LP5年 宇宙の旅




第五話





 漆黒の宇宙空間をとぶ、胴長のロケット。
 胴体には大きく『チューリップ100号』の文字と、赤いチューリップマーク。
 燃料は尽きたのか、後部から炎は上がっていない。いかにも、「漂流してまーす」といった風情である。
 まぁ、実際似たようなものではあるが、
「う、ううむ・・・」
 ランスはロケットの中で目を覚ました。その様子は、とても漂流している人間の様子じゃない。
 不機嫌かつ眠そうな顔で、周りを見渡す。ランスが見たのは『金属ばっかりの壁』、『自分が着ている変な服』。
 そして、自分のすぐ後ろに張り付いているマリア。
「起きてしまったじゃないか。くっそ、こんなかてぇ床なんかで眠れるもんかよ」
 ベッドで眠った朝と違って、肩や腰が痛む気がする。
「俺様が女より先に起きた。ということは、マリアが俺様よりもぐっすり眠っている」
「すーすー」
 マリアは軽やかな寝息を立てていた。寝苦しい場所に慣れているんだろうか。
 ムカムカムカ
 ランスからすれば由々しき事態である。
 本当なら、女(今回はマリア)がランスより先におきて料理の準備をし、しかる後にランスを起こさねばならない。
 もちろんランスは起こされたくらいですぐに起きたりはしない。気が向くまでは絶対に起きない。
 ランスはぐっすりとは眠れなかった。だのにマリアはすごく気持ちよさそうだ。これも気に入らない。
 かといって、マリアに声を掛ける気にはならないランスだった。
 もしもマリアを起こしてしまえば、『マリアよりも先に起きてマリアを起こしてあげた』ことになる。
 そんなのは真っ平だ。
「かといって、俺様だけが起きているなんて許せん。うーん、マリアが嫌がること・・・」
 ランスは邪悪な思考に入った。
 一人で起きているのは嫌だ。といって、二度寝する気にもならない。
 お腹だってすいているし、マリアにメシの準備をさせたい。
 しばらく考え、結論が出た。要は、マリアに寝覚めの悪い朝をプレゼントすればいいわけだ。
 マリアも起きるし、ランスのムカムカも収まるし、一石二鳥だ。
「顔に落書きでもしてやるか」
 しかし、ランスはマジックを持っていなかった。
 改めて考えてみると、この宇宙船にあるものなんてたかが知れている。
「うーむ・・・ しょうがねぇ、普通に起こしてやるか」
 ムニュ
「すーすー、むあ、ふがふが・・・」
 鼻をつまむ。これは、ランスにしては、実にノーマルな方法なのだ。
「んあ、はぁ、はぁ」
「あっ、コイツ口で息始めやがった。反則だぞ、おい」
 ペト
 もう片方の手でマリアの口を塞いだ。
「ん、んーんー・・・んー!」
 これでは息が出来ない。ランスの手を払いのけようと、マリアの手が伸びる。
 まぁ、そんな簡単に外れるランスの手じゃあない。
「ははは、変な顔だぜ! そろそろ起きたらどうだぁ?」
「んん、んんんー!」
「おっ、起きたか? ようマリア」
 マリアが目を開き、ランスは両手を離した。
「ぷはぁっ、はぁっ、はっ! な、なんなのよう!」
 思いっきり荒い息のもと、さすがにマリアも目を覚ました。
 無理に起こされ何がなんだか分かっていないようだ。
「ふう、ふう、え?」
「よう」
「あ、えと、おはよう・・・きゃっ」
 ポカッ
「おはようじゃねー! 俺様より遅く起きといて、なぁにが『おはよう』だ! アホか」
「いったぁい・・・ あれ、ランス?」
「さっさと起きて飯を持って来い。俺様は腹が減った」
 寝ぼけているのか、マリアは驚いた表情でランスを見ている。
「ランス、どうしてあたしの作った服着てるの?」
「はぁ? お前寝ぼけてるのか? 自分で俺様に着せておいて忘れるんじゃねー」
 ポカッ
「え・・・っ! じゃ、じゃあ、あたしが見てたのは夢じゃないんだ!」
「夢ぇ?」
「う、うん。あたし、ランスと一緒に宇宙に飛んでく夢を見てたの」
(おそろいの宇宙服を着て、二人だけで宇宙を見て回る夢・・・)
「一緒に飛んでいくってのは、ちょっと語弊があるな。ま、しかしそういうことになるのか。
 ここは宇宙だし、俺様とお前しかいないのは事実だぞ」
 面白くもなさげにランスは答えた。
「そんなことより、目が覚めたんなら、さっさとメシを用意しろ。ほら、キリキリ動け」
