ100号』を叩くマリア、その手は油にまみれて真っ黒だった。
「さぁてと、今日はもう御仕舞いっ。部屋に帰っておやつたーべよっと。んんんーっ」
 『チューリップ100号』に背を向けると大きく伸びをするマリア。
 工場の隅を離れ、リーザス城の自室で遅いおやつ兼夜食を食べて眠る。
 リーザス城に自分専用の研究所ができてから、知らずについた習慣だ。
 普段はもう少し早く切り上げるところだけれど、今日はマリアが一番最後。
「ちょっと頑張り過ぎたかなぁ〜。でも、きりがいいとこで終われてよかったよ・・・」
 ちらっと振り返ると、堂々と聳える『チューリップ100号』。
 そう、ついに動力制御装置がついて、空に飛び立てるようになった機械だ。
 燃料のヒララエネルギーは大分前から充填してある。もしも誰かが先刻取り付けた発射スイッチを
 ポン
 とおせば、それだけで空へと飛びたてるのだ!
 空といってもそんじょそこらの空じゃない、何処までも果てしなく高い空。
 人類初! 世界に人間が生まれて最初に空を飛び越えるのが、
「あたしが最初なのよ! どこまでも、誰よりも高いところにいくんだから!」
 グッ
 両手を強く握り締めると、マリアはそうつぶやいて出口に向き直った。
 手には工場の鍵、戸締りはちゃんとしておかないといけない。
 カチャリ
 錠前が降りる音。そんな無機質な音にまじって、
「高いとこに・・・いっちゃうんだからね・・・」
 ポツリと漏れる声もあった。

   ・・・
 
 ギィィ
 立て付けの悪い扉が音を立てる。
「ん、んあ?」
 真っ暗だったところに光が一筋。
「ふわぁぁ、なんだ? 俺様寝てたのか? ・・・どこだ、ここは」
 パタン カッカッカッ
 壁の向こうで音がする。ドアが閉まる音、誰かが近づいてくる音。眠い目をこすりながら、明るい穴に目をやると、
「んん? ・・・おおっ!」
 ガバッ
 眠気を一気に吹き飛ばし、ググッと顔を押し付けるランス。穴の先には下着の女!
(おおお〜)
 トタタッ
 壁にこすれた鎧が小さく音を立てた。
「えっ? ・・・誰かいるの?」
(やべっ、気付かれたか?)
 くるりと振り返った顔には見慣れたメガネだ、
(なんだ、マリアだったのか・・・)
 音がでないようにピタッと固まりつつも、しっかり視線は外さない。
「ねぇ、いるんだったら返事して? ねえー・・・気のせいか、うん」
 首を振ってまたロッカーに向き直る。
(よし、気付いてないな。でへへへ、いい尻してるぞ〜
 あっあっ、まだ早い、ズボンなんか穿くなって・・・あーあ、穿きやがった)
 キュウッ 
 ベルトも締めて、おとなしめの洋服に着替える。
「よいしょ、ふう。うーん、さっきから誰かに見られてるような・・・そんな訳ないよね」
 食い入るように、見ているランスは壁の向こう側、
(ちっ、着替えるのが早すぎるぞ! さっきの女の子達を見習えってんだ、くそ。
 こんど『着替えには十分以上かけること』って法律を作っちまうか?
 ・・・いや、どうせなら『女は一日中着替えをしていること』。おお! 今度マリスに話してみるかぁ)
 パタン
 ランスが妙な考えにふけっている間に、ヘアバンドを締め、見慣れた格好になったマリア。
「ああ〜疲れたぁ。すッごく頑張ったもんね、うふふ」
(何だ、もうお終いか。ちっ、つまらん。蛙が鳴くからかーえろ)
 スタスタ、と歩くマリアの背中を見送り、覗き穴から離れるランス。足元においてあったカオスにつま先を取られ、
 ズデーンガシャーン
「うわったぁ!」
 そのまま後ろへ体が崩れ、床にぶつかる大音響。
(いってぇ・・・ くっ、マリアにばれちまったか?)
 息を呑む。と、
 ガチャ パタン
(いまのはドアが閉まる音か? ってことは、あいつ気付かなかったのかな?)
 ソロ〜リと体を持ち上げ、覗き穴から更衣室を覗く。誰もない。
「ふーん、あれだけ音をたててもばれねぇんだな・・・ マリスの奴、防音にも気を配ってんのか?
 それともマリアが鈍いだけか?」
 誰もいない更衣室。ロッカーの列がいくつも並んでいる。
「うーん、誰もいない更衣室か。これって初めてなんじゃないか? 俺様が来たときはいっつも誰かが着替えてたもんな〜
 ・・・マリアみたいな研究馬鹿って、どんなもん持ち込んでるんだ・・・?」
 覗き穴から更衣室の時計を見る。時計の針は8時を指していて、
(8時か・・・ 俺様、結構寝てたんだな。こんな時間だと、中には誰もいないんじゃないのか? おお?)
 ムクムクと邪な考えが湧いてくる。
(誰もいない更衣室・・・ 鍵は、ある。マリスにつくらせた『王様マスターキー』。
 こいつだったら研究所にも入れる。とーぜん更衣室にも・・・ムフフフフ〜)
 ニヤニヤニヤ
(そうだ! 王様たるもの部下の持ち物はチェックして当然だぞ、なんたって王様だからな)
 ドタタタ ガチャ
 床のカオスをうっちゃったままドタドタとドアノブに手をかけ、秘密の扉を開けるランス。
 チューリップ研究所の周囲に設けられた植え込みの影に作られた扉、こんなところにドアがあるとは誰も思うまい。
 しかもいまは夜だ。
「誰にも見つかってないな、よし。行くぜっ!」 
 コソコソコソ
(更衣室に忍びこむってのは、ちょっと格好悪い気もするが)
 一応後ろめたさは感じるランス。しかし、
(俺様はいいのだ! なんたって俺様だからな! がはははは)
 三秒もしないうちに、最短距離で正面玄関に走り出していた。