「あ、うん。じゃあ、持ってくるね」
 急かされて立ち上がるマリア、食料の『カンズメ』に手を伸ばす。
 食料庫の壁にはめ込まれている携帯食料『カンズメ』。
 栄養バランスと栄養価を考えて、カーチスに作ってもらった食べ物だ。
 外見は金属の塊に見えて、とても食べ物には見えない。二つ手にとって、片方をランスに差し出した。
「はい、どうぞ」
「? なんだこれ? このまま食べるのか」
「うん。どう、おいしい?」
「はぐはぐ・・・ うむむ、旨いのか不味いのか、よく分らんぞ」
 仏頂面をつくるランス。そんなランスに、マリアはじぃっと見入っていた。
 自分の作った服を着ているランスが、自分の作った宇宙船のなかで、自分の作ったご飯を食べている。
「はぐはぐ・・・」
 食べ続けているランスを見ているうちに、幸せな気持ちと、同じくらいに大きな不安がマリアの脳裏に浮かんでいた。
 確かにここでは、マリアがランスを独り占めできる。けれど、時間はほんのわずかしか残されていない。
「不味くはないが、飽きた。おい、他にはないのか?」
 カンズメを半分くらい食べたろうか、ランスは床にカンズメを放り出すと、マリアにむきなおった。
 ランスをじっと見ている目に涙がたまっている。
「マリア? どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない。夢みたいなの、こうしてランスと二人っきりなのが。でも」
「でも・・・なんだ?」
 マリアは黙って俯いてしまった。
(せっかくこんなに幸せなのに、あとちょっとであたし達は死ぬのかな?
 あたしがランスを独り占めしたいなんて思ったせいで、ランスまでこんなことに巻き込んじゃった。
 ランスが必要な人がたくさんいるのに、ランスをみんなから取っちゃった)
「あー? 辛気臭い顔して、どうしたってんだよ。まさか、『もうすぐ死ぬ』だとか考えて落ち込んでるのか?」
「えっ?」
「ふん、心配するな。正義は勝つ! つまり、俺様は正義だから、俺様が勝つのだ」
「へっ?」
「だーかーら、俺様についてきたら、ちゃんと助けてやるっていってんだよ。
 俺様だって、こんなところで死にはしない。死ぬ時は女の子に囲まれて、と決めてるんだ」
「ランス・・・でも、無理だよ」
 マリアはよく分かっている。宇宙に飛び出した自分達が、他の大陸にたどり着ける確率は限りなくゼロに近い。
 よしんばたどり着けたとしても、燃料のない状態では着陸の調節ができない。
 ビューンと飛んでいって、ドカーンと地面に激突するのが関の山だ。
 そんな固定観念が言わせた一言だった。ランスの眉がピクリと動く。
「ちっ」
 ポカッ
「きゃっ」
「だからお前は馬鹿なんだよ! すぐ諦めて、命だって簡単に投げ出しちまうんだ。
 いいか、俺様は自分のやりたいように生きる。リーザスでも、宇宙でも、どこででもだ!」 
「ランス・・・」
「お前も・・・俺様を独占したいんなら、それくらい徹底的にやってみろ。
 こんな宇宙船程度じゃ、俺様は独り占めなんてできないぜ?」
「えっ」
「ふんっ!」
 そこまでいうと、ランスは立ち上がった。外の景色を見るためか、窓に近づいていった。
(ランス、まだ助かるつもりなの・・・?
 そっか、あたし達がもう絶望的にダメなこと、分ってないんだ・・・
 だから、いつものランスでいてくれるんだ・・・)
 ランスは黙って外を見ている。『チューリップ100号』の時計は十時をさしていた。
 ということは、リーザスを出発して十二時間程度が過ぎたわけだ。
 もう大陸は見えないだろう、見えるのはたくさんの星たちと暗闇だけ。
(いくらランスだって、もうどうにもならないよ・・・ でも、ランスは・・・)
「ランス、あたしと一緒じゃ嫌?」
 ランスの背中は答えない。マリアは俯いていた顔を上げた。
「ねぇ、ランス。やっぱりシィルちゃんじゃなきゃダメなの?」
 ランスは食い入るように外を眺めている。
「ランス、答えて――」
「マリア、ちょっと聞け」
 質問を遮り、呆れたような口調でランスが問いかけた。
「な、なに?」
「あのさぁ、アレって大陸だろ? 昨日見たときよりもでかいような気がするんだが」