・・・


「誰も見てないだろうな・・・ よし、そーっとそーっと・・・」
 カチャ
「おっ、開いた」
 そっとドアを開けるランス、サササッと体を滑り込ます。
「チッ、真っ暗じゃないか。ま、そりゃそうだよな」
 ポン
 手を叩く。
(誰かいたら、忍び込むどころじゃないんだったぜ。明るいよりも暗いほうが都合がいいぞ、くっくっく)
 手を壁に這わせて進むランス。窓から差し込む月明かりで、完全な暗闇という訳でもない。
 それでも暗闇に眼が慣れていないせいで、
 ゴイーン
「いでッ! なんだこれは!」
 空中からぶら下がっているクレーンが頭にぶつかったり、
「うわっと、あぶねぇあぶねぇ」
 転がっているネジに足元をすくわれたりだ。
(やっぱり明かりをつけるか? あっ、そういえばどこにスイッチがあるかしらんかった)
 いままでここに来たときは、いつでもマリアがいたし、明かりもついていた。
(しゃあない、このまま壁づたいに歩くしかないか。ランプでも持ってくればよかったぜ、ん?)
 暗いところを明るくする、見えるようにする、
(そうだ、シィルの『見える見える』があるじゃないか。アイツを呼べばいい。
 それに真っ暗だったら何にも分からんじゃないか。持ち物チェックすら出来ないぞ)
 真っ暗の中でマリア達のロッカーを漁っても、おもしろくもなんともない。
(俺様としたことが迂闊だったぜ。そういやカオスも置いてきちまったし・・・)
「よし、いったん出直すか!」
 そう口にしたときだった。
 パチッ
「誰? 誰かいるんでしょっ」
「うわっ、まぶし・・・」
 急に明かりがつく。
(やべっ、とにかく隠れろ!)
 いきなり照らされて、ランスはすぐ側にあった巨大な物体の影に隠れた。
「誰かいるのは分かってるんだから、出てきなさいよ!」
(ん、あの声って?)
 物陰に潜んで眼が慣れるのを待つランス、大部明るいところに慣れてきて、
 チラッ
 顔だけ出して声のしたほうに目をやった。予想通り、そこにいたのは青髪メガネ。
(やっぱり、マリアじゃないか。ふん、帰ったんじゃなかったのか?)
 ビクビクしているのが遠目にも分る。両手でハンマーを握り締めて、あれで侵入者と戦うつもりなんだろうか。
(おいおい、怖がりのクセに無理しちゃって。ククク)
 思わず笑いがこぼれる。誰に見つかったかと思えば、何のことはない、マリアだ。
 これがレイラやメナドなら、も少し緊張するところだけれど、
(マリアかぁ・・・ お、お、ビビってるねぇ)
 余裕しゃくしゃく、かえって楽しいくらいだ。一方、マリアといえば、余裕どころではない。
「そこっ?」
 なにやら大きめの機械の陰にむかってハンマーを構えている。
(がははは! 俺様がどこにいるかも分かってねぇのか)
 ピッタリと壁に背中を押し付けながら、あちこち覗いて回るマリア。見ている分にはかなり面白い。
(ククク、いいこと思いついたぜ)
 ランスの脳裏に初めてマリアを呼び出した夜が浮かんでくる。