 ・・・

「な、アレって大陸だろ?」
「嘘、信じられない・・・」
「がはははは! さすがは俺様だぜ! 宇宙だろうがなんだろうが、行きたいところに進めるのだ!」
「ど、どうして大陸が見えるのよ・・・!」
 窓から見える景色の右端、暗闇に浮かぶ大陸。聳え立つ山、形、まさに出発直後にみえた大陸だ。
 しばらく景色に呆然としたあと、マリアは大急ぎで計測装置に向き直った。
 どうしてこんな事態になったのか、原因を調べなければいけない。
「ちゃんと地面から垂直に発射するように決めていたはずなのにっ」
 発射仰角の初期設定は、マリアの想像通りになっている。
 他にも、翼の向き・重力換算誤差といったものを計算しなおす。けれど、納得のいく理由は見つからなかった。
 コンピュータをカタカタやるマリアの横では、ランスが高笑いだ。
「がはははは! ま、こんなとこだと思ってたぜ!」
 納得のいかないのはマリアである。他にも疑わしい理由を探すうちに、
「だったら、ブースター射出角? あっ、これだわ・・・!」
 ロケット後部のブースター。
 エンジンからくるヒララエネルギーを後方に放射して、ロケットを前に進めるロケットの心臓部。
 ブースターの向きを固定する装置に、どうやら故障がでたらしい。
「そんな・・・あんなにしっかり溶接したのに・・・」
 マリアにしてみれば、この箇所は特に念入りに作った部位。そこに故障がでたなんて、
「ガ―ン・・・ ショックだわ」

 少なからずショックを受けるマリア。けれど、本当に悪いのはマリアではなかったのだ。
 本人も自覚していないけれど、故障の原因はランスにあったのだ!
 チューリップ研究所の更衣室を覗こうとして忍び込んだランス、
 真っ暗だったためフラフラと研究所の方に来てしまったランス、
 急についた明かりに驚いて隠れるランス。
 隠れた場所は、『チューリップ100号』の物陰だったのだ。
 その後、イラついて『チューリップ100号』に油をぶっ掛けた上に、蹴りをいれまくるランス。
 幾らマリアが慎重に作っていようと、これでは壊れるのも仕方ない。 

「おいおい、生きて帰れるってのになんて顔してるんだぁ?」
「あは、あははは・・・」
「はっはーん、もしかしてこのまま俺様と二人っきりがよかったんだろ?」
 ニタァ〜
 いつもの凶悪な微笑み。
「うっ・・・」
 言葉に詰まるマリア。たしかに、このままランスと二人っきりでもよかった。
 もしもランスがそれでいいなら、二人っきりで死んでもいいかな、と思ったりもした。完全に見透かされている。
 ただ二人っきりになってみると、このまま死ぬのが怖くなったのも事実だった。
 ランスが死ぬ様なんて見たくないし、ランスより先に行ってしまうのはもっと嫌だ。
「それは・・・」
「いっとくが、俺様は宇宙で死ぬなんて真っ平ごめんだ。マリアと二人っきりで死ぬのも嫌だ」
「・・・」
「死ぬときは、そうだな、最低三人は女がいるな」
 目をそらしたマリア、構うことなくランスは続ける。
「一人に俺様のをしゃぶらせて、一人の胸をモミモミして。あと一人には、そうだな・・・」
 いったん言葉を切る。
「・・・膝枕をさせてやるか・・・ おい、マリア!」
「えっ?」
「お前には、俺様のハイパー兵器を舐める役を任せるつもりなんだ。だから、勝手にどこかへ行くんじゃねぇぞ?」
 マリアの顔を掴み、無理に自分と向き合わせる。
「ランス・・・」
「いいな?」
「・・・うん・・・」
 自然に頷くマリアがいた。涙が溢れてくる。
 まさか、ランスの口からこんな言葉が出てくるなんて、思っても見なかった。
(ランス、あたしのこと大事に思っていてくれたんだ・・・!
 あたしのこと、『どこかに行くな』って言ってくれた・・・!
 あたしを止めてくれた!)
「うっ、ランス、うぇ、うわあああん!」
 もう涙しかでてこない。言葉なんかは忘れてしまってランスに飛びつくマリアだった。
「うっ、ひっく、うううー!」
「がははは! そんなにハイパー兵器が好きか?」
 よしよしとマリアを撫でるランス。
「だったら、ミリにでも習っとけ。今のテクじゃあ花丸はやらん」
(あいつみたいに上手すぎるのも困るけど)
「ま、リーザスに帰ったらちょくちょく呼んでやる。上手くなってるかどうか、確かめてやるからな! がはははは!」
「うっ、ううっ」
 ランスの胸は大きい。大きな胸につつまれて、マリアは今度こそ心から泣いていた。
(ありがと、ランス・・・ あたし、もう逃げたりなんかしないよ。
 ランスがあたしを見ててくれるって、わかったから・・・)
 ランスはいつもの高笑いだ。狭い機内だけによく響く。
(でもね)
 頭の片隅で考える。きつくランスを抱きしめながら、心で思う。
(ランスの膝枕をするのは・・・あたしだもん!)