(ぐふふふふ〜、マリアってからかうと楽しいもんな。特に、怖がってる後ろから脅かす、こいつはいいぜ! グッドだ!)
 ランスの目線上にはマリア、あっちこっち覗きながら、だんだんランスに近づいてくる。
(よーし、いいぞ。そのままこっちへ来い、思いっきり驚かしてやるぜ! ようし、もうちょっとだ)
 息を殺してマリアの気配に気を配る。ごそごそやる音が近づいてくるのが分る・・・ん?
 音が止まる。どうやら立ち止まっているらしい。
(なにやってんだ。ほら、早く来いよ・・・ おっ、また歩き始めたな。あ、あれ? なんか遠ざかってないか?)
 カッカッカ
 いままでは確かに近づく一方だった足音が、次第に遠ざかってゆくような。
(おいおい、なにやってんだよ。せっかく俺様が隠れてやってるんだからぞ、っておい!)
 ダダダダッ
 急に大きくなった足音に気をとられ、そっと物陰から顔を出したランス。
 そこに映ったのは、ランスに背をむけ、全力で走るマリアだった。
「あっ、おい待てってば」
 思わず体を乗り出すランス。けれど、マリアはもう出口に差し掛かっていて、
 パチン
「げっ」
 きっちり研究所の明かりを消すと、ドアを突き飛ばして走り去ってしまう。研究所に響く施錠の音。
「な、なんだってんだ! 逃げるくらいなら最初から入ってくるんじゃねぇよ。
 くっそぉ、俺様の邪魔ばっかりしやがってお仕置きだ! 思いっきりいじめてやるぞ!」
 明かりが消されたせいで、またも暗闇に一人きりのランス。更衣室探索も暗くて出来ない。
 驚かそうと一人盛り上がっていたマリアもいない。
 ムカムカ
「ええい、畜生っ。面白くないぞぉ〜」
 いままで隠れていた機械に、
 ドガァ
 思い切り蹴りを入れてみる。はっきりいって八つ当たりだが、ヒララ合金は相当に硬い。
「いってぇ! うがぁぁ〜」
 一人で転げまわるランスだった。

   ・・・

 全力疾走で研究所から走り去ったマリアは、肩で息をしながらドアに鍵をかけていた。
「はあはあ、ああ怖かったぁ〜」
 ガチャ 
 施錠がすんで一安心だ。
「やっぱり誰もいないじゃない・・・ あはは、あたしってば心配性なんだもん。ビクビクして損しちゃった」

 これまでのマリアの行動は、次のような感じだ。
 ロッカーの忘れ物に気がついて舞い戻ってみると、施錠したはずの扉が開いている。
 ひょっとして誰か来たの?、といぶかりながらドアを開けると、そこには無人の暗闇が。
 明かりも点けずに忍び込んだ人間・・・となると、泥棒くらいしか思い当たらない。
 ポケットから愛用のハンマーをとりだし、おっかなびっくり研究所に入り、一応誰かいるのか確かめてみる。
 あちこち見て回ったけれど、とりあえず人の気配はしない。その内に、
(もしもよ、もしも凄腕の忍者が忍び込んでたりしたら・・・?)
 そんな考えが頭に取り付き、急に怖くなって逃げ出した・・・というわけだ。

「そうよねぇ、よく考えたら、泥棒がとるものなんて何にも無いもの」
 散々泥棒の心配をしていたくせに、開き直るマリア。
「あたしは所長として、最終チェックしただけよ。
 チェックして、誰もいなかったから出てきたの。泥棒が怖くて出て来たんじゃないからねっ」
 誰もそんなことはいってない。一人で言い訳して、一人頷く。思いっきり怖がっていたくせに。
「ふう、最後まで残ったら、ろくなこと無いわ。これからはもっと早く切り上げよ。
 『チューリップ100号』も、もうすぐ完成だしね。完成したら、残業なんてしないもん」
 ガンッ
「ん? なんか音がした?」
 ドアから離れたマリアに、研究室の中からかすかな音が。
 ちなみに、ランスが『チューリップ100号』を蹴っ飛ばした音だ。
「んん〜〜?」
 耳をぺたんと扉に当ててみる。音は・・・しない。
「気のせい・・・だよね? うん、そうだ。気のせい気のせい、あたし疲れてるんだよ。今日はもう寝よう!」
 しばらく耳を澄まし、これ以上音がしないことを確認する。
 そして、今度こそ研究所を後にするマリア、リーザス城内の自分の部屋へと歩き出す。
(でも、あたしこれからなにするんだろう・・・? 夢だった『チューリップ100号』は作っちゃったし)
 夜になってすっかり冷えた風が吹く。
(『チューリップ100号』・・・ あたし、自分では、高いところへいきたいから作ったつもりだった。
 誰も今までいったことないような高いところ、そんなところへ行きたいんだって、自分では思ってた)
 リーザス城の夜は早い。時刻はもう十時になろうかという刻限。
(だけど、助手のグアンに、あたしはなんて答えた?
 『なんに使うんですか?』ってきかれて、なんであんなこといったんだろう?)
 質問に対するマリアの答え。不意に質問を受けて浮かんできた自然体の答え。それは、
 『思いっ切り泣く為』
 だった。
(なんであんなこといっちゃったんだろう・・・
 それとも、ホントはそうなのかな? あたし、泣きたいから『チューリップ100号』を作ったのかな?)
 そんなことは無い気がするけれど、キッパリとは否定できない。
 『思いっきり泣く為』という台詞は、否定するには余りに自然に、口から出た言葉だった。
(あたしはなんで『チューリップ100号』なんかつくってるんだろう・・・?)
 月明かりの下、俯き加減に中庭をあるく。歩きながら、自分に問いかける。
 本当に、『高いところへ行きたい』のか? そうじゃないとしたら、高いところで『泣きたい』のか?
「・・・どっちも違うな」
 ポツポツと歩き、中庭の真ん中にさしかかった頃、マリアの口からはそんな言葉が漏れていた。
(きっとあたし・・・ ランスにあたしのことを見て欲しいだけなんだ・・・
 誰よりも高いところへ行ったら、ランスがあたしをもっと好きになってくれて・・・あは、そんな訳無いのにね)
 噴水の横を、一人通り過ぎる。
(ランスは可愛い子なら誰でもいいんだよ。みんな、みーんな抱いちゃうんだもん。
 あたしだけ見て欲しいなんて・・・無理だもん。それに、それに・・・)
 マリアの中で一番大きな問題。それは、
(ランスの一番はちゃんといて、その人は、あたしじゃない・・・)
 
 ランスはここ数ヶ月、ほとんどリーザス城に帰っていない。ゼスを降伏させ、魔人領に攻め込んだのが三ヶ月前。
 それからはほとんど魔人との戦いに出ずっぱりで、たまにリーザス城に帰ってきても、
 チューリップ研究所に顔を出すことはまったく無かった。
 夜にマリアを呼ぶこともない。ランスに呼ばれるのは・・・シィル。
 リーザス城の一番辺鄙な部屋をあてがわれたシィルではあるが、ランスの使いが一番多く足を運ぶ部屋でもあった。
 マリアはといえば、ランスがリーザスに帰っていると聞いただけで、夜に眠れなくなってしまう。
 ランスがその気になる時間帯になると、なんだかそわそわしてしまう。
 そして・・・結局自分は呼ばれずに夜が更けていくのだ。そんな夜を過ごすたびに思う、
(ランスにとって、あたしってなんなんだろ?)
 初めはそう思うだけだった。
 けれど、ランスに会えない日が積もり、ランスにかまってもらえない自分と向き合ううちに、
(あたしがいなくなったら・・・ランス、どうするんだろう?)
 というふうに、自分への問いかけが変化していた。
 もしも自分が遠くへ、
 それも、二度と返ってこないところへ行ってしまうと知った時、ランスはどんな反応をするんだろうか?
 『行くな!』といってくれるんだろうか?