 広―い宇宙の真ん中で抱き合う二人。
 『チューリップ100号』の行く先には、二人の故郷の星(大陸)。
 ランスの愛を実感したかったマリア、己の思うまま進むランス。
 それぞれの願いは共に叶ったかに見える。
 新たな思いをそれぞれの胸に抱き、二人は故郷に帰還するのだ。
 これぞまさしくハッピーエンド!
 これにて無事にめでたしめでたし・・・チャンチャン・・・




  ・・・その後・・・

 『チューリップ100号』のなか、ベルトで体を固定している二人。
 両方とも表情はこわばったままである。
「ばっかやろぉ! 衝突することくらい考えとけ!」
 機内のランプ全てが真っ赤に光り、とにかくやばそうな雰囲気だ!
「だって、完成させずに出ちゃったんだもん・・・」
 うがー、ぎゃおー、と暴れるランス。
 なんたって、『チューリップ100号』はまっ逆さまに突っ込んでいるのだ。
 赤々と灯るランプの数々。
 曰く、『着予定地予測不能』『着陸速度オーバー』『加速度上昇限界』・・・
 減速せずに頭から地面に突っ込もうとしているのだ。ありとあらゆる警報装置が音を立てている。
「うっがぁぁぁ! 警報を作ってる暇があったら、着陸装置を作っとけ馬鹿!」
 ランスにしてはもっともな意見だ。
「ごめんなさい・・・ でも、ランス? ・・・死ぬときは一緒だよね?」
「あほかぁぁぁ! 笑顔でそんなこと言うんじゃねぇっ!」
 手を伸ばしてマリアを叩こうとしたけれど、ベルトでがちがちに固定されている。
 もうちょっとというところで、手が届かない。
「くっ、くそっ。なんでこんなにピッタリなんだっ」
 余りにもランスの体にフィットしたベルトだ。全力であがいてもビクともしない。
 それもそのはず、こっそりランス専用につくった固定装置である。
「じょ、冗談よ。そんなに怒らないでよっ」
「くっ、笑えねーんだよ! だいたいなぁ、なんでそんなに落ち着いてられるんだっ」
「だって・・・」
 ニッコリ
 赤いランプに照らされる中、マリアは取り乱しもせず笑顔だった。
(ランスがいたら大丈夫なんでしょ?)
「だってじゃわからんっ! お前なんか隠してないか? 実はなにかスーパーメカがあるとか・・・」
「ううん、なんにもないわ」
「・・・」
 警報ランプの色がいっそう赤くなる。艦内放送が、
「機体ガ臨界状態ニチカヅイテオリマス。第一種ショックタイセイニ至急タイオウシテクダサイ。
 アト三分後ニ地上トウタツトナリマス」
「・・・第一種なんたらって、どういう意味だ?」
「・・・ベルトしろってこと。だから、特に何もしなくていいわ」
「・・・」
「・・・」
「だああああ――!」
 『チューリップ100号』にランスの声が木魂する。そんなランスにマリアはこっそり呟いた。
「うがあー、うがああー!」
ランスの声にかき消され、ランスには届かなかったけれど、
「ランス・・・好きだよ・・・」
 確かにそう呟いたのだった。


 ・・・あとがき・・・
 SS LP5年宇宙の旅 完です!
 マリアとランスのラブラブシーンばっかりなうえ、かなりくどい文章になってしまいました。
 しかも、ランスの台詞が『らしくない台詞』ばっかりになってしまった気もします。
 自分の中では鬼畜なランスが本当だとおもってるんで・・・
 と、反省点をあげてみましたが、しかしっっっ! 自分はマリアラブなんです!
 T○DAさんの気持ちが激しく分ります。マリア、いいです!
 だからこれでもオーケーなんです!
 そんなこんなで一応完結です。ここまで読んでくださった方、誠にありがとうございます〜。
 感想とかくれたらメチャクチャ喜ぶんで、こそっと何か囁いてあげてくれれば・・・
 
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