「んもう、やめやめっ! せっかく『チューリップ100号』がここまで出来たんだから、もっともっと笑わなくちゃ! うんっ!」
 ニッコリ
 中庭を過ぎて自分の部屋がある建物に差し掛かったときには、マリアにいつもの笑顔が戻っていた。
「だけど、まっさきにランスに知らせたいな。
 『人類最高の高さまで飛んでいける』っていったら、ランスはなんていうんだろ?」
 想像するだけで楽しい。

マリア「じゃじゃじゃーん! これがさっきも行った『チューリップ100号』よ!」
ランス「ほぉ〜、さすがマリアだな。よくまぁ、こんなもん作ったなぁ・・・」
マリア「えっへん! すっごく苦労したんだからね。ヒララエネルギーの出力ゲインを最大にするために、変換効率を上げてね、でねでね・・・」
ランス「あ〜、もういいもういい。ようするに、すっげぇ高くまで飛べるんだろ? よし、早速乗るか!」
マリア「早速乗るって・・・いまから?」
ランス「おう、もちろんだぜ」
マリア「これって、中は結構狭いの。だから、二人までしか乗れないんだけど、構わない?」
ランス「? 俺様とマリアだろ。二人乗れれば十分じゃねぇか」
マリア「えっと・・・シィルちゃんはいいの?」
ランス「あーいいよいい。とにかく俺様は早く乗りたいんだ、準備は出来てんだろ?」
マリア「うん、もういつでも発射できるわ。だけど・・・ホントにいいの?」
 ポカッ
ランス「しつこいぞ! 俺様がいいといったらいいんだ。じゃあ乗るか、俺様が一番乗りだぞ、がはははは!」
マリア「あっあっ、ずるいっ。あたしが一番に乗るんだからっ」
ランス「がはははは、早いもんがちだ〜」
マリア「もうっ、ランスの馬鹿!」

「なんてことになったりして・・・てへへへ〜」
 もしそうなったら、人生で最高の笑顔になれる自信がある。そして、想像しただけで笑みがこぼれるマリアだった。
 
   ・・・

 その頃ランスは、
「なんだコイツは! オラオラオラッ」
 蹴る蹴る蹴る! 転がっている最中にひっくり返した油差し、その油差しに八つ当たりしていた。
「くっそぉ、なんだってこんなにぬるぬるしやがるんだ! ええい、とおっ!」
 掴みあげて、
「でぇいっ・・・ぶわっ!」
 なんだか分らない巨大な物体にぶっつける。
 カーン
 ぶつかった拍子にふたが外れたのだろうか、油を撒き散らしながらランスに跳ね返ってくる油差し。
 ランスの顔は油まみれだ。
「ぺっぺっ、なんだこりゃ? うげっ、嫌な臭い・・・」
 油だから仕方が無い。
「くっそぉ、今日は日が悪いぜ・・・
 せっかくリーザスに帰ってきたのに、リアに追っかけまわされ、マリアにからかわれ、変なモンぶっかけられ」
 マリアにしてみれば言いがかりだし、油差しにしても言いがかりである。
「ふんっ、もういい! 風呂に入ってからマリアを脅かしてやる、がぁ!」
 誰もいない研究所で、むやみやたらに八つ当たりしているのだった。




・・・あとがき・・・
 SS LP5年宇宙の旅 いかがだったでしょうか?
 これが前編で、前・中・後の三つに分かれるかな、と思ってます。
 個人的にはマリアラブなんで、『マリアとランスがラブラブして欲しいな〜』と思って書いてみました。
 う〜ん、やっぱりマリア最高ですぜ! マリアばんざーい、眼鏡っ子ばんざーい!
 ちゃんと続きます! マリアが好きな人、嫌いな人も、ぜひぜひ読んでやってください!
 お願い申し上げま〜すっ (冬彦)






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